第七話 王都ベルベリア
心地よい朝日が私の顔に当たる。
カーテンの隙間から漏れる光で目を覚ましたが、リリカは隣で静かな寝息を立てながらまだ寝ている。
「どうして……」
リリカが小さく何かを呟いたが聞き取れなかった。
私の手を強く握り締めている。
悪い夢でも見ているのだろうか?
リリカがどんな夢を見ているのかは分からないが、とても辛そうな顔をしている。
「リリカちゃん。朝だよー」
余りにも辛そうな顔をしていたので、起こそうと耳元で囁いたがうーん、と唸るばかりで目を覚ます気配は無い。
トントン、と軽く背中をたたく。
それでも起きる気配は無い。
どうやって起こそうか。
強く起こすのはなんだかリリカに申し訳ない気もするが、このままちびちびやってても起きる気がしない。
よし決めた。
私は人差し指でリリカの胸を少し強めに押した。
サイズは小さいが、とても柔らかしい。
「んひゃぁ!?」
リリカは変な声をあげて飛び起きた。
「リリカちゃんおはよ。朝から元気だね」
「元気も何も朝一番にどこ触ってんのよ!」
「胸」
正直なのが一番だと思う。
「そういうこと聞いてるんじゃないの!」
リリカはベッドから降りて私から離れて目を反らす。
先程の辛そうな顔が嘘だったかのように表情が明るくなる。
それにしても、本気で嫌がっているのかどうかは分からないけど、こういう反応を見るともうちょっと色々弄りたくなってくる。
まあ……これ以上したら本気で何かされそうだからやめておくけど。
私も布団をたたんでベッドから降りる。
「さて、今日は冒険者登録をしに行くんだったよね」
「そうよ。でも、とりあえず一度着替えるから先に外に出ててくれる?」
「あれ?着替え持ってたの?」
出会った時何も持っていなかったはず。持っていたとしてもあの剣と鎧くらい。
しかし思い返してみると、外で水を浴びさせた後いつの間にかセリアさんもリリカも服を着ていた。
「空間の中に入れてたのよ。リセは記憶が無いから分からないのかもしれないけど」
空間……。オンラインゲームのインベントリのようなものだろうか。
「ふうん、そうなんだ」
「分かったら早く外行ってなさいっての」
リリカは外に行けと言わんばかりに此方をにらみ付ける。
「はいはい。別に見なくたってリリカの身体は全部分かるから大丈夫ですよっと」
「~ッ!いいから出てけー!」
リリカに思いっきり枕を投げつけられてしまった。
枕なんて投げられても痛くは無いが、これ以上怒らせる訳にも行かないので部屋の外に出た。
「あ、おはようございますフラウさん」
「リセか。おはよう」
リビングに出ると、フラウさんは腰に剣を挿すところだった。
「今から出かけるんですか?」
「うむ。急いでいるからまた後でな」
私の返事を待たずに、フラウさんは玄関の扉を開けて外に出て行った。
部屋のカーテンから漏れた光より、玄関から入ってくる光はとても眩しかった。
「今度は一体何をしに行くんだろ……」
フラウさんの行動は全く読めない。
昨日から思っていたことだが、フラウさんの行動はどう考えても変。
「ふぁ……。あら、リセさんおはようございます」
「あ、セリアさんおはよ」
私たちが寝ていた部屋の反対側にある部屋からセリアさんが背伸びをしながら出てきた。
裸で。
夏ほど暑いというわけでもないのにこの人は裸で寝たのだろうか。
別に裸を攻める訳ではないが、エルフの姫がこんなんでいいのか。
どちらにせよこのまま裸で居られるのも……悪くは無いが、服は着てもらわないと。
「セリアさんとりあえず服を着てください」
「あっ……。これは失礼しました」
セリアさんもリリカと同じように何も無いところから服を取り出した。
出てきた物は胸元が大きく開けている露出が高めのワンピースのような服。
セリアさんがその服を着ると、胸元が凄いセクシーに写った。
しかも、ノーブラ。
なんだか考えてることがオヤジ臭くなってきた気がしなくも無いが、元々男だったし仕方が無い。
「先程は見苦しいお姿をお見せして申し訳ありません」
セリアさんは照れ笑いをしながらこちらに謝る。
正直今の姿も結構凄い。
恥ずかしくないのかな。
昨日着ていた服はドレス、とまでは言わないが露出が少なめの服だったのでそんなイメージが無かったが、こうして露出が多いと全然違う。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ!なんでもないです」
セリアさんは私が凝視していることに気づいたのか気にかけてきた。
女の子だから別に見ても構わないんだろうけど、変に思われるのも癪だからね。
「待たせたわね」
声のほうへ振り返ると、リリカがキャミソール姿になっていた。
胸が無いのでとても可愛らしい『子ども』に見える。
もしこれを口に出したら怒られるだろうけど。
何にせよリリカが昨日よりは可愛いのは事実だ。
「ジロジロ見てないでさっさと行くわよ」
「はいはい」
「お出かけですか?」
「ええ、ちょっとベルベリアまで」
「それはそれは。いってらっしゃいませ」
セリアさんに見送られながら家を後にした。
――――――
ベルベリアに着くと、人の多さに圧巻された。
街が大きい事もあるが、前世に見てきた街と比べ物にならないくらい人がごった返している。
市場には多数の露天が出ており、色々な人が買い物などをしている。
沢山の人だけではなく、ネコ耳が生えている人や、肌の色が黒っぽい人もちらほらと見える。
恐らく人間以外の種族かな。
「凄い人の数だね」
「王都だもの。そりゃあ人が居ない訳ないでしょ」
「それは分かってるけどさ、ここまで人が多いとなんだか蒸し暑いよ」
「立ったら早く私についてきなさいよ。ギルドまで行くわよ」
リリカが私の手を引っ張っていく。
私と人前で手をつなぐことに抵抗が無いのかなと思ったが、よく考えてみれば私のほうが身長は低いし、周りから見てみれば姉妹にしか見えないだろう。
リリカも私も金髪だからね。
しばらく手を引かれながら歩くと、ベルベリアのギルドに着いた。
私の中では酒場のようなものをイメージしていたが、実際は全然違うものだった。
建物は豪邸のような佇まいで、圧巻された。
大きな扉で作られた入り口では兵士が二人門番をしている。
「ほんとにここなの?」
「ここよ。いいから着いてきなさいっての」
リリカはまた私の手を引っ張る。
入り口の門番は私たちに気付くと、わざわざ扉を開けてくれた。
中に入ると、思った以上に人は居なく、受付の周りには数人。その近くにある椅子ににも数人しか居ない。
「意外と少ないんだね」
「みんなダンジョンに行ってるんでしょ。大体早朝から行くのが相場らしいわよ」
「へぇ、そうなんだ」
「それより、私たちも受付するわよ」
リリカは私よりも先に受付のほうへと歩いていった。
あーあ、手離されちゃったよ。
受付に着くと、ゴツい男が受け付け係のプレートを胸に着けていた。
「よう、譲ちゃんたち。何の用だい?」
「ここで冒険者登録をしたいの。いいかしら?」
「おいおい、冗談はその胸だけにしてくれよ」
「……ぶっ殺すわよ」
リリカが背中に背負っている剣を取ろうとしたところを私が止める。
「おっちゃん悪いけどさ、リリカからかうのはやめてよ。リリカもそんなことでムキになっちゃだめだってば」
「……分かってるわよ」
「悪い悪い。冗談だっての」
ハハハ、と笑って誤魔化すがリリカは納得していないのかため息をついた。
「さて、冒険者登録だったな?」
「ええ、そうよ」
リリカが返事をすると受付の男がカウンターの下から手のひらに収まりきらない大きさの水晶を取り出した。
透明で透き通った綺麗な水晶で、直感で簡単に手に入る様な物ではないと感じた。
「登録する方法は簡単だ。この水晶に手を触れればいい。そうして出てきた色によって冒険者として適正か適正でないかを判断する」
男が言い終えると、間髪入れずにリリカが水晶に触れる。
すると、水晶の中に白い煙が現れた。
その煙は徐々に水晶の中を覆いつくすほど増えて行き、やがて水晶の中が白い煙で埋め尽くされ水晶自体が乳白色へと変化した。
「白か、合格だ」
「良かったぁ……。でも、合格って言うのは分かったけどどういう基準で決めてるのよこれ」
「至って簡単さ。触れたとき水晶の色が透明でなくなればそれだけで合格。譲ちゃんとは違って青になったり、赤になったりする奴もいる。色に関しては詳しくは分からんがな。とりあえず譲ちゃんは合格ってことだな」
「……なるほどね」
「これが冒険者として身分を提示するカードだ。受け取りな」
リリカが受け取ったカードを覗いてみると、そこにはリリカの身分証明をする情報が記載されていた。
リリカ・メルベルLv34。所有武器 ショートソード
恐らくこのレベルが強さを表していることに間違いは無い。
だが、このレベルが強いのか弱いのかは比較対象が居ない以上よく分からない。
「さ、リセもやんなさいよ。どうせあんたは白以外の色でしょうけど」
「はいはい」
どうやら私に敵対心を出しているようだ。
私としてはどっちでもいいんだけどね。
リリカに促されながらも、私も水晶に手を置いた。
と同時に、水晶に大きな亀裂が入った。
「……」
その光景を見ていた受付の男が絶句した表情で私の顔を見ている。
あれ、何かまずいことでもしたのか……?
「……こいつは大罪人だ!捕まえろ!!」
若干の間を空けた後、男が大声で叫ぶ。
大罪人、その言葉を聞いた周りの人間がどよめき始めた。
次に聞こえた音は私達が入ってきた扉が激しい音を立てて開かれる音。
その扉から出てきたのはこの建物の入り口に居た兵士二人。
入るときと様子が違い、手に持っていた剣を此方に向けている。
「そこの小さいほうの金髪が大罪人だ!捕まえろ!」
男の叫びと同時に、兵士二人が私に向かって走りだした。
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