俺の左手は人外だ
タイトル『俺の左手は人外だぜ』
作者 道騎士
電車の座席でうつらうつらしていると、いきなり言葉を吐きだす輩がいた。
「左手が蠢く。どうやら太陽に陰りが出てきたからだろう。俺の左手を、俺が抑えきれなくなる前に、お前達はここから出て行くんだ!」、
なんだ、こいつは? と思い、顔を上げて声のする方を見てみると、左手に包帯を巻いた男が電車の真ん中に突っ立っていた。
「俺の左手は悪魔に取りつかれている。もう抑えきれない。この左手が解放されたら、世界は崩壊してしまう」
戸惑いを隠せず、茫然としていた。突然、謎の男の左手が、黒く輝きだした。何も言葉を発することが出来ず、眺めていると、謎の左手がクマの手のようになってしまった。身動きが出来ないでいると、クマの手が、自分の腹に突き刺さっている事に気付いた。
「な、なんで? 僕が……。」
そう呟くと同時に、痛みで目の前が真っ暗になった。
「くくく。やっぱり……、これは、やめられない」
声が聞こえ、意識が覚醒してきた時、動かなくなった僕の身体から、クマの左手を抜き出した。痛みに、少しうめき声を出してしまった。彼は、おもむろに血の滴る左手を眺め始めた。
「左手では、やり辛いな」
彼は、なぜか怒っていた。それを見た僕は、唐突に湧き上がる波動を感じた。彼の行動に感化されたのだろうか、僕は彼が崇高に思えた。抑えきれなかった痛みに耐えつつ、立ち上がろうとした。しかし、足が絡まってしまい、転倒してしまった。
「いい格好だな、貴様。くっくっく」
彼は笑いながら、歩きだした。
「それはどうかな」
俺は転倒することにより、逆転の発想を得た。ここは、電車の中だ。振動を利用して、立ち上がることが可能だろう。そう思い、立ち上がろうとした瞬間、
「大丈夫、モナカ君!」
漆黒に身を包んだ眼帯をした女性が声をかけてきた。僕は声のした方を見た。
「あ、麻利さん。大丈夫だよ。いつからそこにいるの?」
平気を装い、僕は返事をした。
「ふふ、あなたがそこにいる、頭のおかしい男に刺される少し前からかしら。でもね、あなた達二人を見ていて、気持ち悪くなったの! 不愉快だから、そのまま死んでくれないかしら」
「え、嫌だよ! 僕はまだ死ねないよ。彼を僕の同志にするまでは‼」
そう言って、僕は立ち上がり、彼の方に歩きだした。
「そうはさせないわ‼」
彼女は眼帯に手をかけ、外した。紅玉のような瞳が燃えていた。
「彼は残念ながら、私が、殺すわ! あなたはここで、待っていなさい」
急に麻利の紅い目が瞬いた。その途端、僕の身体が光り輝いた。その輝きは、5秒ほど続き、光は消えた。
「ホームラン!」
クマの手をした男は、そう言っていたのが聞こえたが、僕は、意識を手放した。
僕が再び目を覚ました時、謎の中二病男と麻利は、対峙していた。クマの手の男が口を開いた。
「なあ、あんた! この腹に風穴をあけられた坊やを、どう思う?」
な、なんだと? 僕は風穴やろうじゃねえぞ。僕の名前は、モナカだ! そう心の中で呟いた。
「なんで、あんたみたいな中二臭い男に、話を合わせなくてはならないの? そのまま一人で汚らしく、死にな!」
麻利はクマの手の男に攻撃を仕掛けた。
「この世は、なんて不条理だ。思うようにならないのは当たり前だ! しかし、ここまで不条理だとは!」
隣の車両から、一部始終を覗いていた空太は、呟いた。助けに行かなくては! と思った。空太は不条理な世界に入って行った。
空太が車両の中に入ると、そこはまさに別世界だった。
「お前、誰だよ!」
クマの手の男は、そう言い、空太に向かって声をかけた。
「俺は、空太だ! お前達を止めるために、ここに来たのだ!」
空太は、車内じゅうに響くような大きな声を出した。
「は? 空太って、誰だよ! とっとと、バーデンバーデン」
クマの手の男は、空太を殺そうと近づいて行った。空太は、深呼吸をして詠唱を始めた。
「あさ……、ひる……、よる……、ひねもすビオトープ」
空太が詠唱すると、クマの手の男は、空太に近づけなくなった。
「今、この場にいるもの達よ、聴け! これこそが、ABCDコンビネーションだ!」
空太が力の限り叫ぶと、辺りはまぶしい光に包まれた。そして、その光が空太の拳に集まり、それをクマの手を持つ男に打ち込んだ。
「う……うわぁ」
クマの手の男は、倒れ、車内はバーデンココアの匂いで車内を満たされた。