カフェと、赤と。
葵は、白虎橋へと向かっていった。
「あぁ、気持ち悪い」
なぜ、私はこんなコトをしたのだろう?
それは、彼が私を襲ったから。
そんな自問自答を繰り返す。
これは、正当防衛なのだ。本当に、正当防衛なのだ。
だって、彼が私にナイフを向けたの。
私、すごく怖かった。殺される!って。
だから、私は彼を持ってた鉛筆で刺したの。
ねっ?正当防衛でしょ。
おかしくないでしょ、私は何も悪くないの。
私は、白虎橋に着くと、赤黒い鉛筆を川の水に浸した。
この白虎橋の下の川ーーーー白夜川は、何時も澄んでいて、底が見えるほどだ。
その透明の水に赤い筋が通る。
「あぁ、なんて綺麗な模様」
完全に私は、狂っていた。
この筋が綺麗ですって?そんなの、おかしいもの。
「待てよ~、葵!」
後ろから、少年の声が、する……えっ!?
私は、咄嗟に鉛筆をポケットに入れると、後ろを振り向いた。
そこには、光がいた。
「もう、待っててって言うから待ってたら何時の間にか白虎橋へ行きやがって~」
無邪気な笑顔で言う。
光は、一斗を見ていないのか……。良かった。
「で、何か?」
「カフェ行かね?気休めに」
光が、私の問いに答える。
カフェ……あっ!撮影やらなきゃ!
そう思い、携帯で連絡しようとしたが、行かなくても良い事が分かった。
何故なら、一斗が救急車で運ばれ、撮影中止になった事が、メールで来ていたから。
なら、カフェでも、行こうかな。私は、そう思い、
「うんっ」
と、答えた。
その時、光の笑顔が一瞬私を睨んだ気がした。怖くなって、もう一度光をみる。光はいつも通りの笑顔だった。
「いいカフェがあるんだ」
光は、ニコッと笑い、私の手を引く。
彼は、どんどん歩いていき、あるカフェの前に止まった。
『カフェ -amanda-』
確か、この前開店したカフェだ。
私も、一度いってみたいと思っていた。
私達は、ドアを押して中へ入った。
チリン チリン、と鈴が鳴る。
それに合わせるかのように、
「いらっしゃいませ!」
という女店員の声がする。
「何時ものヤツ、二つー」
光が女店員に向けて言う。
すると、彼女は、
「また、光かよ」
と、「いらっしゃいませー」を言った同一人物とは思えない低い声でいい、舌打ちをした。
「酷いなぁ」
光は、口を尖らして言う。
どうやら、知り合いのようだ。
「あの人は、誰?」
私が、光に聞く。
「え、私?私は美空 舞花。ここのオーナーよ」
と、光が言う前に、笑顔で女店員は言う。
(へぇ、美空さんか。)
私は、美空さんに、笑顔を返す。
「僕の、親戚なんだ!」
光が私を席に誘導しながら、言う。
「いつも光が世話になってるねー。はい、どうぞ」
美空さんが、席に座った私達の前にメロンソーダを出す。
「あっ、ありがとうございます」
私は、美空さんにお礼を言う。
光は、もう飲み始めている。
「いやー、光に彼女ができるとはね」
美空さんが大きな声で言う。
光が、びっくりしてむせている。
「ちっ……違う!」
光が美空さんを睨みつけて言う。
光の顔は、真っ赤だ。
美空さんは、光を無視して、
「貴女、名前は?」
と私に聞く。
私は、
「白咲 葵」
と 答え、メロンソーダのグラスについていた水滴で机に名前を書く。
「へぇ、いい名前だね」
美空さんが、机に書いた文字を見ながら言う。
光は、そっぽを向いている。
私は、改めて店内をぐるりと見回した。
内装は、とにかく綺麗に掃除されている。
埃が見つからなくて、つまらない。(別に、お姑なわけでは、ないが)
洋風と思われる四角いテーブルに、白く輝くテーブルがかけられている。
椅子は、同じく洋風だと思われる。
このカフェは、木造のようだ。
ほのかに木の香りが漂っている。(木の香りがすると、落ち着くのは私が日本人だからだろうか。)
客はまばらで、テーブルの量に比べると少ない方だ。
「ねぇ、私のカフェどう?」
美空さんが聞く。
「落ち着くいいカフェですね」
私は、愛想笑いを返し、答える。
「本当に!本当は光の坊ちゃんがやる店なのにねぇ」
美空さんは、光をちらっとみて、嫌味に言う。
……えっ!?光の坊ちゃん?
「ねぇ、光の苗字は?」
私は、光に聞いた。
「……坂本」光は、ゆっくり答えた。
「坂本!?」
私は、体を乗り出した。
坂本!……って言ったら、あの有名な財閥じゃないか!
「だから、言いたくなかったのに」
光は、小さく呟いた。
私には分からない。
何故、家柄を言いたくないのか。
有名だし、嫌じゃないと思う。
私は、母が自殺、父が逃げた。
人に言えやしない、恥ずかしい事ばかりだ。
それに対し、財閥御曹子なのに……。
もしかしたら、それが光の良いとこなのかも。
「ねぇ、家来る?」
「えっ!?いいの?」
「うん、良いよ」
光は、あっさりと答えて、美空さんに目で合図した。
すると、カフェの前に車が止まった。
美空さんは、なにか携帯の様なものを右手にニコニコ笑っている。
カフェを出て、車をよく見てみると、黒い高級車である。
ボディの端に小さく「sakamoto」とロゴが彫られている。
光にエスコートされて、私は車へ乗る。
私が言うのもなんだが、極上の乗り心地だ。
光も隣に乗り、扉が閉まりクルマが発車する。
車に揺られて、私を睡魔が襲う。
いろんな事件で眠るのを忘れていて疲れていたからだろう。
私は、深い眠りについた。
横では、いつもの光の笑顔があった……と思う。