ある日
「はーい、一斗は解散ねー」
監督が言う。俺と霞を見ながら、ニヤニヤしている。
なんなんだ、あの監督……気持ち悪いな。
霞の顔も、微妙に歪んでいる。きっと、俺と同じことを思っているのだろう。
まぁ、もう解散なら、俺は帰ろう。
そして、落ち着こう。
今日、何があって、なにをしたのかをよく考えて。
「霞ちゃんも、帰っていいよ」
監督が、霞に耳打ちする。
なんなんだ、あの監督は。本当に気持ちが悪い男だ。霞になんか気があるのか?
監督にそう言われて、霞が帰ろうとした時だ。
プロデューサーが此方へかけてくる。
「明日から少し休んでいいよ」
ニコニコして言う霞のプロデューサー。
俺は、その笑顔に奇妙さを感じたが、それは気にしなかった。
まぁ、帰ろう。葵もセットから出ていった。
それを見送ると、俺も家路につく。
空を見上げた。夕暮れだからか、空が真っ赤に染まっている。
綺麗な赤だなぁ……。そんなことを思った。
次の日。登校途中。
私……葵はある言葉を脳内で再生していた。
「明日から、少し休んでいいよ」
という、プロデューサーの言葉だ。
私には良く分からない。私は、葵だから、霞の事情も知らないし、芸能界の仕組みもよく知らない。
「おはよう!」
遠くから、可愛らしい生徒に挨拶する爽やかな担任の声が聞こえる。赤坂だ。
赤坂は、私が独断と偏見で決める嫌いな担任で一位を取りつづけるぶりっ男担任である。
可愛らしい生徒を狙っているとしかみえない。
「今日は、一限目は、体育だぞー」
爽やか笑顔の赤坂は、言う。
はぁ、体育か。嫌だな。
(朝から、嫌なこと続きかぁ)
そう思いながら、葵は女子更衣室に行った。
「カタン」
ドアを開けて、中に入る。
そこは、シーンとしていて、誰も居ない。
「ガサガサ」
私は、着替え終わると、校庭へ走った。
校庭には、すでに皆が集まっていた。
ただ、私の他にもう一人居ないようで、赤坂が眉をしかめて何回も人数を数え直している。まぁ、私には関係ないな。
「お前は、ディフェンス、きみはーーーー」
と、赤坂が皆に役を付けていく。
「で……白咲は、ゴールキーパーだ!」
その場がザワザワし始める。
女子は、とても嫌そうだ。男子は喜んでいたが、女子にやがて鎮圧される。霞に似ている私は、容姿だけでは男子に好かれている。そして、女子に嫌われ妬まれている。
まぁ、それを差し引いても女子が嫌がるのは仕方ない。私は、運動神経が悪いから。
でも、やはりイラッとしてしまう。冷たい世間なのは、分かっているのにな。やっぱり、悲しくなるのは、何故だろう。
でも、ゆっくり考えている暇などはない。
まず、ゴールにボールが来たら避けなければ。当たると、痛いから。
「ピー!」
私の思考を遮るかの様に、試合開始の笛が鳴る。
順調に、試合は進む。
だが、此方にはボールが来ない。
皆、特に男子が私の方へボールを飛ばさないよう、注意しながらやっているのだ。
私は、世間に信用されていないのは、確かだ。それに、母親が自殺した事も……。
だが、避ける事なんて、無いのに。本当は、私から避けているんだけどね。
そう考えていた時だ。
試合開始から、15分後。
始めて此方にボールが飛んできた。
私は、守備などしていない。
まぁ、女子の緩いボールくらいなら、大丈夫だろう。
私は、守備せずに、手で受けようとした。しかし、私の手には当たらずにボールはわずかにゴールの枠の外に出ていた。
……! 私の視界の右側ギリギリに、走ってくる少年が映る。
(ヤバイ!彼奴に当たる!)
私は、ボールへと飛び出した。
私の胴にボールはあたり、下へ落ちた。
少年は、目を見開き、驚いているようだ。
(当たらなくてよかった……)
安心したのもつかの間。
私は、少年の方へそのままダイブしてしまった。
「ドシーン」
大きな音だ。皆、此方を見ている。
「やだ、恥ずかしいわ」……なんてセリフ言えるような可愛らしい女子ではない。そして、女子力も高くない。私は、青い腰近くまでにある髪の砂を払う。
私は、のそっと立ち上がると、少年に小さく頭を下げた。
(これが私なりの謝り方なの)
そして、立ち上がりまたコートへ戻ろうとした時だ。
「待って」
と、少年は言った。
……謝ったのに。何よ、あんなのを根に持つわけ?
「何か用?」
私は、小さく呟くと、少年の方へ歩いていった。
「来て!」
彼は、短く言葉を切り、私を引っ張って行く。
私……授業中なのに。
後ろから赤坂の声が聞こえた。だけど、無視して少年についていく。
此方に向いた少年に、よそ行きの偽善の笑顔を見せる。
「君、名前は?」
彼は、私に問う。
「私は、白咲葵よ」
私は、出切るだけ冷静に応えた。
「良い名前だね!僕は、光!」
彼は、言う。苗字が気になるが、あえて言わないでおこう。聞くのが面倒臭いから。
「はぁ、早引きしたいな……」
私は、雲一つない青空をみながらそう呟く。理由は、これから撮影があるから。私は霞なわけだから、撮影がある。霞と同い年だから、学校はあるし。本当は、プロデューサーに言われてるから行かなくて良いんだけど……一斗に「撮影の会議があるから来てよ」と言われたから行かなければならない。
その時だ。彼から驚きの言葉が返って来た。
「賛成~!一緒にしよ!」
楽しそうに言う。なんだ、こいつは?馬鹿なのか……?
まぁ、いいや。
「うん」
小さく微笑む。すると、彼は私の腕をつかむと、走りだした。
「ちょ!ちょっと!」
私は、彼を止めて、彼が着けていた腕時計を見た。
8:00!撮影の会議が始まるじゃないか!
私は、彼をおいたまま、彼の手を振りほどいて、セットの方へ走った。
「ちょっと、待って……」
彼は追いかけるが、私は気にしない。
とにかく、いかなければ!
私は、霞なんだから。いかないと、いけないんだよ。