勘違い、感違い
「俺は……何をしてしまったんだ」
一斗は、ぼんやりとセットへ戻ろうとしていた。
「きゃー!一斗よ」「え、ホンモノ!?」
という、女子達の声が遠く聞こえる。
俺は、皆の前で、性格までも偽っているのか。
そう思うと、罪悪感が増すのであった。
セットに戻り、あとの時間をなにでやり過ごそう……と考えていた。
清水が紅茶を淹れてくれたので、それをのみながら。しかし、清水の紅茶は正直いうと、薄い。ほぼ水に近い。どんな淹れ方をしたら、こうなるのか謎だ。
「ん?待てよ……もしかしたら」
水風味の紅茶を飲んでいたら、おもいついてしまった、恐ろしいなにかの可能性を。
殺人をした後は、もしかしたらという考えがいくらでも出てくるらしい。
もしかしたら、誰かに見つかるかもしれない、もしかしたら、誰かに見られていたかもしれない。
『もしかしたら』には、共通点があった。
それは、必ず “誰か” が入るのである。
しかし、そんな事はどうでもよかった。とにかく落ち着かない。
気が気でない一斗は、橋へと引き返した。
橋に到着する。そして、橋から下を見た。
そこには、霞の水死体があるはずだった。
…………ない!?
ない!ない!ない!ない!何故だ?
「確か、ここに捨てた筈だ」
一斗は呟くと、周りを見回した。
霞は見当たらない。
一斗は、くまなくさがした。だが、ない。
そこにあった筈の霞が。
その時、一斗は、思い出した。
あの時にぶつかってしまった少女の事を。
名前は分からない。だが、一つ分かる事があった。
制服。すなわち、学校だ。
たしか、白虎橋の近くにある学校は、丸菜学校ぐらいであろう。それに、あの学校の制服は、白がベースのセーラー服。あの時ぶつかった彼女の制服もそれだった。
こんな時に、制服は役に立つモノだ。
「よし、行くか」
一斗は呟いた……。が、どう侵入したら良いモノか。
勝手に入ったら、泥棒とか色々あるし、怪しまれる事であろう。
ならば、大きく行けばいいのではないか?
俺は、鈴木 一斗。俳優だ。
ステージとして行けば良いんだ。
彼女が、霞を取って行ったとは限らない。確認だ。ただ、確認するだけだ。
だが、まだ問題は一つある。
ステージとして行く『理由』だ。
自分でいうのもあれだが[人気俳優]の俺が、いきなり平凡極まりない丸菜学校にステージとして行きたいなどといえば、おかしすぎるであろう。どう考えても、おかしい。
だが、他に良い理由など見つかる筈がない。
頭がどんどん混乱してゆく。
複雑に意見が飛び交い、絡み合う。細い糸のように縺れ、解けなくなる。
分からない。どうしたら、良いのか。
とりあえず、セットに戻ろう。
………霞は?
どうしよう。確か、今から江戸時代のドラマ撮影だ!霞が居ないとばれたら!
その時だ。
「タッタッタッ」
誰かが一斗の方へ走ってくる。
葵である。葵は、死体を橋から引き上げた時に落とした財布を取りに来たのだ。
勿論、死体は持っていない。そんなモノを引きずっている訳はない。 しかし、それがいけなかったのである。
まぁ、葵が考えていた計画通りだったともいえるのだが。
「霞、生きてたのか……」
一斗が言う。
霞そっくりの葵にまんまと騙されたわけだ。
葵は、驚いた。まさか、本当に一斗が霞を殺したとは。
だが、直ぐに、
「え?私は生きてるよ」
と、猫撫で声で言った。
一斗は安心した様に、
「よし、セットへ行こうか」
と、私の手を引き出した。
「まさに、計画通り」
葵は、ニヤリと笑い、静かに呟いた。
そして、その時に霞の身体は、ある家の箪笥の中へと入り込んでいた。
勿論、一人でに動いたわけではない。誰かの手によって。