淡い光と、果てしない闇。
ーー「着きました、光様」
光の専属と思われる黒い燕尾服の執事の優しい声に、私は目を覚ました。
光は、私の顔を見てニコリと笑った。
「葵、さぁ降りて」
光に優しくエスコートされて、私は降りた。
まだ、意識がパッとしない。
寝ぼけなまこのまま歩いていて、顔面を門にぶつける。地味に鼻が痛い……。
「あはは、あわてん坊だなぁ、葵はっ」
「なっ……ちょっと眠かっただけよ!」
私の意味不明な言い訳を聞きながら、光は明るく笑っている。
光の後ろにある太陽が風景によく似合う。
「入って、入って」
光が頑丈で重そうな門をこれまた重そうに押して開ける。
顔が苦しそうなのが面白くて、不覚にもクスッと笑ってしまった。
私に笑われたため、光は恥ずかしさで顔を赤くして、拗ねて目を逸らした。
「さっきの、仕返しよっ」
私は、まだ笑いが止まらないまま、扉の前へ立つ。
光曰く、ここ全体が庭だと言う。
道の端には、びっしりと赤や黄、紫のチューリップが植えられている。
それに、真緑の芝生が生えている広場(私にはそう見えてしまうほど広い)には、滑り台や、ブランコなどの遊具が輝いてみえる。
それに加え、目の前にある赤い扉だ。細かい細工がされていて、輝いている。
「これ、何で造ったんですか?」と、執事に聞くと、執事は、
「金ですよ。少し銀も混じってますが」
と、微笑して答えた。
羨ましいものだ。扉だけに、一体幾らかかったのであろうか。
私が、そんなことを考えていると、また何かにぶつかった。
そして、そのものは言った。
「あら、貴女がお客様? 光が女の子を連れてくるなんて」
彼女は、クスクスと笑っている。
私は、後ずさりする。
「あの……貴女は?」
私は、怪訝な表情で聞く。
彼女は、
「あら、私は光の母よ」
とニコニコ笑いながら答える。
よくみると、薄桃のドレスを着ている光の母は、色白で美人だ。
私は、その綺麗な女性に見惚れていた……。
すると、後ろから鉄拳をくらった。
「母さんばっか見ないでよ!」
意味分からない言葉を吐く鉄拳の主ーー光は、腕を組んで目を逸らしている。嫉妬しているらしいが、何故かはよく分からない。
ズキズキと痛む後頭部を撫でながら、ふと光の母を見ると、面白そうにクスッと笑っている。
「ふふ、葵ちゃん。面白い娘ねぇ」
彼女が言った言葉に、私は目を丸くした。
…………葵ちゃん。私は、白咲 葵。つまり、彼女は私の名前を知っている。何故だ……私は、思考を巡らすが、分からない。只、混乱するだけだ。
「あら、ごめんなさいね。私の名前は、日子よ」
私の行動を読み取ったのか、彼女ーー日子さんは言った。
読心術出来るのか……こんな変な事を考えてしまった私は、馬鹿だろうか。
「母さん、多分奈保子さんから聞いたんだよ」
光が、私にコソッと言う。
光の顔は相変わらず不機嫌そうだ。未だに何故か分からないが。
「すげぇ情報網だから。何でも知っててこえぇんだよ」
日子さんの笑っている顔を見ると、私の全てを見透かされているような気がしてきた。何というか……怖い、とても。
「葵ちゃん、今日食べてかない?」
日子さんは、いきなりそう切り出した。
『今日食べてかない?』
……嬉しかった、何故か。私、さっきから何故かばかりだな。
「はい!お言葉に甘えて」
私は、日子さんに感謝を込めて答えた。
日子さんは、嬉しそうに微笑んだ。
詳しいことは、光に聞いた。
光によると、今日は坂本家でパーティー兼、会議があるらしい。
そのパーティーに、ご一緒してという事だそうだ。
やったー、嬉しいなー、パーティーだ。
なんて、棒読みの冗談を言うのは、放って置いて、私でもやはり嬉しい。
「さぁ、着付けをするわよ」
ニコニコ笑いながら日子さんが言う。
なんか、怖い。
(着付けってナニ?美味しいの?)
私が、世間知らずの名言(?)を言っている間に、日子さんは何やら沢山のドレスを持ってくる。
「葵ちゃんに似合うのは、これか、これね」
ニコニコ笑いながら日子さんが差し出したドレスは二種類。
さっき沢山持ってたのを選考したのだろう、瞬時的に。さすが、大人の女性だ。
ドレスは、赤いマーメイドドレスと、青いマーメイドドレスだった。
私的に、赤が好みだから赤を選んだ。
(なんか、赤ってかっこいい事ない?)
そんなことを思いながら。
「ん、赤ね~」
他のドレスを、床に放って置いて、ニコッと笑う日子さん。なんか、怖い。
(あれ、すごい高そうなドレスなのに……床に放られてるし……)
「この赤いドレス、可愛いわよねー、葵ちゃん、見る目あるわっ」
日子さんが笑う。
「そうですか? でも、こんな綺麗な服を着れるなんて、嬉しいです!」
とりあえず、女の子らしく感情を込めたような棒読み(それを棒読みと言うのかな)を日子さんに向けて言う。
御礼も含めて言ってみたが、伝わったのだろうか……。
「母さん、葵はまだぁ?」
着付けルームの外から光の声がする。
「終わったわよー」
日子さんは、私を扉の前に立たせた。
「さぁ、葵ちゃん。いってらっしゃい」
日子さんはニコニコ笑いながら、扉をあけた。
扉の向こうは……広い、広い、広い!
美しく着飾っている男女が踊っている!綺麗な人達ばかり、しかも金持ち。
これが、金持ちがやるパーティーか!
……そして、光がいた。
そう、大金持ち家御曹子「坂本 光」様が。私を待っていたのだ。
今や、会場の全視線が私達の方へ向いていた。
同級生なのに、貧富の差でこんなに変わってしまう。
あぁ、金持ちに生まれたかったなぁ。
私だって、母さんさえ死んでなきゃ……まぁ、こんな悲しい話はやめて、パーティーに私も入っていった。
目に映るのは、豪華な食べ物ばかり。
毎日食べている、貧相な梅干付きの白飯と、焼き鮭とは違うなぁ。まぁ、当たり前だけど。でも、梅干付きの白飯も美味しんだけどねー。
私の辛いアルバイト生活では、あの食事だって豪華な食べ物だが……まさか、こんな豪華な食事が出来るとは。嬉しいが、驚愕だ。
私が見て美味しそうだと思ったのは……なんとも言えない緑黄色野菜のサラダだ。ハムや、トマトも盛ってある。すごく美味しそうである。
私がサラダに目を輝かしていると、光は言った。
「葵、あれ食べないの?」
といい、七面鳥の照焼きを指差した。
おぉ、豪華だ。でも、私は断わった。
自分で言うのもなんだが、私は貧乏人だからサラダで十分です。まぁ、でも折角だから今日は贅沢しよう。
七面鳥の照焼きは要らないけど……あっ、あれ美味しそうだな。名前は分からないけれど、蛤に赤いソースがかけてある。私は、貝類好きだから目に止まった。それと…今日の昼の一斗の血……いや、いまは忘れよう。
「ん、これが食べたいの?」
光が、私の視線をたどって言う。うん、と光の顔をみて頷いた。
すると、光はすぐに私用にこれまた豪華な細工がされた大きな皿に蛤を盛った。綺麗に盛ってくれたせいか、さっきより美味しそうに見えた。
早く、食べたいなぁ。でも、せっかちはいけないからゆっくり我慢する。
光の横で待っていると、日子さんが私に近寄ってくると、私に、透明のグラスに入った赤い飲み物を渡した。
……血!? なんて馬鹿な考えは放って置こう。多分、これは……えっと……名前忘れたけど、私が飲んでいいのかな…飲酒にならないのかなぁ。
でも、隣の光も受け取っていたから私も貰った。今日くらいは…特別だよね。しかも、20まであと、3年だし!
私は、その赤い液体を口に流し込んだ。
なんか……不思議な味だ。美味しいっていうか、苦い。とにかく、苦い。
あまり飲みたく無い味だった。人生初だったからかな。不味かった……。
とりあえず、全て流し込み、日子さんにグラスを返した。日子さんが、
「お代わり、どうぞ?」
とグラスを渡してきたが、私は断わった。もう、飲みたく無い。
暫くすると、皆が席に着き出した。私も、黄色いテーブルクロスがかけてられている高級感溢れるテーブルの前に座った。この椅子、木製だから座りやすい。
「皆様、今日は一日お楽しみください」
日子さんの声が会場に響き渡る。
私は、豪華な料理を前にいただきます、と手を合わせた。
美味しそうだなぁ。さっきからこれしか言ってない気がする……。
一口、蛤を食べてみる。口全体に甘みが広がったあとに、少し苦くなる。
さっきの飲み物に似ている味だが、それとは違い、嫌な感じはしない、美味しい。
……美味しいな。
あれ?なんか、眠い。みんながどんどんぼやけていく。どした、私の目は?
[翌日 6:00]
「おはようー!」
私が目を開けるとそこには大きな顔をした光が居た。正しくは、顔を近づけて居たのだ。
「わぁぁぁぁぁあ!」
私は、驚いてベッドから落ちた。
ん?……ベッド!?しかも、うちのベッドだ。
確か、私はパーティー会場にいたはず。さて、どういうことかな?
私が、光に問うと光が苦笑して答えた。
「葵ね、あのワインと蛤で酔っちゃったんだよ」
え?……あぁ、食べたね。
思い出した!
ーーワインと蛤で酔った私は光と日子さんに担がれて、あのパーティー会場に来た時の車に乗ってうちまで運ばれたんだ。
ん?なぜ、光はうちに入れた?
そこら辺は、考えたら怖そうだからやめておこう。
私の家は、二階建てで寝室は二階にある。つまり、光は一階を通った……或いは、窓から飛び込んだ。二つ目はあり得ないが、窓が開いていたからいってみた。
……やっぱり、気になるなぁ。
私は、光にどこから入ったか光に聞いてみた。私と光しか居ないし。
「窓だよ。そこのが開いてたから」
まさかの、冗談がヒットした。私、予知能力……改めて、当てる能力があるのかもしれない。超能力ってあるんだな。……いや、今のはまぐれだ。そう、まぐれ。
ていうか、一階通ってなくて良かった。一階の奥の部屋には、霞が居るからな。
そう、霞のことはばれてはいけない。私は殺してないから悪く無いけど、警察に出してないから犯罪になるのかもしれない。私はそういうのは疎いから分からないけど。
まぁ、その話はまたいつか、ゆっくりと。
暫く光と談笑したあと、光は帰った。また、窓から出て行った。




