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第7話【ヒジリ】

学園恋愛ファンタジーです。BLではないですが、臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。

第7話 ヒジリ


「ユズハ!てめえ、うちの可愛い妹をこんな所に連れだして何してやがる!」

「痛いって!踏んでるっつーの!ちっこいくせに下も見えてねーのか、あんたは!」

「ちっこいは余計だ!こんな所で座り込んでる方がわりい!」


 ナギは階段下に突然現れ、登り切った勢いでエイジを踏みつけ、ずかずかとユズハの前まで歩き、仁王立ちをする。


「お前は、どうしてそう偉そうなんだ!」

「だまれ!質問に答えろ!」

「別に何もしてない……。判ってるだろ、オレがお前の妹をかわいがってることくらい。ただ、マドイよりはヒジリの方が話が分かるかと思って聞いてただけだよ。別々に話を聞いた方が、違う話が聞けて良いかと思って」

「じゃあ、何でオレに内緒でこそこそカナタと連絡とったり、こっそり先回りしてヒジリを連れ出す?!俺も連れてけばいいじゃねえか!」

「お前を連れてったら、話が分からなくなる。バカだし。もうちょっと冷静になってから、話をしろ。落ち着け。ちゃんと周り見えてるか?」


 余裕たっぷり、落ち着いた様子でユズハにそう言われ、一瞬引いてしまったが、


「落ち着いていられるか!大体ヒジリ!お前がいながら何でお前ら二人であんなゲームに出てんだ!なんか帰ってこないことと関係あるのか?」


 今度は矛先がこっちに来たよ……と思いつつ、顔が綻ぶヒジリ。

 怒っているのは、彼が自分を心配でたまらない証拠だからだ。


「違うわ、ナギ。関係ないの。あのゲームに出てるのは、マドイちゃんと二人で決めたことなの。私たちもあの力が欲しいって言って。他の人たちと一緒よ?メールが来て、そのまま参加してみただけ」

「でも、マドイはともかく、お前はあんなゲームなんか出来るタイプじゃないだろ?戦えない……」


 ナギの勢いがそがれていったのが手に取るように判る。本当に、彼は妹達が心配でたまらない。ただそれだけなのだ。


「戦えない?彼女が?昨日、中緒姉の方はすごかったぞ?!メチャクチャだった!」

「当たり前だ。オレが鍛えたんだから」


 暗い顔で、ナギはエイジを睨み付けた。


「……なるほど、納得。でも、彼女は?」

「ヒジリはそう言うのを嫌がったし、中緒の父も元々この子達に教えるつもりはなかったから、オレもそれに倣った。でも、マドイは強くなりたがったから、教えた。それだけだよ」

「でも、戦えないなら騎士にはなれない。中緒姉ばかりが戦うってコト?」

「そんなことない」


 反論したのはヒジリだった。


「あの玉座に座るものが、どれだけ危険かわかってる?ルール上、騎士がボードにいたら、王は何も出来ない。立ち上がることすら」

「……どういうことだよ」


 昨夜、ボード上で対峙したヒジリから受けた印象と同じモノを、今の彼女からも受け取っていた。

 エイジはこの時点で確信をした。ユズハとの会話からも判るとおり、この女は信用できない、と。


「騎士の手をよけ、玉座を攻撃して、王を引きずり降ろしても、勝利は得られる。それは昨日マドイちゃんが証明したけれど……。みんながみんな、マドイちゃんみたいに優しいわけじゃないと思うわ」

「無抵抗の王を、傷つけることになる場合もある……」


 エイジは昨日のマドイとカナタの様子を思い出した。

 マドイは、ケガをしていたにもかかわらず椅子から落とされたカナタを気遣った。実際、カナタはルール上、構えてはいたモノの、何も出来なかったに等しい。


「抵抗はするけど、玉座に座ったままじゃ、出来ることは限られてる。ねえ、ユズハ?」


 彼は返事をしなかった。


「大丈夫よ、マドイちゃんは誰より強い。昨日だって、あなたは何も出来なかった。私、マドイちゃんのこと信じてるもの」


 彼女は愛らしい笑顔でエイジに話す。

 エイジはその笑みに恐怖すら感じていた。


「ヒジリ、だからって、お前もマドイも危険だ。確かにあの子は強くなったけど、オレは気が進まない。ユズハが言ってたことが現実になるなら、あのゲームは危険きわまりない。だって、昨日もあの武器が出てきたんだろ?」


 ナギがエイジに向かってそう問いかけると、座り込んだまま彼は頷いた。


「マドイの武器は?」

「短剣よ。でも、ほとんど使わないわ。というか、使う気もないみたい、使い方がよく判ってないみたいだから」

「そっか。まだ、刃物なら……良い」


 自分のように、大剣に対してただの棒で戦う羽目になっていたらかわいそうだと。


「大丈夫よ、ナギ。それに、このゲームに出るのは、私とマドイちゃん、二人の意志なの」

「でも……」


 あの、ナギ宛に来たカードは?

 でも、ナギは彼女たちにあのカードを見せられなかった。どうしても。怖かったから。

 だって、彼女たちの『秘密』だなんて、そんなこと。


 彼は彼女たちの口から、彼の望む答えを聞きたかった。それだけなのだ。

 そして一緒に、家に帰りたかった。


「ヒジリ、お前、あの『望む力』って、何か知ってる?」

「さあ?でも、自分が望む力だなんて、素敵じゃない?その力を使えば、望んでいることが手にはいるってコトだもの。駒はみんなそのために戦ってるのよ?ユズハは違うの?」

「残念ながら。オレは、欲しいモンくらい、自分の力で手に入れるよ。そう言うくだらないことには興味ない。……ナギ!」


 力強いユズハの声に、ナギは体を震わせる。

 ナギらしくない。

 そう思ったのは、戦い、人の前を歩き、カナタが憧れるように追いかけている、そんなナギしか知らないエイジだった。


「帰ろう。帰って少し休め。今日も戦いに行くんだから。上に上がる目的がはっきりして、良かったじゃないか」

「……でも、ユズハ」

「バカの考え休むに似たりと言ってな、お前がなに考えても無駄だよ。お前は、……前だけ見て、闘い続けろ」

「ユズハ。そんな無理にナギを……」


 ナギに駆け寄ろうとするヒジリを、ユズハは右手で制する。


「ゲームに出続けると、たった今、ナギに宣言したのはお前だろ?」


 ヒジリは、冷たく言い放った彼を睨み付けることしかできなかった。


「オレがフォローしてやるよ。お前のフォローは、オレにしかできない。判ってんだろ?」


 ユズハは、ナギの手を引き、ゆっくりと階段を下りていった。


「……田所さん、判ってたけど、怖いな……」


 さすがに本人の目の前で「ヒジリも怖い」とは言えなかったけれど。

 ヒジリは、エイジ達の存在など無いかのように、彼らを無視して階段を駆け下り、ナギ達を追いかける。


「……てか、可愛くない?中緒聖。びっくりした。こんなに近くで見たの初めてだけど。オレ、好みだな〜」

「……お前、ずっと黙ってると思ったら、一体何見てたんだ……?」


 可愛いのは見かけだけだろ!?

 そう言いたかったが、レイは聞く耳を持ちそうになかった。





 未だにカナタとマドイは、二人並んで高等部普通科2学年棟の中を歩いていた。


「兄さんって目立つのね、ホントに。あちこちで目撃情報がある……」

「高等部に私服の院生がいれば、いやでも目立つのもあるけどね。でも、どこに行ったんだろ?もう、ヒジリさん所にたどり着いたかな?」

「どうかな?どっちも携帯に出ないのよね」


 携帯片手にぼやくマドイ。


「そういえばさ……ナギさん、二人のこと心配してたよ?オレ、すっごい怒られたんだから」

「怒られた?カナタが?」


 ナギを探しながら一緒に話をしているうちに、いつの間にか仲良くなっていたらしい二人。マドイがカナタを睨むことはなくなっていた。


「そ。マドイとエイジが戦ったことを話したら『またあの武器振り回したのか?』『うちの妹になんかあったら』って。マドイはめちゃ強かったのに、ナギさんから見たら二人とも可愛い妹でしかないんだなと思って。兄妹だからって、ちょっと極端かな?とは思ったけど。そんなモンなの?」

「そんなモンなの?って?」

「オレ、そう言うの、よく判んない。エイジは妹がいるけど、ナギさんのこと『シスコン』って悪態ついてたし」


 マドイは歩きながら、ちょっと考えて、


「うーん……私はこんなモンかな?って思ってたけど、そうなのかも。父さんへの遠慮とか、気遣いとかもあると思うし」

「遠慮?」

「聞いてない?私達と兄さんて、血はつながってないのよ。正確には兄妹じゃなくて従姉妹なの。でも、父さんが引き取って養子にしたから、戸籍上は兄妹なんだけどね。父さんは『道場の跡取りが欲しかっただけだから、気を使わなくて良い』って言うんだけど、兄さんに好きなようにさせてるし、私たちも父さんもホントの家族だと思ってるから。だから、余計に兄さんは気を使ってるところはあると思うの。でも、あの性格だから……」

「そうとは言わないよねえ。心配してるって繰り返すだけだし、あの人」


 カナタはまた、ナギのことを考える。

 まっすぐで、がむしゃらで、卑怯なことが嫌いで、とても強いナギ。

 彼の気遣いはあまりに不器用で、でもそれがナギらしくて。


 彼の意志が、彼の心が、そのままナギ自身の強さに反映しているように見えた。

 そして、自分に足りないモノはそれだと、カナタは感じていた。


 まるで自身の何かを補うように、彼はナギの言葉を、生き方を吸収しようとしていた。

 カナタもまた、そんなことは口にはしないけれど。


「マドイって、ナギさんのことホントに好きだよね」

「うん。だって、スゴイでしょ?あの人。ユーちゃんはすぐに兄さんのこと『バカ』って言うけど、私にはそうは見えないし。あの人が兄さんになってくれて良かったと思ってる。私の目標なんだ」


 そして、彼女もまたまっすぐだった。

 一直線に前を歩くナギに向かう様は、見ていて気持ちが良かった。

 彼女の彼への憧れが、カナタには手に取るように判る。


「カナタも、兄さんのこと好きよね」

「そうだね。面白いな。あの人といると、毎回驚かされる。それに行動がオレ様でメチャクチャで突拍子もないのに、オレはいやな感じがしないんだ。何でかなって思うんだけど」

「何で?」

「まだ、判んない。マドイは判る?」

「判んないや。兄さんはああいう人だって思ってたから。驚かないし」


 もう、この棟は全て廻ってしまったので、二人は仕方なく外に出た。しかし、下校時間も過ぎ、おのおのが移動し終わり人がいなくなり始めた高等部周辺では、聞き込み捜査も出来ない。


「携帯、つながる?」

「うーん……、まだ。ヒジリは、ユーちゃんがちゃんと送るって言ってくれたから、大丈夫だと思うけど……兄さんが心配かな。あんなに怒って、またユーちゃんとケンカしてなきゃ良いけど」


 普段、怒鳴りあう二人を見てるであろうマドイが心配する二人のケンカとは一体どんな酷いモノなのか。少しだけ見たいような、見たくないような。


「ナギさんがさ、きっとマドイ達に何度も言ってると思うけど、何で家に帰らないの?」

「帰るよ、ちゃんと。夏になったら」

「連休前は、連休中に帰るって言ったんだよね?しかも、ナギさん達、寮まで迎えに行ったって言ってたのに、いなかったって」

「その時は、用事があったの」

「……ゲーム?」

「まさか、夜でもないのに」

「夏休みまで待たなくても、週末にでも帰ればいいのに」

「いろいろ、忙しいのよ」

「ナギさん、心配してる」

「しつこいよ。関係ないじゃない!」


 さすがにいらっときたのか、カナタに対して怒鳴った。

 しかし、怒鳴られても、カナタの態度は変わらない。同じ、表情、同じ態度。彼の口調は決して責めてはいなかったのだから。


「オレにはね。でも、ナギさんが心配してる。君たちを追ってここまで来た。あの人は『中緒の父への義理だ』って言ってたけど、そんなことのためだけには来ないと思うよ」

「判ってるよ。兄さんのことだもん!」

「落ち着いてよ、マドイ」

「怒らせたのはカナタでしょう!?」

「なんて言ったらいいのさ?」

「どんな言い方しても同じよ!兄さんが心配してるのなんか、本人の口から何度でも聞いた!」


 彼女たちには何かある、と。カナタは感じていた。


 エイジがここにいればいいのに。

 彼ならきっと、マドイの微妙な変化を、違和感を読みとってくれる。

 カナタは歯がゆかった。

 自分は、彼と違って、どこを見れば、何を見ればいいのか、どこを向いていればいいのかさえ判らないのだ。

 だからこそ、まっすぐ我が道を突き進む、意志の塊のようなナギに憧れる。

 エイジの思いに、疑問に答えられない。


 今、彼女の心を、読みとれたら。

 カナタは、願いにも近い思いを抱いていた。


 誰かをこんな風に怒らせることなんて、カナタは経験したことがなかった。彼は人を怒らせることすら出来なかったのだから。


「マドイ!何してる?」


 大学部のある方から歩いてきたのは、ユズハとナギだった。その後ろをヒジリがついてきていた。


「何言ってるのよ、兄さんを捜してたのよ?いきなりどこかに行っちゃうから。カナタを連れてきたのは兄さんでしょ?置いていってどうするのよ?」


 とっさのことで、カナタは笑顔を作れなかった。

 彼女が、彼の兄妹達の前ではあまりにいつも通りで。


「違うって。オレが話を付けて来るって言ったら、そいつが勝手に『お供します☆』なんて言ってついてきたんだ」

「だって、オレ達がマドイ達のこと教えたんですよ?オレが話がしてみたいって、提案したし」

「じゃあ、こっちに直接来ればいいのに」


 マドイは彼らが最初にここに顔を出したときとは違うことを言った。


「一応、義理は通しとかないと」

「変なの」

「君こそ」


 かみ合ってるのか、かみ合ってないのか判らないマドイとカナタの会話を、不思議そうに眺める3人。


「……なんか、仲良くなってる。マドイちゃんてば」

「カナタ!お前うちの子に!」


 問答無用で怒鳴りつけるナギ。その様子を、もちろんカナタ達は笑う。


「えー、橘がー?意外な感じ……」

「どんな人なの?橘くんって……?」

「何というか……」


 ナギもマドイもカナタも、笑いながら騒いでいた。ヒジリには何だか楽しそうに見えた。

 ヒジリの問いに、ユズハが彼らには聞こえないようにこっそり答えた。


「無気力……のように見えることもある。経験値が低くて、盲目的な所もある」

「マドイちゃんと何で仲良くなったのかしら」


 それだけがちょっとだけ不満なヒジリ。


「さあな。でも、一人でも執着してくれる人間がいるってコトは……」

「……執着?」

「そう、執着。橘に執着するやつがいる。そう言うヤツには、気付かなくても何かしらの価値があるんじゃないかと思うよ。ナギみたいにね」


 不愉快ではあったけど、ヒジリは納得したような顔で頷いた。


「価値のない人間なんていないんだけどね、ホントは。君は子供だから」


 ヒジリに聞こえないよう、嫌味っぽくユズハは呟いた。

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