第6話【マドイ】
学園恋愛ファンタジーです。BLではないですが、臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。
第6話 マドイ
椿山学園高等部普通科第2学年棟。ここには全部で8クラス収まっていた。椿山の高等部でも芸術科とは違い普通科は人数が多いため、学年別に建物が違う。ここはその中でも2年生だけが集まる棟だった。
そこが、今日はざわめく。このざわめきは、今年度になってから何度目だろうか。その原因はいつも一緒だった。
大学院の有名人、中緒凪だった。今日は後ろにユズハの代わりに高等部の制服に身を包んだ男子生徒を連れている。高等部とは言っても、美術科の制服だったのだが。
その男はもちろん、ユズハではなく、橘彼方であった。
「うわあ……普通科って人が多いですね。しかも、うるさい」
「まったくだな。なんでこうガキはうるせえんだろうな」
あんたが目立ちすぎるからだよ。
天然ぼけのままぼやくナギに対してそう思っていたのは、彼らから距離をとり、後ろからこっそりついてきていたエイジの弁。隣には何故か周藤励も一緒だった。
「なんでカナタと一緒に行かないの、エイジ?」
「いいの。ちょっと泳がせてるだけなんだから。それよりお前こそ、なんでついてくるんだよ」
「別に。面白そうだから。それに、例の美少女だろ?会いに行くの」
「会いに行くんじゃないの、探りに行くの!」
思わず声をあらげてしまったため、周りの注目を浴びてしまう。
「目立たないようにしろって!」
「エイジだよ!」
遠く離れてはいるけれど、その様子にもちろんナギは気付いていた。
「……お前の友達って、心配性だ、過保護だし」
今にして思えば、初めてカナタ達と戦ったときのエイジは、怒りを隠すのに必死だったのだろう。
「あはは。エイジとレイですか?気付かれてないと思ってるんで、そっとしといてください」
「仲良いんだな、お前ら。教えるのはルール違反とか言いながら、あのツレは『駒』じゃないんだろ?」
「はい。オレ達、小学部からのつきあいなんで。あれで、レイも心配してくれてるはずなんで。ナギさんと田所さんもそうじゃないですか?」
「いや、うちはただの腐れ縁。あいつは妹達とも仲良いし、兄妹みたいなもんだからさ、心配してくれてたんだ。別にオレと仲が良い訳じゃない。楽チンではあるけれど」
「そんなもんじゃないですか?」
「そんなもんかねえ?」
話しているうちに、目的地に到着。場所はもちろん二年B組。マドイとヒジリのいるクラスだった。
「マドイちゃーん、お兄さまよー」
女生徒が冗談交じりの声で叫ぶ。もう下校時間なので、帰っている生徒も何人かいるが、大半は残っていて、物珍しそうに集まってくる。
「兄さん。……そっちの人は」
「あ、昨日はどうも」
少しだけ困った顔で答えたのはカナタだった。教室には入らず、廊下から声をかける。マドイは帰り支度をして下校するところだった。
マドイはつかつかと早足で廊下に出て、彼らの前に立つ。
「なんの用?ルール違反だわ?兄さんまで連れだして」
敵意むき出しの顔で、カナタを睨み付ける。カナタは顔色一つ変えず、笑顔のままで答えた。
「いや、オレじゃなくて、ナギさんがね……」
「いい子だから、ちょっと顔貸しなさい。ヒジリはどうした?」
いつも隣に控えているはずのヒジリがいなかった。
「ヒジリなら、ユーちゃんが連れてったわ。ついさっきよ?」
「ユーちゃんて誰ですか?」
「ユズハだよ!あんにゃろ、いないと思ったら!どこ連れてった?!」
マドイは黙って首を振った。
「田所さんはほっとこうって言ったの、ナギさんじゃないですか」
「それとこれとは別だっつーの!」
「話が聞きたかったんじゃないですかね。オレ、田所さんにもメールしましたし」
「お前か!余計なこと言ったのは!」
このちっこい体のどこにそんな力があるのか。ナギは自分より15センチ以上でかいカナタの体を、胸ぐら掴んで持ち上げた。
「苦しいですって!だって、よくメール来ますよ、田所さんから」
「あのやろー!人には抜け駆けするなと言っておきながら!オレに黙って!」
「兄さん。ユーちゃんは別にヒジリのこと悪いようにはしないわよ。でも、ヒジリに用があるって言うから……」
じろっとマドイを一瞥。
「違うぞ、マドイ。ユズハがヒジリに何かするとかしないとかじゃなくて、アイツがオレに内緒でこそこそなんかしてるのが不愉快!て言うか、ありえないっつーの!」
「あ……あり得ないって言われても。もう、なんでそんなに勝手なのよ!」
「良いから、お前の話はあとで聞こう。先にユズハとヒジリを捜す!」
叫ぶようにそう言うと、ナギは人混みをかき分け、廊下を走っていった。取り残されたのはマドイとカナタ。
「もう……何であんなにわがままなのかしら。結局、何しに来たのよ」
「田所さんのいる所、知ってるのかな?」
そう言いながら、携帯を手にするカナタ。相手はユズハだった。
『なんか用か、橘?』
「今、わけも判らずナギさんが探しに行きましたけど、どこにいるんですか?」
『あー、めんどくせえな……』
「ヒジリさんて一緒です?」
『……。お前、ナギと一緒にいるの?』
「いいえ。置いてかれました。隣にマドイさんはいますけど」
『あっそ。マドイには心配するなっつっといて。ちゃんとお前の所に送るからって』
そう言って電話を切ってしまった。
「……だそうです」
そう言って、電話でのユズハの様子をマドイに報告する。しかし彼女はただ黙って彼を見つめていた。
「電話したことも、ナギさんには言わない方がいいですかね?」
「そうね。怒っちゃうから。仕方のない人よね」
「でも、オレ、ナギさんって面白いと思いますけど」
「私もよ。ねえ、昨日名前聞くの忘れてた。なんて言うの?」
「橘彼方。美術科の2年生です。ちなみに、昨日の相方は同じ科の木津詠時。よろしく、中緒惑さん」
笑顔で手をさしのべるカナタに戸惑うマドイ。
少しためらって、スカートの脇で手をこすってから、彼の手を握った。
「……変な人。油断させるため?」
「何で?そんなのめんどくさいし……」
カナタは、ナギの走り去っていた方向を見つめた。
「ナギさんはそう言うコトしない人だろうな」
「そうね。戦い方は考える人だし、ああ見えてあの人、賢いのよ?」
「動物的なところもあるけどね」
カナタはマドイの手を握ったまま、軽く引っ張った。そのまま、ナギの向かった方向へ歩き出す。
「……ちょっと、何?!」
「ナギさんが行った方へ、行ってみようかと」
「なんで?」
「面白そうだから」
「なにが?」
「ナギさんが」
マドイは何も言わず、ただ彼に微笑み返すと、彼の隣に立って共に歩き始めた。
「お前、めんどくさいよね。目立つんだもん。なに有名人とか言われて騒がれてるわけ?」
ナギ達がマドイのクラスを訪れていたころ、ユズハは煙草を噴かしながら、ヒジリと隣同士に並んで座っていた。
文学研究科棟の屋上で、階段室の壁にもたれながら、空を見上げていた。
「知らないわよ。私はおとなしくしてるつもりだけど、マドイちゃんといるとどうしても目立っちゃうのよね。華やかな人だし、可愛いし、その上……」
「暴れるし?」
「それだけはどうしようもないわね。所詮、ナギの義妹だもん」
「お前だってそうじゃないか。ナギの義妹、マドイの妹」
その可愛らしい容姿からは想像できないような恐ろしい形相で、彼女はユズハを睨み付けた。
「怖いね」
バカにするように、彼は彼女を笑い飛ばす。
「相変わらず、嫌味っぽいのね、ユズハって。ナギにも見せてあげたいわ、その顔」
「無理じゃない?お前のさっきのその怖い顔も、ぜひ見せてやりたいけど」
流れる、気まずい沈黙。
ユズハが二本目の煙草に手をかけたとき、彼女は思い口を開いた。
「何の用?わざわざナギにくっついて、こんな所まで来て」
「何度もナギが言ってただろ?『どうして帰ってこないんだ』『オレは心配だ』『中緒の父も心配してる』ってね」
「そんな話は何度も聞いたわ。そうじゃなくて、わざわざ私だけ連れだした理由よ」
「マドイがいちゃあ、話しにくいかと思ってね」
携帯がなったのを確認して、ユズハはポケットから取り出す。相手を確認して、ヒジリに構わず電話をとった。
「なんか用か、橘?。……あー、めんどくせえな…………。お前、ナギと一緒にいるの?」
ナギという名前に、隣に座るヒジリが反応した。しかし、ユズハは全く彼女の方を見る気配がない。
「あっそ。マドイには心配するなっつっといて。ちゃんとお前の所に送るからって」
それだけ言うと、ユズハは携帯を切って、ポケットにしまった。ついでに煙草の火も消した。
「誰?相手。何でナギのこと」
「昨日、お前らとゲームをした……んーと、昨日は騎士をやったとか言ってたな、そいつ」
「……何で、他の駒と連絡を取ってるの?ルール違反よ?」
「別に、他の駒と仲良くするなとは書いてなかった。いちいち細かいよ、お前」
「ユズハほどじゃないわ」
ヒジリは立ち上がり、階段に向かう。それをユズハは後ろから抱きかかえるように引き留めた。
「待てって!逃げる気かよ」
「別に。敵に情報を漏らす気がないだけよ」
「敵ってどういうことだ。大体、何でお前らがあのゲームに出てたんだ?しかも、上のステージに上がってて、橘の話だとリーチかかってるって……。なんで、あんなわけの判らんことしてるんだ。お前、マドイが危険な目にあっても良いのか?」
肩を掴み、いつにない真剣な顔でヒジリに詰め寄った。
「ナギが……どんなに心配してるか。帰ってこないし、あんなゲームに出てるし……。今はお前ら元気だけど、何かあったら……」
「心配、するかしら、ナギ」
「当たり前だろう。お前らアイツにとって可愛い妹なんだよ?」
彼女は俯き、黙ってしまった。
「ナギのこと、心配じゃないの?あなたこそ。あなたはあのゲームを危険だと言うのに」
「オレ達ははめられてる。お前らのことを盾にだ。アイツが止めて聞くわけがない。だから、出来る限り、安全な方法をとらせてる。オレが影で動いて、あいつの好きなようにやらせてやればいい」
「これも、ナギのために影で動いてるってコト?」
「そうだ」
ユズハの目つきが変わっていく。
ナギを、ナギの妹達を心配する者の目から、敵を攻める目へ。
「お前か?あのゲームに出ようって言ったの。マドイは、ホントに何も知らない様子だった。大体、あの子はそんなことをする子じゃない」
「私なら、自分のために何でもする……とでも言いたげね」
「その通りだよ」
ユズハは彼女の肩を掴んだまま、にらみ続けた。彼女も臆することなく、その視線を受ける。傍目には情熱的な恋人同士が見つめ合っているようにも見えた。
「……ヒジリ。お前、今夜抜け出せる?」
「どういうつもり?何も話すことはないわよ。別に何も企んじゃいないもの」
「久しぶりに外で会おうかって話だ。ここでこれ以上、話を続ける気もない」
話しながら、彼は階段室の扉まで歩き、勢いよく扉を開けた。
「木津、良い趣味してるじゃないか?」
逃げ遅れ、苦笑いをするエイジとレイがそこにはいた。どうやら、目撃情報を頼りに、彼らを捜し当てたらしい。
「……いや、美少女と何を話してるのかな……なんて。もしかして、出来てんすか?それで、心配になってこんな所まで追いかけてきたってコトですか?」
ユズハが怒ってるのが手に取るように判るので、後ろが階段にも関わらず、後ずさりをする二人。
ユズハの後ろで、ヒジリが笑顔のまま口をとがらせた。
「出来てる?オレとヒジリが?」
「なんか、そんな雰囲気だったんで」
「まさか、この女はオレの敵だよ?」
ユズハはそう言って、いつもの顔に戻って笑っていた。
ヒジリもまた、笑顔のままだった。