第4話【エイジ】
学園恋愛ファンタジーです。BLではないですが、臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。
第4話 エイジ
大学院デザイン研究科建築デザイン専攻のアトリエにカナタとエイジが顔を出したのは、午後4時過ぎのことだった。
ちょうど、ナギが黒いA2サイズの図面ケースを片手に、研究室を出るところだった。何故かユズハも一緒にいた。他に学生はいないようだった。
「ホントに建築やってたんですね。ナギさんて」
「なんだと思ってたんだ、お前は。失礼だな」
カナタはナギのことを「ゲーム」でしか知らなかったのだから、仕方がないだろう。一緒について来ていたエイジは、ナギとユズハに挨拶もせず、研究室の中をうろうろしてた。
「ふーん。中緒兄って、ただのお馬鹿な人かと思ってたけど、噂通り実はスゴイ人だったんだな」
研究室の片隅に展示してある建築模型の一つを見ながら、エイジは呟いた。
どうやら、講評日が近いらしく、他の学生の模型も展示がしてあったが、ナギの名前が付いた模型はひときわ目立っていた。完成度とインパクトが他の物とは違っていた。
「実はってなんだ、実はって!」
「良いじゃないですか。スゴイって誉めてんのに」
「お前ら、美術科の生徒だろ?受験に目の色変えたヤツは、もうちょっと先輩にうまいこと取り入ろうとするぜ?」
「まだ二年生なんで。それに、ここの学園はほとんどエレベーターだし」
「張り合いがねえな、ここの連中は」
ナギはため息をついた。この学園にいると調子が狂うことばかりだ、と。
「今日、会いに行くって言ったじゃないですか。どこに行くつもりだったんですか?」
「いや、あんまり遅いから、ちょっとコーヒーでも飲みに行こうかと思って……」
実は逃げようと思っていた、とはさすがに言えないナギ。迷ってはいたのだけど。
「中緒ー?もう帰るんか?明日講評なのに。……なんかエライ人数だな……?」
どうやら同じ科の男子学生らしい。研究室に入ってきた途端、帰り支度の整っているナギを見て声をかけた。
「?高等部のヤツか?お前、来たばっかなのに、そんなとこにまで知り合いおんの?」
ユズハとは顔見知りらしく、軽く挨拶をしたあと、カナタ達の値踏みをはじめた。
「知り合いっつーか……。講評には顔出すよ、もう出来てるし」
「ヨユーだな。なら、明日はお前を一番にしてもらおっと♪朝イチな」
学生は片隅におかれた模型を見ながら、煙草に火をつけた。ナギの模型が完成しているのを確認する。
「ヨユーにせざるをえないんだよ……」
今夜、「ゲーム」の予約を入れてある。ぎりぎりまで作業している余裕はない。
さすがにそうとは言えなかったけど。
なんで明日に限って9時から講評なんだと思いつつ、カナタ達に研究室から出るよう促す。
「お前、明日講評なのに、予約いれたの?そんでさっきまで、こそこそとやってたのか」
廊下を歩き、出口に向かうナギの横にユズハが並ぶ。その後をカナタ達がついていく。
「忘れてたんだよ。良いって、今日の徹夜が、昨日になっただけだし」
「そんで昨日、部屋に戻ってこなかったのか?」
「てか、なんでお前、オレが部屋に戻ってないこと知ってんだよ!」
「お前と同室のヤツに聞いたんだよ」
「意味わかんね。なんでそう言うコトする?!」
ぎゃあぎゃあと怒鳴りあう二人を、カナタ達は自分より子供を見るような目で見ていた。
「ナギさん、どこ行くんですか?」
「だから、コーヒー飲みに行くんだって。こんな所で話せないんだろ?ゲームのことは」
「オレ、別にゲームのことを聞きたいんじゃないんですけどね」
「カナタがそうじゃなくても、オレ達はお前らに聞きたいことがまだいっぱいある」
ナギはいきなり止まったかと思うと、振り向いてあくどい笑みを見せた。カナタもまた、その顔を見て笑ってみせる。
エイジはそんな二人を見て、ため息をつくしかない。
「てか、なんでお前はずっとオレの横にいるんだよ。模型作ってるときとか、邪魔なんだ!気が散る!一人にしろって!」
「邪魔って言うな。どうせお前のことだから、オレの所にこいつらを連れてこないと思って、最初から見張ってただけだ」
「んなことねえって、ちゃんと連れてったって。信用しろよ、もう」
「どうだか」
仲がいいのか悪いのか、常に怒鳴りあいながら、学園の外に出ていく。あんなに常に叫んでたら疲れそうだけどな、とエイジなどは思う。
周りも気にせず叫びながら、ナギ達は迷わず学園から一番近い喫茶店に入った。いつも通りの行動なのか、店の人に挨拶をして、当たり前のように一番奥にあるソファ席に座る。
「……あんまり、こう言うとことか入んないんですけど。オレ」
「おごらねえぞ」
カナタの台詞に、間髪入れずにナギ。
「けちだな。オレ達まだ高校生だぞ」
「今どきの高校生は大学生なんかよりよっぽど金持ってるだろうが。大体、あんな金のかかる学校行っと来ながら、何言ってやがる」
「あ、おねえさん。オレはホット、コイツはアイスカフェオレね。君らなんにすんの?」
ユズハもフォローする気はなかったらしい。メニューも開かずに自分とナギの分を注文する。カナタ達はユズハに言われ、初めてメニューを手に取った。何とか急いで注文を済ませる。
「昨日の話。続きが聞きたいな」
ウエイターが立ち去ったあと、ユズハは煙草に火をつけながら唐突に話をはじめる。
「煙草、やめろって」
ナギが文句を言いながら、ユズハのくわえていた煙草を奪い、勝手に灰皿に押しつけた。
「続きってなんですか?田所さん」
ユズハの嫌そうな顔も、ナギの怒りも無視して、エイジがユズハの問いに答えた。
「最初に戦った、音楽科の3年生で顔見知りだったとか何とか言ってた奴のこと。話の流れからすると、そいつらドロップアウトしたってコト?」
「ええ」
「どうなったの?」
「いなくなりました」
ユズハもナギも、エイジの言葉に応えられなかった。
ウエイターがユズハの前にコーヒーを持ってくるまで、しばし沈黙が流れた。
「学園からってコト?」
「でもまあ、3年生でしたし、いくらうちがエレベーターとは言え、音楽科の枠は高等部と大学部では数が違う。芸術学部は高等部から大学部で3分の1くらいはいなくなるから、その中に入っただけかもしれない」
いくら椿山学園が一貫教育であるとは言え、上に行くほどその枠は少なくなる。それでも大学部まで行くと、ほとんどが椿山の高等部出身者ということになるのだが。
「2月の上旬までは授業があったはずなのに、1月ごろには見かけなくなった。だから、確認に行きました、音楽科へ。知り合いがいたんで」
「それで……いないことを確認したってコトか」
「はい。突然転校してしまったそうです。でも、3年生のこんな時期に?不自然すぎる。だから、他の連中にも聞いてみたら、みんなが違うことを言う。問題を起こして退学をしたとか、他校を受験するために学校に出てこないだけとか、留学をしたとか。人の噂なんてのは適当なものだ。でも、誰も真実は知らないけれど……」
「いなくなったという事実は残った。二人揃って?コンビなら二人いたはずだ」
「いや、片割れはどこのヤツか知らなかったから、確認してない。その、知ってた音楽科のヤツだけ」
また、ユズハはトントンっと顎を叩く。その様子を、隣でナギが横目で見つめる。カフェオレに口を付けながら。
「木津達がゲームに参加したのって、いつ頃?」
「去年の11月くらいかな。予約とっても、相手がいなければゲームは成立しないから、そのころは昨日みたいに連戦なんて出来なかった。最近だよ、予約とったらすぐ返事があるのは。参加者が増えてるんだろうな」
ユズハはそう言われて、昨日取った予約の返事がすぐ返ってきていたのを思い出した。
「そうだなあ。オレ達が参加したばかりのころって、参加日の候補をいくつか挙げて送信してたんですけど、相手が見つからなくて、返事が悪くてすっごく待たされてたんですよ」
「お前が焦り過ぎなんだよ。連戦なんかするもんじゃねえって。テスト前くらい、おとなしくしてろっての」
「別に、テスト前だからって何も変わらないし。授業が早く終わって楽かと思って」
「……お前、そう言うヤツだよな……」
今日何度目か判らない深いため息をエイジがついた。
昔から何をやらせても平均以上によい出来のカナタ。特に努力をしているわけでもない、要領がいいのか、才能があるのかどちらかなのだろう。それで彼が困っているところをほとんど見たことがない。
平均以上に出来るからか、カナタは何にも興味を持たなかった。何かに努力しているところも見たことがなかった。
それって、楽だけど。だけど、楽しいのかな?
カナタはいつも穏やかだ。
一緒にいても不愉快じゃない。何だか植物のようで、彼がいると空気が綺麗になるような。そんな男だった。それって実はすごいことだとエイジはカナタと一緒にいながら思っていた。
でも、カナタはそれで良いのか?
本当に長いつきあいだけど、カナタが「穏やか」以上になることも以下になることもなかった。
そのカナタが、「ゲーム」案内メールをもらって、初めて参加したとき、目の色を変えた。
『望む力だって。本当にそんな物があるのなら、絶対に手に入れたい。だから、頑張ろうよ、二人で』
彼はそう言って、嬉々としてゲームに参加した。最初のころは試験的にエイジも「騎士」として参加したが、カナタが「騎士」になることを望んだ。だから、よほど理由がない限り、エイジは彼のために玉座に座った。
それでもよかった。こんなカナタを見たのは初めてだったから。
ゲームの目的なんて、なんでもよかった。このゲームに参加することに意味があった。エイジには「望む力」なんてなんでもよかった。カナタが変わったことが、全てだった。
でもやはり、強いナギに「憧れている」様に見えるカナタは、エイジの不安を煽る。ため息だって深くなる。
「じゃあ、その音楽科の生徒はどんな理由であれ、とにかく学園からいなくなったってコトだ。ドロップアウトした後」
「ドロップアウトしたかも定かじゃないですけどね。その後、ゲームで当たることはなかったし。ただ、当時はゲームする駒も少なかったから、参加してたらどこかで会ってたかもしれないのに、会うことはなかった」
「他には?お前ら7回も戦ってんだから」
「さあ。近しい人は彼くらいだったから。中等部とか高等部の普通科とかだと人数多くて目立つヤツくらいしか判らないし、大学部だと美術科位しか判んないですし。中緒兄くらい有名人ならともかく、いくらこの学園が一貫教育で閉じてるからって、カナタは人の顔しらねえし」
「あはは……ごめん」
「こんなに人数多くても、関わる人間なんてほんの一握りだから、この中にいたら」
エイジが吐き捨てるようにそう言ったとき、カナタの笑顔が消えた。
「だろうね。この学園は異常なほど閉鎖的だ。そもそも、このゲームの制度自体が怪しいしね。学園が絡んでるのが見え見えなら、選ばれた者は参加せざるをえない。しかも、この曖昧かつ魅惑的な『望む力』と言う餌……」
「餌?」
ユズハの言葉に、ナギが疑問を投げかけた。いや、言葉の内容自体に何もつっこむ気はなかったのだが、ユズハの言い方は気になった。
「そう、餌だよ。ナギの元に来たカード、望む力……オレは、学園側の首謀者が、何かコトを起こすために、こんな手の込んだ……手が込んでるけどあからさまなことをしてると思ってる。しかも、そいつは学園にいる生徒を綿密に調査してる気がするんだよね。あのゲームという制度で力を発揮でき、なおかつ『望む力』なんて餌に引っかかりそうなヤツを」
ちらっと、カナタを見た。カナタの表情は変わらない。
「昨日の中学生達も、やる気十分だったじゃないか。正直、オレならこんな危険なゲームはごめんだね。いくら武器による痛みがゲーム後消えるとは言え、精神の死は肉体の死だ。それがわからんほどバカじゃあるまい。まあ、仮に判っていなかったとしても、自分のみをわざわざあんな野蛮な行為に飛び込ませるような真似、普通の神経ならしないさ。そもそも、メールが来た時点で疑うさ」
「……ようするに、『望む力』なんて言われて、それがどんなものか判らなくても、賭にでてみようって気のあるヤツを選んでるってコトか?」
「そういうこと。お前のおバカな頭でよく理解できたな」
ユズハがいかにもバカにした顔で、ナギの頭をなでてやる。
もちろん、ぶん殴られていたが。
カナタもエイジも何も言わない。
何も言わないのは、肯定のサインだと、ユズハは受け取っていた。
「……その『望む力』なんて曖昧なモンがあれば、何とかなんのかな?マドイ達のこと」
「さあな。オレはそんなくだらない物に望みをかけるようなマネは推奨しないけど。でも、あの子達が微妙におかしいのは、確実にこのゲームが関わってるだろうな。例のカードを見る限り」
「じゃあ、オレはどうしたら良いんだ。オレは他のことはどうでも良いぞ」
「じゃあ、お前のバカな頭にも分かるように言ってやろうか。オレとお前がすることは、とにかくこのゲームに勝って勝って勝ちまくって、こんなくだらねえコトしたヤツに、確信に、近付いていく。今はこれしかできない!どーん!」
……といって、ナギの至近距離で人差し指を指す。
「……笑うせぇるすまんか、お前は」
「いいじゃねえか。自業自得の結果への片道切符だ。同じだろ?」
「自業自得か?」
「何をどうしたって、自分が動いたようにしかならねんだよ、人生は」
「判ってるよ。だから自業自得ってか?よかろう」
にやっと、ナギは笑ってみせる。
「お前の言うとおり動いてやるよ。勝って勝って勝ちまくって、悪いヤツを引きずり出してやる!!」
大騒ぎする二人を、うるさいなあと思いながらエイジは見ていた。隣に座るカナタは何を思っているのか、表情を変えずに二人を見つめていた。
「ナギ、もう一声」
「なんだ?」
「オレはどうしたら良いんだ?判る?」
ナギはじっと、ユズハの顔を見つめる。それから、眉間にしわを寄せ、少し考える。
「……そんなに難しいことは言ってないぞ、オレは」
「お前の言いたいことはわかんねえよ、オレは」
「そーかいそーかい……」
ユズハは深いため息をつく。苦労してるなあ、なんてエイジに同情されているとも知らずに。
「ていうか、お前の意志なんかどうでも良い」
「どうでも良いって、お前ね……ホントにバカなんだから」
「バカって言うな!お前は、オレについてくりゃ良いの!てか、黙ってオレについてこい!!」
無駄に生き生きとしながら、明後日の方を指さすナギ。隣で苦笑いするユズハ。こころなしか嬉しそうだった。
「……中緒兄って、すげえね」
片肘つきながら、エイジが呟く。
「……お前、どうしてユズハには敬語で、オレはタメ口?兄呼ばわり?」
「誉めてんだから良いじゃないすか。先輩とか面倒って言ったのあんただし。いや、ホントすげえよ、バカだけど。しかも鈍いし」
「誉めてんのか、けなしてんのか、はっきりしろ」
「だから、誉めてるんですって。鈍いなりに、絞めるとこは絞めてるって言う……」
「なんか引っかかる言い方だな」
腑に落ちないナギ。彼をなだめたのは、隣にいたユズハだった。
「どしたのエイジ、珍しいね」
「珍しい?何が。お前の方がよっぽど」
今のカナタに言われる筋合いはない。カナタはまるで、子供のような顔でナギを見ているのだから。そんなカナタは10年以上見たことがない。
「なんか、物欲しそうにしてるって言うか」
「物欲しそうって、なんだよ。人聞きの悪い」
「ごめんごめん。言い方が悪いか。なんて言うのかな……うらやましそうって言うか。あんまりそう言う所見たこと無かったから」
「そうか?オレは割と欲望に忠実に生きてるつもりだけど」
「そうかな?そうでもないと思うけど?オレの勘違いかな。良いんだけど。何がうらやましいのかもよく判んないし、そう見えただけ」
ずるい。
エイジはちょっとだけ、口の端を歪ませた。
見てないようで、カナタは見ている。
なんにも興味がないくせに、時々こうして何かを見ている。
その中に自分がいることを嬉しく思うけれど。
でも、ずるいな。
やっぱりその思いが先に来てしまう。
「エイジ、携帯なってる」
テーブルに置いていた携帯がふるえていた。あまりの振動に、全員の目がそこに集中する。
「しまっとけよ、そう言うモンは」
「中緒兄って小姑みたい。うるさいよね」
「小姑とはなんだ!オレは当然のこととして言ってるだけで!」
「まあまあ、ナギさん、そうやってすぐ怒るの、大人げないですよ?」
「カナタ、てめえはいろんなことを気にしなさすぎだ!もっと覇気を持っていきろ、覇気を!」
「はい」
カナタがナギをなだめるように笑っている間に、エイジは携帯をチェックする。
「……来た、『ゲーム』のメール。次のステージに上がれって……!」