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第39話【エイイチロウとマドイ】

 夜中に1人でファミレスにいたマドイは、思わず吹き出していた。席にも着かず、マドイの向かいのソファの影からカメラをまわすエイイチロウの姿にはもう、笑うしかなかった。笑えたのは、彼女が彼の存在に慣れたからなのだけれど。


「酷いな。なんで人の姿を見て笑うかな?」

「だって、エーチロさんてば、話しかけもせず、ずっとカメラまわしてるんだもの。何してるんですか?」


 そこまで言われても、カメラを離さないエイイチロウ。


「何って、1人たたずむ美少女の撮影してますけど、何か?君こそ、こんな時間に1人だなんて。女の子1人で待たすなんて、どうしようもないお子さまだな、カナタは」

「カナタ?別に、待ち合わせてないですけど。連絡とれなかったから。それより、座ったらどうですか?なんか、変質者みたい」


 酷い!なんて言いながらも、マドイの向かいに座るエイイチロウ。


「お待たせしました」


 マドイの元に、海老フライ定食が運ばれた。彼女は笑顔で、エイイチロウと海老フライを交互に眺めた。


「食べれば?てか、こんな所で夕食?不健康だな」


 彼がそう言った途端、腹が鳴った。少し照れくさそうにしてる様にマドイには見えたのだが、彼の顔は常にカメラに固定されていてよく判らなかった。


「エーチロさんも、何か食べたらどうですか?」

「……そうする。節約生活中なんだけどなあ……」


 カメラを三脚で固定して、メニューに目を向ける。その様子をマドイはじっと観察していた。


「なに?あんまり見ないでよ。照れるし?」


 メニュー越しに、ちらっとマドイの顔を見たかと思ったら、すぐに視線を戻した。


「みたいですね」


 あっさりとそう言われてしまい、彼は何も言えなくなってしまった。下を向いたまま、呼び鈴で店員を呼びつける。

 バッグにしまい込んでいた帽子を取りだし、綺麗に整えてから目深にかぶった。呼び出されてやってきた店員に、メニューを指さしながら注文した後、ますます帽子を深くかぶり直した。


「カメラをまわしてるから、逆にじっと見られちゃうんじゃないですか?多分?」

「多分?でも、カメラ越しのが落ち着く」

「そんな、髭まで生やして、怖い格好なのに、変なの」

「怖い!?オレの髭が?それはあれだね、君はこの、男のロマン的なモノを理解してないよ!」

「でも、兄さんもユーちゃんも、そんなんじゃないし」


 思わず、力が抜けるエイイチロウ。鍔を軽くあげ、ちらっと彼女の顔を見たらやっぱり笑顔だったが、すぐにまた鍔を下げ、視線をそらした。


「それは剃ってるの!個人差はあれ、みんな生えます!きっと。君はナギが髭剃ってる姿を見たことがないのか?」

「ユーちゃんのはあるけど……兄さんのはないかな?」

「……うん。まあ、オレも、あのアイドル顔が髭を剃る姿は見たくないかな」

「え?剃らないんですか?」

「だから、ロマンだってば。怖くなんか無いよ?」


 もう一度、彼女の顔を帽子の鍔越しに見る。彼女はやっぱり、まっすぐエイイチロウの目を見ながら笑顔を見せていた。


「エイジや兄さんの顔以外も、ちゃんと見た方がいいですよ?」

「余計なとこ見てるな、もう……」

「ユーちゃんが、ちゃんと周りを観察して、考えなさいって」


 ナギの妹、というだけではなく「ユーちゃん」の妹でもあるんだな、としみじみ思うエイイチロウ。余計な教育をしてるな……なんて心の中で悪態をつく。

 理想的な見かけだけど、中身や話し方はいろんな意味で子供みたいだ。それが彼の彼女に対する最初の印象だったけれど。子供って、時々大人がびっくりするぐらい、周りを見てる。そんなことは十分理解していたつもりだけれど、自分に向けられると少しだけ戸惑う。

 

「それで、そんな風に見てるんだ。田所さんはエライねえ。彼もいろいろ、観察してる人だから」

「でも、兄さんもそう言います。生活にも、稽古にも役に立つからって」

「ああ、そっか。君も合気道してたんだっけ。ナギも君も、見かけだけだと似合わないんだけどな。いや、むしろそのギャップが良いのか?」

「なんか、みんなといるときと違うんですね、エーチロさんって」


 その彼女の疑問に、彼はあえて答えなかった。彼女は彼が少しだけ照れた顔を見せていることを、今度は確認することが出来た。


「君は、もしや意地になってるのかな?」

「何をですか?」

「オレが、君の顔を見ないから」

「少しだけ」


 彼女は悪びれずに、笑顔のまま認めた。その行為に彼は溜息をつくしかなかった。


「それは、自信のある女か、無邪気な子供のすることだよ。不愉快だなあ」

「意地になってるのが、不愉快なんですか?」

「自信たっぷりの笑顔で、見つめられてるのが。弟と同じ年の女の子にそんな風に軽く見られちゃ、たまったもんじゃない」


 彼女が食事に手をつけていないことに、彼はたった今、気がついた。その行為の意味を、彼もまた必死に考える。彼女の兄たちの言葉を元に。


「じゃあ、こっちを見てください」


 彼女はちょっとだけむっとした表情になったのだが、彼は見ていなかった。


「良いから食べなさい。冷めるよ?」


 わざと、上から目線で言い放ったと同時に、店員がヒレカツセットを彼の前に置いた。彼は少しだけ安心して、目線を落としたまま食べ始める。彼女もそれと同じくして食べ始めたのを確認しながら。


「こんな照れ屋でかわいいお兄さんを、いじめるもんじゃないよ」

「いじめてませんよ、別に。だって、エーチロさんて、見かけは怖いけど、面白いし。エイジのお兄さんだし。エーチロさんみたいな人は初めてだから。それに、何だか兄さんみたいで、安心する」


 彼女は彼のことを見ていたが、彼は気にせず視線を落としたまま、食事を続けた。


「オレは、あんなオレ様じゃないな。一緒にしないでよ。こんなに謙虚に生きてるのに」


 そうかな?とマドイは彼と兄の行動を比べてみた。箸が止まっていることをエーチロに突っ込まれながら。


「でも、兄さんは確かに偉そうですし無茶苦茶なとこあるけど、ちゃんと人の顔を見て話しなさい、って言うんです。いつも」

「言いそうだな。あいつ、自分を顧みず、説教魔だかんね」


 だから、そんなに真っ直ぐなのか?と彼は少しだけ彼女を知ったような気分になった。


「良いから、食べなさい。美味しくない状態で食べるのは、ご飯に失礼だろ?」

「はい」


 素直に従うマドイに、彼は少しだけ拍子抜けした。どうしてだろうか、と思ったが、答は簡単だった。


「今のオレ、ナギっぽかった?」

「はい」

「へこむなー。子供に説教するの、やめようかな。エイジみたく、大暴れされる方が、いくらか気が楽だ。それか、説教はもう、ナギに任せるか」


 先に食べ終わり、三脚からカメラをはずし、再びマドイをファインダー越しに眺める。その様子を見て、彼女は急いで食べ進める。


「で、君はなんで、こんな所で1人寂しく食事なんかしてるのかな?そういや、いつも一緒の妹がいるとかって話を聞いたけど」


 彼女は黙って水を飲んだ。


「言いたくないことには黙りか、君は」

「エーチロさんこそ、カメラ握った途端に強気じゃないですか。ちゃんとこっち見てくださいよ!」

「……なんで急に怒るんだよ、もう。オレ、弱っちいんだから勘弁してよ」

「怒ってません、別に」


 そう言いながらも、きつい口調で彼を睨み付けていた。彼はやれやれといった顔で溜息をつく。その態度を見て、また、彼女は彼をカナタと比べてしまった。今度は自分の心ではなく、彼らを。


 何も変わらず、彼女を責めもしなかったカナタ。

 へこんだ顔をしながら、しかしその表情は読めず、力加減を計るエイイチロウ。


 そのエイイチロウの態度は、彼女にとって不愉快だった。でも、彼のその態度に違和感を感じていたのも確かだった。それが、マドイには何だか心の奥底に引っかかって、不愉快さを増していた。


「なんですぐ、そういう言い方するんですか?」

「だって、弱っちいんだもん。オレ、暴力嫌いだな」

「……うそつき。駒をやってるくせに」


 そこでその話をするか?とエイイチロウもまた彼女と同様に不愉快に思ったが、彼女の子供っぽさを考えれば、自然なようにも思えた。そう思えば、溜息をつくだけですむ。


「ヒジリに聞いたの。あなたのこと、信用しちゃダメって」

「そうだね。やめといた方が良いと思うよ」


 彼は、カメラもマドイも見ずに、吐き捨てるようにそう呟いた。







 カナタ達の部屋で、エイイチロウに押しつけられたDVDの話を聞いたレイは、エイジからソフトを奪うと、


「フツーさ、身内に自分の作ったモノとか見られるのって、恥ずかしくないかな?なんか、普段の自分とのギャップとかさ」


 なんて言いながら、勝手に再生していた。


「カナタもそう思うだろ?つーか、エイジはめっちゃ嫌そうだけど」

「嫌だよ!てか、何で勝手に人の部屋で、人のもの再生してんだ!大体、もうすぐ門限だろうが、明日から補修だぞ!」

「そんなに照れなくても、これ、エイジのお兄さんが作ったんであって、エイジでないし。オレ、身内でないし」

「身内が作ったモンをみんなで見ようって言うのが恥ずかしいだろうが!!どんな恥ずかしいモン作ってるんだかわかんねえのに!!帰れ!!」


 自分が作ったモノを見られるよりも、何だかむずがゆい気持ちだった。


「でも、オレはちょっと見てみたいかも」


 何の気なしに、カナタもレイの隣に座り、再生されたソフトをじっと見つめた。


「なんでだよ」

「ナギさん、出てるし」

「出てるって言うか、隠し撮り?こうやってみると、マドイさんにそっくり。黙って、寝てるだけなら、確かに綺麗だな。てか、肌とか白くねえ?」

「あ、白いかも」

「どう考えたって、加工してあるだろうが。周りの花とかおかしいし!」


 モノクロの画面の中、何かに寄りかかるように眠り続けるナギ。普段のナギより、遥かに幼く見え、まるで少年のようであった。幼く、美しい少年である彼の首筋から、無彩色の花の芽が徐々に伸び、花が開いていくと共に、そこから徐々に世界が色付いていく。ナギだけが色を帯びず、ただ眠り続ける。

 彼の映像に目新しさはなかった。無かったはずのその映像から、彼らは強い力のようなモノを感じていた。


「……もしかして、エイジのお兄さんて、スゴイ人なんじゃ……」

「騙されるな!」


 そうレイに突っ込みつつも、エイジは画面から目が離せなかった。


「でも、ナギさんじゃないみたいだ。あの人は、綺麗な人だけど、こんな綺麗さじゃないと思う」

「さあな。それはお前の見解だろ?」


 エイジの言葉に、カナタは笑顔を見せた。


 非常に短いそのムービーは、3分ほどで終わった。

 色付いた世界の中、色を持たないまま眠り続けるナギの周りを、極彩色の花が彩っていた。そして、最後には、その花が散りゆき、いつの間にか色付いていたナギだけがその場で眠り続けていた。


「そう言えば、お兄さん、結局どうしたんだよ?」


 昼食の後、消えてしまった彼のことをマドイが気にしていた。カナタにはそれが引っかかっていた。


「さあ?あいつ、大抵ふらふらしてるからな。今ごろどこで何してるんだか」

「彼女とか、いないのかな。だって、大学も休学して、カブで日本一周、みたいなこと言ってたろ?それって、破局への第1歩って感じだよね」


 レイの台詞に、食い入るような表情で耳を傾けるカナタに、エイジが驚いていた。


「あのバカ兄貴に、女がいるとは考えにくいし?」

「そうかな。意外と、もてそうだけど。マイペースだけど、話とかかなり面白いし。テンション高すぎるときもあるけど。それに顔も悪いわけじゃないし。服装も別にセンスが悪いわけじゃないし。けっこう誰彼構わず、フランクに話しかけるし、しかも切り込むし。人に上下をつけないし。図々しいわりに照れ屋だし」

「……レイ……それ、誉めてんのか、けなしてんのか?オレの心が折れそうなんだけど」

「半々?」

「しかも疑問型!!最低!」


 黙って聞いていたカナタが、やっと口を開いた。


「それって、ナギさんみたいだ。やっぱり」

「やっぱり……最低!しかも、あれより顔悪いし!」

「え?そうなの。それ、へこむとこだった?」


 本気でへこむエイジに、とりあえず謝るカナタだった。









「なんで?なんであっさり認めちゃうんですか?」

「なんでって。君がそう言っときながら、不思議なことを言うよね」


 視線を逸らしたまま、カメラをまわし続けたまま、エイイチロウは何も、誰も見ていなかった。バツが悪そうな顔で。


「カメラ止めてください。見て無いじゃないですか」


 彼は、彼女の訴えを受け入れ、カメラの電源を切った。


「こっち見てください」

「オレ、人の顔見て話すの、苦手なんです。もう少し慣れてきたらね?」

「誤魔化さないでください」

「君だって、黙りするじゃない」


 そう言われて、ぐっと押し黙ってしまったマドイ。


「人に何かを求めるときは、まず自分が与えなさいって、言われない?まあ……あいつらは人に要求するばっかりか」


 そんな自分勝手なところはそっくりなんだよな、あの最強コンビは……と思いながら、自分の言葉を後悔した。


「それ、そっくりお返しします」

「なら、君がここに1人でいる理由を聞くのに、オレはどんな情報を与えたらいい?」


 彼の声は怒っていなかったのだが、彼女には彼がふてくされてるように見えた。


「え?」

「そう言うことだろ?もう、オレ、あんまり真面目な話、したくないんだよね、ホントは。疲れちゃうから。うちのお子さまも、君も、どうしてそんな重そうにしてんの?うっかり説教しちゃうだろ?」

「重そうですか?」

「1人で何かを抱えちゃってるって言うの?普通にしようとしすぎるから、辛くなるばっかりじゃん。うちの愚弟なんか酷いもんよ?あの若さで、神経性胃痛持ち。ま、回復中みたいだけど?」


 視線をそらしたままのエイイチロウの向かいで、マドイも俯く。端から見ると痴話喧嘩がこじれたカップルのようだった。


「それとも、オレのこと信用しちゃダメって言われてるから、オレが何か聞くことに対して警戒しちゃってるわけ?」

「そう言うわけじゃ……ないですけど。多分」


 自分が、思った以上に相手に強気に出ていることに気付いて、恥ずかしくなるマドイ。申し訳なさそうな顔で俯いたまま、上目遣いで彼の顔色を伺った。


「ちょっと聞いただけだろ?まあ、地雷踏んじゃったみたいで、悪かったけど」


 あっさりと謝るエイイチロウに、驚くマドイ。思わず顔を上げる。その彼女の表情を、目を合わさないようにちらっと確認し、笑顔を見せた。


「オレのこと、どこまで知ってるの?直接カイトに聞いた?」

「いえ、私は全然。私は、関係ないから」

「ああ、そっか。君の武器、ダガーだとか言ってたな、たしか。てことは君じゃなく、妹の方か」


 思いついたように再びメニューを手に取り、呼び鈴を鳴らす彼を、不審そうに眺めるマドイ。彼の台詞と行為の意味が判らない。


「マドイちゃん、甘いモノ好き?オレ、けっこう好きなのね。でも、1人で食うと恥ずかしいからさ、一緒に頼んでよ」

「節約生活中じゃなかったんですか?」

「泣きそうになってる子供を目の前にして、そんなこと言いません」


 再び笑顔を見せたマドイに、安心するエイイチロウ。何故か、その彼女の様子が彼には照れくさかった。食事を注文するときと同じように、目をそらしながら彼は珈琲とパンケーキとコンポートを頼んだ。


「二宮先生と仲良いんですね?」

「うん。まあ。知らないフリしろって言われてるからするけど、椿山時代の先輩だし、パートナーだったしね。あの人、ちょっと壊れ気味だから、ほっとけないし」

「私より……エーチロさんは……どこまで知ってるんですか、ホントは?ヒジリはあなたのこと、二宮先生の手下だから、信用しちゃダメって言うけど、私には……」


 そんな言葉が出てきた自分自身に驚いていた。ヒジリが彼女の全てだったはずなのに、目の前にいる男を否定できない。


「信用しちゃダメだろ。理由はなんであれ、オレは残念ながら、カイトに加担して、ナギと一緒にゲームに出てる。オレは、あんな賞品にはもう興味がないけど、でも、戦い続ける理由がある。君と同じように」

「でも、あなたもヒジリと同じなんでしょ?」

「でも、いらないもん。オレ、欲しいモンは自分で手に入れたいし。そうじゃなきゃ、価値半減だし」


 その言葉に、マドイは彼にナギを見る。おそらく、エイジやカナタが見たのと同様に。


「ごめんな」

「謝らないでください。私も、多分同じですから。私は望む力なんてあっても、どうして良いか判らないけど。それを欲しがってる人がいる。その人のために、私はなんでもする」

「同じじゃないよ。オレは、望む力なんてくだらないモノをほしがってるヤツが、負け続けるように、近付かないように、戦い続ける。なんでもはしない、そいつにさせなくちゃいけないから。オレは、道を指し示すだけ」


 そう言われて、マドイは身を乗り出し、彼に近づいた。その距離に、彼の胸は当然のように高鳴る。もちろん、目は見れないので必死に顔を背けていた。


「それって、エイジのこと?」

「もう、君ら兄妹は、ホント余計なことばっかりめざといよね。オレがあんな愚弟のために、なんかするわけないだろ?」


 何故か、満面の笑みをたたえるマドイに、照れくささの増すエイイチロウ。店員がパンケーキとコーヒーを持ってきたのをきっかけに、きちんと座り直すように注意した。

 彼女との距離が離れたことに、胸をなで下ろす。


「マドイちゃんも、君の妹も、別にナギのこと嫌いなわけじゃないんだろ?彼を騙してまで、オレの存在を黙ってるよう言われて、あの望む力ほしさに二宮海斗に従うような真似って、どうなの?てか、ナギのこと好きじゃん。あいつ、悲しむよ?あいつ多分、判ってて受け入れてるとこあるからさ」

「判ってて?」

「そう。オレのことも、君のこともね。あえて、乗ってるって言うか」


『知ってるかもしれないけど』


 彼はそう前置きした上で、続けた。


『あの子達が、ゲームに絡んでるから。オレは、戦い続ける』


 ナギの言葉を噛みしめる。でも、彼女には伝えられなかった。彼の重さを、彼女は受け止められるのか?と。それ以前に、彼女の子供っぽさが、彼の重さを理解していなかったら、彼が哀れだ。


「オレはね、自分のことずるいと思うよ。ナギに甘えちゃってんだな。ナギに悪いとは思ってるし、ホント言うとやめたいって思うこともある。何とか出来るもんならしたい。でも、今はこうすることが最善の策のような気がしてるし、オレにはやっぱ目的があるし、それに何より、ナギなら何とかしてくれそうな気がしちゃってる。知ってて受け止めてくれてるナギに」

「そんなの、他力本願てヤツですよ?」

「そうだね」


 冷めないうちに食べたら?と、彼はそう彼女に勧めた上で、自分が先に手をつけた。そうしないと、彼女が手をつけないのを理解したから。


「子供だね、マドイちゃんは」


 彼女は彼のその台詞自体には少しカチンときていたが、彼が自分を名前で呼んでくれたことに安心もしていた。君、なんて呼ばれるよりずっと良い。その感覚は、彼女にとって初めてのモノだったから、不安定だったけれど。


「なんで、子供なんて言うんですか?」

「君の世界には、まだ大好きな妹しかいないんだ。小さな子供の世界は大きいけれど、自分のいける範囲は限られてる。それと同じ」


 彼女はやはり黙ってしまった。


「ここに1人でいるのも、君の大好きな妹のため?」


 マドイは何も言わない。唇を噛みしめ、じっとテーブルの上にある珈琲を見つめていた。


「彼女のためになる全てのことが、君の願いってわけだ。それで君は一体、何を得られるの?彼女は君じゃないんだよ?いつか離れなくちゃいけないのに?こうして、彼女のために、君が1人でいるのに?君だって、カナタといて、彼女と一緒にはいないわけだろ?」

「何が言いたいんですか。どうすれば良いんですか」


 彼女は真正面からエイイチロウを睨み付けた。強い口調で。


「ただのお説教だから。気にしないで」

「気にします」

「君が彼女を好きなように、君のことを大事に思ってくれてる人もいるわけだろ?ナギとか、田所さんとか。オレ正直、ナギの言葉、ものすっごく重かったのね。うっかり心が動いちゃうくらい」


 彼女が不審そうな顔をしたのを、彼はまた鍔越しに確認した。なんて言えば歪めずに彼の思いを伝えられるのか、少しの間考えていたけれど、それはやめた。多分、何を言っても自分が言ったら歪んでしまうと、彼は判断した。


「オレも、彼も、別の大事なモノのために戦ってる。でも、オレは利害関係の一致しないナギのことも、それはそれでまあまあ大事だし?」

「……甘えてるって言った」


 苦笑いをするエイイチロウ。でも、その表情が怒ってるわけではないのは、マドイにもはっきりと見えた。彼は顔を上げ、彼女と向き合っていた。


「言ったよ。でも、ナギもオレに甘えてる部分はあるわけ。それに、彼はオレのことを疑ってる部分も含めて受け止めてる。友達だけどさ、敵の可能性が高いってナギは思ってる。でも、受け止める。それは彼がオレに甘えてるってことでもあるし、受け止め、受け入れてるってことでもある。彼はオレが彼のことを友人として大事に思ってるのを知ってるから。だから、オレもナギも、お互いに甘えてる」

「でも、何とか出来るもんならしたいって……」

「うん。だから、オレはあいつには言わないけど、あいつのためにも出来る限りはするよ?」


 真正面からエイイチロウに微笑まれたことに、何より彼女は驚いた。

 それから、傷むくらい高鳴る自分の胸にも。

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