第3話【カナタ】
学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。
第3話 カナタ
結局、昨夜のエイジ達の戦いは、ゲームが行われている最中、灯りがついている間しか見ることは出来なかった。
ナギとユズハはしばらく塔を見ていたが、外からはこれと言った変化は見られなかった。
エイジに倒された、敵の騎士であった中学部の男子は、いつの間にか塔の入口に座っていた。二人とも、少年がその場に現れるまで気づけなかった。
「残念だったな、少年」
ユズハが止めるのも聞かず、ナギはその少年の前に仁王立ちしていた。その後を、急いで追いかけてきたユズハ。
「……なんだ、あんた達は……。残念って?」
思わず、塔を見上げる少年。しかし、なにも変わったところはない。
「君が、ゲームに負けるところを見てた。あの木津エイジにね」
「この中で起きたことを……?どうやって?ゲームのことを知ってるってコトは、あんた達もゲームの駒?!」
「コラコラ、どう見てもオレ達の方が年上だろ?少年。目上の人には敬語でしょう?」
少年を見下ろしたまま、ナギは意地悪く、一歩ずつにじり寄っていく。
「なんだよ!こんなの、ルール違反じゃないか!ゲームはもう終わったのに、なんで新しい駒が出てくるんだよ!しかも、ボードじゃない所で」
「別にオレ達は、君をとって食おうってわけじゃない」
少年に威圧感を(わざと)与えるナギの肩を掴み、後ろへ追いやると、ユズハは前に出た。少年と同じ目線になるよう、屈んで話をはじめた。
「アンケート中なんだ」
にっこりと、嘘臭い笑顔を作る。そのユズハの顔を見て、嫌そうにしたのはナギだった。
「アン……ケー……ト?」
少年の驚く、というより呆気にとられたような、拍子抜けしたような顔を見て、ユズハは満足そうに笑った。
「そう、アンケート。君は、なんでこのゲームに参加した?」
「なんでって……?別に、みんな一緒じゃないのか?ある日突然メールが来て、その通りにしたら、ここでゲームをしてた。そんだけだよ」
「突然メールが来たのに、なんで信用してこんな所へ?」
「だって、オレだけじゃなかった。遥香の所にもオレと同じメールが来て、二人でコンビを組めって。悪戯かとも思ったけど、二人だから大丈夫だと思って」
遥香というのは、彼の『王』として座っていた少女のことのようだ。
「遥香ちゃんとは元々仲良しなの?」
「なんだよ!なれなれしく呼ぶなよ。仲良しっつーか……腐れ縁って言うか」
少年は顔を真っ赤にして俯いた。今どき珍しいくらい真面目でうぶな少年だな、と思うと、思わずナギは吹き出していた。それが少年のカンに触ったのか、睨まれてしまった。
「そうか……。元々なんらかの繋がりはあったわけだ。いきなり知らない者同士を選出してるわけじゃないんだ」
ユズハはまた、自分の顎を人差し指でトントンっと叩いた。
ユズハは、先ほどの『ゲームに関するメール』でいくつか気になる点があった。その中で彼が特に気になったのは2点。
『望む力』と言う言葉。
『ポイントがそれぞれに付いている』ということ。
ポイントを『コンビ』にではなく『個人』につけているなら、何故コンビでゲームに参加しているのか?元々、コンビに繋がりはなかったのではないか?とも思ったのだが……。
少年の、相棒である少女への思い。
カナタとエイジの関係。ナギへのエイジの怒り。
そして、自分とナギの関係。
コンビを選んだのはこのゲームを主催する者。だけど、選ばれた二人の繋がりは強い。しかし曖昧。何があっても崩れないようなことはない……そんな二人ではない。かといって、簡単に分断できるような仲でもない。
主催者はそれを知ってて、コンビを選出している?
ユズハの頭に、疑問と共に、徐々にこのゲームを主催した者の姿が見え始めた。とは言っても、やっと人の姿をとってきたばかりだが。
「メールが来たときに、お互いの名前が書いてあったんだ?」
「そうだよ、あんた達は違うのかよ。駒じゃないのか?」
「駒ってのは気にいらねえ言い種だな!」
ユズハを突き飛ばし、前に出るナギ。
「お前はしゃしゃり出てくるな。話が進まん!」
再び、後ろに追いやられるナギ。
「まあ、オレ達の話はおいといて……君たちと、同じだから」
にこやかに笑うユズハが気持ち悪いナギ。
「聞きたいんだけど……君たちの『望む力』って、何?」
「そんなの……」
「あ、オレも聞きたいなー」
「うわああ!でた!!」
少年は後ろで屈んでいたカナタの存在に驚き、漫画のように飛び上がった。
「そんなに驚かなくても」
「驚かしてんだろうが、お前はよ」
「違うって」
エイジと、少年の相棒であった少女も塔から出てきていた。
「裕利!なんで負けちゃうのよ、もう!しかも、この方達は……」
遥香がその場にいる上級生達を見渡す。
「……大学院の中緒先輩ですよね。どうしてこんな所に?」
めざとくナギを見つけ、近寄った。胸の前で手を組み、恋する乙女の顔で。
「遥香!お前、なんて軽いんだよ!ちょっと顔が良いからって、しっぽ振りやがって。どうしようもない女だな!」
「なによ!中緒先輩はあんたなんかと違って、かっこいいのよ?美しーのよ!それで充分でしょう?」
「ふざけんな、この人達も、ゲームの駒だ、オレ達の敵だ!」
「関係ないわよ。かっこいいものはかっこいいんだもん!」
ユズハは、そんな中学生二人を見てため息を付く。
「中身を知らないって言うのは幸せだな。てか、ガキは見かけが全てだしな。こんなバカに惚れた日には、ろくな目に遭わんと言うのに」
「うるさい!黙ってろ!バカって言うな!」
せっかく誉められていい気分だったのに、とユズハに蹴りをいれた。
「遥香!行くぞ!こいつら敵なんだから。慣れあってんな!なんか、変なこと聞いてくるし」
「なによー!もう!!」
裕利は遥香の手を無理矢理引っ張り、学園の方へと消えていった。
カナタとエイジもその後を追うように歩き出した。
「おいおい、ちょっと待てよ。話を……」
「ゲームが終わったら、速やかに学園から出るって言うのも、ルールですよ?」
エイジがナギを冷たくあしらう。
幾つ目のルールだったか、そんなことが書いてあった気もする。
「良いじゃん、話ながら歩くとか、出てから話すとか。外からどう見えたのか、オレも知りたい。聞きたいよ。てかさ、今日退屈だったんだよね。相手弱かったし、エイジは余裕で勝っちゃうし」
「血の気が多いな、意外と。戦わないですむもんなら、その方が良いと思うけど」
「……あんな、超ケンカ慣れしてる戦い方をする人の発言とは思えませんね。意外」
カナタが違うものを見るような目でナギを見つめた。
「良いから、行くぞカナタ。校門が閉まっちまう」
どうやら、ゲーム終了後は時間内に学園からでないと『ルール違反』となるようだ。
本来、深夜に学園に残るためにはきちんと警備部に申請をしなければならない。特に、高等部や中等部の学生が残ることなどは出来ないのだから。
「……あれ?お前ら、寮はどうやって抜け出してきたんだ?」
気になったユズハが、校門に急ぐエイジの横に並びながら聞いた。素っ気なくされるのは判っていても、カナタよりもエイジに聞いた方が早いと踏んだためだろう。
「駒になった時、入ってる人数の少ない寮に移動になったんですよ。ご丁寧に、一番裏口に近い場所にある寮にね。部屋も元々別のヤツと相部屋だったのに、カナタと一緒にされた。移動になった寮には寮長がいない。たまに管理って名目で学園の人間が来るだけで」
「……うさんくさ!思いっきり仕組まれてるじゃねえか、学園側から。なんで、わざわざこんな所でこんなコト!」
「そんなことは判ってますよ。でも、この学園にいたかったら、言うとおりにするしかないでしょうが?わけわかんなくたって、学園側が絡んでるって判ったら」
「何があるか判らない、あんなゲームに参加させられても?」
「やりたくなければ、申請しなければいいんです。ルールにあったのを見ました?『ゲームの申請は最長2ヶ月まで行わなくても、登録名は残る』って。2ヶ月に1回戦って、最長1年だよ。さっさと6回負けたらドロップアウトできるんですから」
「ドロップアウトしたら、どうなる?」
「知りません。でも、オレ達が最初に戦ったのは、音楽科の3年生で顔見知りだった」
校門を抜け、エイジとカナタは西側にある高等部の寮のある敷地へ向かう。その後に付いていくナギとユズハ。
「なんでついてくるんですか!?」
「話は終わってないから」
しれっとした顔で言うユズハ。エイジはいやな顔をしたが、すぐさまポーカーフェイス。
「高等部は寮の規則が厳しいんですよ。勘弁してください。うちは寮長がいなくても、寮の敷地には警備部の人が回ってるし」
「オレ、明日ナギさんの所に行きますよ」
エイジの肩に手を置き、笑顔でそう言ったのはカナタだった。
「な!なんでだよ、カナタ!そんなこと、わざわざ!」
「ちょっと待て、橘。このバカに話しても、半分も覚えてない。来るならオレの所だ。文学研究科に顔を出せ!」
「バカってなんだ、バカって!話くらい覚えてるわい!いいぞ、どんとこい!カナタ!!……てか、なんでオレ?」
カナタの笑顔が、穏やかな物から、野心を含んだ力強い物に変わった。
「ナギさん、強いじゃないですか」
強い奴に会いに行く、と笑顔で言ってしまいそうな雰囲気のカナタに、一瞬引いてしまったナギ。自分も負けず嫌いだし、退却も敗北も卑怯なことも大嫌いだが、そんなに血の気は多くない。
ケンカ慣れしてるのだって、必要にかられてそうなっただけだし、合気道の道場だって、中緒の父への義理なのだから。
「……いいだろ?」
「わかったよ、オレも一緒に行く。お前一人じゃ不安だし」
「なんで?!なんで不安なの?エイジ!!」
その不安の理由を判ってないところが不安なんだ、とため息をつくしかない。
「と、言うわけで、明日行きますから」
「じゃあ、ナギはこいつらつれてオレの所に来い」
「え?!なんで?……まあ、良いけど」
カナタのノリに付いていけるか不安になったナギは、ユズハの申し出を渋々了承した。
約束を取り付け機嫌のいいカナタを、エイジは無理矢理引っ張るようにして寮へ戻った。
高等部男子寮の敷地の裏口付近にある第15寮に彼らの部屋があった。他には全部で4部屋あるが、人がいるのは1部屋しかない。
最初、この寮に移されたばかりのころ、この寮に自分たちの他の唯一の住人を疑ったものだ。彼らもゲームの駒ではないか、と。
しかし、その様子は全くないし、ゲーム中に会うことはなかった。
エイジとカナタに、ナギ達のように他の駒に話をする気はないけれど。その程度のことは気になった。
今日も、そのもう一室の部屋は灯りがついていた。寮長がいないこの寮には、実質門限が存在しなかったから。
それでも、寮の住人にばれないよう静かに、カナタ達は部屋に入った。
「今日も小島さん達起きてるんだね。毎日毎日よく保つよ」
「そうだな。オレらも今日は連戦だったしな。今日のヤツらは大したこと無かったけど、さすがに疲れたよ。オレ、もう寝るわ」
エイジは着ていた学ランを脱ぎ、部屋着に着替えてベッドに入る。
「だから、オレがやるって言ったのに」
「バカたれ。そのケガで何をするって言うんだよ?」
「なんで?平気だって」
「痛みがわからないのか?鈍いんだ?おばかだな。中緒兄並だな」
頭から布団をかぶり、エイジはふて寝をした振りをする。
「ナギさんは……どうかな?」
カナタは呟く。彼の戦いぶりを思い出しながら。
「強いな……。それに、まっすぐで」
エイジは布団の中でため息を付く。
「さっさと寝ろよ。明日の実技は立体造形だって言ってたぞ。しかも粘土」
「えー。オレ、粘土嫌いだな。表面がぼこぼこになるんだ。不器用なのかな?」
「良いじゃん、別に。カナタはデッサンも得意だし、一般科目も点数良いし。一つくらい苦手があっても」
本当は、ちっとも眠くなかった。
「……でも、カナタは……」
「なに?」
「本当は、違うことがやりたいんじゃないのかな?」
「なんで?」
「だって、何やってても、興味なさそうだ。お前んちは空手道場やってんだから、そこを極めるって道もあったわけだし、美術科選んだときだって、他に行く道はいっぱいあった。美術科の中でだって、専攻はいくらでもある」
「そうだね」
「お前、なんでも出来るじゃん。平均以上にさ。むかつくことに」
「そうでもないよ」
「できてんだよ。でも、お前、何やってても楽しそうに見えないんだよ」
「そうかな?」
「つきあい長いからな。でも……ゲームは、楽しそうだ」
「そう?そうでもないよ」
じゃあ、なんで中緒兄を追いかけようとする?
唯一カナタに勝った男に。
「……そういやさ、カナタの『望む力』ってなんだ?聞いたこと無かったけど」
返事がない。
「……って!寝てんなよ!ベタな男だなお前は!!」
振り向くと、カナタは着替えもせずに床に横たわっていた。
「お前、昔はそんなんじゃなかったろうが……」
暖かくなってきたとはいえ、明け方は冷える。エイジは仕方なくベッドから出て、カナタを抱きかかえる。向かい側にあるカナタのベッドに無理矢理寝かせ、布団を掛ける。
「良いじゃん別に、強くなんかならなくても。今のままでも、オレは楽しいよ」
カナタが生き生きしている姿を、彼はあの場所で久しぶりに見ることが出来たのだから。