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第37話【エイジとカナタ】

「おいおい。こんな時間に何やってんだよ。タクって来いよ」

「そんな金はねえし、そもそも道が判らん。こんな所で降ろされても!」


 バス停のベンチの前で仁王立ちしていたナギに、ヘルメットを投げ渡すエイイチロウ。


「よく、彼女を迎えに行ったりしてたろ?オレのバイクを勝手に使って。その恩返しと思えば?」

「まあまあまあ、お前のバイクでかいんだもん。大体、お前はオレの彼女じゃないだろ?怠けやがって、男なら歩け!オレのカブに、男を乗せる場所はない!」

「女の子が乗る場所でもねえけどな、この荷台は」


 メットをかぶりながら、荷台に跨る。それを確認して、エイイチロウはゆっくりとバイクを発進させた。中心部とつながる大通りのせいか、12時をまわろうとしてるのに、車が多く走っていた。


「そういや、女で思い出したけど、オレの卒業前につき合ってた音楽学部の子、どうしたんだよ?1人でこんなにふらふらしてて良いのか?」

「なに言ってんだよ。いま何月だと思ってんだ。半年以上前にフラレたっつーの!知らなかったっけ?」

「知らん。お前、つき合う前は大騒ぎするけど、振られるときはひっそりなんだもん」

「振られる時って言うな!ひっそりって言うな!……自然消滅するときだってあるわい!まれに」


 思った以上にへこんでいるエイイチロウの様子が分かったので、それ以上突っ込むのを躊躇するナギ。前を向いているので表情が見えない。


「こっから学園って、けっこう遠い?もしかして?」

「いや、25分くらいじゃない?ほら、動物園そこだし。こないだ行ったって言ってなかった?」

「そうそう。普段降りない駅だから、わかんねえっつーか……電車自体、ほとんど使わねえし」

「何で帰ってきてんだよ。大体、どうやって実家に帰ったんだ?バイク?」

「いや。ユズハのミニ」

「何で1人で帰ってきてんだよ??」


 コンビニの駐車場にカブを停めながらエイイチロウは聞いたのだが、ナギは黙っていた。答える気のないナギにこれ以上聞いても無駄と判断したのか、エイイチロウはそれ以上突っ込まず、店内に入り缶コーヒーを手にする。


「つーか、お前、酒臭くねえ?!」

「五月蠅いな。だから珈琲で多少、誤魔化そうと思ったんじゃねえか。大体、オレは愚弟どもに説教してる最中だったのに」

「……運転代わるって……。あのカブ、90だっけ?」

「うん。いいけど、お前の250だっけ?今さら小さいヤツ、乗れるの?ボディが急に小さくなると、怖くない?」

「感覚は違うかも。でも、飲酒運転よりはマシだろ?それにしても、説教って?エイジと……カナタにってこと?」


 店の外で、2人並んで壁にもたれた。梅雨が明けたとは言え、まだ夜は肌寒かった。


「……別に、大したことじゃない。あいつら、仲直りしたっつーか、元さやに収まったみたいだし?だから、もうあんなくだらないゲームなんかする必要ないんじゃないかって、言おうとしただけ」

「ふうん。で、なんだって?」

「それが、反発されてさ、カナタに。あいつ、良いよね。おとなしそうな顔して、いろんなことどうでも良さげなくせして、けっこうしっかりしてるわけよ。ものすっごい勢いで噛みつかれちゃった?丁寧語で挑発的な態度とられてさ。何か良いよな、いかにも成長期☆って感じで」

「噛みつかれて喜んでるなよ。お前、昔から思ってたけど、変だぞ?」


 嫌そうな顔でエイイチロウを指さす。


「いや。何か、ドラマ性があって面白いし?絵になるしね」

「しかし何でまた、そんな噛みつかれたかね。たとえ納得できなかったとしても、あいつはそんなにあからさまにムキにはならないだろ?暖簾みたいな所あるからな」

「ああ。それ、たんに嫉妬。オレが、彼女に声かけたのが不愉快だったみたい。あんな可愛い妹がいたのに、隠してたな?お前」

「……ああ、マドイのこと?半端に手えだしたらぶっ殺す」

「笑顔で言うな、笑顔で」


 笑いあっていた二人だが、エイイチロウは急にまじめな顔になって


「うん。でも、ちょっと、好みかな。でも、まあ、年離れてるっつーか、エイジと同じなわけだろ?カナタとつき合ってるみたいだし。子供相手にそんなめんどくさいこと、しないって。良い子だな、とは思うけど。大体、ナギの妹なんだから、絶対何かあるし」

「何かってなんだ。オレに対する見解を改めろ」


 怒って見せたが、ナギはエイイチロウを怒鳴る気にはなれなかった。


「でも、まあ、溺愛する気もわからんでもない。あれはたしかに可愛い。見かけも確かに可愛いけど。中身がな。ホントにナギの妹?」

「血はつながってねえよ」

「そう。安心した」


 何事もなかったように笑い飛ばしたエイイチロウに、ナギは心の中でだけ胸をなで下ろした。


「双子の妹の方、まだ見てないけど、そっちも可愛い?」

「当たり前だ。オレの妹だぞ?」

「ナギに似てる?てか、何であの子、ナギにあんなに似てんの?まあ、ナギにないモノを全て兼ね備えてたけどね」

「何だよ、オレに無いモノって、失礼な。オレの母親とあの子達の母親が双子だったんだと。ユズハに言わせると、マドイもオレも、マドイ達の母親にそっくりなんだと」

「ふーん。てか、何で田所さんがそんなこと知ってんの?」

「あいつは、オレが中緒の家に入る前どころか、あの子達が生まれる前から道場に通ってたんだよ。オレがあの家に入ったのは10歳の時だったから」


 そうなんだ。なんて言いながら、エイイチロウは笑顔で話を聞いていた。ナギがあまりいい顔で家族の話をしないことは判っていたから。彼が、彼の家族を何より大事にしているのは承知している。だからこそ、彼の抱える事情が少し重いものなのも判っていたし、何か事情でもない限り、口にするような男ではないのも判っていた。


「で、その田所さんを置いて、どうしたよ?」

「あいつがいると、動きにくい」

「はあ……?」


 再び、ナギが黙ってしまったので、移動するようエイイチロウは促した。ナギが前、エイイチロウが後ろに乗る。自分のバイクなのに変な感じだ、なんて笑っていた。


「知ってるかも知れないけど」

「なんだよ?よく聞こえねえ!」


 風に消されそうなナギの声を、エイイチロウは必死に聞き取ろうとして大声になっていた。後ろに座ると、意外と聞こえないもんだ、なんて考えながら。

 学園を囲む塔が、遠くに見え始めた。小高い丘の上にある巨大な学園都市は、つながっているはずなのに、まるで陸の孤島のようだった。


「あの子達が、ゲームに絡んでるから。オレは、戦い続ける」

「……ナギ」

「ユズハも、そうだったはずなんだ」

「……ナギ……」


 力無く、エイイチロウは彼の名を呟いた。









「うわ!ホントに帰ってきた!つーか、何で家に連れてくるんだよ、バカ兄貴!」


 もうすっかり寝る準備をしていたエイジが、勝手に部屋に入ってきたナギとエイイチロウに、部屋着のまま自分のベッドの上から突っ込んだ。カナタは少しだけ不愉快な顔をしてエイイチロウを睨んでいた。


「ん?オレの説教がまだ終わってないから」

「何で説教されなくちゃいけないんだ、バカ兄貴。この類友2人組が、さっさとどこへなりとも帰れ」

「それが怒られる側の言い方か?よし、さあナギ!コイツらに、いつものように説教を!」

「いつものようにって何だ、いつものようにって。お前はホントにマイペースだな。大体オレは聞いてないし!」


 後ろから彼に軽くケリを入れながら、突っ込むナギ。


「オレはバイク置いて、メット返しに来ただけだっつうの。酔っぱらい運転になるだろ、お前は?うちの寮はすぐ裏だし」

「そっか。だったら、オレを泊めて、朝ご飯を食わせて!田所さんいないんだし」


 手を合わせ、ナギを拝む様にすがるエイイチロウに、苦笑いするナギ。その台詞に驚いたのはエイジだった。


「何だよ、中緒兄は1人で帰ってきたのか?田所さんは?一緒に帰ったんじゃないのか?」

「黙って置いてきた。何だよ、もう……どいつもコイツも、『ユズハはどうした』って。別に関係ないじゃねえか」

「いや、まあ、あんたには関係ないかも知れないけど……」


 ユズハにはただごとじゃないだろう。それは容易に予想が出来た。


「あんなに道場のことを気にかけて、休みになったら……って言ってたのに、どうして戻ってきたんですか?しかも、こんな夜中に?」


 カナタの疑問はもっともだったので、仕方なくナギは、彼に答えた。


「練習を早めに切り上げてから、鈍行乗り継いできたら、こんな時間になってな……。まあ、明日にはまた実家に戻るけど」

「?ホントに、何かあったんですか?」

「ちょっとな。イチタカにメット返してくる。エーチロは、好きなときに部屋に来ればいいから」


 珍しいな、とカナタは部屋を出ていく彼を見送りながら思っていた。彼が言葉を濁すときは、大抵何かを考えているときだけれど。


「意味が判らん。あの、超怖い中緒兄のストーカーが、1日でもあの人を自由にさせとくとは考えにくいけどな」

「……エイジ、田所さんに対する見解、酷すぎない?そんなんだったら、ナギさん、まともに生活できないでしょ?」

「普段は良いんだよ、手の届く範囲にいるんだから。でも、届く範囲からあの人が抜け出たら……」


 エイジはまっすぐにカナタの顔を見つめた。

 自分はそうはならない。いや、なるわけもない。彼は、自分が思っていたよりも、ずっとずっと自分の傍にいた。それが判ったからエイジは安心して、田所柚葉という人間の極端さについて、カナタに話すことが出来た。

 カナタとの距離に、彼は少しだけ安心し始めていた。安心し始めたからこそ、彼をこれ以上近付けてはいけないとも思っていた。


「田所さんがいたら、自分は真実から遠のいていくばかりだって。彼が、自分を大事にしてるのは判るけど、それじゃ、ダメだって」


 真面目な話をしながら、またしてもエイイチロウは勝手に冷蔵庫を開け、ビールを飲んでいた。エイジはそれをとめようとは思わなかった。


「ダメ?」

「そう。ナギは、自分が何かしら大きなことに巻き込まれつつあることに気付いてる。だけど、彼には戦い続ける理由がある。田所さんが彼を守ろうとしたことで、皮肉にもそのことが彼の中で明確になった」

「田所さんが、ナギさんのために動いてるって判ってるなら、一緒に戦えばいいのに」


 言ってから、カナタはそう言った自分自身に驚いていた。


「そうだな。そう言う手段もあるか。でも、オレはおすすめしないけど。ホントは……オレとも……」


 溜息をつきながら、言葉を濁すエイイチロウ。


「いや、オレにも、望みがある。それを叶えるために動いているのは、他の誰とも変わりやしない」


 一気にビールを飲み干し、カナタ達に笑顔を向けた。


「お兄さんにも、望みなんてあるんですね。あんなこと言うくせに」


『賞品に目がくらんで、自分を見失うなよ?』


「噛みつくね、カナタ。でも、オレはね、別に賞品なんかいらない。何とかするし、したいんだ」

「……何だよ、兄貴の望みって?」


 笑顔のまま、彼は俯いた。


「内緒☆じゃ、オレ、ナギん所に泊まるから。邪魔したな」

「おい……!」


 兄があからさまに話を誤魔化したのは判っていた。判っていたけれど、部屋を出ていく彼を、追う気にはなれなかった。


「『願いが叶うなら、人の心は救われるんや。叶うかどうか不安やから、欲望を腹にため込む。悪循環や』って、以前、小島さんがオレに言ったんだ」


 兄が出ていった扉を見つめながら、エイジは呟く。


「オレ……小島さんの言ってること、理解できるけど、全面的に正しいとは思えないよ。それはあの人の考え方であって……」

「オレの肚にも、お前の肚にも、もちろん兄貴や中緒兄、田所柚葉の肚にも願いと言う名の欲望がある」

「エイジ……」

「願いを叶える手段なら、ある。曖昧なモノにでも、何でも、すがってみたらいい。そう思ってたし、まだ、そう思ってる。願いが叶うなら、オレの心は救われる。でも」

「でも、何?」

「お前にも、兄貴にも望みがある。願いがある。特に兄貴は……多分、自分のことじゃなくて、オレのことなんじゃないかな?何か、そんな気がする。だって兄貴は、ずっと中緒兄と同じコトを言い続けてた。オレに。カナタには言わないのに、オレには一緒にゲームに出ると言ってくれたくせに、勝利をくれたくせに。だから、オレはどうしたら良いんだろう」


 兄の思いを、受け止めてるとは決して言わないけれど。でも、彼がその思いの大きさに、別の不安を抱いているのをカナタもまた悟っていた。


「お前の願いも、兄貴の願いも、もちろんオレの願いも。全部叶えばいいのに」

「エイジ……」


 それが難しいと、いや、無理だと理解したから、彼は悩む。それがカナタにも伝わる。


「なあ、カナタ。オレの願いが、お前の幸せをぶち壊すようなモノだったら、どうする?それでも、一緒にゲームに出る?」

「オレの幸せが何かも判んないのに、ぶち壊すことなんか出来ないと思うよ?だから、別に良いんじゃない?」

「そっか。それもそうだな」


 誤魔化していたのは判ってたけど。

 カナタに、エイジの本当の望みをはっきりと聞くことは出来なかった。


 彼の思いを、その重さを、カナタは十分すぎるほど理解しつつあったのだから。










「酷いんだよ。ナギってばさ、『元々、部屋を空けるつもりだったから』とか言って、冷蔵庫に何も入れてなかったんだよ。何のために朝ご飯たかりに行ったんだか、判んないよね」


 エイイチロウが覗くファインダーごしにいるのは、カナタとマドイだった。高等部美術科の学食で、彼らは一緒に昼食をとっていた。


「結局、朝ご飯はどうしたんですか?」

「うん。仕方ないからコンビニ。せっかくうまいモン食えると思ってたのに。君もナギみたく料理はうまいの?」


 奇妙なことに、エイイチロウはファインダー越しにマドイと会話をしていた。その様子に、カナタは胸をなで下ろす。彼の興味は、彼女の電話番号でも、彼女自身でもなく、映像の素材。彼女も彼にとっては自分と同じ存在であると言うことに安心した。

 それならもう、エイイチロウという人間は、こういう人物であると、納得するしかない。世の中には、自分とは違う人種だらけだと言うことは、カナタは十分すぎるほど理解していた。


「いいえ、ぜんぜん。家にいるときは兄さんとヒジリがほとんどやってくれましたから」

「つーか、部外者!なに勝手に侵入してやがる!!」


 後ろからケリを入れながら突っ込んだのはエイジだった。よく後ろから蹴られる人だなあ、なんて暢気なことを考えながら、カナタは眺めていた。


「お前らも、このバカ兄貴に協力してやって撮らせることねえって。拒否しろよ」


 丸テーブルを囲み、隣同士に並ぶカナタとマドイを眺めてから、エイジは兄とカナタの間の椅子に座り、持っていたトレーをテーブルに置いた。


「食い過ぎだろ、愚弟?カツ丼に素うどんって、炭水化物Wパンチ??だからそんなに大きくなったかな。地球に優しくないよな」


 エイジに話しかけるくせに、カメラはマドイとカナタに固定していた。ちらっとエイジのことは見たけれど、すぐにファインダーを覗き直していた。エイジに睨み返されたのもあるけれど。


「五月蠅い。文句言いながら、人の飯を食おうとするな!」

「撮らないでくださいって言っても、この人やめないんだよね。何か、言うのも面倒になっちゃった。マドイもそんなに嫌がってないし」


 黙って頷くマドイに、笑いかけるカナタ。その様子は、充分すぎるくらいエイジに衝撃を与えるけれど、以前より少しだけ和らいでいた。こうして、2人でいるところに、堂々と入っていける程度には。


「あの……エイジのお兄さん」


 笑顔でエイイチロウとカナタに答えていたマドイが、急に改まって彼に話しかける。


「なに、その回りくどい呼び方。名前で呼びなよ。これの兄とか言われたくないし」

「指さすんじゃねえ。カツを持ってくんじゃねえ」


 勝手におかずをつまむ兄の横で、彼の足を踏みながら、彼を睨み付ける。


「じゃ、エー……チロさん」

「うん。所詮、ナギの妹なんだね、マドイちゃん……。まあいいや、なに?急に?」


 きちんと名前を呼べないのか呼ばないのか、彼女の兄と同じ呼び方に、肩を落とすエイイチロウ。しかし、彼女の顔を見ることはなく、隣にいるエイジに同意を求めるような視線を向けた。


「兄さん、どうしたんですか?朝まで一緒にいたんですよね?」

「うん。でも、なんか用があるって言って出て行っちゃった」

「1人で?」

「うん。確か、今日の夜には帰るって、昨夜言ってたし、なあ?」


 レンズがカナタの方を向き、ピントがあった。同意を求められた悟った彼は、黙って頷いた。


「ユーちゃんは?」

「田所さん?ああ、『あいつがいると、動きにくい』っつって、置いてきたらしいよ?まあ、オレにはよく判らんけど」

「迎えに来たりして。……しそうだな」


 そのエイジの嫌味に、マドイは静かに頷くと、カナタに断って、携帯片手に席を立った。


「面倒なコトしてるね、中緒兄妹は」


 兄が、席を離れていった彼女を、ファインダーから目を離し、遠巻きに眺めながら呟いた。エイジはその言葉を、どう受け止めて良いか迷った。エイジにもカナタにも、彼女が誰に電話をしているのか判っていたけれど、兄は何も知らないはずだ。

 でも、まるで彼女の背負う荷物の重さを知るような口振りで、彼は呟いた。


「マドイちゃんて、ナギの良いとこも、悪いとこも真似して生きてきたって感じだね。あまり、器用な生き方じゃないな。『自分』相手じゃ、ナギも疲れるだろうに」

「マドイは、子供だよ。オレには、あいつの中身は詠真と変わらないように見える」

「子供って、時々大人がびっくりするぐらい、周りを見てるぞ?見てるってことは、それを吸収してるってことだ。良くも悪くも。子供は、子供なりに、周りの目を気にするし。たまには実家に帰って、妹の顔を見てこい、愚弟」

「バカ兄貴よりは帰ってるっつーの!」


 カナタは、自分が言わないのと同様に、エイジの口からもあまり家族の話を聞いたことがなかった。だけどそれは、自分のせいだと思い始めていた。

 だから、エイジのことが羨ましいわけではないと思うけれど。


「……オレには、あの重たい兄妹の距離感が良いかどうかは、よく判らないですけど」


 カナタには、正直、自分の兄妹がどんな顔だったか、思い出せないのだ。「仕方ないので」1年に1回は実家に戻り、「仕方なく」父に挨拶だけして、日帰りで寮に戻ってくる。そんな彼に、3年ぶりに会った弟に対して密接に兄貴ヅラできるエイイチロウのことも、家族としての距離を必死に作り上げようとしてるナギのことも、理解の範疇を越えていた。理解しようとも思わなかったし、自分とは違うものとして完全に切り離していたけれど。


 それでも、彼はナギに憧れる。


「面倒なことも、必要だって思えるなら、それは良い関係に見えます」


 ナギも、そして「面倒」と言ったエイイチロウも、そうしているように見えたから。


「人には面倒だって言うのに、自分も同じような面倒なコトをしてることって、多分あると思うし」

「だな。ああ、お前、そう言うとき、すごくいい顔するよね。さっきのマドイちゃんの憂えた顔もよかった」


 再びファインダー越しにそう言われて、複雑な表情を見せるカナタ。エイジには、彼が照れてるようにも見えたけれど。


「兄貴……ちょっと、兄弟とは思われたくない程度に、変だぞ」

「何だよ。本気で嫌そうな顔するんじゃねえ、愚弟。ほら、よくねえ?ここんとことか、良いカットだし」

「……いや、見せられましても」


 撮影していた画像を、巻き戻し、エイジに見せる。


「うん、そうだな。良いけど。しかし、カメラって主観が入るよな……。これつなげて映像作るのか?」

「いや。これはあくまで参考用の素材だよ。このまま使うことは、ほぼ無いかな。極希にあるけど。ちゃんと撮り直すって。……何だ、お兄さまの作品が見たいと?」

「え?!……いや!別に!!」


 目の前で2人のやりとりを眺めていたカナタが、一瞬身を震わせてしまうくらい、エイジは兄の言葉に体ごと反応していた。照れているのか、兄から目をそらし、いつもよりぶっきらぼうかつ不機嫌な口調で「そんなこたない」なんてぶつぶつ呟いていた。

 何だかその様子が、カナタの知る彼のようでもあり、知らない彼のようでもあり、嫉妬に近い感覚を抱きながら眺めていた。それは、彼にそんな態度をさせるエイイチロウに対してか、それとも、彼らの兄弟という関係性に対してなのかは彼には判らなかったけれど。


「まあそう言わずに見ろ。そしてお兄さまの器のでかさを思い知れ!さらに宣伝してこい!!」

「ばっかじゃねえの!?」


 カバンから取り出したDVDをほぼ無理矢理エイジに押しつけ、高らかに宣言した兄に対し、文句を言いながらも素直に受け取る彼の様子を、カナタは黙って眺めていた。


 以前よりはっきりと、この思いが何であるかを自覚しながら。

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