第34話【続々・マドイ】
「義兄さん達、思ったよりあっさり引いたね。ゴールデンウィークの時みたく、もっと食い下がってくるかと思ったのに」
「うん」
部屋の真ん中にある正方形のテーブルに、向かい合わせに座ってノートを広げたマドイは、ヒジリの機嫌を伺うようにそう言ったのだが、彼女の返事は気のないモノだった。
「マドイちゃん、テスト大丈夫なの?」
「……えっと、カナタに教えてもらったよ、ここから……この辺まで?」
教科書を開き、指さすが、テスト範囲はその5倍はある。
「つづき、やろうか?」
「……そうだね」
落胆するマドイ。その姿を見てヒジリの顔が思わず綻ぶ。
「大丈夫よ。マドイちゃん、やれば出来るんだから」
マドイは頷いてみせるが、顔が笑ってなかった。
「ねえ、橘くんと2人だけの時って、何の話してるの?」
「え?何?突然」
ノートからヒジリに視線を移す。その行動をヒジリがたしなめると、マドイは再びノートに視線を戻した。
「普通だよ?美術科がどうなってるとか、普通科はどうしてるとか。テストの話とか。あと、兄さんのことは多いかな。最近、カナタは兄さんに合気道習ってるって言ってたから。私も誘われたけど、行き損ねちゃったから」
「そうなんだ」
「どうしたの?」
「ううん。マドイちゃんて、橘くんのこと、どう思ってるのかな?って思っただけ」
「ええ?どうって?なにそれ」
笑うマドイに、ヒジリもやっと笑顔を見せた。
「しょっちゅう一緒にいるから、好きなのかと思ってた」
「?好きだよ?」
「だから、そう言うのじゃなくて」
少しだけ真剣な目でマドイを見つめるヒジリの態度に、彼女は妹の言わんとしていることを理解する。
「何か、なんて言ったらいいのかな。そう言うのじゃないと思うよ。すごく仲の良い友達。今まで、そう言う人、いなかったから」
「マドイちゃん、友達多いじゃない」
「でも、違う」
ヒジリには言わないけれど、彼女にはヒジリが全てなんだと。
だから、それ以上の存在なんて、自分に近しいモノなんて、必要なかった。
前を歩くナギ、自分が盾になるべきヒジリ。それが彼女の世界だった。
「私は……そう言うのがどういうのかよく判んないけど」
マドイは目を伏せたまま、でも、ノートを見ることなく呟いた。
「きっと、悲しいモノなんだろうなって、思うよ」
ヒジリは自身を見ようとしないマドイの頬に触れ、両手で彼女の顔を包み込むように上を向かせた。
「違うよ、マドイちゃん」
泣きそうな顔をしていたのは、ヒジリではなくマドイだった。
ヒジリの思いを、隣でずっと見てきたのだから。
「悲しいだけじゃ、ないんだよ」
「でも、ヒジリは……」
「……好きになっちゃいけない人もいるけど、でもこの思い自体は悲しいだけのモノじゃないんだよ。私、自分に出来ることをするしかないと思ってるけど、でも、悲しいだけじゃないから」
頬を包むヒジリの手に、自分の手を重ねるマドイ。
「泣かないで、マドイちゃん」
「……ごめんね」
「大丈夫よ、あの人はどこまでも私に優しいし、私にはマドイちゃんがいるもの。だから、大丈夫よ」
「……ごめんね」
ただ、マドイは謝り続けた。
「マドイちゃんが謝ることじゃないよ。これは私のわがままだから。だから、ありがと」
夜中に、ヒジリはマドイの声で目が覚めてしまった。
暗闇の中、ヒジリが目を覚ましたことに彼女は気付いていないようだったから、ヒジリは息を殺して寝たふりをした。
マドイは、電気もつけずに、ベッドに座ったまま電話をしていた。
「……ありがとう。何も聞かないんだね、カナタは」
ヒジリには電話の向こうの声は聞こえなかったけれど、相手が誰だか判った。どうして彼女が彼に電話したかの理由も。
彼女は泣き声を必死に隠すように話をしていたのだから。
「明日の朝……。うん、そうだね。ちゃんと行かなきゃ、だね。カナタに言われるとは思わなかったけど」
彼女の声に明るさが戻る。
それが、ヒジリには少しだけ悔しかった。
彼女を泣かせたのは自分、彼女を元気にしたのは彼。
そんな状況、認めたくなかった。
「マドイちゃん」
マドイの体が一瞬震え、携帯を落としたのをはっきりと確認した。
したけれど、電気をつけずにヒジリは部屋の対局においてある彼女のベッドへと向かった。
「どうしたの?電気つけないと危ないよ?」
暗闇の中、目が慣れていたマドイには歩み寄ってくるヒジリの姿が見えていた。
「大丈夫よ。それより、私もそっちで寝る。良いでしょ?」
そう言いながら、ヒジリは既にマドイの隣にいた。
「うん。もちろん」
「起きてた?なにしてたの?眠れないの?」
「あ、うん……。別に何も……。私、携帯落としちゃった見たいなんだけど」
ベッドの上を手探りで探す。ヒジリの手に触れたと思ったら、彼女がマドイの携帯を持っていた。
ヒジリは黙ってホールドボタンを押し、マドイに携帯を渡した。笑顔で。
「ありがと」
「もう寝ましょ?明日はテストなんだから」
心の中でカナタに謝りつつ、マドイはヒジリの横で目を閉じた。
「……切られちゃった」
暗闇の中、ベッドの上で携帯を睨み付けたまま、ぼやくカナタ。ことの顛末は全て聞こえていたのだから、さすがのカナタも不愉快になる。
「お前、こんな夜中に何やってんだよ。電話の音、まる聞こえだぞ?」
「ああ、ごめん。起こしちゃった?」
「めずらし、なに不機嫌になってんだよ」
「……謝ったじゃんよ」
「声が怖いっつーの」
ベッドに寝ころんだまま、文句を付けるエイジに、反論できないカナタ。
「明日の朝に会いたいっつったんなら、会えばいいじゃねえか」
「そんなことまで聞こえてた?」
自分の顔が赤くなるのを感じたが、暗闇なのと、エイジがこちらを向いていないことに気付いて思わずほっとする。
「押しが弱いから、あの腹黒い妹に負けるんだ。タイミング良すぎだろ?いくらなんでも。絶対ずっと電話も聞いてたぞ?」
「エイジだって、聞いてたじゃんよ」
「聞いてたんじゃなくて、聞こえちゃったの。だいたい、オレはヒジリさんみたく邪魔してねえし。どうでもいいから、つき合うなら、さっさとつきあえ。めんどくさい」
「でも、レイがこの間、『女の子はそうやって追いかけられてるときが一番楽しいから、わざとじらすんだ』って言ってた」
「あいつの言うこと、鵜呑みにすんなよ……」
エイジはカナタに、何を言っていいのか判らなくなっていた。
電話を聞きながら、それなりにショックを受けたのは、ヒジリだけでなく自分も同じだったから。
「テスト終わったあとで声をかければいいよ。多分ヒジリさんのことだろうから」
「まあ、あの女が悩むことっつったら、そうだろうね」
「だって、ヒジリさんにばれないように、電話してくるんだ」
「まあ、いつまでもひっついて生きてくわけにはいかないしな」
「何かおっさんみたいだね、エイジ」
「まあ……って、言うに事欠いてお前な……」
わざとらしく溜息をついてみせる。
こうして、彼の悩みを、自分の心が傷つかない程度に聞けばいい。そう思い始めていた。
「オレ、思うんだけどさ」
「なに?」
「エイジにしか言わないからね。あくまでオレの予想だから。マドイがそう言ったわけでもない」
そう言うと、カナタは立ち上がり、部屋の電気をつけ、部屋の真ん中にあるテーブルの前に座った。
「何だよ」
仕方なしに起きあがり、ベッドの上から嫌そうな顔でカナタを睨み付けるエイジ。
本当は少しだけ嬉しかった。
「ヒジリさんって、ナギさんのことが好きなんじゃないのかな?だから、マドイはあんなに必死に、彼女のフォローをしてるんじゃないのかな?なにも知らない振りをして」
エイジは黙っていた。
「……何か言ってよ」
「いや……まあ、そうなんじゃない。ヒジリさんが中緒兄を見る目が違うのは、バレバレだったけど」
「……そうなの?でもさ、それにしたって、彼女の行動はおかしくない?」
「うん。まあ。でも、人ってさ、気持ちと行動が伴わないことなんて、良くあることじゃん」
「でも、人の言葉と行動には、理由があるもんだって、そう言ったのはエイジだ」
「うん、あるんじゃない?」
「なんだよー。オレにも判るように言ってよ!」
困ったな……と、エイジは寝ぼけた振りをしながら頭を掻いた。
カナタのこの行動と言葉は、マドイを思いやるあまりに出たものだ。だからこそ、エイジも複雑だ。
でも、深入りさせたくなかった。だけど、これ以上、どうしようもないかもしれないとも思ってた。
「ヒジリさんが、ナギさんを好きなのは、そう思う?」
「思う思う。だって、分かり易いもん、あの子。梶谷先生とか傍にいたときなんか、あからさま嫉妬してたし。昨日のファミレスでの様子見ててもめっちゃ判りやすかったし」
さすがにユズハが傍にいるときは……とは言え無かった。
「じゃあ、なんで、わざわざナギさんを避けるかな。仲は良いのに、家に帰らないとかさ。この学園に来たのだって、ヒジリさんの意志だって言うし。ナギさんは、そんな必要はなかったはずなのにって言うし」
「好きだからって、アグレッシブに追っかけることが出来る奴ばかりじゃないだろ。特に彼女は血はつながってなくても、戸籍上は彼の妹なんだから。気を使ったって考える方が自然じゃない?」
「好きだからこそ、避けてるってこと?判んないな」
「そう言うこともあるんだって。そうせざるをえないこともある。相手が大事だからこそ、相手のことを考えるからこそ、距離をとることを選ぶこともある。何も考えずにただ追っかけるだけなら、そりゃストーカーと変わらないし」
カナタは、じっとエイジを見つめていた。
「……オレは、そう言う気持ち、よく判るよ」
そう言いながら、エイジはカナタから目をそらした。
「そうなんだ。オレにはよく判らないけど……」
自分だって、マドイとは適切な距離を保とうとしているくせに。
そう言おうとして、エイジはぐっと言葉を飲み込んだ。
「じゃ、なんで田所さんとホテルとか行くかな?ゲームのことだって、ナギさんのこと心配そうにしてたくせに、田所さんとコンビ組んだりして」
「さあ。どうだろう。それは本人じゃないから何とも言えんけど、何か理由があるんだろ?」
「田所さんも、ヒジリさんも、ナギさんのことが大事なくせに」
それ以上、話を広げたくなかったエイジは、黙っていた。
「……あれ?でも、2人ともナギさんが大事なら、利害関係は一致してるってことなのかな?ナギさんを上に行かせたくない理由がある……?」
広げたくなかったけれど、カナタの一言に、エイジは思わず口を挟んでしまった。
「お前、今なんて言った?」
「え?あ……だから、ナギさんを、上に行かせたくないから、2人でコンビ組んだのかなって……2人ともナギさんのこと好きなくせに……」
「えーと、そこはどうでもいい」
「どうでもよくないよ。田所さんて、ナギさんのことが……」
「あの鬼畜でドSかつドMな変質者のことは、とりあえずおいとけ。大事なのは、中緒兄が上にいくとまずい理由だ!あの2人にとって」
「酷い言い種だなあ」
そんな人かなあ、なんて思いながら、ユズハを思い浮かべるカナタ。
「ようするに、上に行くと兄が危険ってことじゃないのか?あんなに兄を大事にしてるくせに、彼の目的を邪魔するような真似、するとは思えないし、彼の敵に回ってまで。だったら、上に行くことで何かあるって考えた方が自然だ。田所さんもヒジリさんも、それを知ってる!」
「え?よく判んない……?」
「だから、あのゲームで上に行くことには、何か裏があるんだ。それを田所さんは知ったからこそ、兄とのコンビを解消した。あんなに執着していたくせに……」
そう言いながら、エイジはカナタを見つめ、それから自分の掌へとゆっくり視線を移した。
このゲームには何かある。冷静に考えれば判りきったことのはずなのに、どうしてあの『望む力』なんて曖昧なモノに振り回されてしまうのか。
期待したって、良いことはないのに、すがってしまうのか。
「カナタは……もう、ゲームは……」
「そうだな、相方いないし。エイジこそ、お兄さんと一緒に出るなんて、思ってもなかったから」
今まで、口に出来なかったことを、2人は初めて口にした。
「……オレこそって、お前、まだゲームに出る気か?」
何かあると、今自分がそう言ったのに。
「出るよ。オレは、あの力が欲しい」
「何のために?」
カナタは、何も言わなかった。
彼がずっと黙っていたから、蛍光灯の音だけがやたら耳障りで、エイジはそれに耐えられなかった。
「最近、マドイとはどうよ?」
自分でもずるいな、と思いながら、エイジは話を変えた。
どの話題にも触れたくなかったけれど、とにかくゲームの話題から逃げたかった。目を瞑りたかった。
そう思ったとき、思わず彼の兄が怒っている姿が浮かんでしまった。
「どうって別に……話してるままだけど?」
「そう。ならいいけど。マドイの様子がおかしかったからさ。さっきの電話も、昨日の夕方も。あいつは何かほっとけないし、様子がおかしいと心配になる」
「もしかして……エイジって、マドイのこと」
本気で心配そうな顔になったカナタに、思わず吹き出してしまうエイジ。
「誤解すんな。何か妹みたいなんだよ、うちの。あんなに真っ直ぐで綺麗な所を見せられたら、ホントは不愉快になるところだけどさ。あいつ、あまりにも子供すぎるから」
「女の子だよ」
彼は自分のことで怒ってるのか、彼女のことで怒ってるのか、不機嫌そうな顔を見せた。
「判ってるよ。でも人には好みってもんがあってな、オレはあのタイプと恋愛は無理だ。大抵のヤツは難しいだろうけど……」
「オレは?」
「……何が?カナタとってこと?オレが?」
「違うって。何でオレがエイジと??そうじゃなくて、マドイとオレって、恋愛できそう?」
「……小学生レベルならな。もう寝ろよ」
エイジはベッドから立ち上がり、勝手に電気を消して話を終わらせた。
悔しくて、痛くて、辛くて。だけど少しだけ自分のことを誉めてやりたかった。
テストが終わったあと、カナタはまっすぐ普通科に、マドイを迎えに行った。
きちんとヒジリに挨拶をして、何事もない顔をしながら彼女を連れだした。彼女もまた、彼を待っていたのだろう。笑顔で妹に断りをいれ、いつものように2人で歩いて学校を出た。
「……てことが、あの後あったんだけどさ」
2人で入ったスタバのカウンター席で、カナタは昨夜の木津兄弟とレイの話を彼女に聞かせた。
夜中の電話の話は、まだ触れてはいけない気がしていた。
「ふうん。エイジのお兄さん、面白いね」
「そだね。エイジもさ、なんだか、ちょっとナギさんみたいな部分があるって思ってたみたいだ。オレと同じ理由かどうかは判らないけど、オレもそう思ったよ。表現は違っても、あの二人は同じ場所を差し示しているような、そんな感じを」
「……同じ場所?」
「うん。方向って言うべきかな?でも、なんで二人とも、ゲームに出てるんだろ?すごく、あの存在から遠い気がするのに」
「……理由があるんだよ」
「そうだね。君みたいに」
池に小石を落とすように、カナタは軽く、彼女の心を揺らした。
「マドイは、もうゲームには出ないの?」
「なんで?」
「だって、君の望みは、ヒジリさんの望みだから。彼女が今、田所さんと一緒にゲームに出てる以上、君がゲームに出る目的が無いからさ」
「そうだね」
「君は、あの望む力ってヤツに興味はないの?」
「……わからない」
マドイが、左隣に座るカナタの顔を見上げる。
少しだけ、2人の距離が近付いたことを意識したのはカナタだった。
「わからない?」
「ヒジリみたいに、強く何かを求めてるわけじゃないもの」
「そっか」
「でも、あったらいいなって思うよ。あの子が幸せでいられるために」
「そう。オレは、あの力が欲しいけれど。強く、そう思うよ」
「どうして?」
また少しだけ、近付く。触れるには遠すぎるけれど、今度はカナタが距離を近付けた。
「強くなりたい」
「カナタは十分強いよ」
「……そうではなくて……なんだろう、ナギさんみたいな……そんな強さ。オレもよく判ってなかったんだ。ただおぼろげに、もしかして望む力ってヤツが手に入ったら、オレは変われるかもしれないって。エイジみたいに心から笑ったり、怒ったりしたら、そんなふうに心が動いたら、ちょっと大変だろうけど、楽しいだろうなって。ナギさんに会って、あの人に気付かされた。あの人は簡単に人の前を歩く。歩けるだけの強い心と力を持つ」
「判んないや。カナタはもう、そんなものはとっくに持ってるのに。それ以上、いったい何を望むの?」
カナタは、マドイの目を見つめたまま、彼女の座る椅子の背もたれに右手をかけ、体重を乗せた。
「オレが、……持ってる?」
「少なくとも私には、そう見えるよ。カナタは、私といるとき楽しそうに見えたけど、違うの?」
「楽しいよ……」
カナタの手が、彼女の腰に回る。彼女は逃げない。
だけど、どうしても続きの言葉が出ない。
「そりゃ、こんな美人といたら楽しいよな。うん。ものすっごく絵になるし」
「……何やってるんですか、お兄さん」
本気で嫌そうに、眉間に皺を寄せながら、マドイから手を引くカナタ。代わりに、いつの間にか自分の左隣に座っていたエイイチロウのカメラから、マドイを庇うように、彼女に背中を向け、エイイチロウと対峙した。
「……あれ、ごめん、まだ微妙な仲だった?いい雰囲気だったから、てっきりつき合ってるもんだと……」
「微妙も何もないですから。カメラをとめてもらえますか?」
「怖いって。そんなキャラじゃなかったくせに……」
苦笑いしながらたじろぐエイイチロウ。
「カナタ、誰、この人?」
何気なく、マドイがカナタの腕を掴み、肩越しにエイイチロウを覗き込んだ。
その行為に、あからさまに動揺するカナタ。
「図体でかいけど、何か中学生みたいな反応するね、カナタ。かわいいかわいい」
「……可愛くないです。男ですから」
「てか、後ろの彼女も可愛い……って、本気ですごくない?!てか、ナギに似てるっつーか、そっくり?」
「だって、ナギさんの義妹ですから。マドイ、この人さっき話してた、エイジのお兄さん」
「ふうん。あんまり似てないね」
2人でエイイチロウについて話をしていたのだが、彼の耳にはそんなものは入っていなかった。
ただ夢中で、カメラをまわし続けていた。
「すごくない?何この夢見がちな容姿!さらさら黒髪ストレート!透き通るような白い肌!血色の良い真っ赤な唇!目力抜群の黒目!扇げそうな長い睫毛!カナタと並んでも遜色ない長い手足!ナギに足らなかった素材を、全部持ってる!!」
「……いや、あの、お兄さん……ナギさんは男だし」
「そう、それだよ!あいつあんな顔して、男顔なんだもん!やんなっちゃうよね!」
「そんな当たり前のこと、同意を求められても……」
食い入るようにファインダー越しにマドイを見つめるエイイチロウの迫力に、何も言えなくなってしまった。