表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/47

第33話【続々・ナギVSユズハ】

第33話 続々・ナギVSユズハ


「めずらし、おまえが車を積極的に出すなんて」


 ナギは2泊分くらいしか入らなさそうな小さなポーターの黒ボストンをぱんぱんにして、小さなユズハの車の後部座席におさめながら、何気なくそう言った。


「まあ、たまにはね。それより、マドイ達の休みがいつから始まるか聞いた?」

「7月の19日が終業式らしいけど、補修があるとかカナタが言ってた」


 助手席に座らず、扉の前に立ったままのナギの背中をユズハは撫で、座るよう促した。


「補修?美術科だけじゃなくて?てか、橘は成績良いって聞いてたけど」

「なんか、そう言うの関係なくやるんだってさ。それもあって、ここの学生は、休みになってもみんなここに残ってるらしい。盆くらいは帰る連中もいるみたいだけど、残ってるヤツも多いってさ」

「なんか、まあ、判らんでもないけど、不自然だよな」

「そう言うヤツもいるかも知れないけど、多すぎるかな。お前なんか、県外で一人暮らしなんか始めたら、帰りそうにないけど」

「そうでもないさ。こんなに頻繁に帰る、地元が大好きなオレに向かって」

「まあ、そうだけどさ。……なんか理由でもあった?」


 助手席に座ったものの、シートベルトも締めず喋り続けるナギに、無理矢理ベルトを締め、エンジンをかけるユズハ。


「忘れ物なかった?」

「……お前、出発してから言うなよ」

「まだ高速に入ってないから、大丈夫だろ?」

「そう言う問題かよ、つーか、高速なんかすぐそこだし!」


 何だか誤魔化されている。


 ナギはもちろん、それを十分すぎるほど理解していた。けれど、あえて無視していた。

 ユズハもまた、ナギが普段聞かないようなことを、話さないようなことを聞いてきているのに戸惑っていたが、ごまかし続けることにした。もう既に疑われている時点で、何を言っても無駄なことを判っていたから。


 何も言う必要がないことも判っていたから。


「地元に彼女がいるとか?」

「そうかそうか。毎月一緒に帰って、家と道場の往復しかしてないことを、お前は毎回しっかり見てるのに?いつどこで女と会えと?」

「……そう言えば、帰るたびに、ずっとお前の姿を見てる気がして、たまらんのだが」

「お互い様だ」


 運転しながら、わざとらしく溜息をついた。


「そうだよな。……やっぱり、納得いかんな」


 高速のゲートでナギにチケットを渡そうと振り向いたとき、じっと自分を見つめていた彼と目が合ってしまい、思わず顔を背けるユズハ。


「……何が?」


 彼の間を不審がりながらも、チケットを受け取る。


「別に。オレの前では、昔のままなんだがな」

「何言ってんだ?意味が判らん」


 一体何を吹き込まれたんだ、と勘ぐるユズハ。


「人は年をとると変わるな、って話だよ。誰に限らず」


 そう自分で言っておきながら、他の人間が評するユズハという人物像について考えながら、思い出していたのは、自分が彼に負けた、あのゲームの瞬間だった。

 自分が思っている以上に、そのことが引っかかっているのだと、改めて噛みしめる。


「成長するって言うんだよ、そう言うのは。大人になるとか、ね。変わらんでどうするよ。人は生まれながらにしてどっか足りないもんだ。……まあ、お前はあんまり変わらないけど」

「失礼な」


 むっとして見せたけれど、ナギは思わず自身を振り返っていた。

 自分は成長しているのか?


『ナギ、これがお前とオレの4年の差だよ』


 ナギの視線を感じて、少しだけバツの悪そうな顔をするユズハ。

 片手でハンドルを握りながら、思わずポケットの煙草を探る。しかし車の中だと言うことに気づき、やめる。


「お前、車の中だと吸わないよな。部屋では吸うくせに。感じ悪!その内、この車も土禁とかにすんじゃねえだろな?」


 昔からこんなに神経質だったっけ?と、少しだけ昔を思いだそうとしていた。


「……ちゃんと布はファブってんじゃん!」

「うっせえな、バレバレなんだっつーの!灰皿とか隠しやがって、高校生か!」

「お前、人の引き出し勝手に開けてんなよ。気を使ってやってんだろうが」


 その言葉が、ナギには引っかかる。

 座席を倒し、後部座席においたカバンを探る。


「何だよ、あぶねえな。高速だぞ」

「探し物だよ」


 そう言って取り出したのは、黒い封筒だった。


「なんだよ。しまっといたヤツ、勝手に持ってきたのか?」


 今さらなんだ、といった顔のユズハ。


「全部見てるだろ?その封筒。何もない」

「読んでやろうか。『第2ステージへようこそ。君にふさわしいパートナーが、このステージにはいるだろう。君はただあの生け贄を、天に昇る塔へ捧げる祭司として、その手を汚し続けろ』」


 ユズハは何も言わなかった。


「オレ、これを見せてもらった覚えがないんだけど?」


 少しだけ責める口調のナギの顔を彼は見ることが出来ない。ただ、運転し続けるしかない。


「ユズハ」

「……それ、こないだ木津の兄貴が泊まった朝、探してたヤツ?本棚とか、ひっくり返してたろ?」

「何だよ、起きてたのか?」

「いや。寝てたけど。微妙に位置が変わってたから」


 力一杯嫌そうな顔をするナギ。


「誰が見つけた?」

「誰って、エーチロしかいないだろうが」

「あっそう。ナギが見つけたんじゃないんだ」

「引き出しに入ってる封筒の束は見つけたけど。これだけご丁寧に本棚にあったらしいし」

「ふうん」


 スピードが上がっているのを感じた。

 下り坂なのに、トラックを次々に抜かしていく。


「その日の朝、彼は他にも封筒を見つけてたよな。青いのと黒いの、2通」

「……?ああ。なんか、ローボードの下にあったって」

「あっそう」

「何が言いたいんだよ?エーチロが怪しいってか?」

「そんなことは言ってない」

「言ってる!」


 ナギはユズハを怒鳴りつけるが、彼は前だけを見ていた。


「エーチロのことは……証拠もないのに、そんなことを言うな。オレを動揺させる気か?!ゲーム上では敵だから??」

「かもね。まあ、それはお前のうぬぼれでしかないけど。それにしても、一応、敵って認識はあったんだ」

「あるっつーの!ちくしょう、一回勝ったくらいで偉そうにしやがって!」


 ユズハは答えない。その姿に、ナギもまた、彼の方を向くのをやめ、むっとした顔のまま前をむき直す。


「……隠してたんだな。オレにはその手紙を。それを見たからお前、オレとは一緒にゲームをしないなんて」

「別に……」

「良いから黙ってろ!生け贄はオレ、その贄を『天に昇る塔』へ捧げる祭司はお前。そして首謀者はそのためにお前がその手を汚し続けることを望んでいる。お前がそう思ったようにオレもそう思った」

「ナギ……オレは……」

「オレが喋ってんだ。運転してろ!お前はオレを生け贄にしないために動いてる。それは事実だ」

「別に、そう言うわけじゃ」

「事実だ」

「……そうだな」


 溜息をつきながら、ユズハは認めた。彼の目を見ることはなかったけれど。

 彼には敵わないんだと。ユズハ自身が一番よく判っていた。


「……それで、お前は何が言いたいの?オレがその手紙をお前に見せなかったことを責めたいわけ?」

「そうじゃない」

「なら、なに?」


 ナギはユズハを睨み付けたまま、黙ってしまった。


「……ナギ、それって、ずるくない?卑怯じゃない?」

「考え中だ」

「考え中って、お前な!」


 黙りを決め込むナギに、再び溜息をついてみせるユズハ。


「その手紙、ホントに本棚にあったの?お前はそれを見たの?」

「……見てないけど。エーチロがそこにあったって」

「あっそう」

「だから、何でそう言う言い方すんだ!」

「信じようが信じまいが、お前の自由だけど。オレはその手紙は燃やしたんだ。灰一つ残さずにね」


 ナギもユズハも、道場に着くまで、お互いを見ることはなかった。

 空が白んできたころ、車は道場の前についた。

 ナギは何も言わず、ユズハの顔も見ずに家に戻る。ユズハもまた、彼の姿を見送ると、ガレージに車を停め、家に戻った。


 ユズハは部屋に戻ったはいいが、一睡も出来ないままだった。

 師範に挨拶に行く前に、少しくらい休もうと思っていたのだが、どうしても眠れなかった。


「ユズハ、いつ戻ってきてたの?今日、戻るって言ってたっけ?」


 ちょうど7時半になったときだった。台所でコーヒーを飲んでいたユズハに、出勤前の彼の母親が声をかけてきた。何も知らずに、出かけるつもりだったらしい。そのいいかげんさに溜息をつく。

 最近、溜息が増えたな、なんて気付いて、少しだけ心が重い。


「ちゃんと電話したろ?今日から夏休みだから、帰るって」

「明日じゃなかった?」

「今日だよ。ボケてんじゃねえの?格好ばっか若作りしたって、もうおばさんなんだから」


 手振りで要求する母に、煙草を差し出しながら悪態をつく。


「相変わらず失礼な子ね。休み中、ずっとこっちにいるんだっけ?」

「いや、来週末くらいに一回戻るけど」

「あらそう。随分真面目だこと。学部の時は、昼からしか学校に行かなかった子が」

「今も似たようなもんだけど」


 ユズハがさらっとそう言うと、リノは大笑いした。


「ちょっと太った?」

「3食きっちり食ってるからかな」

「あんなに朝、弱かったのに!?寮生活なんかしたら、絶対遊びほうけて自堕落な生活送るとばかり思ってたのに!」

「……母さんの息子だから」

「私はそんなことしないわよ」

「どうだか。明らかに出勤する格好じゃない日だって、多々あるじゃねえか」


 今度はコーヒーを要求する母に、丁寧にいれてやる。


「……で、朝食は?」

「何でオレが?」

「だって、毎食食べてるんでしょ?」

「家に来てまで食べなくても。別に今は腹減ってないし。つーか、たまには朝食くらい作れよ!朝弱いのは母さん譲りだって」

「何よ、関係ないわよ。そう言えば、寮って言っても、別に食事は出ないんでしょ?なんで?」

「毎朝ナギが作るんだよ」

「まあ!さすがね!ナギくん!良い子よね。うちの息子と交換したいわね!」

「そう言うこと、息子に言うなって」

「てか、うちの子になってくれないかしら。ううん、新しい旦那様でも良くない?」

「……良くないっつーの……」


 義理の父親はともかく、兄弟はちょっと良いかな、なんて思いつつ。

 彼の兄弟なら、彼が誰より大事にしてくれる。


 その状況がいかに幸せなのかと、彼はヒジリに教えてやりたかった。


「で、こんな時間に起きてるってことは、今日も練習?中緒さんにご挨拶してくるの?」

「……まあ。師範、どう?医者として」

「最近は随分調子いいみたいよ。あんた達がしょっちゅう帰ってくるもんだから、逆に心配してた。最近はヘルパーさんいれたみたいだし?」

「ああ、小西さんね。ただ、道場のことは、彼女は何も判らないから、結局ナギがいないと。ナギだけだと、まだ反発してる人もベテラン勢には多いし……だからオレが……」

「あんた、結局どうするの?」

「なにが?」

「何がじゃないわよ。合気道を続けるのは良いけど、そんなに人様の家庭の事情に首突っ込んじゃって、責任とれるの?中緒さんも、あんたに頼ってしまって申し訳ない、なんて言ってるし」

「だから、そのことは師範にも伝えてあるって」

「聞いたわよ。でも、あんたに、その覚悟はホントにあるの?」


 真剣な顔でユズハを見つめる母親に、彼も思わずまじめな顔で答えた。


「あるよ」

「覚悟したって、所詮は他人事よ?中緒さんは、そんな薄情な人じゃないけど、所詮あんたはあの家から見たら他人なの。だから、中緒さんだって、ナギくんを引き取ったんでしょ?」

「判ってるよ。でも、オレがそうしたいからそうしてる。別に他にしたいこともない。ナギがあの道場の跡取りで、あの道場は彼のものだ。でも、あいつ1人じゃ無理だし、師範もオレを頼ってくれてる。それで別に良いじゃん。オレは好きなように出来るんだし。指導者になってくのも悪くない」

「食いっぱぐれたら、あんたみたいな甘ったれのボンボンは生きてけないわね」


 そう言いながらも、彼女は笑っていた。


「食いっぱぐれそうだったら、また大学で世話んなるよ。S大の院に入り直したら、まあ教授も許してくれるんじゃない?」

「自信過剰よね。誰に似たのかしら」

「母さんだよ」

「私はそんなんじゃないわよ?」

「あのなあ、母さんしか知らないんだから、他にいないだろうが。立派に育ったろ?」


 思わず苦笑いするリノ。


「中緒さんがそう言ったらそうかもね」


 それだけ言うと、彼女は煙草の火を消し、出かけていった。

 ユズハは彼女を見送ったあと、道場に行く準備をしながら、師範の言葉を思い出していた。


『本当のことを言うと、君はまだまだ甘い』


 どうしてなのか、ユズハが教えて欲しかった。


 ナギのことも、道場のことも、生活の全ても、完璧にしているつもりだった。それでも、うまく行かないナギとの間のことが、彼の心を不安にもしたし楽しくもした。

 予想外の行動を、彼はとる。いや、予想の範囲内の内容なのだが、タイミングが判らない、というのが正しいかも知れない。


 今朝も、そうだ。


 家を出ると、玄関にナギが立っていた。


「……何だよ。今から練習だろ?先に師範に挨拶に行こうと思ってたんだが」


 ユズハの言葉に、ナギは応えなかった。


「さっさと行こう」


 ナギの肩を叩き、背中を撫で、向かいの道場へ方向を変えさせる。


「言い忘れてた。聞こうと思ってて。……メールが、来ないんだ。コトコが電話もメールもしてるって言うんだけど、オレの所には届かない。オレからも送れないんだ」

「間違ってるんじゃない?アドレスとか?」

「いや、あってる。なんか、おかしなことになってるのかなって思ったんだけど、オレ、詳しくないからよく判らないんだ」


 ナギは携帯を差し出す。


「オレにもよく判んないって。こないだ彼女とは飲みに行ったんだろ?その時はどうやって連絡とったんだよ」

「コトコがオレの所まで直接来たんだよ」

「ふうん」


 彼がじっと、ユズハの顔を見ていることには気付いていたが、なんて言ってやろうかと画策中。


「ああ……着信拒否になってるよ。お前、うっかり間違って設定しちゃったんじゃないの?ほら、これでもう届くよ」

「そっか、ありがと」


 笑顔を見せるナギに、少しだけ安心するユズハ。


「……お前、コトコのこと、どう思ってるの?」

「どうって?」

「なんか、コトコがお前からメールが来るって……」

「ああ。学園史のこと、聞きたかったから。彼女のおじいさんが、学園理事会役員の1人なんだ」

「……そうなんだ。知らなかった」


 少しだけ沈んだ様子のナギに、ユズハは笑顔を浮かべた。


「でも、お前……」

「ナギ、オレと梶谷さん、どっちを信用するんだよ」

「……どっち、ったって……」

「オレの方がつきあいは長いだろ?」

「そう言う問題じゃない」


 ナギは顔を伏せ、ユズハを見ないようにして、足早に道場に向かった。


「オレのこと、信用できないってこと?」

「そうじゃない」


 追いかけ、声をかけるユズハに、ナギは強く否定の言葉を浴びせる。


「そうじゃない。お前もコトコも信用するしかない。でも、そっから情報を選ぶのは、オレの自由だ」

「だから、それが要するに、誰を信用するか、だろ?」

「違うって、そうじゃない。お前のことも信用してる、コトコもだ。だけど、多分オレの知らないところで、どっちにもオレに隠してることがあるんだよ。だから、全部信じちゃダメなんだ。その上で、オレがどうするか、オレが決める」


 ユズハの顔をまっすぐ見上げた。


「……じゃあ、どうするか、教えろよ」

「まだ、決まらない」

「何だよ、それ」


 苦笑いするしかない。


「ユズハ、オレにだって意志がある。そこんとこ判ってる?」

「そんなの、充分すぎるほど判ってるよ」

「オレは、お前に守られるような真似も、お前がオレのためにこそこそ動くのもいやだ」

「だけど、そうしたいのはオレの意志だよ。お前に意志があるように、オレにも意志がある」

「判ってるよ。判ってるけど……」


 ナギは再びユズハから目をそらすと、道場へと入っていった。


『本当のことを言うと、君はまだまだ甘い』


 師範に何故かと聞いたら、今度こそ答えてくれるだろうか。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ