第2話【ユズハ】
学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。
第2話 ユズハ
夜が更けると、学園からはほとんど人がいなくなる。
もちろん、大学部の一部や、警備員など、活動している者達もいるが、学園内からはほとんど人がいなくなる。
そして、深夜1時。学園を囲む塔に、一部の生徒が現れる。
「ホントに見に来たんですね、田所さん達」
第6の塔の前で、エイジ達はナギとユズハを目の前にしていた。
「……相手は?」
「さあ、先に入ってるのかもしれませんね。後から来るかもしれないし。オレ達も外から見たコトって無いから、どうなってるか後で教えてくださいよ。行こうか、カナタ」
「そうだね」
塔に備え付けられた、たった一つの木の扉に向かい、歩き出す。
「今日はどっちが王になるんだ?カナタか?」
「当たり前でしょう?誰かが手ひどくやってくれたばっかりにね」
「エイジ、そんなに喧嘩腰にならなくても。オレは、ナギさんの戦い方はすげえって思うけど。もしかしたら、後々、見習わなくちゃいけなくなるかもね」
「見習う?あれを?」
「だってオレ達、今日勝ったら、次にいけるんだから」
カナタの顔に、不敵な笑みが浮かぶ。
普段の彼からは考えにくい表情だった。
「ああ」
エイジもまた、同じように含んだ笑みで、彼に答えた。
その様子を、ナギとユズハは黙って見守った。彼らが塔に入っていくまで。
「……外から見て、何か判るかな?」
「さあな。でも、この『ルール』には、見学についてはなにも書かれてない。普通に考えたら、他にもこのゲームをして、闘っている者を研究しようと思うはずだ」
「考え過ぎじゃない?ユズハ。そんなに真面目にやってないってコトだと思うけど」
「みんながみんな、お前のようなバカじゃない」
「またバカって言ったな!」
ナギの蹴りを、ユズハはさらりとかわす。
その時、彼らの目の前の塔が、一瞬だけだが、光った。しかし、その光は消して強いものではなく、塔の中から微かに漏れている、といった程度のものだったのだが。
塔の壁に隙間でもあるのか?とナギは塔の壁面を見つめたが、そんなものは見つからない。
「ナギ、上の方に光が漏れてる場所がある」
ユズハが指さした先は、塔の頂上近くだった。不思議なことに、塔全体を囲む輪のようにぼんやりと光っていた。
「学園側から、双眼鏡かなんかで見ることは出来ないか?」
「むりだ。塔の近辺には大学部がない。立入禁止になってる、この時間は」
大学部も立入禁止だが、他よりは多少緩い。実際、学園自体に立入禁止になっているのだが、ゲームが行われるときは、通用口に警備員がいなくなっていた。
それも、『ルール』だった。
ナギは突然、塔の横に生える木の一本に登りはじめ、高さが足らなくなってきたら、次々と上に登れる木に飛び移っていく。
「……サルか、アイツは。まあいいか」
悪態をつきつつ、ナギに倣い木を登りはじめるユズハ。体格差がここでは仇になり、なかなか思うように登れない。
「おそい、ユズハ。双眼鏡貸せ」
「遅いって、お前なー……」
一緒にするなと思いつつ、首から提げていた双眼鏡の一つを貸した。
塔の光っている部分からは多少、高さが足りないし距離もあったが、かろうじて中で何をやっているかが見えた。
不思議なことに、塔の壁面でその部分だけガラス張りになっているように見えた。
中にそびえ立つ審判の柱が光っているのが、はっきりと見えた。
ゲームの行われる『ボード』は、前回ナギ達が闘った物に比べると、随分狭いように見えた。
1.戦闘可能区域を『ボード』と呼び、そこから敵である騎士を落とせば勝ちである。
2.ボードの形態は塔により異なる。
3.騎士が戦闘不能になっていたとしても、ボードから落とさなければ勝利にはならない
ユズハはゲームのルールを確認しながら、双眼鏡を構えた。
「……なるほどね。確かに違うな」
「そうだな。狭いし。ほら見ろよユズハ、あのボード」
「ああ。穴が開いてる。どういう原理だ、ありゃ。ボードって、もしかして浮いてんのか?まさか?!」
騎士であるエイジが闘うボードには、直径1mくらいの穴がたくさん開いていた。エイジとその敵である騎士も、その穴に落ちないように動いているため、慎重になっていた。
敵である二人組は、中学生くらいの男女であった。王の椅子に中等部の制服のままの女生徒が座り、剣道着に身を包んだ男子生徒が日本刀を振り回していた。
「まあまあ育ってるとはいえ、ありゃ、中学生じゃないの?王は女だし。やりにくいよな〜ガキいじめてるみたいで」
「いや、そうでもなさそうだな。木津は結構、えぐい戦い方をしてる」
「そうだな、それに、完全に『王』を狙ってるしな、あれ」
ユズハは再びルールを確認する。
4.敵の王を椅子から降ろしても勝利となる。
5.また、王は何が起きても椅子から離れてはいけない。
6.ただし、騎士が戦闘不能になった場合、騎士の代わりに闘うことが出来る。その際は椅子を降りてもよい。
そのルールがあったからこそ、昨夜エイジは動かなかった。カナタに何があっても。そして、今夜のカナタもまた、動かない。
ナギには、カナタの表情がとても落ち着いて見えた。
エイジのことを信用している。そんな顔に。
そんな風に考えながら、思わずユズハを見てしまっていた。
「どーよ、あいつら?」
ナギはユズハの反応を知りたかった。無関心なフリしながらそう聞いた。
「相手の女の子はきつそうだな、玉座に座ってるの。心配で見てられないって感じ」
「自分が狙われてんの、判ってんのかね?それに引き替え、カナタはヨユーだな」
「橘は木津を信用してるんだろう。木津の動きは安定してる」
「……あっそ」
「オレは、お前のこと信用してたよ?」
「どうだか?」
不愉快そうにしていたナギの気持ちを見透かしたように言うユズハ。
それが、余計にナギの神経を逆撫でる。
7.武器は審判から渡される。それ以外の武器は使用してはならない。
8.審判から与えられた武器は、変更できない。
9.武器による攻撃、その影響は、ゲーム中のみ有効となる。
エイジの武器は、長槍だった。それがナギには気に入らない。
「なんでオレはただの棒で、アイツのは先にちゃんと金属が付いてるかな」
「さあね。でも、変更不可って書いてあるし。持ち込み禁止みたいだし」
「でも、格好は自由なわけね。オレもカッコつけてないで、稽古着かなんかで行けばよかった」
「次からそうしろ。ここまでその格好で来る気があるんならな」
自分は嫌だけど、ナギは多分気にしないだろう。判っててそう言った。
「見に来る意味はなかったかな……?あの二人、今まで負けなしだったってコトだろ?」
「そう言うことになるな。危ないって、ナギ」
木の枝から身を乗り出しすぎているナギの背中を、自分の元に引き寄せるユズハ。
塔での出来事を見つめるあまり、彼には周りが見えていない。
「あいつら、もしかしたらこのゲーム中では、割と強い方だったのかもね」
「そうかもな。木津もまあまあやれる方だが、橘ほどじゃない。ナギと橘の戦いを見る限りじゃ、橘の筋は悪くなかったからな。でも、あの程度だ。それで6連勝出来るってコトは、大した連中は揃ってない」
「あ、やっぱ、そう思う?じゃあ、さっさとゲームの申請して、7連勝して、こんなふざけた手紙をくれたヤツとご対面☆」
ナギが早速、今日の昼にカナタに転送してもらったメールを開く。そこにあったのは、とあるサイトへのURLだった。
そこから、「ゲーム」専用のサイトに行ける。
「そんなサイト、ご丁寧に作って……このゲームの主催者は何を考えてるんだろうね?」
「主催者?ああ。そいつが悪いヤツかな。きっとそうだ」
「悪いヤツ……。一概にそうとは決めつけれんが、今の状況では、オレ達から見たら立派な悪人だな。強請だな、こりゃ」
ナギのもらった青いカードを、ユズハはまじまじと眺める。
どうしてナギにだけこんな招待状を?
「ナギ、サイトに入れた?」
「入れた。文字しかない。あ、あとIDを入れるところがある。『登録した名前を入れてください』だって。なんだろ、適当に名前いれといてもいいんかな」
「昨日、審判が下の名前でよんだろ。多分、それが『登録名』ってコトじゃないかな。登録した記憶はないけどね」
「あ、『受け付けました』って出た。エライ事務的だな。最初はあんなカード送ってきたくせに。パートナーは『ユズハ』で……、王は……」
ぶつぶつ言いながら入力作業しているナギを、ユズハは考え事をしながらも後ろから覗いていた。何か不満でもあったのか、携帯を奪い取る。
「あ、何すんだ!」
「王はオレ、騎士はナギ。明日の予約、ってことで送信」
「またお前、闘わないつもりかよ!ずりいって!楽しやがって!あのルールじゃ、オレが戦闘不能になるまでお前を護らないといけないってコトだろ?」
「だから、王と騎士、だろ?大体、オレはお前ほど血の気も多くないし、バカじゃない。明日は、昨日みたいなかっこ悪い戦い方じゃなく、ヨユーのある所見せてくれ」
「……うるせえな」
「ださかったぞ、お前。ガキ相手にムキになって」
「うるせえよ」
「ちょっとだけ、心配した」
「だから、うるさいっての!」
怒鳴りつけても、ユズハの表情は変わらないし、態度も変わらない。
そして彼は何も言わない。怒ってるのか悲しんでるのか判らない表情のまま、ナギの首筋をなでる。
そんなユズハを見ると、ナギはいつも、どうして良いか戸惑う。
仕方がないから、誤魔化すように怒鳴るしかない。
「ちょっと油断しただけだって。相手は刃物持ってたし、昨日はルール知らなかったし!」
「そうだな」
「いくらでかい剣相手だって切られたって、死なないって判ってたら、もうちょっと違うやり方があったわい!」
ユズハは、ナギの言葉に一瞬止まる。
「なんだよ」
ナギは真っ赤になって怒っていた自分が、少しみっともなく感じた。
「死なないって……、ホントかな?」
「だって、昨日もオレが切られた痕は消えてたし、カナタの体にも、あの棒で突き出したときの痕はなかった。ルールにもそう書いてある」
「でも切られて、心臓をざっくりやられたら『死ぬ!』って思うと思うけど。戦闘不能の状態が、『動けない』状態なら、その程度にやられることはこのゲームは想定してる」
「だからなんだよ」
「たとえば、橘が持ってた大剣なら、人をまっぷたつにするのも不可能じゃない。よっぽど力がなきゃ難しいけど」
「そりゃそうだ。人をまっぷたつだなんて……。え?!」
「だから、どこにも死なないとは書いてない、だろ?」
「わざわざ『死ぬことがあります』って書くか?そんなの」
トントンっと、ユズハは自らの顎を軽く人差し指で叩く。
トントン、トントン、と繰り返す。
「オレは、あの中は、バーチャルな空間で。あの審判の柱も、ころころ風景の変わる『ボード』も、何かトリックがあって、ホントにあの場で行われてることは『ゲーム』でしかないと納得するしかないって思うんだけど。カナタ達もそうしてるみたいだし」
「納得、ねえ……。自分の体に付く傷のことも?」
「現にそうなってんだ。受け入れるしかない。納得いかないかもしれないけど」
そうすることでしか、今は動けないと。それはナギもユズハも判っているけれど。
「……確かに、キズはないかもね。あの様子だと。塔から出たときに消える。でも、素手で殴ったダメージはしっかり残ってる」
戦闘不能になったとき……
ユズハの頭は、その言葉でいっぱいだった。
「体は確かに痛いはずだ。あの塔の中で……どういう原理か知らないけど、剣で斬りつけたら、布も切れる。おそらく人体にも傷は付く。それがバーチャルだったとしても。それは、ルールとしても明示されてるし、体感すればはっきりと判る。けど、武器でやられたキズは元通り……」
エイジが持つ長槍も、敵の騎士が持つ日本刀も、昨日カナタが持っていた大剣も、充分に人が殺せる武器だ。
ナギの武器は……やり方によるかな?と思う。
「精神の死は、肉体の死だよ。オレが気になってるのは、そこだ」
「それは、ゲームは関係ないんでない?」
「可能性を含んでいる。危険性は高い。それを理解して作ってるはずだ、このゲームの主催者は」
「だから?」
「その危険を判ってて、このゲームの参加者達は闘ってるのかな?なんで、こんなコトをする?」
「なんか目的があるんじゃないの?これみたく」
ナギは、例の青いカードをユズハの胸ポケットからとり出した。
「しかし、木津達は最初からゲームの説明を受けてたみたいだし、こんなカードじゃなく、直接メールが来たって言ってたな」
「あ、そういやその辺はあまり気にしてなかったから、詳しく聞いてなかった。でも、このカードのことは『おかしい』って言ってた」
「それにしたって、なんであいつら、あんなにゲーム……たかがゲームのために、危険を冒す?」
エイジが、カナタを傷つけられたことに対して根に持っていたことを思い出した。
傷が付くことを、失うことを、恐怖を、知っているのに、どうして?
「それに、このカードは、明らかに脅迫だ。誰かが後ろで動いてる」
ナギの携帯から「亀を踏む」音がした。
まじめな顔してたユズハが、思いっきり嫌そうに
「その着メロ、やめろよもう。緊張感のない。大事な話をしてるのに」
「なんだよ、気に入ってんだよ、短いし。……ゲーム申し込み確認メールだって」
ユズハはナギから携帯を奪い取り、メールを確認する。ナギは木から落ちないように気をつけつつ、ユズハの胸ぐらを掴む。
「オレのだ、返せ!」
「待て待て待て……。えっと、『ゲームの申請を受け付けました。明日の午前1時、第3の塔で行います』」
「……だから、なんで事務的?感じ悪いな、もう」
「『あなたが望む力を手に入れるまで、闘い続けましょう』……」
そう読み上げ、ユズハは黙ってしまった。
そのスキに、ナギが携帯を奪い返す。
「ふーん、『次のステージまで、ナギさんはあと6ポイント、ユズハさんはあと6ポイントです』って、いちいち書かんでも、こないだ聞いたっつーの」
「ああ、それぞれに……」
ユズハはぼそぼそと呟く。
こういう時の彼は、ちょっと怖い。ナギは邪魔しないよう、黙って彼を見つめていた。
「……『望む力』って、なんだ?」
呟き、自問自答を続けるユズハを見てるのに飽きたナギは、第6の塔に目を移した。
予想通り、エイジとカナタの勝利だった。ステージ上に敵の騎士はいなかった。
そして、次の瞬間、明かりが消え、塔は再び暗やみに包まれる。
月明かりの中、灯り一つない塔は、静かにそびえ立っていた。その姿に、ナギは背筋が寒くなった。
いつの間にか、ユズハもナギと同じ物を見ていた。