第28話【カイト】
第28話 カイト
「無理だと思ったんだよ。エーチロ、鈍くさいからさ」
「お前に比べたら、大抵の奴は鈍くさいと思うけど。基準を自分にすんなよ。大体、今のはオレが勝ったんだ」
「……一緒に落ちかけてたし」
ドームは工事中のためか、入口が一つになっていた。工事用入口から 入ると、一直線に管理室のエレベーターまで抜けれるようになっていた。その道を、エイイチロウと二人で逆戻りする。
「何でこんなコトになったのか、きっちり聞かせてもらうからな」
「何で、オレが勝ったじゃん」
ドームを出ると、エイジとカナタが待っていた。何故かまたレイも一緒に。
「……ナギさん、すみません」
「良いよ。オレはコイツを締めとくんで、お前らは先に帰れ。また明後日、稽古に来い」
「え?ナギってば暴力的?!オレが勝ったのに?!」
カナタとレイがナギ達に会釈をする。エイジはただ一人、考え事でもしていたのか、強ばった表情のまま、二人に引っ張られていった。
「しっかし、可愛くないなー。うちの愚弟は」
「いや、多分……確実に間違いなく9割以上お前のせいだと思う」
「オレはこんなに親しみやすい、良いヤツなのに」
「うん……どーかな」
みなまで言うまい。そう心に誓ってから、ナギは本題を切り出した。
「お前、なんでエイジと一緒にゲームに出てんだよ。百歩譲って駒になってたのは納得してやる。でも、お前、いきなり第2ステージだし、ポイントつかないし、武器のこととか知ってるし」
「……椿山在学中に1こ上の先輩と組んで出てたんだよ。あ、もちろんオレは玉座だったけど。そのポイントと名前が残ってたから」
「それおかしいだろ?だって、申請しないで2ヶ月たったら名前消えるのに?」
「そんなの知らないって。入れたモンは、入れたの!」
「武器のことは?!」
「その先輩から聞いた。オレは何も知らん、ただの受け売り」
「お前、ここに来たのって、ゲームのためか?」
「もーしつこいな。たまたまだって。あの愚弟が思い詰めてたの、知ってたろ?お前だって。聞き出すのに苦労したんだからな。しかも、言葉の端々に『カナタが……』とか、『中緒兄はすごいのか?』とか繰り返してんの。相当まいっちゃってるぞ、あれ」
照れくさそうに帽子をはずし、頭をかきながら答えるエイイチロウ。ナギの動きが一瞬止まる。
「じゃあ、お前、エイジのために?」
「うっさいうっさい!!なんでオレがあんな愚弟のために何かしないといけないんだ!!」
「だって」
「大体、お前はカナタを捨てたってエイジから聞いたぞ?だから、ゲームにカナタとナギが一緒に出てくることはないって踏んでたのに。最悪なカード引いちゃって!!」
「うん……だから、それは悪かったって。エイジが……」
「だからもう、あのバカのことは言うなよ、頼むから」
エイイチロウが兄の顔をしていたのが、不思議な感じもしたけれど嬉しかったナギ。
自分はどこまで頑張ってもあの子達の本当の兄にはなれないからこそ、エイイチロウとエイジの持つ距離感がうらやましくなった。自分は彼女たちにあまりにもべったりしすぎてきたから。早く兄妹になりたくて。
「……君の話はさ、ちょっと誤魔化してる部分が多すぎて不愉快だな」
そう言って、ドーム前に立つ木の陰から現れたのはユズハだった。
「ユズハ!お前、もしかしてずっと見てた?!趣味悪い!!」
「趣味悪いとはなんだ!!お前がこんなメールをよこすから、何かと思ったら!!」
印籠のように携帯を見せるユズハ。でも、距離が遠すぎて何が書いてあるかは見えない。
「なんだよ、そのメールの何がおかしい?お前が夜いないときは連絡しろってうっさいから、わざわざいれたんじゃんよ」
「もっと、書くことはあるだろうが!ホントにめんどくさがりだなお前は!!」
怒鳴り合うユズハとナギから、そーっと一歩ずつ距離をとっていくエイイチロウ。
「待て。君との話はこれからだ。ナギみたいに情に絆そうったってそうは……」
笑顔すら作らず、エイイチロウの首根っこを掴むユズハ。とって食われそうだ。
「君たち、こんな時間に何をしている?どの学部の生徒だ?!許可は取っているのか?!」
見回りの教師のようだ。懐中電灯で照らされるが、姿を確認される前に走る3人。
「こら、待ちなさい!!学部と学年と名前!!」
もちろん、許可など取っていない。ゲームが終わってしばらくは見回りは来ないが、時間がたてば、通常通り見回りが来てしまう。だからいつもは早く出ているのに。
「やべ、オレ捕まったら本気でヤバイ」
許可どころか、現在ここの学生ですらないエイイチロウ。逃げるナギとユズハを追いかけるのに必死だ。
「つーか、オレもヤバイ。カオ割れてるし」
追いかけてくる教師の声に覚えのあるナギ。遅れるエイイチロウの手を取り、仕方なく引っ張ってやる。
「なんで?誰だよ??一介の教師にしては、足早いな……いや、オレ達が遅いのか?」
走りながら、エイイチロウを睨み付けるユズハ。
「高等部美術科教師の二宮ってヤツだ。こないだの学外スケッチの時に話したんだ。ユズハと同い年だし、まだまだ体力あまってんじゃねえの?」
「大変だな。こんな学校に就職したばっかりに。追っかけっこか……」
塔を囲む森に逃げ込み、二宮と距離をとったところで、木に登り、姿を隠した。エイイチロウは、ナギがほぼ無理矢理木に登らせた。
森の中をうろうろしている二宮が立ち去るのを待つ。
「……案外しつこいな。捕まるとどうなんの?厳重注意?」
必死で木にしがみつくエイイチロウに問うナギ。めんどくさかったのか、ユズハはちゃっかり別の木に登っていた。
「いや、確か停学だったかな?寮で謹慎3日とか。結構厳しいよ?今はどうなんだろ。それより、助けて……」
おもしろいので、3分ほど、じたばたするエイイチロウを放置するナギ。しかし、いつまで経っても二宮がいなくならないので、ばれても困るからと仕方なく引き上げ、枝に座らせる。
「ナギさあ……」
「なんだよ、まだあいつ、いなくなんねえんだから」
小声でひそひそと話す二人。
「カナタは捨てたんだろ?エイジに返してやるために」
「そうだけど、そうするとオレのパートナーがいねえんだよ。エイジは、まだぐずぐずして何も言わねえし。カナタには、言ってやんなきゃわかんねえのにさ。だから、それまでは……てことで」
「じゃ、オレと組まない?」
「はあ?」
訝しげな顔で唇をとがらせるナギ。
「だって、ナギがカナタを捨てて、別のパートナー見つけたってなったら、カナタは一人になるわけだろ?また新しい相方探そうとするわけだ。そしたら、いくらうちの愚弟だって焦るんじゃねえの?いっぺん追い込んでやらなきゃダメなんだよ、あのタイプは」
「……なるほど。一理あるな。でも、お前はそれで良いの?」
「良いって。オレは別に賞品に興味ないし。このままエイジと続けて、またさっきみたいに気まずい感じなのやだし。めんどくさいじゃん、そう言うの。だって、ナギは……」
エイイチロウは、ゆっくりとナギに視線を向け、彼を指さした。
「勝ち続けるんだろ?最後まで」
「……ああ」
「じゃ、決まり。もちろん、お前が騎士で。撮影もさせてね。戦ってるとこ撮りたいから」
「……お前の武器、カメラの方が良かったんじゃ……」
何が出来るか判らないけど。
そんなとこまで撮られるのかと、少しだけ嫌な顔をする。
「じゃ、商談成立ってことで。予約のことはまた話そうか」
人の悪い笑顔で、ナギの右手と無理矢理握手。
下に二宮がいなくなったことを確認し、降りようと足を50cmほど下の枝にかけようとするエイイチロウ。
「……登るより、降りる方が大変だぞ、エーチロ」
上に戻ることも、下に進むことも出来ないエイイチロウを放置プレイ。何だか泣きそうになっていたのが余計におかしかった。
無事に木から降り、ナギのおかげで何とかユズハの手も逃れ、必死で校門を抜けるエイイチロウ。そこには見知った顔がいた。
「なんだ……カイトかよ。驚かすなよ。宿直の先生かと思った」
「オレだって宿直の先生だ。相変わらず、お前はよく喋る」
そこにいたのは美術科の国語教師、二宮海斗だった。
「大したこと喋ってないじゃん、別に」
「けろっとした顔で言うんじゃない。田所柚葉が最近、こそこそ嗅ぎ回ってるという報告が入ってる」
「挑発してんじゃん。あんな挑戦状出しといて。話してみたけど、相当負けず嫌いよ、あの人。ナギとつきあい長いだけはあるねー」
「オレはそんな面倒なことはしない。あの、中緒凪だって別にどうでも良いのに」
「ふーん……。なんか、いろいろ大変そうだな。まあ、どうでもいいけど」
笑顔でカイトの背中を押すエイイチロウ。
「……なんのマネだ?」
「いや、今夜寝る所無いから、泊めてもらおうかと」
「オレんちはこっちじゃない」
体をひねらせ、エイイチロウの体を受け流す。
「泊めてください。あと、ご飯」
「お前は変わってないな……」
「カイトもね。酷いあきれ顔。田所さんも相当鬼畜だけど、カイトには負ける」
「そんなに気にするようなヤツなのか?」
今朝ナギが見ていたカードの内容を思い出しながら、考えるエイイチロウ。その様子をしばらく眺めたあと、置いて歩き出すカイト。
「置いてくなよ、もー。泊めて☆」
まとわりつきながらカイトを追いかける。
成長が見られないな、とため息をつきつつ、あきれ顔のカイト。
「……まあいい。お前にはしばらく動いてもらわないといけないし」
「生け贄を捧げさせるために?」
「あれが生け贄になるかは判らん。その判断を下したのはオレじゃない」
「なんかめんどくさそう……」
じろっとエイイチロウを睨み付ける。
「お前はいつもそうだ。面倒だと言って、いろんなことを誤魔化す。武器のことも、わざわざ説明する必要はあるまい。システムのことなど、駒が知る必要はないんだ」
「二宮先輩たら……、下々のモノが知恵を付けるのを嫌がる、恐怖政治のダメ王様みたい。いや、出世欲にまみれた中間管理職……そっちの方が現代的で面白いかな」
わざと先輩呼ばわりした上、口に手を当て、しななど作ってバカにして見せた。
「どういうつもりだ?」
「知恵ってのは、等しく必要ですぜ?お代官様」
「誰が悪代官だ」
「民衆にも、知恵というなの小判をわけてやってくださいよ」
「お前の方が悪そうだ」
「あ、カイト。眉間にしわが。大変だなあ、生徒には面白くてさわやかな先生で通ってるんだろ?そんな怖い顔したら、大変大変」
歩きながら、わざとカイトの眉間をさすってやるエイイチロウ。彼は無視して、教師用の宿舎の棟に入っていく。その後ろをエイイチロウが普通について行き、一緒に部屋に入る。
「うわ!キッチンの他に3部屋もある!何これ!寝室別なの?しかも一人?オレ、こっちの部屋に住んで良い?」
と言いながら、既にカバンを部屋にしまっていた。もう何も言えないカイト。
「……お前、なんでオレの話を受けた?この間、偶然オレに会わなければ、もうゲームになんか……」
「偶然かなあ?オレは、それすらもハナから仕組まれてた気がするんだけどねえ。あ、この部屋……!!」
「なんだ??」
冷蔵庫を開き、叫んだエイイチロウに不審そうな顔をするカイト。
「酒が一つもない!て言うか、冷蔵庫に何もない!!」
「ふざけるな……」
「……あーはいはい。真面目な話っすね。真面目真面目。……でもオレ、酒入んないと真面目な話できないし」
とうとう突っ込む気すら見せず、冷ややかな目で自分を見つめるカイトが怖くなり、襟を正す。
「……すいませんでした」
「真面目な話だ」
何だか説教をされている生徒のように、床に正座をしてカイトの話を聞く。
「だって、いくら偶然にしたっておかしくない?オレもナギも外の人間だよ?それがここに来て、謎のゲームでコンビを組む。ナギにもオレにもそれをやらざるを得ない理由がある。いや、その理由を誰かに与えられている。策略の匂いがするわけよ。カイトに会ったのも偶然じゃない気がしてたまらんね!」
「運命というヤツか?」
「オレ、その言葉嫌い!」
カイトは些かむっとしたようだったが、エイイチロウに話を続けさせた。
「ナギを、田所さんより先に塔を登らせるために、オレにナギと組めだなんて。あいつの力で進まなきゃ、意味がねえんじゃねえのか?」
「知らん。さっきも言っただろう。オレは中緒凪には興味がないと。ただ、あれを高く買ってるヤツがいる」
「……ああ、挑戦状とか出した人ね。良いけどさ、あんたらのやることなんか、なんだって。でも……」
「でも?」
「そもそもさ、いや、もうなんか、このゲームってさ、おかしいじゃん?カイトには悪いけど、くだんないと思うわけよ、望む力だなんて」
「昔はそんなことは言ってなかったろう。ここにいたころは」
「でも、オレ、そんなモノいらないから……必要ないって判ったから、ここを出たんだ」
エイイチロウの目が、カイトを憐れんでいた。
「望む力を……必要ないって?」
彼の憐れみをはねのけるように、カイトは彼を睨み付けた。
「いらない」
「なんで?お前だって、あんなに欲していたのに」
「オレ、今だって充分幸せだよ。好きなコトして、好きなように生きて。大変なこともあるけど、その分楽しいことも大きい。それじゃダメか?……世界って広いんだ」
椿山にいたころとはエイイチロウが変わってしまっていることに、さすがのカイトも気付いていた。
逆に、それが彼のあの強さになっていることも。
「……審判は公平だ」
「またそれかよ!あんなモンに何が判るんだ?ナギは武器すら出ないって言ってたぞ?あの強い男にだよ?オレの錫杖だってそうだ?!」
「公平だ。お前の強さが、あの錫杖に表れてる。使い方によっては、最強の武器にもなる。審判が、お前の強さを認めてる」
「意味わかんねえし!オレは、落ちかけてたオレを引き上げるナギの方が、よっぽど強いと思う!オレはあいつのこと裏切りたくない!カイト、勘弁してくれよ!オレあいつのこと嫌いじゃないんだ!」
カイトは表情を変えないまま、エイイチロウを睨み付けたままだった。
「お前は変わった」
「カイトは変わんねえな」
もう睨まれても、エイイチロウは平気だった。
「なら、どうしてオレ達の言うことを聞くんだ?お前もあの望む力が欲しいからじゃないのか?」
「……そんなものはいらん」
「でも、望みがあるだろ。戦う理由があるだろう」
「あるよ。そのために、オレは動く」
「なんだ」
エイイチロウは口を閉じたまま、動かない。
「エイイチロウ」
「なんでそんなに聞きたがるんだよ、うっせーな、もう。利害関係一致してんだから良いじゃねえか」
「エイイチロウ」
包丁が目の前で光っていた。
「ちょ……カイト、それはヤバイって……」
包丁を持つ手の先で、カイトはまるで小動物のような目で彼を見つめていた。
「なんだよ。何て顔してんだ。落ちつけって。話して欲しいんなら、そうだって言えばいいじゃんよ」
「……エイイチロウ」
まるで壊れたレコーダーだった。エイイチロウはため息をつくしかなかった。
泣きたくなる……。
「大したことじゃない。オレの望みは、うちの愚弟があんなモンに近付かないように……近寄れないよう負け続けてしまえばいい。それだけだ」
カイトは変わってない。そしてこんな男をほっとけない。
そんな風に考える自分は、キップを買い間違えてしまったような気がしてたまらなかった。
第2ステージ。ナギ・エイイチロウ組初戦。
あっという間に予約が取れてしまい、カナタにもエイジにも何も言わずにエイイチロウとゲームに出ることになってしまったのが、ナギは心残りだった。
一本橋の向こうから現れたのは、派手で快活な印象のあるさっぱり系美人と、空手の稽古着に身を包んだかなり太めで背も高い、マッチョ系の男のペアだった。
「……げ!!中緒凪!!」
対戦相手は第1ステージで戦った、ナナコとタケルだった。タケルはナギを指さし、あからさまに嫌そうな顔をした。
「あ、こないだ怒鳴り込んできた人だ」
エイイチロウはカメラをまわしながら、タケルに挨拶をする。
「……相棒変えたのか、あんた。なのに前の相棒と一緒に住んでるのか?」
「……うっせえな。関係ないって。審判、さっさと始めろよ!」
柱が現れ、タケルとナギが同時に手を入れる。タケルの武器は前と変わらず鎖鎌。ナギは武器がない。
「……とうとう武器が無くなったのか……」
憐れみの混じったタケルの声を怒鳴りつけ、さらに審判を急かすナギ。
玉座が現れ、王が着席する。柱が消えたと同時にナギはタケルの横を抜けて走った。
タケルが振り返ったときには、ナギは既にナナコの座る玉座を破壊していた。
『王手。勝者、エイイチロウ・ナギ組。騎士ナギには1ポイント与えられます』
座り込むナナコを立たせてから、ナギはエイイチロウの方へ戻る。
「な……なんだよ今の!!オレから逃げたのか?」
「ケガしなくて良かったじゃん。さっさと戻るぞ、エーチロ」
「……いや、すっげえな、すっげえな!!一瞬だよ!絵的には物足りなかったけど、ナギ、やるなあ!!つええよ!!」
あまりにも違う反応に、ナギは一瞬戸惑った。
『当然の結果だな』
別に、エイイチロウは友達だし、嫌いじゃないけど。
「なんだよ。戦い足りないのか?血の気が多いな」
「……違うって。別にすごいことでもなんでもないって、そんだけ」
「いや、すげえって。充分!!」
とりあえず、勝ったんだからと、ナギは嬉しそうな顔をして見せた。