第27話【続々・エイイチロウ】
第27話 続々・エイイチロウ
「今日はエイジのヤツ、どうした?」
武道場で待っていたのは、カナタ一人だった。正座する彼の向かいに、ナギも正座をする。
「何か、授業終わってすぐ、お兄さんに引っ張られていきました」
「エーチロが?よう動くやっちゃな。……ホントに何しに来たんだ。そういや、お前のこと撮影したいとか言ってなかった?」
「言ってました。……困ります」
だろうな。とは言わなかったけれど。友達つきあいなので、ナギも何度か協力したが、はっきり言って撮られる方には全く興味がなかった。
「エイジのヤツ、あの後何か言ってきた?」
「ゲームですか?いいえ、何も。で……その件なんですけど……すみません、勝手なコトして」
道場に来る前、ゲームのメールがナギの元に届いた。
カナタをパートナーに、今夜ゲームが行われるという確認のメール。
「いや、良いよ。あんなこと言っといったくせに、正直オレも、他のパートナーなんか知らないからさ。ヒジリは黙ってるし、……てことはマドイも喋らないだろうし。でも、オレは上に進まなくちゃいけない」
今朝見つけたカードが、ナギをますます焦らせた。
「オレもです。ナギさんとは目的が違いますけどね」
「くだらないとは思うけど、自由だから。何かにすがるのも、すがらないのも。選択するのは自由だ」
「……『望む力』なんか無いって、ホントに思いますか?」
「いいや」
ナギの言葉に、カナタが不思議そうな顔をする。彼の言葉には矛盾があるけれど、ここまで言っていたことと違うことは珍しい。
「あるかもしれないし、無いかもしれない。あるならオレだってお目にかかってみたいね。だけど、オレはそれを必要としてないだけ。だから、くだらないって言うだけさ」
「……必要がないから?」
「そうだろ?誰にも、自分にとって必要のないモノ、価値のないモノは、そうでないモノになるんだから」
「ナギさんは、自分で持ってますからね」
「持ってないよ?別に」
あっさりと否定した。
「まあ、ゲームのことは良いよ。お前は、あの偏屈男が何か言ってくるまで、こき使ってやる」
「言いますかね、エイジは」
「言うさ。あいつには望みがある……。何かにすがってでも叶えたい望みが」
「ですよね。そう見えますよね。判りますか?」
「って、ユズハが言ってた」
悪意のない顔で、カナタはそれを笑い飛ばした。ナギはちょっとだけちょっと不愉快そうにしていたが、自分で言って自己嫌悪もしていた。
ナギは少しだけまじめな顔で、カナタを見つめた。
「……どうした?何か他に考えごとしてる?」
ナギの表情を見て、カナタは笑うのをやめ、向かい合う。
「え?……判りますか?」
「こうして、座ってるとな」
あのユズハですら、道場で師範と向かい合わせで座ると、緊張で汗が止まらないと言っていたのを思い出す。その時点では、精神統一どころの騒ぎではないらしい。
しかしその後は、不思議と気持ちが落ち着くんだと。
「……マドイの……」
カナタの口から出た女の名前を、複雑な表情で聞く。
「……数学の点数が、ちっとも上がらないんです……。テスト対策用にテキストまで作ったの、初めてですよ!?エイジとかレイにはすこぶる好評だったのに!」
「……ごめんなさい」
目を伏せ、とりあえず妹の代わりに謝っておいた。
「他には?」
「英文法が……」
「うん、ホントーに、ごめんな。苦労かけて……。どうしたら良いんだろうね。ヒジリは成績良いのに」
「そうなんですよ。うちは普通科も美術科も成績順でクラス分けしちゃうから、来年ヒジリさんとクラスが別れちゃうかもって、必死なんですよ」
まるで自分のことのように必死になってるカナタを見て、思わず吹き出すナギ。あの、普段の暖簾のような彼からは想像がつかない。
「てか、まだ7月になったばかりだろう?今は2期制だから、テストだって休み明けだし?そんなあせんなくても」
「期末テストの話ですよ、それは。来週、中間テストです。1年分のテストが全部見られますし。去年もぎりぎりだったらしくて。……休み中の補修で何とかしないと……」
「ちょっと待て、夏休みもここに缶詰か?あいつら、今年も?!」
「え?だって、仕方ないですよ。Aクラスだってしますし。オレもほとんど帰ったこと無いですし」
「ずっとじゃないだろう?」
「でも、別に帰る理由がないですし……オレは。マドイ達はどう思ってるか知りませんけど」
以前、カナタがほとんど実家に帰らない話を、エイジ達がしていたのを思い出した。それ自体はカナタの自由だけど。
でも、マドイ達が帰ってこないのは、頑なに戻ろうとしないのは、何か理由があるはずだ。今こうして、同じ寮生活とはいえ、女子寮と男子寮で離れているのですら、ナギには違和感があるのに。
「……何か、聞いた?」
「聞けないです。オレには。初めてまともに話をしたときに聞いたら、怒鳴られましたから」
「……そっか。だったらもう、聞けないよな」
カナタには。カナタはマドイに近付きたい。近付く前に逃げられてしまうような真似は怖くて出来ないはずだ。
「でも、この間、聞きました」
彼女を連れ、二人で授業中に学園を出た、その日のことだった。
しばし目を伏せ、思い出す。
カナタはその日、確信をし、確認をし、進むべき方向を垣間見たのだ。
「ヒジリさんのためだそうです。それ以上は、何も。困ってましたから」
「そうか」
「マドイにとって、ヒジリさんは守りたいモノの全てです」
「そう言った?お前に」
カナタは、ナギをまっすぐ射抜く。彼がするように、マドイがするように。でも、カナタは笑顔だった。
「いいえ。でも、こうして座れば判ります」
ナギもまた、カナタの笑顔につられるように笑った。
「そうだな。頑張ろうな」
工事中の白いシートに囲まれたドームの前で、待っていたのはコトコだった。
「田所さんにアドレス教えた覚えはないんですけど?何かご用?」
ストラップを持ち、携帯をぶらぶらさせて見せる。
「でも、来たじゃないか。興味を持ってくれて嬉しいよ、オレに」
「……冗談ばっかり」
弄ぶような笑顔で答えるコトコ。その笑顔に答えるユズハ。一歩ずつ、彼女に近付いていく。
「図書館を3カ所もたらい回しにされたよ。学園史を知りたかっただけなのに。古い版をどこの学部でも残してないんだ。おかしな話だよね」
笑顔で、学園史の古い版のモノを出して見せた。ついでに、最新の学園案内パンフも。
「……それで?」
「君の家に、残ってないのかな?と思って。この学園都市の中にあるんだろ?おうちは。だって、君のおじいさんの名前が、理事会役員の中にある、住所も載ってる」
コトコは一瞬躊躇ったが、口を開く。
「おじいさま?」
「そう。この人。横田宗一郎さん。名字は違うけど、君の直系の祖父だ。コネってこの人だろ?勝手に調べたんだけど、総務に聞けばはっきりする」
ユズハの口調は、異常なほど優しかった。
「……調べただなんて……何でそんな?」
「そりゃ、君のことだから。知りたかったんだ、どんな人か」
「私のこと、嫌ってると思ってた」
「まさか。ナギにはもったいないって思ってたくらい。オレなら身長も釣り合うし、良いと思わない?」
「冗談ばっかり」
コトコは微笑んだ。ユズハを見透かすように。
「冗談だよ」
「ふふ、やっぱり」
あっさり認めたユズハに、コトコはわざとらしく妖艶な笑みを見せてやる。
ユズハの顔が、目の前にあった。
「……本気だって」
彼女を抱き寄せ、耳元でそう囁くと、耳を甘咬みしてから再び距離をとった。
「……こ……こんな所で!?」
思わず辺りを見渡すが、幸い誰もいなかった。
「今度おうちに行きたいな。君のことをもっと知りたい」
コトコは答えない。彼女の表情は変わらず、ユズハを見上げる。彼はまだ手応えを感じられない。
「……言いたいことは、それだけ?」
「それだけ。オレの言ったこと、ホントだよ」
まじめな顔でまっすぐ彼女を見つめ、笑顔を作って見せた。
彼女をおいて、ユズハはゆっくりドームから距離をとっていく。コトコの視線を感じながら。
コトコにだめ押しのメールを打つために携帯をとりだし、確認する。ナギからのメールが入っていた。珍しい、と思いながら開く。
『今日は帰りません』
うっかり携帯を落としてしまったあと、その場に倒れ込みそうになってしまった。
第2ステージのボード上で、ナギ・カナタ組と対峙していたのは木津兄弟だった。
「……ごめん、本気で意味判んない」
向かい側の入口付近から動かないエイジと、後ろに立つナギを交互に見ながら、力無く呟いたのはカナタだった。
「どうする?また代わる?カナタ?」
首を横に振るカナタ。その様子を見て、ナギはただただため息をついた。
エイジと直接対決にならなさそうなだけ、マシかもしれない。カナタの心を案じ、そう思った。
「あ、ナギ!お前オレのことバカにしてるな?オレだって、やるときはやるんだぞ?」
「……いや、エーチロ……もしかしてカナタに勝つ気か?コイツ、こんなのほほんとして見えるけど、そこそこやれるぞ?お前、なんかしてたっけ?」
「……えーと……、バスケを中学の時に少々……万年補欠だったけど」
「だめじゃん。てか、何で戻ってきたばっかのお前がここにいるんだよ?意味がわかんねえよ!!」
びしっと指さし、高らかに宣言するが、エイイチロウは笑い飛ばしていた。
「ちょっといろいろあってね。とりあえず、やってみようじゃないの。案外、良いところまでいけるかもよ?」
「……そう言う問題じゃねえだろ?おかしいだろ?まあ、いいけどさ」
いいのかよ!とやはり心の中だけで突っ込みながら、むっとした顔で前に進むエイジ。エイイチロウの後ろに立つ。
「身長差が悲しいから、そばに立つなよ」
「こんな時に何言ってやがる、バカ兄貴。自信たっぷり言ってたけど、よく考えたら、兄貴は何も出来ないじゃん。……カナタは強いよ?」
「それはお前、元相方のひいき目ってモンだ。お兄さまは、実は強かったんですよ、これが」
「……うそつけ」
嫌そうな顔をするが、代わろうとは決して言わないエイジ。カナタの顔を見ることもない。
「カナタ、ホントにやりにくかったら、代わるぞ?オレが、ちょーっとエーチロをそこに突き落とせばいいだけだし」
「あー!やっぱバカにしてる!オレよりちっこいくせに!アイドル顔のくせに!」
「どっちも関係ねーだろうが!やっぱオレがやる!オレが勝ったら、そこにいる理由を洗いざらい喋ってもらうぞ、覚悟しろ、エーチロ!」
「……いや、オレやりますよ。ナギさんこそ、友達なのに」
ナギはむっとした顔で黙ってしまったが、エイイチロウは笑顔で答えた。
「そうしてくれると助かるよ。オレだってナギはやりにくいもの。カナタは物わかりの良いいい子だなあ。うちの愚弟と違って」
「愚弟とか言ってんな!」
後ろから蹴り倒すエイジ。ナギとカナタが思わず吹き出す。
「お前な、兄を大事に!オレのが弱いんだから労れ!!て言うか労って!!なんかナギみたいだぞ、お前。ナギの教育のせい?これ?!」
「あんなのと一緒にするな!!つーか、弱いって認めてんじゃん!ったく……」
もう一度蹴り倒した。
「オレは教育してねえって。お前のせいだろうがよ……」
3年ぶりとは思えないバカ兄弟っぷりに、笑いながらも頭を抱えてしまうナギ。
『武器を取ってください』
審判の声を受け、エイイチロウとカナタは柱に手を入れる。
カナタの手には、いつもと同じく彼の身長ほどありそうな大剣が握られていた。
「うわー……ごっついな……」
口をぽかんと開け、カナタの大剣を上から下まで嘗めるように見るエイイチロウ。柱に手を突っ込んだまま。
「なあ、カナタ、賭けをしないか?」
「賭け?」
「そう、オレが勝ったら、撮影させて」
そう言われて、カナタは目を丸くして驚いたが
「良いですよ。その代わり、オレが勝ったら、ナギさんの言うとおりに」
笑顔で答えた。エイイチロウの持つはっきりとした意志を見ることが出来た。それがなんだか嬉しい。
「なあ、ナギって、武器は何が出てきたんだよ?」
「……良いから、さっさと武器を出せよ」
カナタの後ろに隠れ、答えを拒否するナギ。
「武器なしだよ、バカ兄貴」
「いちいちバカつけんな!可愛くねえなこの愚弟!オレはナギに聞いたの!……でも、それはおかしな話だな」
「何がだよ」
「知ってるか?愚弟。ここの『システム』」
「システム?」
聞き返したのはナギだった。
「武器は、掴む者に合わせて審判が公正に出す。これはルールにも載ってることだ。でも、この公正って言うの、気にならないか?」
エイイチロウはエイジを見ていたが、彼は動かない。柱を挟んだ向こうで、ナギがさっさと言えと騒いでいた。
「……気にしたこともないか」
人の悪い笑みを浮かべる。柱に突っ込んでない方の手で、ナギに手を振ってみせる。
「掴む駒の実力に対して公正ってこと。つまり武器を見れば、そいつがどんなことに秀でていて、どれくらいのことが出来るか大体判るようになってる。専門と違うモノが出るってことは、審判が判断に困る程度のことしかできない、弱いヤツってことかもね。武器を使うまでもないから、適宜お渡ししました、ってとこかな、お役所的に。……使いやすい、それ?」
カナタの大剣を指さす。彼は黙って頷いた。後ろでナギが嫌な顔でやっぱり黙っている。
「それで判断すると、カナタは相当パワーがあるってことになるな。逆にもっと小さい、小回りの利く短剣タイプなんかを持ってるヤツは、動きが俊敏だが、パワー不足の場合が多い」
エイジはその話を聞きながら、マドイを思い出していた。彼女のことは審判が『判断に困る』けれど、『俊敏だけどパワー不足』と判断した結果のモノだろうか。彼女は、武器を手にしても使うことはなかった。
では、ナギやユズハは?
「武器って、固定?」
「お、良い質問だな。基本的にな。でも、駒の変化を審判が認めたら、それに合わせて変わる。でも、よっぽどのことがない限り、例えばカナタの剣なら切っ先が鋭くなるとか、大きさが少し変わるとか、その程度の変化だ。でも、何があっても、どんな形のモノでも、武器は必ず出る。審判は『公正』だから。ナギは特別なのかもね」
ナギの頭を、『生け贄と祭司』いう言葉がよぎる。
ナギが特別なら、ユズハも特別だ。彼の武器は、相手と全く同じモノしか出ない。それが審判の判断なのか、仕組まれたモノなのか、ナギには判断がつかなかった。
「だから、オレの武器も、ふさわしいモノが出るわけよ。実力に応じてね……」
エイイチロウはみなが見守る中、柱から手を抜いた。
持っていたのは、先に3色のリングがついた錫杖だった。
「……なるほど、掴む駒の実力に対して公正……」
「兄をバカにした目で見るんじゃない、愚兄!これはケンカでも武術の試合でも、殺し合いでもない、ゲームだ!」
『柱が消えたら、開始になります。王は玉座に移動してください』
エイジとナギが、対峙するカナタとエイイチロウを眺めながら玉座に座った。
柱から光が落ちた。
「おわっ!?早いって!!」
叫んだのはエイイチロウだった。
カナタは一気に間合いを詰め、エイイチロウの目前に現れ、剣を振り下ろす。エイイチロウの皮膚を削るぎりぎりの所で。
「……優しいね、お前は。これはゲームなのに」
エイイチロウは呟き、後ろに倒れ込むように下がる。バランスを崩して倒れたようだったが、錫杖を握り、カナタの足下をつついた。
錫杖についていた3色のリングのうち、金色のリングが不自然に動いた。
「カナタ!!」
叫んでいたのはナギではなく、エイジだった。
『勝者、エイイチロウ・エイジ組。王エイジには1ポイント与えられます』
審判が勝敗を告げている間も、ガラガラと床が崩れる音が響く。一本橋の真ん中、ちょうどカナタがいた場所だけが崩れ落ちていた。落ちた場所のど真ん中にいたカナタは声を上げる間もなく、下に落ちていった。
エイイチロウがかろうじて崩れ落ちた穴の端っこに必死に食らいついていた。
玉座が消えた瞬間、ナギがエイイチロウに駆け寄る。しかし、エイジは黙って出口に向かって走って行ってしまった。
その様子を、ナギは笑顔で見送った。
「な……ナギ、助けて、引っ張り上げて……」
「……いいじゃん、どうせ出口に出るんだし。落ちちゃえば?」
「ひでえって!気分悪いじゃんよ!上げて!無理!!オレ力無い!ちくしょう!バカエイジー!!あの愚弟がー!!」
仕方ねえなとぼやきながら、エイイチロウを引っ張り上げてやった。