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第26話【続・エイイチロウ】

第26話 続・エイイチロウ


「……なあ、田所柚葉ってさ、そつが無くて一見きちんとした常識的な人に見えるけど、鬼畜で腹黒で許容範囲が狭くて神経質の上、笑顔で人を谷底に突き落とすような人物だという印象があるんだけど。オレがこれまでお前やエイジ達から聞いた話とか、いろいろ総合した上で、だよ?誤解すんな?」


 ユズハの書類や本が綺麗に詰め込まれている本棚をさらうエイイチロウはぼやく。一冊一冊丁寧に開いて、中になにも挟まってないことを確認したあと、触ったことがばれないように元に戻す。


「いや、9割方あってるよ。お前の昨夜の態度は、どうかと思ったけど。あれでユズハの機嫌でもとってたつもりか?」

「いや、とれてたと思うよ?充分。ただ、それ以上に偏屈だったって言うか……。てか、そんな人の本棚とか引き出しとか漁って大丈夫なもんなの?」

「大丈夫じゃないから、細心の注意を払えって言ってんじゃねえか」

「ばれたらナギ、怒られろよ……」

「大丈夫だって。最悪、全部崩して逃げよう」


 何が大丈夫なのか、と思いながら引き続き探索を続ける。

 探しているのは、『黒い封筒』


「顔が引きつってるぞ、エーチロ。ホントに大丈夫だから。コイツ本当に朝は弱いから」

「……朝練とかしないの?お前んとこ」

「してるよ。朝練の日はちゃんと起きてくるけど……ありえんくらい寝ぼけてる」

「よかったよ、一つくらい人間ぽい所があって。木の股から生まれてそうだもん、この人。嫌いじゃないけど」


 そう言えば、エイジが同じようなことを言っていたなあと、しみじみ思うナギ。ユズハのベッドの脇にある引き出しを開け、中から灰皿と煙草を発見する。

 灰皿は綺麗に掃除がしてあった。


「性格も根性も曲がってるけど、良いとこもあるんだよ……多分」


 灰皿の向きも元通りにして引き出しをしまった。


「おいおい……つきあい長いんだろ?多分、てなんだよ……。お前くらいフォローしてやれよ」

「いや、ホントに性根まで腐ってないって。ただ、やり方がひねくれてるっつーか……あった」


 下の段の引き出しの奥に黒い封筒はしまわれていた。

 カードだけ残して封筒は捨てればいいのに……と思いながら、ナギは一つずつ中身を確認する。


「それで全部?てか、何が書いてあんの?」

「……いや、大したことじゃないんだけど……。違う。絶対にあと1通、あるはずだ。オレが見せてもらってないヤツが。オレに隠してるヤツが!」

「いや……隠してるんだから、見ない方がいいんじゃね?」

「隠してるから、見ないといけないんだよ!」


 思わず声を荒げるナギ。エイイチロウが必死に諫め、ユズハを指さす。


「……とにかく、一緒にないってことはますます怪しいから、探せ!」

「イエッサー!」


 再び捜索を始める二人。普段ユズハが起きる時間はまちまちだけれど、確実に9時は過ぎる。しかも昨夜は寝るのも遅かった。9時までに終わらせなければいけないと、ナギの心は焦る。


「……ナギ、これか?」

「それだ!!」


 再び、エイイチロウに諫められ口を押さえる。

 エイイチロウは本棚から取り出した本と、黒い封筒を持っていた。封は開いていた。


『第2ステージへようこそ。君にふさわしいパートナーが、このステージにはいるだろう。君はただあの生け贄を、天に昇る塔へ捧げる祭司として、その手を汚し続けろ』


 ナギは、自分の持っている青い封筒を机の上から持ってきて、読み比べた。


『第2ステージへようこそ。君にふさわしいパートナーが、このステージにはいるだろう。君はただ、1人で上だけを見て、天に届く塔を登りたまえ』


 おそらく同じ日にもらったであろうことを、ナギは確信した。

 その次の日だ。ユズハがナギに決別宣言をしたのは。彼の行動のつじつまが合う。

 彼の思いを、思い知らされる。


「……戻さなくて良いのか?ナギ」

「いいよ。どうせ繰り返して見るわけじゃねえ。これだけ隠してあったってことは、ユズハだってみないようにしてるはずだ。それくらいは気を遣うだろ。オレから隠してたんだから」

「そ。とりあえず、出た方が良くない?」


 ナギはバッグに封筒をしまい、エイイチロウと一緒に部屋を後にした。







 ナギが研究室に入ったとき、珍しく先客がいた。


「何だよ、中緒がオレより遅いのって珍しいな。オレ、一番のりー♪朝ってバイトだっけ?」


 一番乗りというわりに、課題もやらずにサルの木彫りに色を付けていた。しかも、学外スケッチの時より数が増えていた。名札をつけているヤツもいる。


「いや。午後からだけど。そういや、幸田はどうすんの?野口さん、評価してくれてたぞ」

「マジで?!行くかなー……。あれ?今日はユーさんでないの?」

「ユーさんて誰だよ……」

「ユズハだよ。田所柚葉。お前らセットみたいなもんだと思ってた。でも、その後ろのヤツ見たことあるなー」


 ナギの後ろにいるエイイチロウをじろじろと見た。


「お前だけだ。あいつをそんな呼び方するの。……同じ年だっけ?」

「そうそう。よく文学部の学食で話するし」

「……そっか、彼女がユズハと同じ所にいるんだっけ」


 幸田は考え込んだポーズのまま、ナギの言葉に応えた。

 ナギにはユズハの学校生活なんて想像もつかなかった。でも、彼がどこかで人と一緒にいる姿は、彼があれだけいろんな情報をどこかからつかんでるんだから、当然かなと思う反面、少しだけ理解したくない気持ちもあった。


「思い出した!!お前、映研の木津だ!!髭でよくわかんなかった。高等部は美術科の方に来ると思ってたのに、いなかったんだ!!オレオレ、映研の幸田裕仁だよ!」

「あー!幸田先輩だ!!」

「え?知り合い?」


 世間は狭いな……。なんてしみじみナギは思っていたが、思い直した。

 世間ではなく、この学園が狭いのだ。閉じられたこの学園が世界になってしまっている。何だか、手に収まってしまいそうなこの世界が、ナギは気持ち悪かった。


「幸田先輩、何で建築?あ、でも、建物ばっか撮ってましたもんね。マニアックビル探訪とか言って」

「そうそう。懐かしいな。お前こそ、何で中緒と一緒に?もしかして椿山を出てたってこと?T大?」

「今、デザインの4年で休学中です」

「そっかー。オレも学部の時に休学して、イタリア行ってきたよ。そっかー、外に出たのか」


 外に出る。


 ナギはこの言葉が好きではなかった。エイイチロウも幸田もエイジやカナタやコトコまで、この中にいる、あるいはいた者は、学園から出て違う世界へ行くとき、この言葉を使う。

 まるで自らをこの世界に閉じこめているようで。


「田所さんと仲良いんですか?先輩は」

「ん?ふつーに話する程度にな。学年も年も同じヤツなんか、あんまりいないし」

「ああ、珍しいですよね、確かに。オレも外に出て椿山出身っていう学生って、コトコさん以外、会ったことないし」

「……そういやさ、コトコさんてこないだの先生だろ?美人さん。あん人とも友達なんだ?彼氏とかいるの?」


 ナギとエイイチロウ、二人揃って嫌な顔をする。


「えー……幸田先輩、やめた方が……。コトコさんて難しいっすよ……気が……。うん美人だけど、一見いい女だけど、こだわり屋って言うか、男のハードルが高いっつーか、わけ判んないっつーか」

「あいつなー、うるせえよな。あの男はこないだこんなこと言っただの、昨日は良かったけど今日は不愉快とかさ。てか、幸田は彼女いるし!」

「いや、オレじゃなくてヌマッチだって!オレは、美人だけど好みと違う。あいつはああいうタイプ好きじゃんよ。聞かれなかった?」


 首を振るナギ。


「……てか、やめといた方が良さそうな感じ?」


 今度はエイイチロウと二人で縦に首を振る。


「言っとくよ。中緒が言うなら相当だな……かわいそうに」


 再び、サルに色を塗り始める。ナギも隣に座り、資料を広げた。エイイチロウは物珍しげに研究室の中を物色する。幸田のサルも気になっていたが、建築科の研究室に動物の絵が飾ってあるのが気になって仕方なかった。


「エーチロさあ、ホントに何しに来たんだよ。旅の途中とか言ってさ」


 オレは今日は相手をしないぞ、とナギのポーズが語っていた。


「だから、途中だよ。せっかくナギがいるなら撮影したいし。コトコさんも撮りたいな。あの人も良い素材なんだ。去年の課題で出したヤツあるけど、見る?」

「良いよ、恥ずかしい」

「そう言えばさ、昨日カナタってヤツと一緒に飯食ったろ?あれも美術科?」

「そうだけど……」

「あいつ、良いよな。のほほんとしてるくせに存在感あってさ。あいつ撮ってこよ。何してんだろ。……じゃ、そんなわけで!」


 そう言って入口に向かい扉を開けた。


「いや、カナタはあんまり動かないって言うか、それ以前に高等部は授業中……って聞いてねえし!!」


 いつものことかと思って、ため息をつくナギ。


「変わってねえな。マイペースっつうか」


 木彫りのサルの出来映えに満足げな顔をしながら、幸田が呟いた。






 高等部美術科の学生食堂の片隅にエイジ達はいた。隣にはレイと市ヶ谷と井上。カナタはいなかった。そのことを市ヶ谷が突っ込んだ。


「なんか、男の友情より女をとるのってどうかねえ?あれだろ?あの普通科の中緒マドイだろ?あいつら、何の気なしに一緒に歩いてやがるけど、こないだ1年のヤツにまで聞かれたっつーの」

「マドイさんと一緒とは限んないし」

「でも、あの子のとこだろ?」

「まあ、そうだけど。いつもってわけじゃないし」

「ちくしょう、良いな、美人の彼女!どうせ連れて歩くなら、ああいう可愛い子がいいよな」


 レイと市ヶ谷の会話を、エイジは黙って聞いていた。ゆっくり、スープをすくいながら。


「でも、木津と3人で一緒にいる所見たことあるぞ、オレ。帰りとか、木津と橘は一緒に帰ってるし」


 井上もエイジと同じようにレイ達の話を聞きながら、突っ込んだ。


「……オレは関係ないし。あいつらは仲良いよ」

「でも、つき合ってないって言うし?橘だけはホンット、わっかんねえよな」


 カナタはエイジにマドイの話を良くする。するけれど、そう言うのじゃないと言う。

 その言葉に納得が出来ず、納得しようと頑張るけれど、自分の気持ちがそれに追いついていかない。いっそ、マドイのことが嫌いなら、それで良かったのに。簡単に彼女を憎むことが出来たのに。彼女は、憎むには綺麗すぎた。

 いっそ、全部見なかったことにすれば楽になるのかと思って、避けてしまう。

 今日だってそうだ。カナタはエイジを誘ったのに、エイジはそれを断った。いいかげん、もう理由を考えるのがめんどくさい。


『さっさとカナタと手を切れって言ってるだけ!』


 大事なのは、その先だったのに。なのに、ナギが流れを止めてくれて、ほっとしてた。

 そして、未だに自分はカナタから逃げている。


 ナギは自分の心が、力が全てだという。望みを叶える力は自分の中にあるのだと。


 エイジは判ってる、言葉の意味は理解してた。自分もそれくらいは出来ていると思ってる。思っているのに、ままならない自分がいた。


「中緒兄は……」

「つーか、今は妹の方の話なんですけど?!」


 市ヶ谷のつっこみを無視して、エイジが続ける。話をしてるわけではないのかもしれない。


「実は、賢いんじゃないかな?何でも知ってるのかもしれないな」

「……エイジ……。ダメだよ、騙されちゃ」


 何故か親身な顔して言うレイ。その隣にうんうんと頷いているひげ面私服黒ずくめの男がいた。


「……うわ!なに?だれ?何でカメラまわしてんの!?」

「……!兄貴!?何してんだ?!中緒兄と一緒にいたんじゃねえのか?!てか……なに勝手にこんな所に忍び込んだやがる!!」


 しかも、しっかりカメラをまわしている。


「まあまあ、気にするな!!」

「つーか、カメラ!!許可撮れよ!変質者か怪しい人か悪い人かどれだ!!」

「どれでもないって。いいじゃん。知り合いなんだから。自然な姿がとりたいわけよ、今のテーマはだな、何気ない日常生活に潜む……」


 語り始めるエイイチロウにため息をつくしかないエイジ。どっと疲れが出る。


「……エイジのお兄さん?……あれだね、何か……」

「……良い、レイ……みなまで言うな。何しに来た。言って見ろよ、聞いてやるぜ愚兄」

「カナタは?昨日のでっかい相方」

「知らん。どっかで女と飯食ってる」

「じゃ、コトコさんは?」

「知るかよ。この学食か職員室じゃねえの?」


 なーんだ、とぼやいて、カメラを首から下げ、立ち去った。


「中緒兄のこと、むかついてた理由がよーく判ったよ」

「ああ、うん。エイジのお兄さんて、中緒兄とノリが一緒だ……。あの傍若無人で人見知りしないでマイペースでめちゃくちゃなところが」

「類友だな」


 嫌そうな顔で、エイイチロウが出ていった方角を見つめた。










 1時半を指す時計を見ながら、台所の机にうつ伏せるユズハ。


「……完全に寝過ごした。何か、朝方ばたばたしてた気がするけど……眠い」


 空が白んで、鳥の声が聞こえるくらいまでは記憶があったような気がする。

 視界に入っていたのは、ソファで眠るナギ。その向こうに、カーテンの引かれたナギのベッド。頭から離れやしない。


「だから、嫌だっつったのに……」


 人がいると、朝が五月蠅い。それだけでも嫌なのに、ナギの友達だなんて。

 いつもなら、朝食の匂いで目が醒め始める(でも起きられない)。なのに、今日は記憶にないけど五月蠅いし、他人の匂いがして気分が悪い。目覚めはますます最悪だった。


 ぼんやりと、部屋全体を眺める。


「……もしかしてあいつら、オレの荷物を漁ってたのか?五月蠅いと思ったら」


 僅かだが、モノが動いていたことに気付く。


「あれ、ばれてるし。どうしよ、ナギが怒るかな」


 ゆっくりと体を起こし、正面に座る男を寝ぼけた顔で見るユズハ。昨夜は着替えずに寝てしまったので着ていたシャツが皺だらけだった。


「……木津……エーチロくん……?」

「エイイチロウです。あんまオレの顔とか覚える気無いです?もしかして」

「……なに探してたの?」

「オレの質問は無視ですか、そうですか」

「オレの質問も無視しただろう」


 寝ぼけていても、ユズハはユズハだった。


「何か、封筒ですよ。黒いの」

「ああ……何で今さら」

「今さら?なんかあるんですか?」

「いや、別に…見られて困るようなモノはないし」


 困るモノは、灰になるまでしっかり燃やした。証拠隠滅は徹底する。


「じゃあ、良いや。ついでだからさ、冷蔵庫にオレの分の朝食が入ってるはずなんで、温めて」

「どこの王様ですか、あなたは。所詮、ナギの相方だなあ……」


 文句を言いながらも、言うとおりにするエイイチロウ。ユズハはまだ机に俯せになって半分寝ている。


「朝じゃないけど、朝食ですよ。オレだって昼飯食ってないのに」

「朝きっちり食べたろう?」

「目え覚めてんなら起きてください。学校行かないでいいんですか?」

「今日は別に予定無し。……そういや、君、昔はこの学園にいたんだっけ」


 勝手に冷蔵庫からビールを出して飲んでいたエイイチロウ。見られたかと思って思わず冷蔵庫にしまい直した。


「……そうですけど」

「あの、中央の広場にあるドームって、昔から変わらないの?」

「いいえ?オレが小学生の時くらいに作られたんですよ。それまでは何にもなくて、芝生が生えてるだけ。炎天下の中、全校集会とかさせられたんで。ドームの建設記念式典とかやりましたよ、確か。学園史に書いてあるんじゃないかな?」

「そんなのあるの?」

「毎年作ってるかは知りませんが、オレが学園にいたころは、高等部美術科と、美術学部の有志がエディトリアルデザインをしたはずですが」


 公立だって、学校の歴史を記した本くらいあるだろう。それが、私立ならなおさらだ。

 ゲームの駒にばかり気を取られて忘れていた。学園自体をもっとよく調べ直すべきだと気付いた。

 突然、体を起こし、目の前にある食事をかき込む。


「うっわ!なんかスイッチ入っちゃった?良いけど……」

「てか、君は何でここにいるの?」

「あ、完全復活しちゃった。オレ、田所さんと仲良くなりたいって言ったじゃないですか」


 ご飯を食べ終わったあとで、嫌そうな顔をエイイチロウに見せるユズハ。

 彼はご飯以下だった自分がかわいそうになった。


「オレの作品とか見ます?交流を深めるために」

「いや、別に……」


 ユズハの言葉を待たずに、勝手にテレビとDVDプレーヤーのスイッチを入れ、再生する。

 画面に映ったのはナギだった。


「……え?君の作品て」

「言ったじゃないですか。ナギの学部時代のビデオだって。ちなみに他の人も映ってますけど」

「だって、知らない人たちだし」

「……そうですけど」


 ネタのつもりで見せたのだが、さすがに映像ではなくナギばかり見られると、それはそれで不愉快なエイイチロウ。


「コスプレ?」

「映画です。大正ロマンですな。台詞は消して、イメージ音楽を流して、ストーリーに想像の余地を残してるんですよ。PVと映画の中間とでも言うべきか……」

「余地がありすぎてわけが判らないよ」

「わびとかさびとかあるでしょうが、日本人なら!」

「わざわざこういう衣装とか用意するわけ?だってここに映ってる連中は、みんな学生なわけでしょ?劇団やってるわけでもないわけで」

「いや、Gデザインのノン……いえ、打田って言う奴が……このちょび髭はってるヤツなんですけどね、コイツが高校生のころから小さな劇団作ってるんですよ、仲間内で。そいつが使ってた衣装とかまんま借りてますね。これは人数欲しかったから、そこの連中にも手伝ってもらって。動いてるヤツは劇団のヤツばっかですね」


 ナギは旧日本軍の軍服を着て、椅子に座っていた。無表情のまま、まるで人形のようにじっと。その後ろにいた男装の軍人はどこかで見たと思ったらコトコだった。彼女もまた無表情のまま、ナギに剣を向け、立ちつくす。

 その二人をまるで時計の文字盤のように12対のマネキンが円を描いて囲む。

 カメラはナギを中心に固定され、ばたばたとせわしなく動く軍人たちや、追い立てられる民衆などが、ナギや人形の存在など無いように、何かのストーリーを展開していく。


 時間にして15分くらいだったのだが、ユズハにはもっと長く感じられた。無表情のまま黙っているナギなんてあまり見たことがなかったし、ここ最近のふさぎ込んでいるナギを思い出して、あまりいい気分ではなかった。


「いやあ、やっぱちゃんと見ると、オレの作ったモンの価値が判るんですよねー」

「つーか、うっかり30分くらい見ちゃった気がするし!」

「……15分しかないですけど。まあ、オレが作ったモンの中では長い方ですけど。これは……随分昔に作ったもんですから」

「3年くらい前?」


 時期をぴったりと当てられ、エイイチロウは少し驚いた。舞台上の固定カメラの上、大正時代の衣装を着せ、メイクまでしてるのに、一体どこで判断したのか。


「ええ。オレが1年の……冬くらいですかね。そのころはもう、コトコさんとかノンとかサトとか仲良くて、全員で無理矢理ナギを拉致って座らせたという。でも、よく判りますね」

「まあね。……何か知らない名前いっぱい出てくるなあ」

「共同作業してるうちに、増えてくんですよ。友達の友達連れてきたり……。人手がいることって、結構ありますし。人脈は大事です。ナギは目立ってたんで、それはそれで微妙な扱いでしたけどね」

「知ってるよ」


 中高一緒だったのだから、彼の扱われ方はよく知っている。逆に、彼は大学では受け入れられていたようで、休みごとに帰ってくるナギの口から聞く大学の話は、なんの引っかかりもなく楽しそうなモノだった。

 それが、彼には少しだけ不愉快だった。


 自分の心にある醜いものが、冷静な思考を邪魔している。それは判っているけど止められない。

 だからこそ、ユズハは心に沿って動くことにしていた。


「このDVD、数はあるの?」

「はい。出てくれた連中に配ろうと思って、持って歩いてるんで。それはナギの分です」

「ナギには別に渡してやって。オレの分は別にくれ」

「……ちなみに、販売もしてるんですけど」


 そう言って、ポストカードを手渡す。グループでやっているらしく、エイイチロウ含むメンバー3人のイメージイラストと、販売DVDのリストと、上映会スケジュールが載っていた。スケジュールが去年のものだったので、DMの余りなのだろう。


「手渡し分、余ってるだろ?昨夜泊めてやったじゃないか」

「最後まで反対したくせに……せめて『今夜も泊めてやるよ』とか言ってくれませんかね」

「やだ。いいから、くれ」


 エイイチロウは表情で必死に抵抗しながらも、ほとんど裸のソフトをカバンから出した。

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