第23話【続・ナギ/カナタVSユズハ/ヒジリ】
学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。
第23話 続・ナギ/カナタVSユズハ/ヒジリ
ヒジリは大急ぎで広間の外へ出て、ナギの姿を探した。
しかし、ナギが既にエイジ達と一緒にいたのを見て、出口の前に立ったまま、近寄らず遠巻きに眺めていた。
本当は心配で仕方なかった。だけど、それを誰かの前で吐き出すわけにはいかなかった。
「……ヒジリ、どうした?ナギはいた?」
遅れて出てきたユズハの問いに、ヒジリは指さし、彼の居場所を教えた。
「木津と……誰だっけ?」
「周藤レイです。クラスメートなんで。心配で見に来てくれたんだと思います」
後ろからカナタにそう言われ、そう言えば、以前文学部校舎の屋上でエイジと一緒に覗いていた少年のことを思いだした。
カナタは、彼らの元へ走って向かった。
「……なにも、あんな酷い戦い方しなくても。ナギはすごく、屈辱的だったと思う。だって、あえて技を……」
睨み付けてくるかと思ったが、沈んだ様子でそう呟くヒジリに、ユズハは拍子抜けした。
「ナギには思い知らせとかないといけないんだよ。自分がとってきた道が、オレをどんなに動かしたか」
「ナギの自由だわ」
「自由だよ。だけど、オレにはオレの望みがある。誰にでもね。そのぶつかり合いじゃない?人間関係って」
「わがままだわ」
「どうかな?一概にそうは言えないんじゃないの?お前から見たら、これはたんなる我が儘かもしれないけど、違う側面から見たら、この願いは別の価値と意味を持つ」
「そうかしら?ただの我が儘を正当化しているようにしか聞こえない」
「じゃあ言わせてもらうけど。お前がしてきてることだって、オレから見たらただ見栄っ張りな逃げの手段でしかない。ナギを、家族のことを考えて、と言いながら……本人に勇気とやる気がないだけだな」
「……だからって!!」
ユズハはなんて、我が儘で欲望まみれで醜いんだろう。
ヒジリはそう思いながら、彼を少しだけうらやましくも感じていた。
ナギ達に近付く彼を見送ることしかできない。
「エイジ達どうしたの、こんな所で?」
「いや、外から見えるのかと思って、忍び込んだんだよ」
「オレが連れてきてもらったの!そしたら、上の方からなら見えたんだよ。でも、カナタが騎士になるって言ってなかった?騎士って座ってるもんなの?」
初めて戦いを見て、少し興奮気味のレイに、状況を説明するカナタ。
座り込んだまま、稽古着の前をはだけ、傷を確認するナギ。
「……ひっでえな、その腹の痕」
覗きながら感想を述べるエイジの言葉にも、ナギは何も言わなかった。少しだけ、エイジの言葉から喜びのようなモノが滲んでいるのを感じて、文句の一つも言いたくなった。
「ナギさん、大丈夫ですか?かなり酷くやられてましたから。首とか……」
首にも、うっすら痕が残る。誰の顔を見るでもなく、ゆっくりとさする。
「武器で戦った方が、まだマシだったかもしれませんね。傷は、ボードを出れば消えますから。なんで武器が出なかったんでしょうか?」
「いや……オレはここ何回か武器はなかったし……ユズハは何故か、相手と同じ武器が出てた。それに、武器が出ていたら……」
例えば、強大な刃物が出ていたら?剣術もやっては来たけれど、今のユズハと自分の実力差で、以前のゲームのような斬りかかり方を自分にされたら?
バーチャルの痛みと、心の痛みで、死んでしまうんじゃないかと思った。そんなことをユズハにされたら、さすがに……どうしようもなくなってしまう
「それより、気になってたんだけど……田所さんのパートナー……」
エイジがあえてナギの前でヒジリのことを口にした。
「ヒジリさんて、オレ達が戦ったとき、既に5ポイントって言われてたはずなんだそれって、リーチじゃねえの?」
「……え?」
ナギが予想していたのとは違う台詞が、エイジから出てきた。少しだけほっとしたけれど、別の不安が頭をよぎる。
「ヒジリさんは、またポイントのカウントされてなかったよ?」
「……どういうことだ?」
「ナギ、傷むか?」
いつの間にか、ユズハがナギの後ろに立っていた。ナギは彼から少し距離をとり、急いではだけていた稽古着をなおした。
「当たり前だ。むちゃくちゃしやがって!!」
「だって、試合なら決着はすぐつくけど、ゲームはお前を突き落とさないといけないからさ。お前が動ける状態で突き落とすのは、めんどくさそうだし。しつこそうだから」
あれだけ酷いコトした後で、ユズハは笑っていた。いつも通り。
ナギが、ユズハとの間のことを悩みながら彼と一緒にいるのと同じなんだと、カナタは思いながら彼らを見ていた。
「帰ろう。手当てしてやるよ」
「いい!今日はカナタの部屋に行く!」
「今日はレイもいますよ?場所無いですよ、さすがに」
気持ちは分からないでもないけど、無理かなっと言った顔のカナタ。エイジが後ろで頷く。
「……じゃあ、イチタカの所にいく!」
「オレがカナタ達の部屋に顔出したときに『コンパや☆』て言って出ていきましたよ」
レイはドレッド頭の関西弁の兄ちゃんを思い出しながらそう言った。
「なら、私たちの部屋に来れば?兄妹なんだし」
ちゃっかり輪の中に加わっていたヒジリがそう提案した。
「ありえねえって!女子寮だろうが!!バカなこと言ってんじゃねえ!」
「……ちょ、ユズハ、それは兄であるオレの台詞……」
「いいから。そう言うわけだから、さっさと戻るぞ。オレは優しいよなー」
そう言って、手負いのナギを軽々と持ち上げ、抱きかかえた。
「なにする気だ!!ふざけんな!やだ!!帰らない!!」
「うるせえ、ホントにお前はバカでガキでオレ様でどうしようもねえな!!……あ、橘達さあ、悪いけどヒジリ送っといて。オレ、このバカを連れて帰るから」
離せだの、降ろせだの騒ぐナギを力ずくで抱きかかえたまま、気にせず立ち去るユズハ達。あまりに無茶苦茶で、呆気にとられてしまった。
「……ヒジリちゃん、オレが送るよ。夜だし、危ないよね?」
ヒジリに近付き、そう提案するレイの後ろでため息をつくカナタとエイジ。
「ありがとう。でも、お気持ちだけ。一人で帰れますから」
笑顔でそう言い残すと、走ってユズハ達を追いかけた。
「や……やっぱり可愛いなあ、ヒジリちゃん。気を遣った上に、お礼まで……」
「恋は盲目って、こういう状態のこと言うんだね。オレ、初めて見たよ」
物珍しそうにレイを見るカナタ。
「端に、面倒なこと突っ込まれないために逃げただけだと思うぞ、あの子」
ため息しか出てこないエイジだった。
ちらっと、カナタの顔を見る。
「どうよ、中緒兄対田所ユズハは。間近で見て。すごかった?」
「すごかったよ。ただ、途中から、田所さんがナギさんをあしらってるように見えた。週3回一緒に稽古してるって言ったから、田所さんって、自分がナギさんを圧倒できること、隠してたんだな、きっと」
「ふうん。お前、なんだかんだ言って、そう言うのはちゃんと見てるな。実家でやる空手道場には興味がないとか言っといて」
「それとこれとは違うって。……そうだ、オレ、ナギさんに合気道教えてもらう約束した!エイジも一緒においでよ」
「……また、家族仲が悪くなりそうなことを……」
「いいんだって。もう兄が継いでんだから。オレには関係ないよ。エイジさ、なにもやってなかったのに、強かったじゃん。だから、ちゃんと基礎力つけたら絶対強くなるって」
いつになく強く誘うカナタに驚くエイジ。そばで見ていたレイもそれを感じていた。
「……えと……」
カナタから、一瞬だけレイに視線を移すエイジ。それから、まっすぐカナタを見ようと思って、照れくさくて挫折し、目を伏せた。
「お……面白そうだし、オレもいこうかな。……一緒に!別に……今度はつきあいじゃないぞ?誘われたからだけど。でも、なんで一緒に?」
「エイジなら、判るかなと思って」
「判る?稽古だろ?」
「うん。でも、ナギさんの言葉は難しいよ。……あ、そうだ、マドイも誘ってみようかな。実家にいたころは鍛えられたって言ってたし」
なけなしの勇気を振り絞って、誤解を与えないように言葉を選んだのに、コイツは判ってるのかと不安になるエイジ。
頑張ろうとは思っているけど、今にもへこたれてしまいそうだった。
『本気で頑張ってる人間て嫌いじゃないし。オレくらいは味方になっといてやるから』
なにもしなくても、ただそこで待っていてくれるだけでも、エイジにとって力になってくれているのを感じていた。
「いいかげん降ろせ!触んな!ユズハ!!」
肩に担がれたまま大暴れするナギに、うんざりした顔をするかと思えば、楽しそうにしているユズハ。その笑顔が余計にナギの怒りを買う。じたばたしながら大暴れしてやると、ナギを掴む手に力を込められ、しつけられる。
「ナギ!……その状態はどうかと思うけど……暴れると危ないわ。ケガしてるのよ、判ってる?ユズハのせいだけど」
さらっと直球攻撃をするヒジリを睨み付けるユズハ。
「まあ、そうだけどよ。……コイツも何をするかわかんねえしな。大体、稽古中は手を抜いてたってことか?てめえ」
「オレは本番に強いタイプなんだよ」
「知らないよ。お前とぶつかったことないし」
「そうだっけ、そういや初めてか。道場以外で戦うの。でも、ゲームだし。試合とは違うしね。やっぱオレの方が賢くて強いからな」
「賢いとか関係ねえし!ムカツク!」
あまりにもユズハがいつも通り過ぎて、本当はどうして良いか判らなかった。
「……ヒジリ、あの、ポイントの件だけど……」
おそるおそる、ナギはヒジリに話を振る。
「そんな所から話されても、緊張感がありませんわ」
「うん、オレも降りたいんだけどさ……って、そうじゃなくて。真剣な話だぞ、ヒジリ」
にこっと笑って返すヒジリ。困ってしまうナギ。
「……ヒジリ。頼むから答えてくれ。だって、おかしいだろ?今までルールだの何だの五月蠅かったこのゲームで、お前のポイントっておかしいだろ?カナタ達が戦った時点で5ポイント、ユズハに1ポイント。今日で1ポイント。少なくともお前には7ポイントついてる計算なのに、あの柱はお前に5ポイントだと宣告した。おかしな話だろ?……ユズハもそう思うよな」
「ノーコメント」
手のひらを返したように非協力的なユズハ。元々、全ての情報を開示してはくれていなかったけれど。
「ユズハ、てめえ、なに知ってやがる」
「興味ない」
「興味ないって!?」
ユズハの頭にしがみつきながら、体をひねらす。当然だが、腹に激痛が走る。
「……ナギ、大丈夫?無理しちゃダメよ」
「すげーな、おもしれえ。人間、我慢してると、こんな汗出るんだな」
嫌がらせも兼ねて、ナギの体を担ぎ治す。その動きでまた体をひねり、痛みに耐えるナギ。
「てめえ、いつか、ぜってえぶっ殺す……こんな……屈辱的な……!」
「そうかそうか、楽しみだな」
「……は……話の続きを……」
「もうすぐ寮だけどな。ヒジリはもう帰んなさい。女子寮の玄関までは送ってやるから」
「ナギを担いだまま?」
「当たり前だろ?」
「そのまま置いてってくれてもいいのに。ナギを」
ユズハはその台詞を無視した。
「……オレ、あんまり言いたくないけど………ヒジリはもしかして、このゲームに一枚噛んでんのか?だから、この学園に来たのか?」
ヒジリは少しの間黙って目を伏せた。まっすぐナギと目を合わせ、真剣な表情で答えた。
「私がここに来たのは、ゲームのためじゃない。ここに来てから、私も他の人と同じようにメールをもらったのよ」
「……じゃあ、何でこんな所に?別に地元の高校でもよかったじゃないか」
「ナギだって、東京に行ったくせに?」
ヒジリとの会話に割って入るユズハ。その台詞が相当腹立たしかったナギが、騒ぎもせず、ユズハに怒って見せた。
「だったら、オレが東京に行く前にそう言えばよかっただろ?」
「言ったよ」
「言ったっけ?」
「言ったって。別に、お前の進路だから、オレが口出すことじゃねえし、いいけどさ」
「じゃあ何でそんなに根に持ってんだよ。わけわかんねえ」
ユズハはそれに対して何も言わなかった。腑に落ちない顔のまま、ナギは続ける。
「……家を出たかったの」
「何でだよ。大きくなったらお前ら嫁に出ることになるんだよ?だったら、その前くらいは家にいればいいじゃん。父さんだって、心配だって言ってた」
「結婚とか、興味ないもの」
「いや、でも、お前……」
黙ってしまったヒジリはとりつく島もなかった。そこを無理強いできるほど、ナギは妹達に強く出ることは出来なかった。
「……ナギ、今日の所はあきらめろ。どんなにしらばっくれても、ヒジリ達がゲームに一枚噛んでんだか、噛まされてんだかは明らかなんだ。本人が知らないっつっても、特別扱いなのははっきりしてる」
「ユズハは、それを判っててヒジリと組んだのか?」
「別に、誰でもよかったんだよ。さっさと上がれれば。そのためには、何でも利用するよ」
「……ああ、そうかい」
ユズハはほぼ無理矢理、女子寮が並ぶ敷地の門の前でヒジリに別れを告げた。
一旦ナギを肩からおろし、背負いなおした。
「だから、降ろせって。別に歩けないほどのケガじゃないし。何でこういうコトするんだよ」
「さあね……。自分で考えたら?」
人の気持ちなんか、考えるもんじゃない。
そう思ったけど、黙ってた。
「……変なコトしない?」
「お前、意識しすぎだよ。あんなの冗談なんだから」
ナギは、噛みつかれたことを鮮明に思い出せる自分がいやだった。
「……ホントに冗談?」
「当たり前だろ?」
「ただの嫌がらせってこと?」
「オレってば体はってるし」
「嫌がらせに体はってどうする」
少しだけ安心するナギ。意識しすぎていたかもしれない、そう思うことにした。
「飲み会で酔っぱらってされたりしない?あのくらいなら」
「……嫌がらせでされそうにはなるけど」
ユズハの動きが止まる。
「……なに。どうしたんだよ」
「いやいやいや……ナギはとってもとってもちっこいから、女の子と間違われたわけね。こんなに男顔なのにねー」
「ちっこいって言うな、ちっこいって!!」
背負われてるのをいいことに、後ろから締めるナギ。
「いてえって!落とす!落ちる!」
力を入れてると自分も痛いので、仕方なく緩めた。
結局、部屋に入るまでユズハはナギを背負ったままだった。
引っ越しの時ユズハが持ち込んだソファに座らされた。
「……お前がケガさせたのに、お前が手当てしてるってのはどういうことだ?」
「他にいないからだろ?余所様に迷惑かけるんじゃありません」
「……わけわかんねえや、お前」
腹の傷を見るユズハの目を、正面からじっと見つめる。
「なに?」
ナギの視線に気付き、すぐに目をそらした。
「オレ、大丈夫だと思ってたんだけどな」
「なにが?」
「……いや。やっぱ、わかんねえモンなんだな、と思って」
目の前にいるユズハを見ているくせに、彼は誰も見ていないようだった。
「見えない所ばっかりケガしてると……何かDVみたいじゃないか?どうしよう、ニュースになったら!」
「なるか!!……でもまあ、ある意味DVみたいなもんじゃねえの?大丈夫だ。ちゃんと見えるところも傷だらけだ。お前、力で叶わないの判ってて暴れるからな。往生際が悪いんだ」
首を締め付けた痕に、わざと氷嚢を押しつけてやる。当然のように飛び上がるナギ。
「つめてえって!!いらねえし、こう言うのに!冷やす意味ねえだろ!……何だよ?」
ユズハの視線を感じ、疑問をぶつける。
「いや、お前さ、橘となに話してんの?」
「カナタ?何で?」
「オレ、責められちゃった。『何でこんなコトになったんでしょうか?』なーんて言って。子供いじめてるみたいで、いい気分じゃないよな。橘って、図体ばっかでかくて、中身お子さまだから」
「そうだな。うっかりおっさんの気分になってお説教とかしちゃうんだよな」
「『ナギさんは、田所さんのこと……』なんて、思わせぶりなこと言われちゃったし。なあ、あのお子さまに何言ったの?」
「別になにも」
知らん顔したナギに、ちょっとだけむかついたユズハ。本人の目の前だから、言えない言葉があるだなんてこと、ユズハはよく判ってた。判ってたからこそ、本人の口から聞きたかった。
「あっそ。まあ、ちっこいおっさんの言うことだから、大したことじゃねえか。ちっこい上に、おっさん……」
「ちっこい言うな!繰り返すな!おっさん言うな!」
言いたいだけ文句を言ったユズハの肩に蹴りをお見舞いした後、動いた痛みで蹲った。