第21話【続々・カナタ】
学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。
第21話 続々・カナタ
「エイジ。ナギさんからお土産。こないだ全然食べてなかったから、気にしてくれてたよ」
エイジ曰く、恐怖の夕食会から笑顔で生還したカナタを、笑顔で受け入れてやる。カナタの持ってきたタッパーは、何故か一緒にいたレイが勝手に受け取っていた。
「レイ、大丈夫なの?こんな時間に。寮長うるさくない?」
「大丈夫、週末だし、今日は外泊許可を取ってみました。てか、良いよなーここ。寮長いないし、同居人は大学生で気のいい人達みたいだし。オレんとこ、先輩らとかうるさくてさ。うわ、何これ、うまそ!!誰が作ったの?ヒジリちゃん?」
「いや、ナギさんだけど……」
あからさまに意気消沈したレイからタッパーを奪い、レンジにいれるエイジ。
「もうあきらめろって言ったろうが。手に負えないから。無理目の女だって!」
「でも、可愛いんだもーん……。てか、彼女の本命って、誰?田所さんじゃないんだろ?」
「あ、違うんだ。エイジ知ってるの?ヒジリさんてそう言う話しないし」
「大穴でオレってコトも……」
「いや、ないだろ」
レイの自惚れに一応突っ込みながら、温めたビーフシチューを皿に盛り、自分の分だけご飯をよそい、キッチンに座った。その間、誰の目も見ることが出来ない。
「夏なのに、ビーフシチューかよ!!」
「あ、なんか田所さんが好きなんだってさ、シチューとか、カレーとか、ハヤシライスとか、なんかどろどろして食べやすいものが。ちゃんと噛め!って怒鳴られてた」
「てか、エイジ、話そらしたね」
やぶ蛇だった。カナタだけなら誤魔化せたのに、レイが相手じゃ分が悪かった。しかし、それでもいつものペースで話をそらす努力をするエイジ。
「またケンカしてなかった?あの人達。コブラ対マングースだな」
「古いよ。てか、普通だったよ。いつも通り。うるさかったし。……あ、でも、ヒジリさんが怖かったなあ、田所さんに」
「え?ヒジリちゃんて怖いの??」
話をそらしたのに、ヒジリとユズハに戻してどうする!と心の中で突っ込みながら、冷や汗が流れるエイジ。
また食べられなくて心配かけてはいけないと思い、無理矢理シチューを口に入れる。
「時々ね。普段はおとなしくて可愛いんだけど。なんだったかな……ええと……」
カナタは、カナタ曰く和やかな食事会の様子を思い出し、レイに聞かせる。
ユズハのベッドの前に、A1くらいの白いスチレンボードが縛り付けてあったことを、マドイが突っ込んだときだった。
「あの白いの、何?」
「スチレンボードだね。立体作ったり、パネル作ったりするのに使うの。ナギさんのじゃない?あれ、ナギさんのベッド??」
「いや、ユズハの。オレが貼ったの。バリケードだよ。悪さしないように」
ヒジリが、今までからは考えられないような形相で、ユズハを睨み付ける。
「……なんもしてないじゃん。てか、ふつーバリケードって、自分の目の前に作るんじゃねえの?なんでオレの前なんだよ。うざくてしかたない」
「ユズハが悪いんでしょう?」
彼の目を見ることなく、小声でそう言うヒジリ。
「何も聞かずにオレに責任を押しつけるか……!?」
「なんだろうね。ゲーム以外の場で戦うのはカウントされないんじゃないかな?」
「そうよねー。ユーちゃんがそんな悪いコトしないわよ」
『ねー』なんてお互いに笑顔で言い合うカナタとマドイ。
「そう?ユズハならしかねませんわ」
ちょっと納得いかないといった顔だったが、ヒジリの言葉に頷くナギ。その様子を見て、ヒジリは笑顔に戻った。
「……みたいな、ね。そん時にヒジリさんがホントに怖くてさー……。普段可愛い顔してるから、ギャップが余計に怖くて」
「へー……。そんな現場に居合わせたんですか……」
カナタ達の話に聞き耳を立てていたエイジは、心底ほっとした様子でため息をついた。そんな一触即発な現場にいなくて良かった、と……。
「てか、全員あの『ゲーム』に参加してるメンバーだよな?たしか。そう言う話とかした?」
「え?別に?あ、でも……明日予約が取れたから、帰り際にナギさんと少し話はしたけれど……」
「てか、お前らあれから結構経つのに、全然話を聞かないな。初めて?」
カナタが少しだけ困ったような顔でエイジを見た。
「うん。全然予約が取れなくてね」
「お前が騎士?」
カナタは黙って頷いた。今までエイジが何も聞かなかったから、彼は黙っていた。エイジを巻き込んでいたことを、誰よりも自覚しているのはカナタなのだから。
だから、レイにゲームの話を振られたとき、少しだけ躊躇していた。でも、彼らに隠すようなことじゃなかった。
「田所さん、もう1ポイントとってるって言ってた」
シチューを食べ終わり、食器を洗いながら、それとなく情報をリークするエイジ。
「いつの間に?!」
「1週間も経つんだ、予約が取れて戦ってるってコトだろう。なんか知らんが相当やる気みたいだ、あの人。でも、なかなか予約とれないって。人数少ないみたい」
「ナギさん、知ってるのかな?」
「さあ、その話は一切してないみたいだし。お前に話したら、中緒兄に伝わるから、お前にも言わないってだけだろ?」
「でも、エイジからオレに伝わったら、ダメじゃん!」
あ、そうか。なんて間抜けな台詞を吐いたエイジの言葉を遮るように、レイが口を開いた。
「なんか、田所さんて、やな感じの人だな。エイジがそう言うことをカナタに話しにくいことも判ってて、いざ伝わったとしてもこういう伝わり方をすることを予想してるみたいだ。だって、こういう聞き方したら、カナタだって中緒兄には伝えられないじゃん、エイジの手前」
「だからって何も変わらないし、良いじゃん」
「変わるよ!カナタはどうしてそう言うとこが鈍いかなあ?」
人と人との繋がりを、その強さと弱さ、太さと細さの違いから生じることを、カナタは意識できていないんじゃないかと思う。いや、意識していないと言うか、気にしていないと言うか。
自分に近い者のことは、それなりに気にしてくれているのに。
「良いけどさ、別にオレには関係ないし。カナタはもうちっと気をつけても良いと思うけど」
「それなりに気をつけてるよ」
「騙されやすそうだよなー……。そういや、その中緒兄とゲームの話って、なに話したの?なんか、あの人、あんまり考えてなさそうだから」
レイがやたら聞きたがるのを不審に思ったが、やっぱり『まあ良いか』ですませた。ただ、話す内容は少しだけ選ぼうと思って、ナギとの会話を思い出した。
カナタ曰く、その後は和やかだった夕食が終わった時のこと。彼は長居しても申し訳ないと言って先に席を立った。
楽しそうな4人は、カナタから見てなんの問題もない、仲の良い、いい関係に見えた。ただそれは、問題について誰も口にしないから、と言うだけのことだと言うことは、さすがに彼も理解していたけれど。
「カナタ!待て。忘れモン。これ、エイジに持ってけ」
寮を出たところで、追いかけてきたナギに声をかけられ、タッパーを手渡された。
「マドイが、肉系の土産って言うから……。あいつ、まだ調子悪そう?」
「いえ。普段は、大丈夫そうですよ。時々ふさぎ込んでますけど」
「ならいいけど……」
ナギが、何か話しにくそうに、目を伏せ、頬を掻く。
「なんですか?」
「いや……お前、マドイとつき合ってんの?」
「ナギさんまで!?……違いますって」
ナギにまで、そう見られていたのは些かショックだった。
ユズハなどは、カナタとマドイの中をナギに知られることを嫌がっていた。彼が切れてしまうからと言って。でも、ナギは言いにくそうにはしていたが、彼からそんな様子は感じられなかった。
「でもお前、マドイのこと好きだろ?」
「え?……でも、別に、何もないですよ?」
「何があるとかないとか聞いてないんだよ。お前の感情の話をしてる。違う?」
「……あってますよ」
あっさりと彼女への思いを認めた自分自身に、カナタが一番驚いていた。
「でも、なんで突然?今までそんなこと言わなかったし、最初のころとか怒ってたじゃないですか。『うちの妹に!』って言って」
「その時と今では、お前の思いが違うから。マドイは……あんまり変わってないけど」
ずるいくらい、ナギの顔は大人びて見えた。
「心があることに対して、理不尽な怒りは見せないよ。別に行動がいきすぎてるようにも見えないし、マドイの様子を見る限り、良い関係に見えるから」
「でも、曖昧ですよ。違いません?」
「人間同士の関係なんて、曖昧なもんだよ。そんな、目に見えてはっきりと判る絆や、強固に繋がりあった人間なんてあり得なくない?そんなモノがあったら、目に見えたら、婚姻届も結婚指輪も、誓いの儀式もいらないだろ?」
カナタはナギと話すとき、よく黙ってしまう。しかしそれは、考えていると言うよりは、彼の言葉を自身に染み渡らせてる感覚に近い。
「仮に思いをぶつけたときに、心を確認しあったとして、人間の心はそれが全てじゃない。やっぱり曖昧なままだ」
「つきあってようがなかろうが、一緒ってコトですか?」
「いいや。一緒じゃないけど……大事なのは、自分の意志だし、心だよ」
カナタはその時、エイジの話を思い出していた。
ナギはまっすぐ人を見つめることで、何も言えなくしてしまう……と。彼がしきりにナギのことを『ずるい』と言っていたことを。
「でもな、それだから楽しいんだろ?安心も不安も、平穏も刺激もあるから」
「ナギさんは、いるんですか?誰か好きな人とか」
「どうだろ。カナタが言ってるようなのはいないかな、今のところ。今はこの手の中にいる連中と、そうやって関係を築いていくのに精一杯」
幸せそうだった。
彼には、不安もたくさんあるはずなのに。
「田所さんもその中にいるんですか?」
一瞬、目を伏せたナギの思いが、カナタにも伝わってきた。
「そうだよ」
「……オレ、よく判んないです。エイジは、ナギさんと田所さんがあんなケンカした後なのに、一緒にご飯食べてること自体おかしいって言うし……オレもちょっとそう思ってたけど、でも、ナギさんの言葉を聞くと、何もおかしいコトじゃないようにも思える」
「おかしくなんかないよ。オレとユズハの仲は何も変わってない。今は少しだけずれてるんだ。変化を求めたら、その時に何か抵抗が起きるのは仕方のないことだ。でも、何とかなると思ってるし、出来ると思ってる」
何とかなると思っていても、考えてしまうし悩んでしまう。
ナギが変わってないように見えたのは、ここに来たときも、ユズハと争ったときも、悩んでいたときも、人に道を示すときも、彼自身の軸はぶれていないからだと、カナタは思った。
不思議な感覚だった。先の見えない暗闇の中で、悩んだり考えたりしながらも、彼は一人で、細いけれど明るい道を歩いている。
少しだけ、彼に憧れに似た感覚を持つ自分を振り返った。
彼の道は照らされているけれど、自分の道は真っ暗だ。明るい場所に憧れて飛び回る羽虫の一匹に過ぎなかった。
自分の弱さを、カナタは目の前の小さな男に思い知らされた。
だけど、カナタは確信をした。
自分の望むモノを、彼は持っていると。
「ユズハは、何か変化を求めてた。オレは何も求めてなかった。だから、衝突もするし、道を分かつこともある」
「でも、何とかなるって思ってるんですか?それって、ケンカ別れって言いません?普通は」
「そうだな。でも、ケンカしたら、仲直りすれば良いんだよ?」
それが難しいんだけど。
ナギはそう付け加えて笑った。
「……めんどくさいですよ。仲の良いヤツは、ずっと仲がいいし。オレ、今までオレのこと気に入らなくて離れていった奴とわざわざ何とかしようとも思わなかったし……。エイジやレイは言いたいこと言い合っても、なんだかんだ言って、なかったことにして元の関係に戻るし」
「それはお前、そいつらに甘えてるよ。そいつら以外に仲のイイやついないな?お前」
図星だった。小等部からほとんど変わらないメンバーの中にいるのに、友達なんかほとんどいない。興味を持つこともなかったけど。
「いないですけど……別にどうでも良いし。なんでナギさんは、田所さんのこと、そんな風に言うんですか?田所さんて、むちゃくちゃなこと言ってますよ?」
「だって人生、ひとりぼっちじゃ寂しいだろ?」
その時のナギが、どんな思いだったかは判らなかった。
寂しかったことを思い出しているのかもしれなかった。
「別に、田所さんじゃなくても……?だって、大変でしょう?」
「一人くらい、対等に、同じ道を歩いてくれるヤツがいた方が人生は楽しいよ。……オレは、対等でいたいだけなんだ、ユズハと。だけど、今のユズハは、それを求めていない。でも、あいつもオレと一緒に歩くことを求めてくれてるのは判るよ」
カナタはなぜだか、涙腺が緩んでいるのを感じた。
確実にナギは自分の望むモノを持っている、でも、その正体はつかめそうでつかめない。
本当に欲しいモノがあるとき、人はどうして抱えきれない感情をいっぺんに抱くのだろう。
「判っても……でも、田所さんはナギさんとの関係を捨てたわけですよね?エイジが……」
そう言っていた。
言いたかったけれど、言葉にならなかった。
「まあ、あいつもちょっとぶちぎれてるとこあるけど、求めてくれる人って、大事だからさ」
「……振り回されますよ、ナギさん」
そんなことあるわけがないと思いながら、そう言った。
「気をつけるよ」
ナギの言うことも、行うことも、ユズハに対する態度も矛盾だらけなのに、どうして彼はこんなにもぶれがないのか。カナタには判らなかった。
カナタはゆっくり目を閉じ、考える。
その後のナギとの会話だけ、レイに聞かせることにした。その様子を、レイが敏感に感じとっていたことを知りながら。
「……そういや、ゲームのメール、届いた?」
「はい。明日ですね。ホントにオレが騎士で良いんですか?」
「良いよ。お前、やりたいんだろ?オレの目的は一つだから。お前は自由にすればいい」
「……田所さんは自由にしちゃいけないんですか?」
「なんで、良いよ?」
「だって、役割一つとっても、言い争ってたじゃないですか。こないだケンカしてたのを見る限り、田所さんにはなにかを要求してましたね。オレやエイジにはしないのに」
ナギは言葉を選んでいるように見えた。少し考え、ゆっくり話し始めた。
「人間て、どう頑張っても平等じゃないと思わない?」
「……ええ。そうですね。誰が上で誰が下なんて話は無粋ですけど」
「ああ。だけど、どんなに頑張っても一人一人は違うから。……心も体も……。だから平等なんてあり得ない。だけど、判ってるけど、オレはユズハとは対等でいたいんだ」
「対等じゃないですか」
「違うよ。少なくともあいつはそう思ってはくれてない」
「平等じゃないって言ったばかりなのに」
「そうだな。だから、オレに矛盾があるのかもしれないけど、一人くらい、そう言う人間がいないと……」
初めて、ナギの中に『ぶれ』を感じた。
そのぶれの正体は、カナタには判らなかったけれど。
「それより、お前はそれで良かったのかな?」
「ナギ!……なんだ、そこにいたのか。遅いと思ったら、なに話し込んでんだよ」
ユズハが寮の外までナギの様子を見に来たようだった。
「内緒話☆だよ」
「ああ?オレに内緒話たあ、ナギのくせに」
「痛い痛い、顔が歪む!!」
両手で頬を引っ張られ、痛がるナギ。決別宣言をしたとは思えない二人だった。
カナタは自分たちの前で、大騒ぎしながらゲームに対する覚悟を決めたときのことを思い出した。
『何をどうしたって、自分が動いたようにしかならねんだよ、人生は』
『判ってるよ。だから自業自得ってか?よかろう、お前の言うとおり動いてやるよ。勝って勝って勝ちまくって、悪いヤツを引きずり出してやる!!』
ユズハはその時からこんな感じだったし、ナギの偉そうなところも変わってない。大騒ぎしながら、勢いだけで先に進んでいるようにも見えたが、隣にいるモノを信じてなければ、それは叶わないことなんじゃないかと。
すごく簡単そうに見えて、本当はすごく難しいんじゃないか。
ナギの言葉を聞いて、やっとそのことに気が付いた。
『お前は、オレについてくりゃ良いの!てか、黙ってオレについてこい!!』
そう言われたときに、ユズハは嬉しそうな顔をした。ナギもそれを当然のモノとして受け取っていた。
その関係が、ナギの求める『対等なもの』かどうかは疑問が残ったけれど。
「あの……オレ、帰ります。これ、ありがとうございます」
挨拶をして立ち去ろうとしたとき、ユズハがナギに顔を近付けた。
急に真っ赤になったナギのキックが、ユズハの腹にヒットする。
「明日な」
ナギは、何事もなかったフリして、笑顔でカナタを見送った。
「確認するけど……田所さんと中緒兄って、こないだここで大喧嘩した上、『お前とはもう組まん』とか言ってたって聞いたよな、オレは確か」
話を聞き終わった後、不思議そうな顔でそう言ったのはレイだった。
「……なんでそんなに嫌そうな顔してんの?」
「エイジほどじゃないよ」
カナタ達が話している部屋の方へは入らず、台所でビールを飲んでいたエイジを、レイは顎で示す。
「ホントだ」
「いつもこういう顔だよ」
文句を言って、知らない顔してビールを飲むエイジを見て、カナタは初めて『ウソが下手だな』と思った。
「なんか、重たくて気持ち悪いな」
レイはやっぱり嫌そうに、ナギ達をそう評した。
彼にナギとの会話を全て伝えたら、なんと言うのか少しだけ興味が出てきた。そして、そんな興味を持った自分に驚くカナタ。
「……いいのかよ、そんなヤツと組んでさ。めんどくさいじゃん。中緒兄となんて、トラブルの元だって。カナタには難しい気がするな」
「そうかな。でも、オレ、あの人と話してると、いろいろ判って面白い」
「それとこれとは別だって。なんか、嫌な感じがするよ、オレは。ゲームするんだったら、エイジにしとけばいいのに」
その台詞に一番驚いたのは、エイジだった。レイは、カナタではなくエイジを見ていた。
カナタは苦笑いをしながら口を開いたが、携帯の音に邪魔される。エイジの携帯だった。
「……悪い悪い。あれ、……??誰?」
「なに、非通知?!気持ち悪!」
携帯を眺めながら不愉快な顔するエイジに、レイも嫌そうな顔をした。
「いや、番号は出てるけど……知らない」
「……名乗らないようにして出てみたら。こんな時間にかかってくるような電話だし」
カナタの言葉に頷き、携帯をとるエイジ。
『もしもーし。木津エイジくんですか?こちら、木津詠一郎くんでーす!!生きてますかー?』
「兄貴?!……てめえこそ生きてたんか!?何年ぶりだと思ってやがる!今どこにいるんだ?」
兄貴、との言葉を聞いて、カナタとレイは古い記憶を探る。しかし、古い記憶過ぎて出てこない。エイジも兄の話はほとんどしないし。
『実家。冷蔵庫にお前の番号が貼ってあったぞ。たまには可愛い弟の声でも聞いてやろうと思って。お前、まだ椿山にいるんだって?たまには実家に帰って母さんに顔見せろよ』
「……兄貴の方が顔出してねえじゃねえか」
『椿山、どう?なんか面白いことある?』
「別にいつも通りだよ」
『あー、そっかそっか。そいで……あ、電池切れそう」
とエイイチロウが言った途端に電話は切れる。
「……お兄さん?そう言えば……話あんまり聞かないな」
「そりゃそうだ。オレも何年も会ってねえし。突然電話してくんなよ、わけわかんねえ。あげくに電池切れて!バカ兄貴!!」
「なにやってんの?」
レイの問いに、エイジは少し考えた。
「……大学生??かな??確か……」
おいおい……。と突っ込まれたのも無理はなかった。