第18話【続・エイジ】
学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。
第18話 続・エイジ
エイジの横にはナギと3人の知らない院生がいた。その横にレイが着いてきた。
「何、このメンバー?!カナタは?」
「サボり……」
「いや、何か疲れてんのは判るけど、何でここに中緒先輩がいんの?……また」
仕方なくレイに一通り事情を説明するエイジ。肝心のナギはと言えば、研究室の友人と話していた。ナギ以外に3人いると言うことは、建築D研究室のメンバーの8割がいることになる。美術科は30人。よく考えなくても、立派な合同授業になっていた。
「中緒、お前こんな美人と知り合いだったこと、隠してやがったな!!ちゃんと紹介しろよ!」
ナギと同じ研究室の男子学生の一人が、コトコの姿を見てナギをつつく。
「うっせえな。オレだって最近知ったんだよ。おとなしくしてろよもう。お前らスケッチする気あんのか?!」
「あるある。てか、さっき教授に会ったから、この企画の話をしたら、参加者は作品を提出しろって」
「なに?!オレ、絵の具とか借りるつもりだったんだけど。本気か?」
「またまた、中緒くんたら画板とか持って超やる気じゃない?」
うるさい大学生だなあ、と思いながら眺める高校生達。大学生どころか、院生の上、ほとんどが先生になっててもおかしくない年だ。
コトコがナギ達を生徒達に紹介する。良い機会だから、先輩にいろいろ聞いてみましょうだなんて、先生ぽいことを言ってるのを見て、ナギは思わず笑ってしまった。
「サル、サルにしよう!ヌマッチ、オレはサル行くけど、どうする?」
「幸田……何でお前、でかい木材とか持ってんの?」
ヌマッチと呼ばれた男子学生と、その横にいたナギが揃って怪訝そうな顔をする。
「木彫り☆面白そうじゃないか?そういや、ハッチンは?」
もう一人いたハッチンと呼ばれた女子学生は、さっさと別の場所に行ってしまったらしい。
「中緒はどうすんの?」
「オレは絵の具借りる約束してるし、紙も大量に買ったから、そっち行くわ。カバの所とかつれてくかな。でかいの描きたい」
「ほー。オレはペンギンとか可愛い所でも攻めるかな」
「やめとけ。ここのペンギンは、この時期はマグロみたいになって並んで寝てるだけだ」
幸田はそう言うと、ほぼ無理矢理ヌマッチを引っ張ってサル舎の方へ向かった。ナギはそれを見送り、行き先に迷うエイジ達に走って向かった。
「よし、カバ行くぞ、カバ!!」
「あんた、なに勝手に行き先決めてんだ!」
「え?指定なの?!」
エイジとレイを引っ張り、案内図片手にカバの池に向かう。
「そういや、学園からこんなに離れた所に来るのって久しぶりだなぁ」
カバの池の前にいながら、向かい側にあるワニの池をスケッチしながらレイはしみじみ呟いた。
「離れたっつったって、私鉄で2駅だ。しかもバスで直行してるから、離れてるって気もしないし」
「でも、大体学園内と、周辺でまかなえるじゃん。ほとんど学園都市みたいになってんだから、高校生のオレ達は近場でバイトも出来ないし。まあ、遠くまでバイトしに行くヤツもいるみたいだけど。見つかったら停学だし。金もないのにわざわざこんな所までこないって」
言われたとおり、カバを描くエイジ。こぢんまりとした池に、こぢんまりとしたカバ。
「……そういや、兄は何かバイトとかしてんの?」
「週3で建築事務所に行ってる。バイクで15分くらいだし」
「バイクで15分だと、学園都市からも出られないんじゃ……そんなのあったっけ?」
「N市のはずれにある」
「普通、15分で行けねえだろうが!」
「てか、バイトとかしてるんだ……」
もっともな感想を述べたレイに、ナギが怒鳴る。
「2週に一回は道場にも戻ってるし」
「てか、実家どこよ?」
「静岡。高速使えばバイク2ケツでも1時間くらい……」
「だから、着かねえっての!もっと遠いって。よくそんなペースで帰ってるな。てか2ケツって?だれ?姉妹の片割れ?」
「ユズハだよ」
一瞬だけど、隣でスケッチながらナギがむっとした顔をしたのを見逃さなかった。
「なあ、ちょっとケンカしたくらいで、出てくんなよ。かっこ悪いな」
「うるせえな。いろいろあんだよ、大人の世界には」
「……誰が大人だよ」
身の危険を感じたとは言えないナギ。でも、身の危険でも感じたかな?とエイジは勘ぐっていた。
「そっか、片方ずつでも無理矢理乗っけて帰ればいいのか」
「いや、乗らねえと思うけど。そのデンジャードライビングには」
「でんじゃあて!」
「でんじゃあでも何でも良いけど、そんなにしょっちゅう実家に帰ってどうすんですか。別に何もないじゃないですか。オレなんか盆と正月くらいしか帰んないすけど?エイジだってそうじゃん?」
スケッチブックをほったらかしにして、いつの間にかエイジの隣に座っていたレイが突っ込む。
「カナタやお前よりはよっぽど帰ってるって。春休みとか、GWとか」
「えー。2日で帰ってきたくせに」
「……いや、お前ら、もっと帰れよ。地元に友達いるだろう?彼女とか。大体、親が心配するだろう」
「オレら、小学部からこっちだから、友達っつってもみんなここの連中だし。親とか面倒だし」
「……うわ……反抗期的発言……!」
心底嫌そうにするナギ。かくいう自分は、反抗期など通るわけにも行かずこの年になってしまったわけだが。
それ以前に、彼の養父は彼を対等に扱っていた。決して子供扱いせず、同列の男として扱ってくれていた。そのことが彼の心にはずっと染みついている。
「こんだけ長期間、親と離れてて、反抗期も何もないって」
「まあねえ。……あり、そういや、もしやカナタって、万年反抗期?」
「カナタが?あの暖簾男が」
ナギの表現に、思わず頷く二人。
「いや、あいつんとこの家庭が、またハードなんですよ。本人あんな風だから、全然そんな感じしないですけど」
何故かエイジに視線を移すナギ。どこか問題があるようには見えたけど、家庭のせいなのか?と疑問も持っていた。エイジはため息をつくしかない。
「兄はカナタから聞いたこと無い?あいつんち4人兄妹なんだけど、全員腹違いなわけよ。親父さんがなんて言うの、手癖が悪くて」
「……もうちょっと言葉選べよエイジ……。えっと、女癖が悪くて、実家に帰るたびに違う女がいるという……。兄ちゃん姉ちゃんはみんなもう独立してほとんど実家には寄りつかないんだっけ?」
「お前だって同じようなもんだろ!そういや、一番上の兄ちゃんだけは道場継いだって、こないだ言ってた。カナタはやる気がなかったから」
二人の話を黙って聞きながら、カナタの家が空手道場だという話だけは思い出していた。
「……なるほど、それでめんどくさくて実家に寄りつかないと」
「てか、カナタだけのせいじゃないって。親父さんが、子供がいるとうっとうしいし、世話しないといけないからつって、兄妹みんなここにいれてんの。今度妹が小学部に入学するって言ってたな」
「別にカナタが悪いとも何とも言ってない」
「だって、あんた言いそうだもん」
「言わないよ。どこの家庭でも何かしらあるし、親にも子にも言い分はある。……誰にでもな」
だからこそ、ヒジリにもマドイにも強制は出来ない。だから自分が動いた。そして、それは他でもない中緒の父の考えだった。
そう言えば、ユズハの家も母子家庭で、母親が大学病院勤務の医者だったせいか一緒にいることがほとんどなくて、『家族がある』ことを感じさせなかった。
そう考えたところで、いちいちユズハを思い出す自分に自己嫌悪した。
「……まあ、カナタの家はそうだとして、お前んちは?人の家庭をハードだの何だの言うわりに、お前だって、あんまり帰ってる方だとは言えないぞ?」
「うちはフツーだって。私立の金のかかる学園に入れる程度に見栄を張れる、そう言う考え方の教育ママのいる、極々フツーの暖かいファミリーだ」
「嫌味たっぷりな言い方だな」
「反抗期なんで。つーか、親元帰るより、ツレと遊んだり、やりたいことやってる方がいい年齢としてはフツーの行動だと思うけど」
「いちいち言い方が引っかかるな、お前は」
機嫌の悪いときのユズハみたいだ。
そう思って、また自己嫌悪。その時ちょうど、ユズハから電話があった。
「兄、電話鳴ってるよ」
「あー、いい。出なくて良いヤツなの」
マナーモードに切り替えた上、放置。話をする気はなかった。
「どう、調子は?……あら、ナギったらここにいたの?」
後ろから覗いていたのはコトコだった。エイジとレイの絵にそれぞれ(ナギ曰く)『先生っぽいコメント』を残し、再びナギの後ろに立つ。
「ナギが絵を描いてるのって初めて見たわ」
「そうだっけ?他の連中の絵も見てきた?ヌマッチが教授に言ったもんだから、提出する羽目になっちった」
「あら……それは面倒くさ……いえ、張り合いがあって良いじゃないの」
「もう、その良い先生コメントやめろよ。コトコは描かねえの?」
「私?私は先生だもん。……何か、らしいわねえ。口の中とかしつこく描きすぎじゃない?気持ち悪」
「おまえな〜。先生コメントやめろっつった途端、それかよ!」
どアップのカバが大口開けて向かってくる絵だった。異常なほど書き込まれているのに大胆な構図だった。
「急に参加したいなんてメールしてくるから、驚いちゃった。しかも研究室の人も一緒にだなんて。いつも一緒にいるあのでっかい人はどうしたのよ?」
コトコはもしかしてユズハに対してあまり良い印象を持ってないのか?(無理もないけど)……なんて考えながら、エイジは何とも言えない表情で、スケッチをするフリをしながら二人を見ていた。
欲望のぶつけ方を間違えたら、こういう結果になる。
人の振りみて我が振り治せとはこのことだ。ユズハが何をしたのか、ナギがどう思ってるのか、エイジには判らなかったけれど。何かあったことだけは確かだった。それも相当だ。ナギがこんなに根を持つコトなんてそうそうないからだ。
「ユズハのこと?!いつも一緒にいるわけじゃねえって」
「そう?何か、そんなような言い種だったから」
「……コトコさあ、ユズハのこと嫌いだろ?」
「あら、そんなこと無いわよ。だって、ナギの友達だもん。友達の友達はみんな友達、ってね」
「うそくせえ。お前、ホント性格悪いよな」
「酷いわね」
「誉めてんだよ。判りやすいって。しかも、ホントはそんなに気にしてないだろ」
「まあ、ちょっと噛みつかれちゃったって所かな。事情はよく判んないけど」
思わず、顔を背けるナギ。
「どしたの?真っ赤よ?」
「真っ赤?誰が?オレが?!真っ赤?」
あまりに不自然かつ子供のようにあたふたするナギに、話していたコトコではなく、側で見ていたエイジが心の中で突っ込んでいた。
「……中緒兄、噛みつかれたりしちゃった?」
「何に!?何が噛むと言うんだ、何が!!」
地面を叩き、必死に反論する。こんなに判りやすい大人がいても良いのかと突っ込みたくなる。見かけだけじゃなく、中身も高校生レベルかと突っ込みたかったが、さすがに悪い。悪いというか、自分がユズハのことを勘ぐっていたことをとやかく言われたくないので、何も言わないエイジ。
「何で何も言わない!!」
「言わなきゃ言わないで突っ込まれるんかい!!」
欲望なんて、何も生みやしない。
ユズハの思いが、行為が、欲望そのものが、結果的にナギの気持ちを彼から引き離していたのは明らかだった。
彼が何をしたのかは知らないけれど、どこまで行為に及んだかは判らないけれど、ナギは確実に戸惑っている、彼らの間に変化が起きてる。
それがよい変化なら良いけれど、エイジにはそうなるとはとうてい思えなかった。
『願いが叶うなら、人の心は救われるんや。叶うかどうか不安やから、欲望を腹にため込む。悪循環や』
イチタカの言うとおりだ。欲望を腹にため込み、人の中で黒くなっていったから、こんなコトになる。
「先生、田所さんとケンカしたらしいんですよ、この人」
「あらそうなの?それで一緒にいるわけじゃないとか言っちゃって。友達とケンカするだなんて、子供よねえ。いい大人がすることじゃないわね」
「別にケンカしたわけじゃない!ただ……」
「ただ、何よ」
「顔をあわせてんのが嫌になっただけだ」
「そう言うのをケンカって言うのよ。ホントガキね」
さすがに、そこまで言わなくても良いんじゃないかと思う。
少しだけユズハに同情してしまうエイジ。
そして、自分はああはなりたくない、と願う。
自分は彼とは違う。自分の心にあるのはどす黒い欲望なんかじゃない。
ただ同じ時間を過ごしていたい、それ以上は望まないし望めない。こんなにも純粋な願いだ。
だけど、このくすぶっている願いを………欲望に変わりつつある思いを、早くどこかへ吐き出したい。
『望みを叶える方法があったらええのにな。そしたら人はなんぼか救われる。そう思わん?』
『望む力』が本当なら。
『奇跡なんてもんはありえねえんだよ。不可能だと信じていることを、どこのどいつが達成できると言うんだ』
自分は、不可能だとは思っていない……はずだ。叶わないかもしれない、叶うかもしれない。僅かでも心の中に『かもしれない』可能性を秘めていたら、自分の心はその可能性に期待していることにならないか?それは、不可能だと思っていないことにならないか?
『望みが叶うんだとしたら、それは自分が可能だと信じているから』
可能だと信じられる。
『望む力』だなんて曖昧なモノにすがってでも、叶えたいと願っている。手にいれたいと思っている。
不可能だなんて思えない。
あのとき燃えさかった炎が、自分の中でずっと燃え続けていたことに、少しだけ驚いた。
「あれ?エイジ、何か良くない?かっこいいよ、この絵。野生のカバみたいだ。すげーすげー」
再び飽きたのか、またエイジにちょっかいをかけるレイ。珍しく彼の絵をべた褒めだ。
「そうか?てか、それ、すげーって言ってんのに誉めてんのか?野生のカバ描いてんじゃねえのに」
コトコもエイジの絵を覗く。
「ナギの絵とは対照的よね。ナギはどアップで大胆な構図だけど、木津くんは何だか映画のワンシーンみたいな切り取り方よね。でも、周藤くんの言うとおり、何だか野性の迫力があるわね」
「……動物園のカバ描いてますけど」
「良いじゃねえか。本来、野生のカバは獰猛で、あんな間抜けな顔と図体でいながら、かなり強い部類に入るんだぞ?大体、この口を開けたあくびのポーズだって、本来は威嚇なわけだし。いいじゃん。かっこいいよ」
ナギの台詞も、誉めてるのか微妙に感じるエイジ。
「あくびのフリして、虎視眈々と獲物を狙ってるってコト?」
「違うって。威嚇だって言ったろ?元々野生のカバは穏和じゃねえの。動物スケッチの提案したのはコトコなんだから、動物の生態くらい調べて来いよ」
「もっと可愛いのなら調べてあるわよ!キリンとか。あとペンギン……セリに出されるマグロみたいになって寝てたけど」
ポケットからメモを取りだし、ナギに小ネタを披露するコトコ。
「うへー。カバって実は怖いんだ。何かのんびり泳いでるイメージがあったよ」
「まあ、カバも生きてかなきゃいけないからじゃねえ?」
自分の書いた絵なのに、エイジは好きになれなかった。
建築デザイン研究室で待つこと2時間。ナギがやってくる気配はなかった。
うっかり発信履歴は15件。5回目以降はほとんど嫌がらせだったが、ナギは出る気もないようだった。
この研究室にもいつもは大抵誰かいるのに、今日に限って誰もいなかった。ナギをいれて全部で5人。それでも、出席率は異常に良かった。ユズハが通う場所に比べたら。
「あれ、田所さんじゃないですか。中緒くんと一緒に行かなかったんですか?」
昼前になってやっと現れたのは、判りやすく地味な女子学生だった。休学やら、留学やらしていた者が多く、この学園にしては珍しく年齢層が高いこの研究室で、唯一ナギと同じ年だったのは思い出せた。
名前を思い出すのには少し時間がかかってしまったが、そつのない笑顔でユズハは答えた。
「一緒にって?及川さん。ナギがどこに行ったか知ってるの?」
「ええ。今朝、メールが来て、高等部の美術科と一緒にスケッチに行くけど、どうかって……。私はあんまりそう言うイベントは苦手なので断ったんですけど、私以外は参加みたいです」
「……それ、どこでやるの?」
「東山動物園です。美術科の先生が、中緒くんの学部時代の友人だとかで……」
梶谷コトコ。気に入らない女の名前と顔が一致した。
追いかけてやろうかとも思ったが、あの女と顔をあわせたくない、と言うか、ナギの前で会いたくない。
及川が何か言っていたが、ユズハの耳にはもう入ってなかった。研究室を出て、携帯で時間を確認してから電話をかけた。
相手はヒジリだった。
『あ、ユズハ、ちょうど良かった。マドイちゃんそっちに行ってない?』
もう高等部は昼休みだった。
『ちょっと用があるからよろしく、って言って授業さぼってるの』
「いや……オレは知らない。ナギに連絡した?」
『一緒にいるんじゃないの?』
「……その件で、ちょっとお前に話があるんだけど」
『どういうこと?』
ヒジリが明らかに疑わしげな声になった。
「電話じゃなんだから、今夜会おうか」
『マドイちゃんが帰ってきてからね』
「ナギの所に行ってるとは考えにくいし、橘じゃねえのか?」
『……じゃあ、確認してよ』
「しとくよ、話もあるし。じゃあ、今夜」
誘いの文句を口にするわりに、ユズハの口調はあまりに素っ気なかった。
電話をいったん切って、再び発信をする。相手はエイジだった。
『……なんですか?』
「おいおい、いきなり不機嫌だな。そっちにナギと橘いる?」
『中緒兄はいますよ。カナタは今日、サボりです。一緒にはいないです』
確定だった。マドイは確実にカナタと一緒にいる。
でも、マドイだってもう17歳だし、仕方ないんじゃないのか?とユズハは思う。
大体ヒジリはずるいのだ。ナギもマドイも大事で仕方がないのは判るけれど、自分は充分すぎるほど楽しんでるくせに、彼女たちには綺麗なままでいて欲しい、誰のものにもならないで欲しいだなんて。
「あっそ。わかった。マドイがヒジリにも何も言わずにサボるなんて、よっぽどだな」
『……そうなんだ』
エイジの動揺が、ユズハには手に取るように判る。当然、彼はエイジを揺るがすためにわざとそう言ったのだけれど。
「ナギのヤツ、様子おかしくなかった?カリカリしてて扱いにくかったろ?」
『あーそうですね。田所さんと顔合わせてんのが嫌になったんだそうですよ』
明らかにエイジの仕返しだった。思わず吹き出すユズハ。
『なんですか』
「いや……木津って、意外と必死だなーと思って。別にいやになったわけじゃなくて、動揺してるだけだって。珍しいモン見たろ?ちょっと噛みついちゃったからさ、あいつびっくりしてんだよ」
『……噛みついちゃったって?』
「文字通りの意味だよ」
エイジの沈黙に、再び吹き出してしまう。
ナギの動揺は判るけれど、だからこその行動なんだろうけど。でもユズハはそんな簡単なことじゃなくて、彼の真意が知りたかった。