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第17話【続・カナタ】

学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。

第17話 続・カナタ


「……すいません、事情を説明してくれませんか?」


 ぼさぼさの頭のまま、ぼんやりした声でそう言ったのはエイジだった。まだ寝ぼけているのか、何故かベッドに座り込んだまま、頭がゆらゆら揺れていた。


「事情って?……ああ、あの人?」


 床で寝ていたため、体を痛そうに起こしながら、カナタは洗面所に視線を移した。

 ナギはとっくに起きて、着替えて顔を洗っていた。


「うん。ていうか、あれだな。お前が床で寝てて、いつの間にか中緒兄が部屋にいて……?なんで?」

「何だよ。お前ら、自炊する気がねえのか?!大体、お前ら高校生のくせになんだこの冷蔵庫!?」


 勝手に冷蔵庫を開け、卵5個と、つまみ用のチーズ、ちょっとだけ残った明太子、それから発泡酒を見つけ、ため息をついた。


「そんな時間無いです。購買で買います。今日だって、起きるの早いくらいなんですから。エイジなんかまだ寝ぼけてるし」

「……?え?」


 エイジは本気で寝ぼけていた。

 ナギはといえば、二人の様子を気にすることなく、卵とチーズと明太子を使ってオムレツを作っていた。


「……ごめん、事情説明して?てか、何かいい匂いがする……」

「後で話すよ。……ホントに朝ご飯作ってるよ、あの人」

「……何で中緒兄?あの人は食わせてもらってるイメージじゃん。ほら、ええと……田所さんとかのが作りそうだ」

「エイジ、おじいちゃんみたいだよ?てか、ナギさんてずっと中緒家のご飯作ってたらしいよ?マドイが言ってた。弁当まで作ってたってさ」


 マドイ情報かよ……と突っ込みたかったが、何とかプライドが先に来てくれたのでスルーできた。


「そういや、今日は動物スケッチだって言ってなかったか?」


 食卓に、オムレツとコーヒーとトーストが並ぶ。残ってるもの全て使ったんじゃないのかとエイジが突っ込みたくなるくらい、充分すぎる食卓だった。

 やってくれたことはお母さんなのだが、話しっぷりはお父さんかよ!とも突っ込みたくなったが、やっぱりまだ寝ぼけていたので言わなかった。


「そうですよ。美術科は月1で校外にスケッチに出るんですよ。天気が良くて何より」


 ナギと話すカナタも、何だか親父臭いなあと思いながら、エイジはコーヒーを口にする。二人で話してる時ってこんな感じかな?と思うと少しだけ安心した。


「どこ行くんだ?」

「東山動物園です。今回は梶谷先生が引率責任者じゃなかったっけ?」


 まだ目が覚めないエイジは、半開きの目で頷いた。こんなにちゃんとした朝食は、実家に戻ったときくらいしかない。


「動物園か。オレも研究所にいたときに、イベントみたいな感じで行ったな。その時はスケッチじゃなくて針金模型だったけど」

「研究所?」

「予備校の美研だよ。……もしかしてお前らほとんどエスカレーターだから、そう言うとこも行かないのか?」

「行くヤツもいるって。入試もあるし。カナタは興味がないだけ」


 ふてくされてみせるカナタに満足するエイジ。その様子が、何だか作られているようにナギは感じていた。


「面白そうだな。オレも行きたいな。コトコに頼んだら、混ぜてくんないかな」

「混ぜてって……簡単に言いますね。一応、授業なんですけど」

「イベントみたいなもんだろ?オレもたまには高校生とかに混じってスケッチしたい」

「ナギさん一人だけ院生がいたら変じゃないですか」

「そうそう。大体、中緒兄は騒がれるし、目立つんだから」

「一人じゃなきゃ良いんだな?」


 そう言って、何通かメールを打った後、食事を済ませて返信を待っていた。ナギが食器を洗うのを横目で見ながら、登校準備をする二人。


「……何であの人、押し掛けてきて朝ご飯とか作ってんの。てか、一家に一台欲しいよ、飯うまいよ」

「エイジ、ナギさんにいて欲しいの、欲しくないの?それって……?」

「いや、いても良いと思うけど、何でこの場にいるかが疑問なだけ。押し掛け朝ご飯は、素敵だ……。夕飯とかつくってくんないかな……」

「家庭の味に飢えてる人みたいだ」

「カナタが作ればいいのに」

「エイジが作ればいいじゃんよ」


 ため息をつきながら、お互いに無理だと判断する。素質もやる気もゼロだ。


「マドイも出来るんじゃないの?こう言うの」

「あはは。あの子は無理だって。ヒジリさんとかナギさんが得意で、自分は全く出来ないって言ってたし」

「あそ。じゃあ、お前ら結婚とかしたら大変だな。カナタの飯とか最悪にまずいし」

「オレとマドイって、そんなんじゃないって」


 笑い飛ばすカナタを、疑わしげな目で見るエイジ。そんなんじゃないのに、怪しいから不安になる。

 画板とスケッチブックと絵の具を持って、制服に着替えた。


「うわ!何か小学生か中学生みたいだな。画板なんかすっげえ久しぶりに見た!使ってんの?!写生大会のノリじゃん!!」

「まあ、似たようなもんですけど……」

「オレもそれ買ってこ。美術科の購買なら売ってるよな?絵の具は貸してくれ。何使ってんの?」

「え?何でこの人、ついてくる気満々なの!?しかも、美大生のくせに絵の具無いの?」


 大喜びでカナタ達の姿に突っ込むナギに、水を差したのはエイジだった。


「取りに帰るのがめんどくさいだけだよ。持ってるよ一通り。ちなみに、許可は出たよ、コトコから。あと、オレ一人だと浮くっつーから、建築デザインの連中を何人か誘ってみた。面白そうな企画だからっつって、みんな来るって言ってた」


 そんなメールをこそこそしてたんか!と思ったが、エイジにはもう何も言う気力がない。このナギの行動力には頭が下がる。普通に考えたら、こんな授業はあり得ないだろう。カナタは隣で喜んでるし。

 昨夜、ここに来たのも、その行動力のせいか?なんて勘ぐったりもしたが……。


「うらやましいよな……」


 思わずそう呟いたエイジを、カナタは表情を変えず、ただ黙って見ていた。

 でも、カナタはそう思えるエイジがうらやましかった。


 ナギには興味がある。数少ない自分の心を動かす存在だ。マドイもそうだ。でも、その理由はまだよく判ってない。

 しかし時々、その理由が判るときがある。エイジだった。


 エイジの心は、彼が驚くほどよく動く。彼の心にある針は、しょっちゅう向きを変えている。そのエイジの悪く言えば不安定な、よく言えば好奇心旺盛な、その心が、彼にいろんな心を教えてくれた。

 自分の中にも、同じような心があって、ただ、その感度が鈍っているだけなのだと言うことを。

 時々動くと、油が刺さったみたいに爽快だ。その感覚をもっと味わいたいと思う。


 ナギを見ながら、エイジの横に立ちながら、マドイと話しながら、カナタは以前よりもずっと強く、そう思い始めていた。


「何でナギさんがうらやましいのさ?」

「……別に、うらやましくなんか無い。あんなわがまま大魔王」

「理由が知りたい。判りやすく説明してよ」

「先生かお前は!?」


 先に寮を出たナギが、両手を振って二人を呼ぶ。その様はまるで子供だった。


「ガキみたいな顔して、ガキみたいなことやってるくせに、周りを動かすなんて、ずるいじゃねえか」

「ナギさんは、自分がしたいように動いてるだけだよ」

「フツーはそんなこと出来ないの!したくたって出来ないし、しようと思って動くこともな!それが出来るのが……」

「うらやましいってコト?」


 エイジは肯定も否定もせず、顔を背け、ナギの元へ歩いていった。

 そして、今エイジに持っている感情が、『うらやましい』ってヤツだとカナタは思っていた。よく判らないけれど。


 フリはいくらでも出来る。でも、本当は動いてなんかいない、自分はここに閉じこもったまま。


「なんであんたカナタのベッドで寝てたんだよ。朝ご飯作ったり、授業ついてきたり。田所さんはどうしたんだよ?保護者つれてこい、保護者」

「うるせえな」

「何だよ、……ケンカでもした?」

「別に、してない。うるさい」


 学園に向かって歩く足をわざと速めるナギ。そう言うところが子供だと、エイジは思うのだが。


「ホント、あんたガキだよな」

「ガキって言うか!?しっかり飯食っといて、感謝の心とかねえのかお前には!」

「いや、それはすっげえ良かった。夜もぜひ!買い出しくらいは手伝うから!人間、何か一つは人の役に立つ特技があるモンだって、二宮先生が言ってたし」

「誰だよ、二宮先生。失礼なヤツだ」

「国語の先生だよ。まだ2年目だけど面白い。……ん?2年目ってコトは、田所さんと同じ年か?フツーに考えたら」


 必死にナギについていきながら、じっと顔を見る。


「二宮先生の1こ下ってこと??見えないよな」

「そいつが老けてんだよ!?あと、スーツ効果だ、スーツ効果!」

「いやうちの学園、スーツ着てる先生なんかほとんどいないし。二宮先生は年相応だって。今日たしか着いてくるとか言ってた。美術科の生徒を教えるなら、一度授業が見てみたいって」

「てか、オレはお前らの先生くらいの年ってコトだろうが、敬え!」

「ご飯は敬うよ。育ち盛りだからたくさん作ってくれ」

「今夜はレバニラ炒めとアサリのみそ汁、マグロとアボガドのサラダで貧血強化メニューだ」


 エイジが調子の悪そうな顔をしていたから。だからナギがそう言ったのを、エイジは悟っていた。


「オレ、貧血じゃないって。栄養不足は、育ち盛りなので万年だけど」

「じゃあ、良かろう。アサリのみそ汁を具だくさんの空豆ポタージュに変えるか。どうせ、バランスの悪い食事してそうだし、あの冷蔵庫を見る限り」

「てか、趣味なの?それとも料理人なの?」

「オレはやるときはとことんやるんだよ。期待してろ☆」


 自信たっぷりの笑みを見せた。


 ナギは、何をするのも楽しんで、追求している。カナタには、彼の生き方はそう映っていた。

 悪態をつくエイジだって、彼のことが嫌いなわけではないはずだ。少なくとも、カナタが後ろから彼らを追い、見ている分にはそう思う。

 マドイにとっても、ナギはどうしようもなく特別だった。ナギのことをより深く考えるようになったのは、彼女と話をするようになってからかもしれない。


 彼女はまっすぐで、あまりに純粋だ。ナギのようだとも思うけれど、そうじゃない。

 彼女のことを思い出すとき、カナタは顔が綻んでいるのが判る。


「兄さんはね、憧れなの。私もああいう風になりたい」


 マドイは心を空っぽにして、彼への思いをぶつけていた。その思いが、言葉が、心が、カナタにはココチイイ。


 エイジが『うらやましい』と言ったことを羨むときのような、くすぐったくて、少しだけ締め付けのあるような、そんな痛さは感じなかった。


「兄さんは、本当に道場を継いでしまって……それで良いのかな?」


 彼女が悲しそうな顔をするときは、いつも誰か別の人のことだった。

 それを本人には言うの?と聞いたら、言わないと言っていた。

 その理由を、彼女は語らなかった。

 そんな彼女だから、カナタは自分の心を簡単に吐き出すことが出来た。

 ナギと話すときとは、全く違う感覚だった。彼と話すときカナタは初めて、その場所に、同じ目線になりたいと願っていた。願いながら話していたから、少しだけ背伸びをしていた。それが心地よくもあり、辛くもあった。


 彼女は違った。


 彼女と同じ世界にいたいと望む自分に気付いていたけれど、それは容易くはなかった。けれど、背伸びをする辛さはなかった。

 少しずつ解きほぐされる、そんな感覚だった。


 自分が本当に僅かずつだけれど、人としての体温を取り戻していくような気がしていた。だからカナタは彼女の隣を好んだ。


 彼女もまた、そんなカナタを受け入れた。いや、カナタが受け入れてくれるような気がしていただけなのかもしれない。

 友達とも恋人とも肉親とも違う。だけど、一緒にいることは、カナタにとって安らぎのようなものだった。彼女は決して彼を癒してくれているわけではないのに。


 だから、エイジやヒジリが二人の仲を突っ込んできたとき、どう答えて良いか判らない。彼らの言葉を否定するしかないのだ。


「購買どこだよ?美術科は」

「本気で画板買う気かよ?大学部の方に行けばいいじゃん」

「遠回りだろうが。集合場所、高等部の美術科だろ?建築の院がどこにあると思ってる?大体、広すぎだって、この学園は」


 そう言って、学園のメイン校舎を囲む塔の一つを見上げるナギ。

 

『君はただ、1人で上だけを見て、天に届く塔を登りたまえ』


 あのメッセージで言う塔は、この塔のことを言ってるのかな?と考えた。しかし。とてもじゃないが天に届くような高さではないだろう。比喩表現にしたって、図々しい。


 一人で昇ることになにも不安はないけれど。


「ナギさん、塔がどうかした?」


 マドイのことを考えていたせいか、カナタには一瞬だけナギに彼女の顔がかぶって見えた。彼女が悲しそうに人のことを考える、あの時の顔と同じに見えた。


「……いや。そう言えば、ここは昼間は何に使われてるんだ?いや、あんな作りじゃ何にも……」

「それが、不思議なことに中は聖堂になってるんだな、これが。ホールになってるところもあるし。イベントでもない限りあんまり使われないけどさ。学校案内見た?」


 そう言いながら、今までゲーム以外で塔に入った回数を思い出そうと指おるエイジ。ほとんど思い出せない。


「見たけど。……イメージ違いすぎるだろ」

「そうだよな。でもあんなすげえなら、何かホントに望む力ってヤツ、ありそうだよな。あんだけわけの判らんことがあるなら、何が起きても不思議じゃない。叶わないと思ってたことが叶うなら、望み通りになると言うなら、それは奇跡ってヤツだな」


 ナギと一緒に塔を見上げながらそう言ったエイジの言葉に驚いたのは、カナタだった。


「エイジ、望む力なんかどうでも良いって言ってなかった?」

「言ってたし、今もそう思ってるって。お前が戦いたいなら、そうすりゃ良いんだし?でも……奇跡ってヤツがホントにあるなら……」

「何をバカなことを」


 塔からエイジに視線を移し、彼をまっすぐに射抜くナギ。


「奇跡なんてもんはありえねえんだよ。不可能だと信じていることを、どこのどいつが達成できると言うんだ。自分が不可能だって思ってるうちは、何がどう転ぼうと叶うわけがない。望みが叶うんだとしたら、それは自分が可能だと信じているから、そのために動くから。自分の力以外で、誰が望みなんか叶えてくれるんだ」


 エイジもカナタも、ナギの言葉になにも言えなかった。

 エイジの背中を、カナタの背中を、順に叩き、彼は先に進む。


「カナタ!置いてかれるぞ!……っとに勝手なんだから、あんにゃろ」

「ごめん、電話!購買だろ?後で行くよ。ナギさんのおもり頼むね」

「えー!ふざけんなよ」


 こんな時間に、しかも友達も少ないカナタにかけてくるのは1人しかいない。

 相手が誰だか判っていたから、エイジは彼を置いてナギを追った。


『ごめんね、カナタ。こんな時間に。昨日借りた英語のノート返そうと思ってたんだけど、美術科の人誰もいなくて、普通科の方に戻って来ちゃった。今どこにいるの?』

「今日は校外実習で、校舎の外に集合だから、みんな外にいるはずだよ。ノートは帰りで良いよ」

『……奇跡ってヤツがホントにあるなら……』


 エイジのあんな顔を、カナタは見たことがあっただろうか。

 あれが、何かを「望む」姿。何かを「願う」姿。

 最初に望む力を求めたのは自分だ。彼はそれにつき合ってくれているだけだ。それなのに、そのはずなのに。


「今日、なんかある?」

『なんかって……授業だけど?』

「さぼっちゃえば?たまには。ちょっとお出かけってのはどう?今日はいい天気だよ」


 マドイが電話の向こうで迷っているのが判る。


『カナタは、何かさぼってばっかりよね』

「そんなこと無いよ。理由がなければ学校にいるよ」

『じゃあ、何か理由があるのね』

「あるよ」

『いいよ。今回だけね』

「あ、そうだ……マドイ」


 彼は、一つだけ釘を差すことにした。


「ヒジリさんには内緒ね。たまには、いいじゃない」


 約束を取り付け、カナタは寮へ戻るため学園をあとにする。

 当然だが、携帯がなった。相手はもちろん、エイジ。


『何やってんだよ。オレにだけ押しつけんな!さっさと来いよ』

「ごめんごめん。でも、今日はさぼっちゃうから、適当に言っといて」

『待てよ!どういうことだよ』

「うーん……気分が乗らない?かな?」

『はあ?わけの判らんこと言ってんなよ』


 驚くかな?と思ったけど、予想通りの反応に少しだけ安心するカナタ。電話の向こうで、エイジが何かに気を遣っていた。


『……もしかして、マドイ?』


 小声でそう言ったエイジの行為が嬉しくて、思わず笑ってしまった。


「ナギさんには内緒ね。妹を悪の道に!なあんて言って怒られちゃうし」

『良いけどよ。めずらし。じゃあ、兄にはなんて言っときゃ良いんだよ』

「あ、じゃあ代わって」


 電話の向こうでのやりとりが聞こえる。カナタには、ナギが無理に明るく振る舞ってるように見えた。彼はあの日、自分を呼びだして、どうして良いか判らず迷っていたときから、変わってないのではないかとも思った。

 でも、そんな人が、奇跡を否定するのかな?少しだけ矛盾も感じていた。


『こら、カナタ。サボりはダメだろうが、こんな面白そうなイベント』

「ナギさんだって、さぼってるじゃないですか」

『良いんだよ。今日は別に講義があるわけでも、講評があるわけでもないし。アトリエが落ち着くから通ってるだけで、別にどこで何やってても良いんだよ。それに、さっき研究室のヤツらをこっちに呼んじゃったし』

「そうでしたね。たまには気分が乗らないときもあるじゃないですか、ナギさんだって、そうだったじゃないですか。何か、いろんなこと考えてたら……」

『考えてたら?』

「さっさと楽になりたくなってしまいました。オレ、思ったよりもせっかちだったみたいです」

『はあぁ?何言ってんの、お前』


 電話を切って、寮に入ろうとしたとき、出かける途中のイチタカに出くわした。


「お、橘。何や、またサボりか?……そういえば、昨日寮に誰か入ってきたか?オレ、床で寝てたら布団かぶってたんやけど。鍵開けっぱなしやったし」

「ナギさんですよ。泊めてもらおうと思ってきたら、小島さんが酔いつぶれてた、って怒ってました」

「何やもう。ホンマ突然やな、あん人は。まあええけど。てか、テッシーは酔うて無かったはずやのに、寝とったんか……。気付けやもう」


 わざとらしく頭を抱えてみせる。


「お出かけか?」

「はい、ちょっと」

「女か?」

「そんなようなもんです」


 思わぬ答えに、思わず食いつくイチタカ。


「さぼって、女……。さぼって、女……。さぼって、女……」

「……三回も言った……」

「ええなあ。もしかしたらあれか、噂のナギさんの妹か。まだ会うたことあらへんけど」


 カナタはただ黙って微笑むばかりだった。


「ふーん……」

「何か、おかしいです?オレ」

「いや、確かにイメージじゃないなあ、っと思っただけや。気い悪うしたらすまんな。何か、何も欲しいもんとかなさそうな顔しとるから」

「そんなこと無いですよ。オレだって、欲しいモンくらいありますよ。でも、普通そんなの言わないじゃないですか」

「そうやな」


 挨拶をして、寮の中に入っていくカナタに、イチタカは後ろから声をかけた。


「欲しいモンは、欲しいって言った方がええんやない?遠慮しとるんは、もどかしいで?」


 カナタは振り返り、いぶかしげな顔をしていた。


「お前さ、何が欲しいのか、何がしたいのか判らんから。そう言うコトしてると、お前のことを大切に思ってくれとるヤツが戸惑ってまうで?」


 カナタはそんなこと、充分すぎるくらい判っていた。

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