第16話【ユズハVSナギ】
学園恋愛ファンタジーです。軽くBL臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。内容に偏りがあることをあらかじめご了承ください。
第16話 ユズハVSナギ
ナギ・ユズハ組第7ゲーム目。玉座の前にユズハが立ち、ナギが柱の前に立った。
今日使用されるボードは、第1の塔。彼らが最初にカナタ・エイジ組と戦った塔だった。広いボートの真ん中に光る柱が現れ、そこから水が流れ出た。膝下まで水に浸かる。
「ナギ、今日の相手は……」
「いい。さっさと玉座に座れ。今日勝って、すぐ次に上がる」
あの黒いカードを、ナギに見せたのは間違いだった。
ユズハはそう思ってため息をついた。彼が何を思い、何に怒り、どこへ向かっているのか見えなくなってきていた。
自分が絡んでいなければ、彼はとても判りやすかったのに。
今日の相手は里中徹と里中長閑。高等部体育科の3年生と1年生だった。徹はレスリングで全国大会4位の成績を残していた。長閑は走り幅跳びの選手だった。
当然のように、徹が柱の前に立っていた。
携帯に入った情報を確認しながら、ユズハは再び大きくため息をついた。
「何が得意かくらい聞いとけ。相手に感情移入したくないからか?」
ナギの側に戻り、彼に耳打ちをするユズハ。少なくとも、彼が情報を遮断した理由は判ったから。
「……うるさいな」
「……判りやすいな、お前は。ホントにバカだな。騎士の方はレスリングで全国4位。武器戦に持ち込まれた方がまだマシかもな」
ユズハは、里中兄妹の名前すら彼には伝えなかった。ナギにとって、目の前の二人はトオルとノドカという対戦相手。それだけで良い。カナタ達のように、心を移すようなマネは、もう無しにしたい。
『武器を取ってください』
ナギと徹が同時に手を入れる。先に手を抜いた徹の手には、ガントレットがつけられていた。
ナギは何も持っていなかった。
「……いいなあ、それ。そう言うので良いじゃん!それも武器扱いなら!」
戦いがどうとか、悩みがどうとか言う以前に、不公平なのが嫌で騒ぐナギ。徹が子供を見る目でナギを見た。
「てか、お前、取り損ねたの?こんくらいの棒」
ユズハが両手で30cmくらいの幅を示す。
「違うって、未だこんくらいあったって。取り損ねたんじゃなくて、そもそもなかったんだって!」
ナギが示したのも30cmくらい。どっちも同じじゃないかと徹と長閑が心の中で突っ込んでいたが、言葉にはしなかった。
「ああ!もう良い!どうせ武器なんか使わねえし!」
『光が消えたら、開始になります。王は玉座に移動してください』
柱の言葉を受け、ユズハとノドカは玉座に座った。
柱の光が、落ちた。
「……なっ!!ノドカ!!」
あっという間の出来事だった。柱の光が落ちた瞬間、ナギは徹に目もくれず、長閑の座る玉座へと突進した。
徹は、がら空きになった相手の玉座を落とすか、長閑を守りに行くか、一瞬判断が遅れた。
その時には、既に長閑の座る玉座は、ナギの蹴り一発で破壊されていた。
「な……何、今の……。いつの間に……」
壊れた玉座の上に座り込んでいた長閑は、未だ何が起きたのか判らなかった。足下に散らばる玉座のなれの果てを、おそるおそる手 に取った。
「ケガ、無い?」
ナギは複雑な表情で、長閑に手をさしのべた。
「……はい……」
彼女を気遣う目の前に立つ小さな美形が、うっかり王子様のように見えてしまった。
『王手。勝者、ユズハ・ナギ組。勝者には各1ポイントずつ与えられます』
長閑の足下に転がっていた玉座の欠片が消えた。
「強引だな。マドイが同じ戦い方をしたって、こないだ橘達が言ってたな。……って、おい!」
ナギは、ユズハを無視して出口へ向かった。その後を走って追いかけるユズハ。
その姿を、徹と長閑は黙って見送った。
「最近、やたら玉座に座るから、腕が落ちてんのかと思った。去年まで東京とかいて、さぼってるのかと思ったし」
木々の間を抜け、校門に向かう途中でも、ユズハは必死に声をかける。
「さぼってないって。何を今さら、大学のころの話とかするわけ?こないだコトコと話してたときも、お前はなんか感じ悪かったし。意味判んない。オレが東京に行ってたことが不満なわけ?」
「別に、不満とかじゃない」
「道場のことは、お前にまかせっきりだったし、悪いとは思ってるよ」
「そんなこと、一言も言ってないだろうが」
売り言葉に買い言葉で、誤解を招いていた。それに焦っていたのはユズハだった。
ナギが何を考えているのか、彼には判らなかった。
「コトコは友達だからさ。あんまり酷いこと言うなよ。嫌味っぽかったぞ?あいつは気にしてなかったみたいだけど」
「そんなこと無いって。ただ、お前の学生時代の友達なんて、初めてみたからさ。どうしてたのかと思っただけだって」
「お前だって、大学行ってたし、そこでトモダチいたし。まあ、地元にいたから……あれだけどさ」
歩きながら喋っていたナギは、それだけ言うと黙ってしまった。ユズハの顔を見ることはなく、二人は黙ったまま部屋に戻ってきた。
こんな時は、別々の部屋のままの方が良かったと、ユズハは思った。それはナギも一緒だった。
「先に風呂入れば?」
やっと、ユズハはナギに声をかけることが出来た。ナギは黙って頷き、言うとおりにする。
ナギがお風呂に入ったのを確認して、引き出しから灰皿を取り出す。しかし、少し考えて、もう一度仕舞った。
部屋の真ん中にあるテーブルの横に座り込み、散乱する雑誌と本をまとめて積み上げた。ちょっと目を離すと、すぐ部屋がぐちゃぐちゃになる。ナギと一緒の部屋になって10日目だけれど、これだけは慣れなかった。そして、本を積み上げながら、やっぱり神経質なのかもしれないと、思い悩む。
だから、もしかしたら自分はナギとあわないのかな、とも思う。
思い悩むけれど、部屋がぐちゃぐちゃなのがどうしても気になるので、片づけてしまう。ナギがその行為に対して何も言わないことだけが、ユズハの救いだった。
どうして服を脱ぎ散らかすのか、と思いながら、ほっとけばいいのに、とも同時に思う自分の矛盾が時々重い。
ベッドの上にいつものようにパジャマがわりの甚平が散らばっていた。
仕方がないので、それを持って風呂場へ向かう。
「ナギ、着替え無しでどうする気だ?ここに置いとくぞ」
ナギは、シャワーの音で彼の声が良く聞こえなかったのか、中から扉を開け、濡れたまま顔を出した。
「……脱衣所が濡れるじゃねえか」
ユズハはナギから目をそらしながら、眉をひそめた。
「大丈夫だ、ここまでだから。ついでだから、タオルもとってくれ。甚平、こっちな」
ユズハが甚平を握りしめたままタオルを取りに行こうとしたので、ナギは脱衣かごを指さした。
「何だよ?おかしいぞ、お前」
「……いや……何でも……」
思わず、手に持っていた甚平を落としてしまった。
甚平の間から、青いカードがでてきた。二人の顔色が変わる。
「……カード……!」
「濡れるから出てくるなっつーの!バカ!」
「バカってなんだ!バ……」
ユズハはバスタオルをナギに投げつけ、青いカードを拾う。
「良いから体拭け!裸で出歩くな!」
「出歩いてないっての、ここ風呂場だし。てか、それ、オレの甚平に入ってたんだぞ、オレのカードだ。お前のは黒かったじゃん」
「オレのっぽいけど、同じ部屋にいるんだから、お前のかもしれないし。これがオレのかもしれないし」
「でも、あの黒いカードの『生け贄』ってオレのことかもって言ったのはユズハじゃん。お前、心配してたじゃん」
「心配なんかしとらん。あいつらがなに考えてんのか判らんから不安なだけ!良いから、寄るな!!頼むから!!」
腹の底から叫びながら、決してナギの方を見ないユズハを怪訝そうに見ながらも、仕方なく言うとおりにするナギ。
脱衣所の真ん中に座り込み、ユズハは封筒を開け、カードを取り出す。
「なあ、なんて書いてある?」
「体拭いたか?」
「拭いたって。見せろよ」
「甚平あるんだから、着ろよ!!てか、見なくて良い!」
「未だ風呂の途中なんだよ。良いから貸せって」
ユズハの手が、カードを破こうと動いた。ナギはそれを腰にバスタオルだけ巻いて、四つん這いのまま後ろからひったくった。
『第2ステージへようこそ。君にふさわしいパートナーが、このステージにはいるだろう。君はただ……』
「……君はただ、1人で上だけを見て、天に届く塔を登りたまえ……?」
ユズハは黙ったまま、カードを読み上げるナギの声を聞いていた。
「……1人で……?」
「ずっと、このゲームの主催者は、お前だけを見ていたじゃないか」
「じゃあ、なんでお前に『生け贄』なんて脅すようなカードを?!」
「さあな。なに考えてるか判らん。でも、オレじゃなく、お前を狙ってる、お前一人だけを。そう思ってたし、それはだんだんはっきりしてきた。だから……」
「オレのこと、守ろうと思ってたんだろ、お前」
ナギは無理矢理ユズハの両頬を掴み、自分の方へ向けた。彼はまっすぐ人の目を見つめる。それが今のユズハには、辛かった。
「そうだよ。悪いかよ」
「悪いよ。オレはそんなのは、嫌だ」
「なんでだ?敵の姿は見えない。お前一人で戦うのは危険だ。そう判断しただけだ。守られるのが嫌だなんて、そんなのは余計なプライドだ。お前はただ戦っていればいい。オレが……」
「嫌だ」
「なんで?」
「わかんねえのかよ……、嫌だっつってんだろ!」
ナギは真正面からユズハを射抜く。
両頬を掴むナギの手に重ねるように、彼は自身の手を乗せる。
じわじわと、その手に力を込めていく。
「……痛いって……!」
ユズハは黙っていた。
黙ってそのまま、ナギの唇に噛みついた。
「ふざけんな!」
ナギを掴む彼の手はものすごい力だった。彼は手をふりほどくのはあきらめ、真っ赤な顔のまま、ユズハに頭突きをした。一瞬、目の前に火花が飛び、思わず力が抜けてしまったユズハ。
「バカにしてんのか、てめえは!オレのことをなんだと思ってやがる!!」
バスタオル一枚で仁王立ちした上、人差し指でユズハを指さすナギ。
「……ナギは、ナギじゃねえか」
「ようし、よく判ってんじゃねえか!さっさと出てけ!」
ユズハを脱衣所から蹴り出した。
「……ナギ、お前、オレの言ってること理解してんのか?」
「してる。しかもなんだ、さっきの!おかしいだろうが!」
「おかしくない。理解してるなら、嫌だって言う理由がない」
「お前は、オレがいやがる理由がわかんねえのか?!」
「だから、それはただのプライドだろ?!」
「違う、全然判ってない!」
一度は閉めた脱衣所の扉を開け、ユズハの顔をグーで殴り、再び扉を閉めた。中から鍵をかけ、再び風呂にはいる。
しばらくして、甚平を着たナギが扉を開け、出てきた。扉の前で座り込んでたユズハをわざと踏みつけて歩く。
「踏みつけた上で、無視かよ!」
叫ぶが、ナギはやっぱりユズハを無視して、クローゼットから着替えを取り出し、カバンに詰め、再び脱衣所に戻った。
その行動の真意が判らず、ユズハはナギが出てくるのを待ったが、再び脱衣所から出てきたナギに踏まれてしまう。
Tシャツとデニムに着替え、上着を羽織って、玄関に向かったナギに、ユズハは怒鳴りつけた。
「どこいくんだよ!?こんな夜中に」
やっぱり無視。ユズハの顔すら見ようとせず、出て行ってしまった。
「……なんか、痴話喧嘩みたいじゃん……これじゃ。追いかけた方がいいのかな?」
無駄にプライドが高いナギの怒りの理由も判らず、呆然とするユズハ。追いかけたいけれど、そうしたときのナギの反応を考えていた。
シュミレーション中。
『こんな夜中に出ていったら危ないじゃないか!心配させるなよ』
無理、あり得ない。『オレの方が強い』だの、『人をなんだと思ってる』とか言われてぶん殴られたあげく余計に怒らせるのがオチだ。
『こんな夜中に出ていって、どこへ行く気だ?余所様に迷惑かけるのか?』
『お前はオレの保護者か!?』とか、『なんでいちいち出かけるのにお前に言ってかなきゃならん』と逆ギレされたあげく、ぶん殴られるだろう。
『オレの何が悪かったんだ?許してくれ』
ぶっちゃけ謝るのはいやだ。
しかも 黙って睨まれたあげく、『人をなんだと思ってやがるって言ったじゃねえか』、『お前はどういうつもりでオレの側にいたんだ?』などと返答に困る質問をされたあげく、余計なことを答えてぶん殴られる……。
どのシュミレーションでも、ぶん殴られたあげく逃げられるという最悪のオチしか思いつかなかった、自分が悲しいユズハ。
相手がナギじゃなかったら、どんなに簡単だっただろう。
いやそれ以前に、自分はこんなに悩まないか、と思ったりもする。
とりあえず、ほとぼりが冷めるまでほっとくしかない。ナギのことだから、学園に顔を出さないわけがないし、ゲームだって先に進んでる。
『君にふさわしいパートナーが、このステージにはいるだろう』
自分以外にナギのパートナーがつとまるわけがない。彼に匹敵する強さも、彼のわがままにつき合う根性も、彼に対する思いも。
少なくともユズハはそう思っていたけれど、ナギはどう思ってるんだろう。
本当はずっと不安に思っていた。
この、コンビが変更できる可能性を彼に伝えていたら、自分は捨てられるんじゃないだろうかって。
だから、彼から必死に情報を取り上げていたのに。
脱衣所の扉の前に座り込んで、どれくらい経っただろうか。すっかり空は白んでいた。いくら夜が明けるのが早くなったからと言って、自分がそんなに落ち込んでいたことにまでユズハは愕然とした。
雀の声で彼はゆっくりと顔を上げ、真正面にある自分のベッドを見た。
壁に、黒いカードがナイフで刺さっていた。
「気付かなかった。……いつの間に?」
不愉快だったが、中を確認するしかない。黒いカードは自分に、青いカードはナギに向かって発信されていることは明らかだ。
『第2ステージへようこそ。君にふさわしいパートナーが、このステージにはいるだろう。君はただあの生け贄を、天に昇る塔へ捧げる祭司として、その手を汚し続けろ』
そのために闘い続けろと、そう言うことか?
自分にはナギはふさわしくないと。彼以外に、もっとふさわしい相手がいると。
『生け贄にふさわしい』ナギを、自分が『天に昇る塔へ捧げる祭司』として?!
自分はそのために、ここに来ることが決まっていたとでも言うような……!
「ふざけんな!なんで、ナギをっ!!」
普段の彼からは想像できないような怒りの形相でカードを破った。その後、引き出しから灰皿をだし、燃やした。ナギに見られないように、念には念を入れて。
その炎が、ユズハを少しだけ冷静にしてくれた。
「どうしたらいい……?どうすれば……」
この小さな望みは叶うのか?
ユズハの姿を、朝日が少しずつ照らしていった。
部屋を飛び出したナギは、深夜だというのに第26寮に侵入していた。ここに寮長がいないのは判っている。管理が甘いのも知っている。
「ナギさん、なんですか?こんな夜中に。明日校外実習で動物スケッチなんで、早いんです。勘弁してください」
「でも、起きてたじゃねえか」
ナギの携帯発信履歴は2:43、カナタになっていた。
「もしかして、寮の目の前で電話してきたんですか?」
「いや、イチタカの部屋から。あいつの部屋は電気がついてたから、起きてるかと思って、行ったんだけど」
「いなかったんですか?」
「いや、部屋の鍵が開いてたから中に入ったら、酔いつぶれて酒瓶に囲まれたまま、部屋ン中で寝てやがった。あと、同室のヤツがベッドで寝てたから、さすがにまずいと思って、そのままにしてきた」
「ああ、勅使河原さんですね。夜中、いるんですね。オレ達も入寮時以来会ったこと無いですけど」
ナギは、イチタカの行動も怪しいけど、その同部屋の勅使河原という男もかなりマイペースなんだな、と思った。イチタカが寝ていて良かったかもしれないとちょっとだけ思った。彼とは面識もあるし仲も良くなったが、その同部屋のヤツはこんな夜中に突然知らないヤツがいたら、いい気はしないだろう。
「夜中に悪いな……。もう、何でか?って聞かないのか?」
「だって、あんまり言いたくなさそうだし。時間が経ったら言うつもりじゃないですか?ナギさん、自分のこと喋るのに時間かかりますよね」
「お前って何かあんまりいろんなことに興味なさそうだと思ってたんだけどな……。オレの話も流してると思ってた」
カナタは苦笑いをする。その表情を見て、ナギですら彼のことを『変わった』と思ってしまった。つい先日、エイジにカナタが変わった訳じゃないと言ったばかりなのに。この短いつきあいの自分ですら、そう感じていた。
「無いですよ。オレって、いろんなもの足んないですから。とりあえず、入ってください。エイジがもう寝てるんで、静かに」
エイジの感じていた違和感を、ナギもまた感じていた。しかしナギが考えていたのは、カナタのエイジへの態度だった。彼の性格上、彼の話を聞く以上、つきあいの長いエイジに対して、こんなモノの言い方は、おそらくしない。極力自分の変化は彼に見せない。
「オレ、床に寝ますから、そっちのベッド使ってください」
「……お前、ホントにちゃんと寝てる?」
「やだな。オレ、すっげえ寝付き良いんですよ?」
他人のことなら、なんて冷静に判断が出来るのだろう。
人は自分のことばかり考える。そんな自分が時々いやになるけれど、仕方ないか、とも思う。
「お前の話は明日聞いてやる」
「ナギさんこそ、ちゃんと寝ます?」
「寝るよ」
目を閉じたって、ユズハの顔しか出てこないけれど。