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第12話【続々・ユズハ】

第12話 続々・ユズハ


「……ナギ、この人は?」


 早朝、ナギの引っ越しの手伝いに押し掛けたユズハの目の前には、段ボールの山と見たことのない怪しい青年。


「いややなー。田所先輩☆こないだ院と学部の合同コンパで会いましたやん」

「引っ越しで人手がいると思ってな、助っ人を連れてきたんだ。えっと……、カナタ達と同じ寮の……アフロくんだ!」

「……あんた、オレの名前覚える気ないやろ?」

「あんたって言うなっつーの!オレのが4つも上だと言っただろうが!!大体、名前くらい覚えてるわい!……えっと……」


 そう言って、再びイチタカの頭に注目。


「アフロくんだ」

「ちゃいます。文学部日本文学研究科1年の小島一崇です」


 ユズハに向かって営業スマイル。愛想はいいが、見かけが怪しい。今日はアフロヘアにお似合いの和柄アロハシャツだった。


「……あっそう……橘達と……って、橘達と一緒の寮だからって、ナギとは別に関係ないだろうが」

「たまたま昨日話をする機会があったんだよ。で、ホントはカナタ達に手伝わせようと思ったんだ。週末だし。だけど……」

「今日、高等部はなんか行事があるとか言うっとったから、オレが代わりにお手伝いに」


 納得がいくような、いかないような顔のユズハ。イチタカには納得したように見えていたが、ナギにはそう見えなかった。


「学内の寮を移動するだけだ。オレが手伝えばいいだろう。同室なんだし。ヒト様に迷惑かけなくても。申し訳ないだろう?」


 そう言いながら、イチタカに対して笑顔を向ける。イチタカは『ええですよ』なんて言いながら笑顔で返すが、ナギはそうはいかなかった。


「良いじゃねえか。オレ、荷物多いし。人出は多い方がいい。見ろ、あの段ボールつめだって、アフロがやってくれたんだぞ」

「アフロって呼ばんといて!」

「気にすんな。良いから、さっさと詰めるぞ!」

「了解♪」


 部屋の扉の前で立ちつくすユズハを無視して、二人は片づけの続きを始めた。


「はよ終わらせて、飯にしましょう。昨日軽いもんだったから、今日はこってりしたモン食いたい」

「ラーメンが食いたい。豚骨しょうゆ」

「うまいとこありますよ?相当こってりでも平気?」

「平気平気。スープで飯食えるような所のが良い」

「じゃあ、本郷亭にしよう。ランチの時間までにまとめちゃる!」

「ランチ何時?」

「11時。でも、超混むから、早めに。キムチとご飯が食い放題なんですわ」


 喋ると言うより、騒ぎながら二人は作業を進めていく。ナギはあまり良い手際とは言えなかったが、イチタカがさりげなくフォローをしていた。おそらく、かなり早くから二人で作業していたのだろう。部屋いっぱいに段ボール箱が散乱していた。


「……疎外感」

「何か言ったか?ユズハ」

「いいや」


 少し気になったので、ユズハは扉から離れ、彼らから見えないところで携帯のデータを開く。学園内の、ゲームの駒でありそうな、またはなる可能性のある者のリストだ。もう、ほぼ全校生徒をチェックしてあるはずだった。


「……文学部、文学部……」


 文学部日本文学研究科と書かれたページには、先日戦ったタケルとナナコを始め、何人かリストアップされていた。ご丁寧に、戦った経験のあるタケル達の欄には、その時の評価まで記してある。

 このタイミングをユズハは疑った。ナギに近付いてきたのかと。しかも、駒であるカナタ達と同じ寮だなんて出来すぎてる。

 しかし、イチタカの名前はそこにはない。

 この状況は不愉快きわまりない物だったけれど。


「何やってんだよ、ユズハ。手伝いに来たんじゃねえのか?」


 ちっとも部屋に入ってこないユズハに業を煮やしたのか、ナギが部屋の外まで様子を見に来た。その彼の行為に、ユズハは密かに胸をなで下ろす。


「何だよ。アフロくんいるから、いらねえんじゃねえのか?」

「人手は多い方がいいって言ったろ?……何それ、あいつ疑ってんの?」


 責めるわけではなかったが、少しだけ強い口調でそう言いながら、ユズハの携帯を指さした。


「かな?って思ったけど、違った」

「らしいな。カナタ達も最初はそうじゃないかって思ってたらしいし。あと、これ」


 ナギは、ポケットから青いカードを取り出し、ユズハに押しつけた。


「何だよ、これ」

「昨日、机の上に置いてあった」


 それだけ言うと、ナギは再び部屋の中に戻っていった。


 再び、部屋から見えない位置に移動して、カードの内容を確認する。

 内容を見て、彼はほくそ笑んだ。ナギがこのカードを見せてくれた、その行為に。

 ナギは、充分自分を巻き込んでくれるつもりだと、確信したのだ。

 そのわりに、今日わざわざイチタカをここに呼んだ、その彼の真意が判らないけれど。

 普段のナギなら、こんな面倒なこと、ユズハが来るまで手もつけていないはずだ。ユズハが来るのが判ってて、そのくせ来たら文句を言うのだ。

 それが、ナギなりの彼への信頼の証だし、彼への甘えだと、他の誰より彼が理解している。


 にもかかわらず、イチタカがここにいた。


 まあ、イチタカが悪いわけではない。いや、悪いのか。イチタカがいたからこそ、ユズハは確信していた。

 ナギが誰でも良いからここにつれてきたかったのだと言うことを。ここにいるのがカナタ達だったら、まだユズハはこんなに不愉快ではなかったはずなのだ。


 ナギの様子がおかしいのは、重々承知していた。それは昨夜の電話からも明らかだ。彼は疑問を持ち、悩み、違うところを見ている。彼が変わろうとしている。

 彼は、こんな変化を望んでなどいなかった。


 自分のミスなのか?


 煙草に火をつけ、ユズハは再びカードを確認する。


『私は、最後のステージにいる』


 この挑戦的な態度が気に入らない。『ナギに』自分のいる場所まで上がってこいと言う、判りやすい挑戦状だ。他でもない、彼に。


 煙草を持ったまま、人差し指でトントンっと顎を叩く。


 じゃあ、何でこのゲームは『コンビ』で行われているのか?

 ユズハの頭にあった、最大の疑問。


 ルール、システムから読みとれることは、最初にコンビを設定されているにも関わらず、駒同士なら役割の変更はおろか、コンビの変更までも可能になっているということだ。未だ試していないから何とも言えないけれど。

 しかし、コンビを変更できるのならば、最初にコンビを設定する必要はあるのだろうか。しかも、元々結びつきの強い二人を選んでいる。

 

 そして、ナギへのこの挑戦状。

 このゲームが『コンビ』で行われるものなら、一緒に駒として登録されていた自分のところへこの挑戦的なカードが来てもおかしくないはずだ。

 にも関わらず、この挑戦的なカードは完全に『ナギ宛』だった。


 最初の『マドイとヒジリの秘密を知っている』というカード。

 第2ステージで闘う2人。

 

 この二つは、明らかにナギを呼び寄せるための餌だ。しかしその後の、『私は、最後のステージにいる』と言う挑戦状。これは、ナギを呼び寄せた上で、このゲームを勝ち続けろ、と言う意味の物だ。


 主催者がこれをナギに出したのは、昨夜。ユズハはこれを『早い』と感じた。


 『マドイとヒジリの秘密を』……という下りだけでは、ナギをゲームで戦わせるためには弱いと言うことは、主催者側も判っているはずだ。何しろ、この学園内にれば、『普通にしている』マドイ達とコンタクトがとれるのだから。それにナギが満足する可能性がある。

 でも、マドイ達がこのゲームに関わっているとしたら。自分たちより上のステージにいるとしたら。

 それを知ったナギと自分は、こうして迷いながら、疑問を抱きながらも、上に進むことだけはやめない。これは、主催者の思うつぼだろう。しかし、そうするしかない。


 しかし、『マドイ達が上のステージにいる』という事実は、本来ならば上のステージに行かなければ知り得ないことだ。

 今回は、カナタ達からこの情報を知った。


 可能性を考える。


 1.カナタ達とつながっていることを主催者が知っている。

 →どうやって?


 2.カナタ達と主催者がつながっている。

 →それにしてはなにも知らなさすぎる。


 3.主催者が簡単に駒を選出しているように、我々は管理されている。

 →生徒同士の個人的な繋がりまで?可能性としては、今までのことを考慮すればあり得ない話ではない……。


 4.マドイ達が主催者とつながっている。

 →マドイはともかく、ヒジリならあり得ない話ではない。


「……灰、落ちてますよ」

「……アフロくん。何でここに?」


 イチタカがご丁寧に携帯灰皿を取り出し、すっかり灰の落ちてしまった煙草をユズハの手から奪い取った。


「小島です。兄さんに煙草吸うなら外に行けって怒られまして」

「……ああ。だろうね」


 考え事を途中で遮断され、余計にイチタカに対して不愉快さが増す。


「何ですか?その青い紙」

「いや、何でもない。それより、片づけ進んだ?」


 ぐしゃっとカードを潰し、ポケットに隠す。その行為を隠すように、入れ替わりにポケットから煙草を取り出し、火をつけた。


「荷物多いんですよね、大物多いし。でも、片づいてないけど、綺麗ですよ。絵の具とか画材とかないから。オレ、美術科に結構友達おるんで……」

「昔は水彩をやってたし、受験の時は一通りのことをしてたから、荷物はもっと多かったよ?汚かったし」

「つきあい長いんすね。そんなころから引っ越しの手伝いとかしてたんすか?」

「まあ、ご近所さんだし。高校まで一緒だったし。師範の息子だし」

「師範?」

「ああ、オレ、ナギんちの道場の門下生なの。ガキのころからずっと。ナギは今、師範代扱いだし」

「へー。二人とも、そんな風には見えませんねえ。へー」


 わざわざ言う情報でもないし……。そう思いながら、ユズハはイチタカにも聞いてみることにした。


「アフロくんはさ……」

「小島です。イッチー☆とかイッちゃん♪とか愛と友情を込めて呼んでくれはってもいいですけど」

「……小島くんはさ、何かスポーツはしてないの?椿山って、スポーツ系強いじゃない。スポーツしてそうな筋肉してるし」


 彼は値踏みをするようにイチタカを見たが、当の本人は『見て☆』と言わんばかりにポーズを取る。

 いやそうな顔をするユズハ。


「いやあ、よお見かけ倒しって言われるんですわ。これが。親が転勤族で小学生の時にこっちに引っ越してきて、椿山入って……ってだけなんで。学校動くのはかわいそうだから、全寮制の所にいれられただけですわ」

「親に会ったりする?」

「当たり前ですやん。うち離婚してますけど、オレは両方と仲良いですよ。もうええ年ですもん、親とは大人のつきあいせんと」

「ああ。なるほど、離婚ねえ。要するに、君の生みの親にはそれぞれ新しい家族がいるってコトか」


 さすがのイチタカも苦笑いをする。


「まあ、べたべたですけどね。どっちにもええ顔しつつ、距離をとっておくのがベストですやん。それが許される環境なら、そうした方がええっちゅう話ですわ」

「その話、ナギにもした?」


 イチタカは一瞬、不思議そうな顔でユズハを見たが、


「しましたよ。昨日、話をしたときに」

「あいつ、感情的になってただろう」

「そうですね」


 イチタカは少しだけ間をおいた。ユズハはその様子を、黙って伺っていた。


「中緒家に来た話もそんとき聞きました。オレもあん人も、そう言うことさらっと言ってまうんで、木津にちょっといやな顔されましたけど」

「さらっと言ったんなら、さらっと流しとけばいい話だ。心ないことを言わないだけ、未だ木津はマシだろう、子供だけど」

「そうですね。時々、無邪気なんだか、経験値低いんだか、ほんまに人間が悪いんか、酷いこと言う奴いますからね。まあ、オレも試すつもりでそう言うことさらっと言うんでお互い様ですけど」

「性格悪いな」

「よう言われます」


 部屋でナギと話をしているところを見る限り、そんな風には見えなかったのだが。


「ナギは、ガキなだけだよ。あんまりそう言う話もしないし、あの家への思いも言わない。でも、自分に近付いてきた人間に隠し事が出来るほど大人じゃねえんだな。オープンでいたいんだよ。それが良いことだと思ってる。ガキだから」

「いいじゃないですか。そういうの、やりすぎたらうっとうしいだけですけど。でもほんま、おもろいヒトですね、あん人。最初『うざい』なんて人に怒鳴ったりして、超感じ悪かったんですわ。でもその後、普通に『言い過ぎた』なんて言うって謝るし、謝ったくせに、自分が気に入らんことにはまたすぐ怒鳴る」

「……相当、わがままなお子さまに聞こえるけど?疲れない?そう言うヤツ」

「まあ、疲れますけどね。でも、悪いと思ったらちゃんと謝るし、言うことはころころ変わるけど、兄さん自体はブレがない。それに、オレは思うんですけどね」


 部屋の中をちらっと見る。中ではナギが片づけに飽きたらしく、段ボールに座ったまま、片づけ途中の本を読んでいた。


「あの人、情け深いって言い方は変ですけど、思いが強いって言うか……、いろんなモンに自分の感情とか愛情みたいなもんを与えてくれてる感じがします。だからきついこと酷いこと言われても、そこであん人を見ることをやめなければ、あん人の良いとこを見れてるような気がしてます。疲れるけど、楽しいですよ。まあ、昨日今日のつきあいのオレが言うても説得力ゼロですけど。でも、田所先輩もそうでしょう?」

「別に。あいつはただのバカだよ」

「じゃあ、それと一緒にいる田所さんもバカっちゅうことになりますね」

「かもね」


 ユズハは少しだけ笑って見せた。


「……そろそろ、怒鳴りにいかねえと、あいつ本読み出すと止まらないから。ランチに間に合わなくなるぞ」

「うわ!ほんまや。並ぶのいやや!兄さん!早片づけよ!」


 そう言いながら部屋に戻った途端、ナギに怒鳴り返されるイチタカ。


「お前がかってに休憩したんだろうが!」

「兄さんかて、何読んでんの!」

「片づけの最中、でてきた本とかアルバムとか開くのは基本だろ!?」

「そう言うのはせっぱ詰まってない人間がすることや!」

「せっぱ詰まってる人間ほどするんだよ!」

「良いからお前ら、漫才してねえでさっさと片づけろ。腹が減った」

『何もしてないくせに!』


 二人から同時につっこみを受け、怒るかと思われたユズハは、腹を抱えて笑っていた。

 文句を言いながら、片づけに戻るナギを見ながら、ユズハは思う。


『思いが強いって言うか……、いろんなモンに自分の感情とか愛情みたいなもんを与えてくれてる感じがします』


 ナギは何も変わらない。

 昔、自分が彼の後ろに立っていようと決めたその時から、何も変わっていない。

 小さな体に秘めた、その強さに憧れる。

 その事実を、その思いを、この願いを、自身の覚悟を、ナギが知る必要はない。

 何も知らず、ただ前だけを見て歩く。

 その姿をユズハは望んでいる。


 ついこの間知り合ったばかりのヤツには、彼の良さの片鱗は判っても、本当の魅力なんか判るはずもない。

 そんなことは、ナギなら、いや、ナギだからこそ彼はよく判っているはずだ。

 だからこそ、ユズハとのことでナギは悩み、戸惑っている。

 彼が変わらないことが、彼を評価するモノの存在が、ユズハの心を満たしていた。


「てかさ、ユズハ、飯食いに来るの?」

「……!!!」


 言葉がでない!


「……兄さん、ほんまは酷い人なんか?」

「なにが?だって、別にユズハは呼んでないし」


 真顔でそう言うナギに、イチタカは思わず苦笑い。

 目に見えて落胆しているユズハとは目も合わせられなかった。

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