第10話【続・ユズハ】
学園恋愛ファンタジーです。BLではないですが、臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。
第10話 続・ユズハ
「何かあったんですか?ナギさん」
この店に入って、この台詞を吐いたのは何度目だろう。
目の前に座るこの男は、むっとしたままでちっとも喋ろうとしない。
しかし、カナタは気にせず、同じ台詞を繰り返した。
まるで綺麗な空気のようなこの男に、ナギはあきらめたかのように口を開いた。
「……お前って良いよな。判りやすいし、純粋っつーか……良いヤツ?」
「あ、もしかして、誉めてくれてます?」
「どう聞いたって誉めてるぞ」
何だか暖簾みたいな男だな。ナギはそう思ったがさすがに言わなかった。
「ユズハがさ……」
やっと本題に入った。カナタはそう思って少しだけ安心した。
「何か、オレに気を使ってる、らしい。……お前らの所にもよく連絡してくるんだろ?あいつ」
「そんなに頻繁ではないですけど。まあ、当たり前のようには」
ナギはまた黙ってしまった。ホットラテはとっくに空になっていた。
「……お前、何で『騎士』なの?なんでエイジが『王』なんだ?どうやって決めたんだ?」
「いや、オレが『騎士』をやりたいって言っただけで。様子見も兼ねて、最初はエイジが『騎士』の時もありましたし、こないだはオレがまだケガが酷かったから、エイジが『騎士』をやるって言ってくれたし……ケースバイケースですかね」
「じゃあ、玉座に座ることもあるのか。お前らは何だか対等で良いな」
「ナギさんと田所さんも対等じゃないですか」
「違うよ」
『抵抗はするけど、玉座に座ったままじゃ、出来ることは限られてる。ねえ、ユズハ?』
ヒジリはユズハがそう言うつもりで玉座に座っているのだと言わんばかりだった。
確かに、彼女の言うことも一理ある。このルールで行けば、玉座は『動けない標的』になりかねない。だからこそ、それを守る『騎士』という名を与えられているのかと妙に納得もした。
自分の動きの制限を取り払うために、彼は玉座に座る。
ナギには、もうそうとしか思えなくなっていた。彼が今までナギにしてきた行動、意志、言葉。全てがその答えを出していた。
そんなことをされる覚えはないのだけど。
ナギにとって、ユズハはずっと同じ位置にいた。常に横にいた。それなのに。その関係が壊れてしまうような、いや、ユズハ自身の手によって壊されてしまうような、そんな危機感を抱いていた。
「あいつを、信じて良いのか?」
「なぜ?信じても良いじゃないですか。田所さんはナギさんのためにやってるんだし」
「そんなの、おかしな話じゃないか?!そこまでする必要がない。あいつは、オレが何かを考え無いよう、先回りして動いてる。ただ前だけを見ろだなんて、そんな真似……」
「でも、ナギさんて、そう言うところが、俺は好きだけどな」
「いや、好きとか嫌いとかじゃなく。問題は自分の意志でやってるかどうかだろうが」
要するに、ユズハに自分の動きを制御されているような気がしてきたのだ。それが不愉快で、ユズハに当たる。
「難しいこと言うなあ、ナギさんて。そんなこと言い出したら、オレだってカナタの言いなりみたいな所があるし、マドイだってヒジリさんの言いなりだよ」
「でもそれは、お互いの了承の上だろう。マドイはヒジリのために動く、それが全てだと前から言ってる。だから、ユズハもマドイじゃなく、最初にヒジリに話を聞きに行ったんだ」
それだけじゃないと思うけど。そう思ったが、カナタはそれも言わない。
何だか、エイジがこれ以上関わるなと言っていた理由が、朧気ながら判ってきた気がする。
でも、このままじゃ、何だか何も知らないナギがかわいそうな気もしてきた。
「お前だって、別にエイジのことを信用してるから、頼りにしてるから、あいつの言うことを聞いてるだろう?エイジも、お前に頼る部分は頼ってる。役割分担の件でもそうだ」
「だったら、一度ナギさんが『王』になればいいじゃないですか。今、予約とっちゃうんですよ。3回までなら余分に予約とれますから」
「……そうなの?」
「知らなかったんですか?」
「うん」
転送してもらったルールブックは、一度読んだのだが、その後、気付いたら消えていた。だから、戦いのルールぐらいしか詳しく覚えていない。
ナギがそのことを話すと、カナタは不審な顔をした。
「そんな、勝手に消えるわけないですよ。それ、誰かに消されたんじゃないですか?」
「誰かって、ユズハしかいねえだろうが。もう一回転送しといてくれ」
良いのかな?と思いつつ、カナタは頷いた。
「でも、とりあえず今日は、オレが騎士をやるしかないな……メールも来てたし」
「え?もう予約とってあるんですか?」
「ユズハがいつも勝手にとるんだ。オレの所にはメールが来るだけ。登録用のURLも消えてたし」
「でも、メールが来てるなら、そこから変更すれば良いんですよ。登録完了メールに、変更、削除用のURLが載ってますよ」
「出来るの?」
「出来ますよ。確か。やったこと無いですけど、そう書いてありましたから」
ナギは急いで携帯をだし、メールを確認する。登録完了メールも時々消されているが、今回のはまだ無事だった。
メールに記載されてサイトへ移動する。
画面には『ようこそ!ナギさん』の文字が現れる。
「こちらで変更が行えます……。えっと、日時、役割……。よし、これでオレを『王』にすれば良いんだな」
「へー、変更画面ってこうなってるんですね。変更するコトなんて無かったから、始めてみましたよ」
カナタがナギの隣に移動し、携帯を覗き込む。
「お前ら、何やってんの?何か、携帯を初めて持ったおじさんみたいだよ?」
ナギとカナタの間から首と言葉をつっこんできたのは、向かいの店にいたはずのエイジだった。どうやら、二人の様子が気になって、偶然を装って(?)声をかけることにしたらしい。イチタカも一緒だった。
「いや……えっと。あ、小島さんも一緒?」
「うん。一緒に飯食いに来た」
「そっか。顔色よくなってるし、よかった」
カナタの言葉に、思わずエイジの顔が綻んだ。
「うし、送信っと」
「何や、携帯の使い方教えてるみたいやな」
画面を覗き込んだエイジが、『ゲーム』関連の話をしてると悟り、イチタカからナギの様子を隠すように移動した。
3人で携帯を覗く様を、イチタカはもちろん不審がっていたが、ほっといた。
「……?なんじゃこりゃ?」
「何ですか、ナギさん」
「いや、確認画面が出てきたんだが……」
言いながら、その画面をカナタに見せた。それを覗き込むエイジ。
その画面には
「『パートナーはこの方でよろしいですか?』……って?」
「なんだこれ。変更できると言わんばかりだな」
エイジは二人の疑問に答えようとはしなかった。
深夜12時。ユズハがナギと会えたのは、今日のゲームが行われる『第9の塔』の前でだった。さすがにゲームには来るだろうと思っていたが、本当にここまでいっさい連絡できないとは思ってなかった。
その代わり、ゲーム内容の変更確認メールが届いていた。
「ナギ。お前、今日一日で人が何回電話したと思ってんだ。全部無視しやがって!しかも、なんだよこの『メール』」
「何って、変更しただけだ。役割を」
「どういうつもりだ。お前が騎士をやれって言ったろうが。オレは戦う気なんか……」
ナギは黙って、ユズハを真正面から見上げた。
その様子に思わず、ユズハの言葉が止まる。
「オレも戦ってばかりは疲れたんだよ。たまには良いじゃねえか」
「……疲れた?」
「そ、オレ、今日は体調悪くてさ。辛いんだよね」
「……元気そうだけど?」
「カナタのとこはさ、オレがカナタにケガさせたから、あいつに騎士をさせられないっつって、最近はエイジが騎士をしてるっつってたな」
「……でも、こないだマドイ達と戦ったときは……」
ユズハが、必死に言葉を選んでいるのがナギにも判った。
「行こう、時間だから」
「……ああ」
先を歩くナギの後ろを、ユズハは渋々ついていく。
塔に入ると、上に上がったという感覚もなく、いきなり目の前にボードが広がる。しかし、ボードにある騎士を落とすための穴の先は、真っ暗で何も見えないくらい深かった。
今まで使ったボードの中ではスタンダードなタイプに見えた。床には普通に床石が敷き詰められて、戦うのに充分なスペースだった。しかし、そのボードを囲む『騎士を落とすための穴』は大きく、塔の壁からボードまでは5メートルほどあった。
対戦相手が現れるまでの間、ユズハとナギの間に会話はなかった。ナギが、ボードの縁に立ち、ぼっかりとあいた深淵を見つめたまま、黙っていたから。ユズハは何度も「危ない」と声をかけたが、ナギは聞かなかった。答えることもしなかった。
たまりかね、ユズハはナギの手を握り、ボードの真ん中まで引っ張ってきた。それでも、ナギは黙ったまま。
だから、対戦相手が現れたとき、ユズハは心底ほっとしたモノだった。
「ユズハ、あいつら知ってる?」
「ええと……ちょっと待て」
ナギはユズハに対戦相手のことを聞くようになっていた。何か法則でも見つけたのか、学園に在籍する者の中からめぼしい連中をあらかじめ調査しているのだ。そして、そのユズハの予想は結構な確率で当たっている。
どうやらその情報を携帯に登録しているらしく、彼は相手の情報をそこから引っ張り出す。大抵、覚えているのだが、最近調査している人数が増えているらしく、登録情報を探すようになった。
きょぅの対戦相手は、高等部普通科の男子生徒二人組のようだった。後ろに立っていた生徒は、判りやすく、普通科のジャージを着ていた。前に立っていた生徒は剣道着だった。
「これかな?高等部普通科1年C組横井多賀夫、同じく久野静流。二人とも小学部のころから剣道をやってて、横井の方は全国大会まで行ってる。久野の方も県大会レベルって所だ」
「……何を基準に調べてんだ、これ?」
「今まで戦ってきたヤツは、橘達以外は、何かしらの実績を残してるヤツらなんだよ。だから、その辺で」
「でも、そんなヤツいっぱいいるじゃん、この学園は」
「もう一つ、条件がある。これはなかなか調べるのが面倒なんだけど」
「なんだよ?」
対戦相手である横井達も、こちらを見て二人でひそひそと話をしていた。どうせナギは自分のことだろうと思って、怒るのもバカらしくなってきていた。
「パートナーにふさわしい人物が、存在してるってコトだ。要するに、友達のいないヤツは除外だな」
「なんじゃそりゃ?そんな条件……」
「だから、面倒だって言ったろうが。どういう基準で選ばれてるのかなんて、わかんねえんだから。まあ、このパートナー云々はまだ、探しやすい。軸になる人間と仲のいい人間が一人ないし二人いれば、そいつらは候補なんだから」
「……まだ、他にありそうな言い方だな」
ナギが、ユズハの携帯をひったくろうとするが、軽くあしらわれる。
「『望む力』。この言葉に反応するような人間さ」
「野心家ってコト?」
「さあ。微妙なとこだ」
『カードの確認を行います。王シズル、騎士タカオ。各2ポイントずつ獲得、今回が5ゲーム目になります。相違ありませんか?』
横井と久野が審判の言葉に応える。その声を聞き、ナギ達もまた、審判の方へ向き直す。
『王ナギ、騎士ユズハ。各4ポイントずつ獲得、今回が5ゲーム目になります。相違ありませんか?』
「ないない。さっさと始めろ」
ユズハが何か言う前に、ナギがぶっきらぼうに答えた。
ユズハはため息をついた。ただ、敵の情報確認は忘れない。
『武器を取ってください』
ナギと久野が後ろに下がる。ユズハと横井が審判の柱に手を入れ、ほぼ同時に武器を取りだした。
「……?!オレと同じ武器?」
「へえ、オレのはこんなんか」
ユズハの手には、横井の持つものと同じ型の日本刀があった。
「てっきりナギのが役に立たないモノばかりだから、心配してたけど……」
「なんでだ?!なんでユズハばっかり!?」
「日頃の行いだな」
「お前の方が確実に、絶対、間違いなく悪いっつーの!」
笑顔で日本刀を振り回すユズハに、大騒ぎするナギ。当然といえば当然だが。
「タカオ、気をつけろ。あいつ、結構出来そうだぞ。それに……」
久野が、ユズハを見て横井に忠告をする。ユズハの整った動き、細いが鍛えられた体は、彼らに付いたポイント共々、警戒させるには充分だった。
「ああ、同じ武器なんて初めてだ。やりにくいかもしれないし、条件が同じってコトは、武器ハンディがないってコトだから、やりやすいかもしれない。だから大丈夫だ」
『光が消えたら、開始になります。王は玉座に移動してください』
審判の声と共に、肘掛けのついた椅子がせり出してきた。椅子は、この狭いボードのぎりぎり端に現れた。
王達が着席したのを合図に、柱の光が弱まり、最後の光が、落ちた。
「うわあっ!!」
「タカオ!!」
ユズハは開始と共に横井の胸元を斬りつけた。その切っ先が、横井には見えなかった。彼の胸から血があふれるのを誰もが想像した。
「……ユズハ!お前……!」
「よく見ろ、ナギ!」
横井の着ていた稽古着は確かに切り裂かれているのに、彼の胸に切り口はあるのに、そこから血はあふれていなかった。ただ赤い、その傷口だけが横井に痛みを与える。
「タカオ!大丈夫か!?」
「……いいから、動くんじゃねえ、シズル!」
久野の思いが、ナギには痛いほど伝わってくる。自分が動いたら、この勝負には負ける。それは横井の本意ではない。しかし、横井は戦うのが困難な痛みに耐えている。
見ているだけの自分には、何も出来ない。
この玉座は……なんて歯がゆい場所なのか。
「大丈夫だ。その痛みは、君が負けたら無くなる。早く楽になると良い」
「ふざけんな!」
横井は持っていた日本刀で斬りかかる。その素早い動きはユズハを捕らえたかと思ったが、紙一重の所でかわされる。
ユズハは、横井の後ろに立っていた。
「ユズハ!!」
ナギが叫んだ。自分の相棒の危機にではなく、相棒の行動を止めるために。
ユズハは、横井に向かって後ろから剣を振り下ろした。
しかし、その剣は寸前で止まった。
「……なんだよ。なんで剣を……」
「王の言うことは聞かないとな。立ち上がられても困るし」
笑顔のまま、土手っ腹に一発食らわせた。横井はあっさり落ちた。
稽古着の襟を持ち、ボードの隅まで引きずり、気絶したままの横井を落とした。
『勝者、ナギ・ユズハ組。勝者には各1ポイントずつ与えられます』
ユズハの手から武器が消え、手には5の数字が現れた。確認して、玉座に座ったままのナギの元へ歩く。
「安心して見ていられたろ?我が王」
「……ふざけんな!」
ナギは思いっきり、ユズハの頬をひっぱたいた。その様子に、後ろから見ていた久野が驚く。
「下にいるよ。腹の一撃以外、ケガ一つないはずだ」
「そんなこたわかってる!!でも……」
現れた出口に、ナギは急ぐ。争うように久野も出口に向かった。
出口には横井多賀夫が倒れていた。確かに傷はなかった。切られたはずの稽古着もそのままだった。
「タカオ!?お前、大丈夫か?どこかケガしたのか?」
「……ケガ?……ケガ……はないはず……」
横井は自分の胸元を撫でた。
「血が……出てる。こんなに」
「タカオ!血なんか出てないって。あれはゲームでのことだ」
「でも、あの時……オレは……」
ユズハは、あの時完全に殺すつもりで横井を斬っていた。全く、遠慮はなかった。いくらゲームと分かっているとは言え、誰しもあんな刃物持ったら、多少はためらう。あんなに大胆に、まっぷたつにするような力で切り裂くようなマネをする者は、おそらくいないだろう。
「死ぬかと思った。血が出て……気が遠くなって……必死に、あいつに……」
出口から現れた、ユズハを指さした。
横井はその瞬間、気を失った。
「これは、ゲームだ。スポーツじゃない。ケンカでもない。でも、殺し合いじゃない」
「死ぬわけじゃない。見ろよ、ナギ。お前がやったら、ケンカしたときと同じで傷が残る 。でも、武器を使えば傷は残らない。しかも、相手も同じ武器を持ってた。対等じゃないか」
「明らかに、お前よりは弱い相手だった。なのに、お前はずっと追いつめてた」
「戦いだもの。追いつめ、有利に運ぶのは当然の戦略だ。窮鼠猫を噛むといってな。戦いなんて、何があるか判らない」
「精神の死は肉体の死だって、そう言ったのはお前だろ、ユズハ?!」
唇をかみしめ、横井を抱えたままユズハを睨み付ける久野の思いが、ナギには痛かった。