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第9話【イチタカ】

学園恋愛ファンタジーです。BLではないですが、臭い部分も後々出てきます。お嫌いな方はご遠慮ください。ソフトエロも後々出てきます。こちらも苦手な方はご遠慮ください。

第9話 イチタカ


「エイジ、授業はじまるよ?起きないの?」


 朝になっても、起きる気配のないエイジに、カナタは見かねて声をかけた。


「あ、やっぱ具合悪い?オレ、こう言う時どうしたらいいのかな?」


 ベッドの側にカナタの気配を感じ、エイジは飛び起きた。目の前にはカナタの顔がある。彼は制服ではなく、私服だった。


「……お前こそ、学校は。今日まだ金曜だぞ?」

「ああ、ナギさんに呼び出されたんだ。あの人、高校生をなんだと思ってるんだろうねえ」

「……オレ様だからな。てか、お前もわざわざそんなのに答えなくても……」

「オレ、よく判んないんだけどさ」


 そうカナタは前置きした。ゆっくりと、次に出す言葉を考える。


「ナギさんが、ちょっといつもと違ってたって言うか……。どう思う?エイジは」

「だから何が。どう違うのかオレにはさっぱり」

「いつも、電話してくるんだよね。メールで済むような話でも、打つのがめんどくさいんだって」

「メールで呼び出されたのか?」

「うん。時間までご丁寧に指示してあって。だから、行って来る」

「なんで?放課後で良いじゃんよ?変えてもらえば」

 

 カナタは黙って首を横に振った。


「あの、ものすっごく判りやすい人にさ、こんなんされたら気になるだろ?」

「どこで待ち合わせ?多分、田所さんには内緒とか書いてあるんじゃねえ?」

「うん。書いてあった。場所も、こないだの喫茶店かと思ったら、違うところ」


 カナタの見せてくれたメールに書いてあったのは、以前連れられた場所より随分離れた場所にあるカフェだった。


「煙草吸えない所を選んでるな。あの人、意外と頭使ってるな」

「ナギさんて、すごく頭いい人だよ??」

「ああ、頭はいいよ。戦い方見ても判る。ただ、使ってないだけだ。使わせてもらえてないって言うか……」


 昨夜、半分起きて半分寝てるような状態で見た夢は、何故かユズハとナギが出てきた。コミカルでお馬鹿な夢だったのだが、気分が悪かった。

 孫悟空ぽいコスプレをしたナギが、巨大なお釈迦様らしきユズハの手に収まっていた。しかし、お釈迦様のはずのユズハの顔は、途中で自分の顔に変わっていた。


「オレ、ちょっと行って来るから。エイジも休むんなら、オレついでに連絡しとくよ。小島さん達にも書き置き残しとくし」


 この寮で唯一の同居人達の様子を伺った。


「良いよ。行って来いよ。オレはエライから寝てるわ」


 ベッドに戻ったエイジに戸惑いながら、カナタは部屋を出た。

 寮の出口で靴を履いていたら珍しい人物に会った。


「小島さん。なんか、会うの久しぶりですね。同じ寮にいるのに。講義は?」

「一限行ったら休校だったんや〜。珍しく頑張って起きたのに、損した気分や。橘こそ、制服は?」


 悪趣味な柄のシャツに、黒のタンクトップ、黒縁眼鏡(レンズ色つき)に中途半端なアフロヘア。はやりじゃない感じのダメージいっぱいのデニム。端から見たら怪しいことこの上ない人物だった。

 唯一同じ寮の住人と言うこともあって交流はあるし、たまに一緒に飲んだりもするが、カナタが小島について知ってるコトといえば、文学部の1年生で、夜は大抵部屋の電気がついている、ということくらいだ。こんな時間に会うことはまず無い。彼の同居人に至っては、顔を見た記憶は2度のみだった。


「あはは、サボりです。あ、エイジが体調悪くて寝てるんで、寮にいるなら……」

「ああ、ええよええよ。顔出しとくわ。先生らにもうまいこと言っといたる。たまには先輩らしいコトしたらんとな。しかし大変やな、高校生は」


 テキストを小脇に抱えたまま、煙草に火をつける。カナタが知る限り、小島が煙草をくわえてないことはない。


「そういやさ、橘って、田所先輩と知り合いなん?」

「え?はい。そう言えば、小島さんて文学部でしたっけ?」

「おう。先月、日本文学の新歓コンパを院と合同でやったときに、院から入学っつって、騒がれとったからな。あん人、しかもあの建築デザインの有名人といっつも一緒におるし」

「ナギさんてやっぱ目立つんですね。……先週も新歓って言ってませんでした?オレ、誘われた覚えがあるんですけど」

「ああ、先週のは日本文学科の学部だけで、お前を誘ったんは研究室のコンパや。同寮だって言ったら女どもが連れてこいってうるせえんだよ。ちょっと顔がええ高校生って言っただけやのに。まあ、オレが顔広くて、頼りがい有りそうに見えるんがいかんのやな。実際あるんやけど、うんうん」


 喋りながら、カナタと入れ替わりに、靴を脱いで上がった。

 きょろきょろしながら灰皿を探していた。


「……何で、田所さんの話なんですか?」

「お、どうしたんや。橘らしくない」

「いいえ。ちょっと気になっただけです」

「何や、ほんまは仲悪いんか?あん人呼べたら盛り上がるかなって思っただけやって。顔怖いで?」


 そうかなあと思い、カナタは玄関にあるほとんど使われない鏡を覗き込んだ。


「飲み会に誘っても来てくれそうなら、声かけといて」

「あ、はい」


 とは言ってみたモノの、あのユズハがそんな誘いに乗るようには思えなかった。

 小島は一階にあるカナタ達の部屋に向かった。

 カナタも気にすることなく、ナギとの待ち合わせ場所に向かった。


「木津ー?みんなのアイドル一崇お兄さんやでー。大丈夫かあ?橘が気にしとったでー?」


 ノックしながら、中にいるエイジに話しかける。さすがに煙草は消していた。


「……アイドルて!?イチタカお兄さんは体操でも教えてくれるんですか?」

「何や、元気そうやないか。どこか出かけるんか?」


 この世の終わりでも見たかのような顔で、エイジは扉を開け、イチタカを迎え入れた。Tシャツにデニムを着込み、完全に出かける格好だった。


「ちょっと、朝飯でも買いに行こうかと思って」

「そっか。学食行くわけにもいかんしな、休んどったら。オレも飯まだやし、一緒に行ったろか?顔色悪いで?」

「……ちょっと、遠いですけど、良いです?オレ、サンドイッチ食いたいんですよね。サブウェイで良いですか?」

「お、ええよええよ。煙草吸えれば何でも。ちょっと距離あるから、バイクでいこか。待ってろ」


 イチタカは大急ぎで階段を駆け上がったかと思ったら、程なくしてヘルメットを持って戻ってきた。

 駐輪場に止めてあった白い小型スクーターの後ろに乗るよう促し、煙草に火をつけ、エンジンをかけた。

 学校から一番近いサブウェイでも、バイクで5分くらいかかる。向かいにはスタバがあった。


「お。有名人」


 スタバの外から見える席に、ナギがいた。それを見て、イチタカはからかうようにそう言った。


「……あとでコーヒーでも飲みに行きましょう」


 エイジは、イチタカにサブウェイの方に入るよう促す。

 注文を済ませ、エイジは先に席に着いた。店の一番奥の窓際喫煙席。ちょうど、向かいの店にいるナギ達の様子が見えるが、エイジは壁に隠れて外からは見えない。

 カナタには悪いと……ほんの少しだけ思ったが、店の場所が判ったとき、ここに来ることを思いついていた。

 話が聞こえなくても、どんな様子か伺えればいい。何か問題がありそうなら、イチタカと一緒に偶然のフリして声をかければいいだけだ。そう考えていた。


「何や、橘やないか。あいつサボりとかゆって、有名人と会っとるんか。まあ、田所先輩と仲ええんなら、あの有名人とも仲良くて当然ってか?木津も知り合いか?」

「ええ、まあ」


 イチタカが、玄関でのカナタとの話をエイジにもした。『橘の顔がめっさ怖かったー』などと嘯いていたが。


「あの有名人、呼んだら盛り上がりそうやな」

「あの人、超オレ様ですよ」

「あ、そうなん?可愛らしい顔してそらあかんな。……いや、かわいくはないか。どう頑張っても男やもんな、あの人。妹のがやっぱええな。オレ、去年受験生やったのにわざわざ1年の教室まで見に行ったんだな、これが。双子のどっちもいい!」

「……ああ、そうっすよね。普通科でしたっけ」


 棟が学年ごとに別れてはいるが、つながっているので、美術科から普通科にいくよりはいきやすいはずだ。


「双子の妹の方……あの、兄と似てない方、どうでした?」

「おお、ヒジリちゃんな!可愛いよな。なかなかいないぞ、あんなお嬢様っぽくてほんまに可愛い子。マドイちゃんはかわええけど、ちょっと気が強すぎるし、暴れるでな。入学早々、コナかけよった3年の男子をぼっこぼこにしたって言う噂もあるし」


 何だか目に浮かぶようだった。あの、マドイの驚異的なスピードと破壊力なら、何の誇張もない話だというのが分かる。気が強い、というのも、カナタの話を聞いていたら、理解できた。


「田所先輩とあの有名人、仲ええんやな。大抵一緒におるわ」

「なんか、道場の師範代と門下生の関係らしいですよ?昔からの友人だそうで」

「ほんで一緒にここの院に入ってきたんか。田所先輩はともかく、あの有名人はここの院に入ってくるような人じゃないって話を聞いたけどな」

「なんか、卒業した学部が相当良いとこらしいですね。オレ、建築は専門じゃないんでよく知らないですけど。こないだ作品見ましたけど、すごかったですよ?」

「そっか、お前ら美術科やもんな」


 すっかりサンドイッチを食べ終わり、ほーかほーかと頷きながら煙草に火をつける。見かけは怪しいが、愛想のいい、笑顔のたえないお兄さんだ。

 寮移動になったときには、彼らも駒ではないかと疑ったが、結局、イチタカ達とゲームで会うことはなかった。

 ナギ達がゲーム上でも目立っているというなら、探りに来たのかと勘ぐりたくもなるが、彼らはまだ第1ステージで4ポイントとっているだけに過ぎない。目立つような戦績ではないし、基本的には闘った者以外、誰が駒かなんて判らないのだ。


 それに彼が本当に駒なら、第1ステージでナギ達と戦うまで無傷でリーチをかけていた自分たちの元に探りに来ても良いようなものだ。しかし、そんなこともなかった。


「でもな、田所先輩て、あの有名人の影に隠れてるように見えるけど、文学部ではスゴイで?」

「……優秀てことですか?」

「まあ、それもあるけどな。なんか、前の大学で卒業後教授のアシスタントしとったらしいし。何でそこで院に行かんかったのか不思議やけど」


 へえ、とため息とも返事ともつかぬ呟きをエイジは漏らした。

 それは全てナギの……いや、ナギの側にいるためにとった、彼の選択だったのではと思えてくるのだ。


「あの有名人はやっぱ、文学部でも騒がれとるけど、田所先輩も相当モテるな。まあ、顔も平均以上、背も高いし、優秀だし、そつがないしな。話も相当面白いらしくて、女どもがよう騒いどった。女の扱いもうまそうだし?」


 それはどうだろう。昨日のヒジリとの様子を思い出す限り、彼は彼女に冷たかった。しかも、ナギの前で二人揃って態度を変える。見てるだけで気分が悪かった。他の女にもあんな態度だったら、即座に振られてしまう気がするのだが。


「そこで、飲み会の提案なんだけどな、木津」

「……要するに、評判のいい田所さんを餌に文学部の女子を集めようって魂胆ですか」

「あったりまえやろ?!他に何があるんじゃ!その時はお前も呼ぶから」

「あー、そこ、熱くなる所じゃないですから……」


 ユズハは絶対、そんなところには行かないだろう。彼が、イチタカのような自分にとって「どうでも良い」人間にあったとき、どんな対応をとるかを見たことがないので、どうでるかは判らないが。

 そのことをうまくイチタカに伝えた方がいいかとも思ったが、今のエイジはおそらくうまく伝えられないだろう。


「木津、お前の携帯やないか?なってるぞ」

「あ、すんません」


 うっかり着信画面を見て、ため息をついてしまった。

 噂していたユズハだった。


「出えへんの?」

「あ、すんません。……もしもし木津です」


 イチタカの手前、出ざるをえなくなってしまった。


『おまえら二人揃って休みなんだって?』

「はあ、ちょっと体調悪くて」

『あっそ。橘も電話でないしさ。所で、ナギしらね?今日引っ越ししないといけないのに、朝からいないんだよ、あいつ。建築の連中にも聞いてみたんだけど』


 吐き気がしてきた。

 よく考えたら……よく考えなくても、ユズハは異常なほどナギに執着していた。

 いつも何かしら理由を付けている。いや、常に理由があるのが余計にユズハのずるさと気の小ささの現れのような気がして、自分のようで嫌だった。


「どうした?木津。顔色悪いで?」

『なんだ、誰か一緒にいるのか。悪かったな』

「いえ……。オレちょっと判らないんで、すみません」


 ちらっとイチタカの様子を伺うと、エイジの顔を見ないように、窓から向かいの店の方を見ていた。


「なんや。電話なんか、でなきゃええのに。もしかして、元カノとかか?なんかトラブったとか」


 煙草を吸いながら、エイジに話しながら、目線はスタバにあった。


「オー有名人、熱い男やな。なんか熱弁しとる。何言っとるか全然わからへんけど。おもろいなー玩具みたいで」

「田所さんですよ、電話」

「何や、ケンカでもしたんか、機嫌損ねるような真似でも?オレで良かったら話してみ?すっきりするで?」


 エイジが俯く。


「何や、イチタカお兄さんは口が堅いんで有名やで?」

「いや、そう言うんじゃ……」

「まあ、ええけどな。ただお前、電話しとるとき、めっさ顔色悪くなってったで?判りやすく」


 灰皿いっぱいの煙草を消費しておきながら、また煙草を口にするイチタカ。エイジにも勧めた。


「別に、大したことじゃない。……田所さんて、浅ましいって言うか、ずるいって言うか」

「なんや、何かされたんか?誰しも浅ましいとこなんかあると思うけど」

「オレは何も。ただ、……自分もあんな風かと思ったら、何か不愉快で」

「自己の投影をした上で不愉快になるのがはっきり判るっつーのもすごいな。普通は、ただ『あの人嫌い』で終わるんやけどな。同族嫌悪っつーか」


 イチタカの目を見ようとしないエイジを、彼は優しく見守ってくれた。


「いや、別に嫌いでも何でもなくて……。いや、嫌いだったのかな?敵なのか味方なのか判んないっつーか。いや、敵なんだけど馴れ合い過ぎちゃったって言うか」

「敵って?」

「あ、いや、その辺はスルーしてください。なんつーか、仲良くなっちゃったって感じなんですけど」


 エイジはしばし、考える。とてもじゃないが、今のエイジの悩みは誰にも言えそうにない。

 結局、ユズハに拒否反応を示してしまうのは、自分のせいなのだから。

 いや、拒否反応ではないのかもしれない。


「例えばやな、自分と似てる人間がいたとして、そいつに親近感がわくときもあるし、同族嫌悪になるときもある。まあその違いも話すと長くなるんやけどな……」


 イチタカは、しばしばエイジを伺うようなマネをしてみせる。目の前で手を振ってみたり、煙草を勧めてみたり、可愛くない笑顔を見せてみたりと。子供をあやしているようだった。


「まあ、全然関係ないこともあるんやけどな。嫉妬って言うこともある。自分と同じモノをほしがってるヤツが、自分は手に入れてないのに、そいつは手に入れてる。そうすると嫉妬するわけだ。ほんで嫌いになったりとか。急に憎くなったりとか」


 そうかもしれない。いや、そうとも言えるかもしれない、というべきか。

 ユズハは、望む状態を手に入れている。なりふり構わず、いろんな人を利用し、蹴倒し、その対象であるナギすらも騙しながら、彼はナギの横にいることを選び、ナギは彼を頼りにしているし、求めている(様に見える)。

 自分はどうか。

 自分は、なりふり構うことは出来ない。ずるく、こざかしく、こそこそと、手に入ったらいい、今のままが幸せだと、この状態にしがみつこうとしている。周りが動いていくのを理解しているからこそ、それが難しいことを知った。だから、それが怖いのだ。


 ユズハは、自分を投影していた。しかし、彼と自分は決定的に違っていた。

 あんなに危ない橋を渡ることは出来ない。


「知ってるか?木津。何も欲しくない人間は、そんな風に悩んだりしないんや」

「そうですね。そうだと思います」


 かつてのカナタがそうだったから。


「お前には望みがある……」

「……はい」

「そのために出来ることは、なりふり構わずした方がええ。どんなに曖昧なものでも」

「……え?……曖昧な……」

「そうや。何にでもすがってみた方がええ。いくらでもやり直せる。だから、目の前にあるモン全てを掴むつもりで必死になった方がええ。望みを叶えるために動けんかった人間には後悔ばかりが残るんや」


『望む力を手に入れるため、頑張りましょう』


 あのメールは、そういうことを言っているってことだろうか。

 笑顔を見せてくれるイチタカの言葉は、欲望に火をつけた。

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