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タナトス  作者: とも
ワンダーランド
29/29

24



深く、深く、深く。

潜っていく。

沈んでいく。

汚泥にまみれた汚い世界。

目を開けても何も見えない。

どこまでも沈む。

やがて底にたどり着く。

足の裏が、喉が、肺が、耳が、全部がねっとりする空気。

濁った暗い世界。

・・・ルゲルの内側の世界。

べたべたした感じの粘着質なものが周囲に飛び散り、 蜘蛛の巣のような細い糸が張り巡らされている。

魔術の緊縛。

沢山の取り込まれた人の魂。

恨みとか苦しみとか悲しみとか。

負の感情の固まり。

そういうのが辺りいっぱいに沈殿している。


ここは かなしい せかいだ。


力を解放し始めると木の枝や蔦が伸びてくる。

私の力を取り込もうとするの? でもみんな腐食してる。

歪んで、腐って、折れて、朽ちて。


なくなっちゃえ。


壊して壊して焼く。

根こそぎ薙ぎ潰し燃やす。

炎を壁という壁に走らせ、床も空も空間全部を火に包む。

一面を焦土に。



どれくらいかわからないくらい時間が経った。

周りが薄透明になり、ほのかに光を発し始めた。

汚いものがなくなって、空気すら澄んで穏やかな風も吹き始めた。

多分、これで、おしまい。


ふっ、と息を吐きながら目を閉じる。



力を抜いた後で、瞼を開く。


夕焼けの空。

背中に地面の感覚。

どうやら倒れているらしい。

微妙にまだ力が入らない。

「お、起きたか」


頭上から声がかかる。


「…関谷?起きれない」


かろうじて返事をすると、抱き上げられた。

げ、やだ、と思ってももう遅い。

動けないように巧妙に腕や足を押さえられてしまった。

しょうがない、おとなしく運ばれてやろう。

本当のところは、疲れすぎて動けない、ってとこ。

歩きながら関谷は私がルゲルに潜った後の話を始めた。


「お前が倒れてからは何も起こらなかった。テロリストは皆捕まえたんで、傭兵は解散。

さっき、お前が抱きかかえてた黒いのが光って、ルゲルは元の姿に戻った。

それを紫苑が園長室に連れて行った。ついでに、園長は消えた。

で、今、園長室にはルゲルと紫苑と秘稀がいる。イオを待ってるよ」


話というよりは報告書を要約したって感じ。

一気に報告されてもよくわからないので生返事だけ返す。

多分、ルゲルは助けることができたみたい。

それはよかったと思う。



決して力のあるタイプではないはずなのに、関谷は軽々と私を運ぶ。

なんか負けた気がする。

悔しい。

「ねぇ」

猫のように丸まりながら尋ねる。

「何だ?」

直球勝負の質問。

「カンパニーって、何?」

一瞬、関谷の体が強ばった。

さて、なんて答えるだろう。

「…内緒」

うーん、まあまあ?

王道な答え。

秘密自体には興味はない。

ただ、関谷が隠しているということに興味がある。

私には秘密など通用しない、それは関谷も知ってるはず。

それなのに隠す振りをする関谷は面白いと思う。



園長室の前にきた。

実は自力で立とうと努力してみたのだけど、何処にも力が入らない。

芯から疲れきってしまったようだ。


関谷に抱えられたまま、中に入る。


紫苑、秘稀、そして…。


「ルゲル?」 そこに居たのは全くの子供だった。

「うん、僕がルゲル。君だね、助けてくれたのは。ありがとう」 お礼を言う様子は一見10才くらい。

でも、伝わってくる雰囲気はそんなものじゃない。

千年、いや一万年くらい生きてるに違いない。

ルゲルが近寄ってきて私の額に手を載せる。


一瞬ひんやりして、その後体に力が入るようになって。

「少し体を楽にしてみたよ。お礼には全然足りないかもしれない。でも、これで自分で立てると思う」

そう言われて、足を動かす。

大丈夫、力が入る。

「関谷、下りる」

関谷がゆっくり下ろしてくれた。

捕まりながら立つ。

「ありがとう」

関谷とルゲルに言う。

それから、ソファに座った。


対面に座ったルゲルはこう言った。

「僕はあの歪みが無くなったからこうしてもとの姿に戻れるようになったんです。

そして、同時にあの影も消えました。

あの影は僕の正常な力の一部だったんだ。

元々僕ら力を核に生まれた存在って言うのは善悪の概念がないから、

時間をかけて人と同じ倫理観を築いた僕と違い、

あの影は正常ではあったけど人としての正常はなかったんです。

だから、ずっと僕が飢えたらなんとしてでも力を集めようとしたり、

あるいは僕を助けることができそうなら手段を問わず助けようとしてた」

うなずくとルゲルは続けた。

「だから、あれは幾度となく事件を起こし、沢山の犠牲者を出してきた。

僕はこれから、それを償うつもりです。

イオ、秘稀、助けてくれて、そして僕を止めてくれて、ありがとう。

」 ルゲルの罪は計り知れないほど大きいだろう。

それでも、助けることができてよかったと思う。



次いで、紫苑から声がかかる。

「お疲れさま、イオ。よくやったよ」

紫苑が頭を撫でながら誉めてくれた。

嬉しい、けど、上辺に騙されちゃいけない。

「秘稀も合格?」

尋ねる。

「ああ、及第点と言ったところかな」

さらっと答える紫苑。

「しーちゃん、全部知ってたでしょう。知ってて、利用したんだ 」

芝居がかっている気もするけど、一応こういう展開は必要だと思い、少し糾弾する。

「ああ」

悪びれなく答える。

やっぱり。

きっとルゲルの力が無くなってくる時期とかルゲルの影の暴走の仕方とか全部わかってて、ルゲルを助けるのと秘稀の試験を組み込んだんだ。

しかも私も巻き込んで。

「しーちゃん」

本当は怒ったりはしてない。

でもなんとなく悔しい気がして、少し責める言葉を口にしようとしたら、しーちゃんはそれを遮って、手を伸ばしてきた。

「ほら、イオが前欲しがってた永久機関を組み込んだ薔薇だ」

ん?

差し出されたのは綺麗な青い薔薇。

「前欲しがってたやつの、改良版。揺れるときに微かに音がする。色は青にしてみた。

永久に蕾から開花して散るまでを自動的に繰り返すぞ」

ああ、以前枯れない薔薇を見せて貰ったとき、散々欲しいって言ったのにくれなかったんだっけ。

あのときは真っ赤な薔薇で、同じように蕾から咲いて散るまでをずっと繰り返すやつだった。

今回のは、確かに静かに揺するとしゃんしゃんと鈴が鳴るような音がする。

こんなの作れるのはきっとしーちゃんしかいない。

これをあげたら、母様、きっとすごく喜ぶ。

「・・・わかった、もう何も言わない」



私が口を閉じると、りーんと音が響いた。

6時の合図らしい。

もう、朝だ。

「園長が居なくなったから、カンパニーが管理する事になった。

後数時間で開園だぜ。今日が本当の初日だ。イオ、さっさと出ないと帰れなくなる」

関谷の言葉に、ここは遊園地だということを思い出す。

どうしよう、きっと沢山の人が来る。

今度は人形じゃなく本物の。

帰りたいのはやまやまだ。


「…でも、」

一応、初日だけでもカシオペアの動作確認に付き添っていた方がいいかなとか考える。


「てめぇは疲れてるんだろ。さっさと帰って寝ろ。何かあっても兄貴と師匠とルゲルが解決してくれるさ。散々こき使ってくれたんだからな。俺も手続き済んだらすぐ帰るし」


秘稀が言う。

確かにその通り。



「うん、帰る。後よろしく」


素早く立ち上がり、部屋を出た。

秘稀が出れないように扉を閉める。

何か叫んでた気がしたけど、気のせい。

あんな台詞を吐いたからには、きっと散々怒られ、からかわれて、結局手伝う事になるのだろう。

ほんと、いじりがいのある人だ。

園を後にした。


家に帰ってから、死んだように寝た。


起きてから聞いた話だと、エクリプスはすごく盛況で、カシオペアも問題なく動いてるとの事。

それから、秘稀はまた旅立ち、ルゲルはしーちゃんとつるみながら何処かをふらふらしているらしい。

人助けをしてるとかしてないとか、噂だけ、聞いた。

関谷は相変わらず。 でもちょっと忙しくなったみたい。




そして実感する。

漸く、私たちのワンダーランドは、閉幕したのだ。

期せずして巻き込まれた、思惑と偶然の絡まり合ったワンダーランド。

跡形もなく消えてなくなった。

夢のように。



リン、と通信機が震える。

海から仕事が入ってきた。

行かないと。

厄介な話じゃなければいいな。

大変なのは、しばらくいいや。




とりあえず、彼らの話は此処でいったん終了です。

御査読ありがとうございました。

話が浮かべばまた続きを書きます。

ではでは。

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