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「おう、兄貴すげーな。見せてよ」
漸くイン・ユエを気絶させ捕まえ縛った秘稀がやってきた。
無造作に剣を投げて渡す。
「ほらよ」
危ねぇと文句をいいながらも受け取る秘稀。
剣を見ながらやつはどうやって客を自動人形だけにできたのか尋ねてきた。
本当は内緒にしてた方がいい気もするが、どうせ相手は秘稀やイオ。
隠してたって仕方がない。
苦労話がてら解説してやる。
「大変だったんだぜ。イン・ユエに気づかれないように開園日を一日ずらして宣伝しなおしたのさ。
すっげぇ広告料がかかったよ、ほんと。カンパニーの力がないとな」
すると秘稀は驚いた顔をした。
「珍しいな、兄貴カンパニーのこと口に出すのもいやがってたのに。
でも、カンパニーの関連ってことならここには少なくとも傭兵はいる。
おおっぴらに出てはいけないはずだろう、兄貴」
一応兄弟だから秘稀も俺とカンパニーの複雑な事情はわかっている。
しょうがないから一番言いたくなかったことを言ってやった。
「今日はカンパニーの懐刀『銀凪』ではなくて、カンパニーの『代理支社長』できてるのさ。
だから後ろ暗いところなく堂々と人前に出れる」
秘稀は剣を俺に返し、からかうように言った。
「代理支社長ねぇ。兄貴出世したんだ」
愚弟に手を振りながら返す。
「煩わしいだけだぜ。ってか今回のために仕方ないから承諾してやったのさ。
さすがに支社長クラスじゃないと魔術師部隊や莫大な予算は動かせなくってね」
でも、実際の収支はプラスだろう。
人が怪我したり死ぬのはコストが高い。
エクリプスはカンパニーと提携したが、この分だとイン・ユエは経営なんかできないから、実質カンパニーのものとなるだろう。
客観的に見てもこの施設は充分集客力があるから、すぐにもとはとれる。
こんかいの俺の役目は監督だからな。
ちゃんと利益はあげないと。
ここで、ずっと黙っていたイオが尋ねてきた。
「園長が主犯だとわかってた?」
勿論、俺はイオから何も聞いてはいなかったがちゃんとわかっていた。
紫苑の言った通り、情報が集まってきて、否応無しに筋書きがわかったのだ。
「今回みたいな事件は昔から何度も繰り返されているんだ。
月に祈り、力を得るために、人を集め、人が死ぬ。
そして不思議なくらいその事件は似ているんだ。
規模とか場所とかではなく、本質が。
そしてその中心に存在していると思われるのが『影』と称される存在。
しかし、影だけあって存在しているらしいということ異常はわからなかった。
で、紫苑の言った『イン・ユエ』が『月の影』であるという言葉。
だから、こう推測したのさ。
イン・ユエはルゲルの影、魔術により狂わされたルゲルの正常な部分が分離した物。
そしてある程度力がないと、ルゲルも影も存在できないのだろう。
だから定期的に事件を起こす。
またこの事件ってのはもう一つの役割を持っている。
事件を起こすような、力を求めるような人間の中には強いから力を欲するものがいるだろうし、
或はそれを捕まえるような人間には強いやつがいるかも知れないと考えたのだろう。
つまり、ルゲルをもとに戻すことが出来るような魔術師がいるかも知れないと思った。
今回だってそうだろう。
強い傭兵をそろえたり、或はテロリストの中には魔術師がいるかもしれないと探していたのだと思う。
適当に予言をしたててオベリオンをけしかけて、テロの予告をし傭兵をそろえる。
しかし、影は知らなかった。
ルゲルは禁忌。
歴史になくとも一人前の魔術師であれば知っているし、この地に近づく魔術師はいない。
魔術を使えるやつがいても、秘稀みたいな見習いというか求める強さを持つものはいなかったのさ。
今回いなくてルゲルを助けることはできなくても、ルゲルに力を与えることはできるから、また次の機会を待てばいい。
そんなとこだろう」
そういうと、イオは頷き、それからゆっくり言葉を紡ぐ。
「多分、そう。でも、私を見つけた。色々歪められたルゲルの力が猛獣なら魔術は鎖や網。
だけど私の力、タナトスは小動物みたいな物。力の差はあれ、同系統の物。
魔術ではこれ以上いじくってもルゲルをよりおかしくするしか出来ないけど、 私なら、触れる。
こないだ、力を解放したときに、確認してるはず。魔術師より、適任」
イオが巻き込まれるという紫苑の言葉から俺も同じ結論に至った。
タナトスという力の特殊性とイオを巻き込む意味はこれしかない。
「だろうな。イオの力は魔術よりルゲルを救うのには役立つだろう。
タナトス理論は広く流布してきている。
だから、イオのような人間も増えるだろうから、ルゲルをもとに戻せるようなやつが出てくるまで適当におとなしくしててもらえればいいんだがね」
この先にイオが言いそうな台詞は充分予測できている。
しかし、あえて言わせないように抵抗してみる。
「私なら、できるよ」
やっぱりな。
遠回しにお前がやる必要ないと言ってみても通用しない。
こいつは俺の回りくどい言い方なんかはざっくり切り捨てていく。
わかってたけど、仕方ない、直にいう。
「危ない。止めとけ」
これくらいじゃ聞かないかな、と思いながら秘稀の方を見ると、秘稀も俺に加勢して言う。
「今のルゲルは力がないと言っても、本質はとても力をもってるんだ。
迂闊にお前がやつのなかに飛び込んだら力だけでなく命ごと取り込まれるかもしれない。
どうせなら師匠とかに任せた方がいいぜ」
秘稀も、そこで俺がやるとかなんとか言えばかっこいいのに。
でも自分の実力を自覚してるからこそ実力以上のことは手を出さないのは傭兵らしいっちゃらしいんだろう。
明らかに不可能なことに挑戦するような馬鹿は長生きしない。
そしてここに馬鹿が一人。
「イオがやる」
俺が止める前に、イオはすっと手を伸ばし、黒い『何か』、ルゲルに触れた。
一瞬光が爆ぜた。
後にはイオがルゲルを抱えるようにして倒れ込んでいる。
「秘稀、ここは俺が見てる。お前は仕事に戻れ」
本当なら監督としてさっさと帰るつもりだったんだが。
仕方ないからエンドロールまでつきあうか。
いつものことと言えばいつものこと。
気絶したままのイン・ユエをつれて立ち去った秘稀を見送ると、イオの側に座った。
後は何もできない。
ただ待つだけ。