18
とりあえず、応接室に移動した。
テーブルと椅子、ソファなど割と何でもそろっているので俺たちの会議室、正確には警備隊の本部と成っているのだ。
ソファにイオを寝かせて目が覚めるのを待つことにした。
多少の疲労と驚きで失神しただけだから直ぐさめるだろう。
様子見に俺は残り、マーフィスは所用、アライエルは3日後の開園の打合せがあると言うことで部屋を出て行った。
「もう、やだ、帰る」
そう言って隙を見ては出口に向かうイオ。
目を覚ましたとたん、これだ。
協調性のないヤツ…って俺もか。
仕方ないので、軽い束縛をかける。
一応俺も魔術師の端くれなので。
すると、おとなしく座ってはいるものの、
それだけで怪我をしそうな鋭い視線がよこされる。
傭兵の俺には全然効果などないが。
「はい、ココアとクッキーですよ」
マーフィスが皿一杯のお菓子と温かいココアを持ってやってきた。
上肢の束縛を緩める。
イオはその声を聞いてびくっとしたまま動かない。
兄貴と一緒にいるときは全く遠慮などせず食ってやがるのに。
人と交わることを極端に避けている弊害だろう。
初めての人間が怖くて動けないらしい。
「秘稀に苛められて、怖がってしまって…可哀想に」
マーフィスが余計なことを言う。
断じて俺のせいではない。
「大丈夫ですよ、毒なんか入ってませんから」
マーフィスがにこにこと、まるで無害そうな笑みを浮かべながら勧める。
実際、一見したら神父にも見えるこの男、実は子供や老人、動物受けもいい。
(女性受けはもちろん。)
「本当に上手いから、さめる前に飲めよ」
俺も促す。
やがて、誘惑に勝てなかったようで、意を決してイオがカップに手を伸ばした。
最初の一歩さえ踏み出せれば大丈夫だろう。
そう思って見ていると、イオはココアの味に満足したらしく、とっとと飲み干してしまった。
そして、空になったカップを俺の方に差し出す。
ヤツは無言。
俺も無言。
無言。
…仕方なく、お代わりを作りに席を立った。
俺が。
ああ、こいつなんか本当に兄貴に似てやがる。
兄貴も無言で、俺をこき使ったよな。
5才にも満たない幼い俺を。
一緒に居た時間は短かったが、こんな想い出しかない。
というか嫌な癖が染みついてる気がする。
戻ってきてカップを渡すと、イオは笑って言った。
「ありがとう」
現金なやつめ。
その光景を見てマーフィスが笑った。
睨んだら声は引っ込めたが、頬が緩んでいる。
机の下から足を蹴り飛ばしてやった。
イオはクッキーにも手を出し始めた。
それも美味しかったのだろう、満足そうに食ってる。
「美味しいですか?」
マーフィスが尋ねる。
イオはびくっとしたものの、頷いた。
少し懐き始めたらしい。
あとはアライエルか。
あの大男、あれ系統の人間はイオの周りには居なかったはず。
兄貴や師匠は背は高いが、がたいが全然よくないからな。
あの筋肉武装(とは少し言い過ぎだが)のようなタイプ、中身は全然いいヤツだし、
頭もいいので敵にはあまり回したくない人間だ。
まぁ、なんとかなるさ。
ぼちぼち考えていたらアライエルが戻ってきた。
「悪い、遅くなった」
そう、低い声とともに入って来たアライエルの姿を見て、またイオは逃げ出しそうに成った。
俺の束縛を無理矢理解こうとしたものの、失敗。
馬鹿だな、と思いながら、イオの肩を押さえ言った。
「頑張れ、お前なら克服できる」
俺を見上げるイオの目は涙目に成っている。
…小動物を苛めてる気分に成った。
「ほい、嬢ちゃんに」
そう言ってアライエルが見せたのは、
有名洋菓子店のエクリプス開店を祝って作られた特別ケーキだった。
イオの目が一瞬にしてケーキに吸い寄せられ、離れない。
『蜜柑堂』、確かずいぶん前の話だが兄貴も贔屓にしていた店だったか。
味に煩いあの兄貴が好きだから、余程上手いのだろうと思った記憶がある。
別に俺は甘い物が特別好きというわけではないので、あまり興味は無かったのだが。
この様子じゃあ、イオも凄く好きなのだろう。
「いいよ、食いな」
アライエルは小皿にケーキをとり、フォークを付けてイオに渡した。
イオは操り人形のように皿を取り、ケーキを食べ始めた。
俺も、マーフィスも、アライエルもケーキを食べた。
甘さは控えめで、上品な味だ。
しかし、変な光景だよな。
「美味しい」
うつむいたまま、ぽつり、呟く、イオ。
「そーかそーか」
アライエルはまるで娘にプレゼントをあげて喜ばれたかのような顔をしている。
はまり役だ。
「…ありがとう」
イオが顔を上げて御礼を言った。
ということで、アライエルとも何とか交流が図れるようになった。
さすが、餌で手なずけるとは。
年の功ってやつだろうか。
そう思っているとイオがこっちを向いた。
カップを差し出してくる。
空のカップ。
「紅茶」
一瞬、凄く殺意が沸いた気がした。
しかし、こいつに下手に怪我させたら兄貴と師匠に凄く辛い目に遭わされるだろう、
と理性が働き思いとどまった。
無言でイオが見つめてくる。
…。
「ほれ、飲め」
熱々の紅茶を入れた新しいカップを渡してやった。
俺だけが馬鹿を見てる気がする。
結局イオには俺も弱いらしい。
マーフィスとアライエルが大爆笑していたので、二人とも一発づつ殴ってやった。
「じゃあ、話すか」
アライエルが切り出す。
雰囲気が一気に張りつめる。
作戦会議が始まった。