16
「イオ!」
声のする方に向かうと、通りにイオが倒れており、回りには若者が心配そうに様子を見ていた。
ぱっと見たところただ眠っているだけのようだ。
「一体なにがあったんだ?」
そう尋ねてみても周りの若者の説明は要領を得ず、マーフィスとアライエルには現場の解析と彼等の対応を任せ、俺はイオを医務室に運び目覚めるのを待つことにした。
暫くして、イオが目を覚ました。
体を起こし回りを見渡す。
「…」
寝ぼけているのか、また布団を被って寝はじめた。
「って、おい、起きろ」
布団をはがすと唸り声が聞こえてくる。
「イオ、起きろよ」
「…まだ寝る…」
「ここは家じゃねーんだよ。起きろ」
冷たいタオルを首に押し当てると漸く目が覚めたらしい。
「…あ…ひき…。…あ?…ああ」
冷えた水を手渡すと漸く頭が周り始めたらしい。
体を起こし一口飲むと、話始めた。
「さっき、通りを歩いていたら真っ暗な力に遭遇したんだ。
真っ暗で強烈な力。
無理矢理タナトスを引きずり出していた。
誰か男の子が餌食になりかけていたから助けにいったら直ぐさま私に向かって来た。
…多分最初から私を見てたんだろうな。
…あれはきっと凄く私と同質なんだ。」
話の内容はともかくとして、イオがまともに話しているということに俺は衝撃を受けた。
やー、こいつもやろうと思えばまともに出来るじゃないか。
そう心中で呟いていたら、がつんと殴られた。
「何すんだよ」
「何となく殴りたくなって」
野性児め。
まぁこのままふざけていても仕方ない。
真面目に考えることにした。
「イオ、それであんたの意見は?」
「ん?私?うん、巻き込まれたのだと思うよ、とうとう。
だって解ってしまったらもう逃れられない。
紫苑の言葉は違う事なく私は流れに組み込まれて仕舞った」
すらすら答えるが全く意味がわからない。
やっぱり先刻のまともさは偶然だったか。
「いて。殴るなよ」
また拳がとんできた。
「何と無く殴りたくなった」
こんな時にこそ感の良さが冴え渡ってやがる。
いつもならかなり交信が不安定なくせに。
「しーちゃんが云ったんだ。
私は巻き込まれると。
確かにもう巻き込まれてしまった。
だって解ってしまったから。
あの真っ暗な力はルゲルだ。
歪んで曲がって壊れてしまったにしても。
そして私にすごく近しいものだということも。
…あれはタナトスを動かすんだ」
俺はとりあえず黙っていた。
「そう、違う、私が似てるんだ、ルゲルの力に。
だから、見つかって、狙われた。
もしかしたら…。」
そこまで言うとたどたどしい言葉が途切れた。
「もしかしたら?」
「内緒」
尋ねるとふざけた答えが返って来た。
このやろう、とも思ったが、こいつは冗談など口にしないやつなので、何か理由があるのではと保留にしておく。
「そうか。まぁ巻き込まれたなら仕方がないな。
マーフィスやアライエルに紹介してやるから、ちゃんと巻き込まれてくれ」
そういうとイオは猛烈首にを振った。
断固拒否。
人見知りの激しい、むしろ正確にいうならば人間恐怖症というべきやつだからこういう反応は予想していたがもう遅い。
傭兵を舐めてもらっては困る。
気配を消して背後に廻るなんざ朝飯前。
時既に遅し。
「えー、そんなつれないこと言わないで下さいよ」
イオの背後から優男の声が響く。
「そうだ。
どのみち祕稀の知り合いってだけで話しを聞いてやろうと思っていたからな。
大丈夫だ、おじさん達は見てくれは恐いが中身はそう悪くない。
何があっても助けてやるさ」
そして大男の声。
余りの衝撃かイオは振り返ることすら出来ず唯ひたすら首を振り続けていた。
…暫く見ていたが一向に正気に戻らず、さすがに可哀相に思い、俺の羽織っていたマントを頭から被せて無理矢理意識を消失させた。
「とりあえず開幕の前の小休止としようぜ」
予想通り紙みたいに軽いイオを運びながら見上げた空はいつもと変わらない青さだった。