13
紫苑が話終えると暫らく沈黙が続いた。
俺の下には諸事情で世界の隅々の全ての情報が集まることになっている。
その網は細かく国家機密すら逃れることは出来ない。
しかし、この俺ですら知らなかったこの事実、
確かに魔術師以外の人間が知ったらやっかいだ。
ただでさえ風当たりの強い魔術師の罪、
ばれたら場合によっては魔術師全員殺されるというのも大げさではないよな。
だからこそ魔術師はひた隠しにしてきたのだし、
部外者として知った俺とイオも命の危険を背負うことになってしまった。
今更どうってことはないけどな。
しかし、一体紫苑はいつから生きてるんだ?
ルゲルの平野に荒野が存在したという記述は歴史書ではなく伝承レベルの時代の話になってしまうぞ。
そんな下らないことを考えながらも黙って誰かが話し始めるのを待った。
最初に口火を切ったのは、祕稀だった。
「師匠、俺はそれじゃあ一人前の魔術師になったってことか?」
紫苑は優雅に紅茶を飲み干すと、答えた。
「まぁ後は今の話をきいて魔術師として思うところを為していってもらえばいいというのが師匠としての最後の言葉、だな」
ああ、そういえば祕稀はこの話をマーフィス・グレンダに話すと言っていたっけ。
その牽制か、他言するなと言外に言っているのがびしびし伝わってくる。
祕稀はそれに気付いているだろうか。
気付かないだろうか。
恐らく一人前の魔術師として認める最後の試験は
この問題がどんな形であれおわるまで続くのだろう。
紫苑は本当に心から油断を許さないやつなのだ。
「わかった」
神妙な顔で祕稀が頷く。
…似てるよな、俺に。
つくづく、些細な仕草に血縁を感じてしまう。
「ねぇ紫苑」
突然、イオが言葉を発した。
「何か?」
紫苑はイオに顔を向ける。
祕稀に対しては師匠の顔をしていたが、イオにみせた表情はいつのも紫苑のものに戻っている。
真面目なやつ、とか思ったりした。
「ねぇしーちゃん、何才?」
イオは無表情の奥に山のような好奇心をのぞかせて尋ねる。
俺も、ぜひ知りたい。
紫苑は面白そうな顔をしている。
「すまないな、だが、忘れてしまったよ。随分と長いこと生きてるとは思うがね」
「随分ってどれくらい?」
珍しくイオが食い下がる。
「時代の始まりと終わりを幾度も越える程には」
「そう」
それがどれほどのものかはわからないし、
紫苑がどういう思いを抱いてるのかは想像もつかないが、
全てをさらりと話せるようになる時間だったのだろう
「とりあえず、私の話はおわった。後は祕稀、お前がどうするか、さ」
しかし、ルゲルの平野の謎がわかったところでオベリオンを阻止に繋がるというわけではなく、
テロを防ぐ算段はまだ全く立っていないのだ。
「有難う、師匠。俺はマーフィス達とテロ対策を練ることにするよ」
祕稀も同じ結論に達したらしく、こういって席を立った。
紫苑は静かに紅茶を飲んでいるだけだったが、
祕稀が出口の扉に手をかけたその瞬間、言葉を発した。
「祕稀、ルゲルというのは仲間内では月を示す今は失われた太古の魔術用語だ。
イン・ユエと言うのは月の陰という意味だ。
では健闘を祈る」
紫苑の言葉に祕稀は片手を上げてそして出ていった。
「しーちゃん、君はこのシナリオが見えてる?」
イオが尋ねる。
「ああ。私には最初から最後まで見渡せる。
関屋には全ての情報が流れ着きパズルが完成するように最後には全体がわかるだろう。
私の役割は祕稀が担う。
イオ、君も必然的に巻き込まれる。
完璧に組み立てられた脚本だと思えばいい。
最終的には台本が読め絡繰りがわかる。
それまで私は沈黙を守ることにしよう」
平然とした態度。
ともあれ魔術師によって道が示された。
「わかった。私は祕稀が呼ぶのを待つ」
イオが言う。
俺が監督や紫苑が観客ならイオを巻き込むのは祕稀だろう。
…心配した所でどうしようもない。
「俺は情報を待つか」
俺も一応そう口にする。
すると、紫苑は満足そうに頷き一言。
「ではまた。ご馳走様」
そして消えた。
「ねぇ関屋、しーちゃんって魔術師っていうより手品師だよね。見事な引き際」
「むしろ詐欺師だろ」
俺たちがごたごたに巻き込まれるのはいつものこと。
後は流れを待つしかない。
というわけで、イオが残ったお菓子を堪能しおわった所でこの物騒なお茶会はお開きとなった。