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魔術師の間では今でこそ『咎人の祭壇の地』などと呼ばれているが、
もともとはルゲルの平野というのは我ら魔術師にとっては聖地だった。
位置や地形の関係で魔力の溜まりやすい土地だったのだ。
しかもその魔力のためか土地自体が意志を持っていて、
『ルゲル』というのは地名を指すと同時にその意志をも指す言葉だった。
ルゲルは自ら魔力の制御を行っており、
そこに貯まる魔力は循環し、
聖地は常に新しく瑞々しい力にあふれていた。
ルゲルは機知に富み、優しさに溢れ、面白いやつだった。
色々な誓約があったものの、あいつは人型をとることができてな、
時々くだらない魔法を一緒に構築したりと遊んだよ。
でまあ、そういう穏やかな時代がわりと長く続いた。
私たちが、この時間が永遠に続くのではないかと錯覚するほどに。
終焉は緩やかに訪れた。
岩肌を水が染み出ていくように、ゆっくりと、だが確実に。
あれは、何だったんだろうと昔はよく思い返したものだよ。
今でも、全くわからない。
聖地に出入りしていた魔術師が、愚かな考えを抱き始めたのだ。
最初は細やかな嫉みくらいだったのだろうがな、
やがてルゲルの魔力を手に入れたいと考えだしたのだ。
しかも複数の魔術師がだ。
暗い思想はやがて伝播していき、ある程度の集団を形成した。
彼らはみな優秀な魔術師だった。
だが真理を追求することを止め力を欲しそのために行動するようになった。
私たちはもっと早く気付くべきだった。
気付いて止めてやるべきだった。
しかし、私たちは世界の真理を見つめ議論を交わし魔法を構築することを楽しみ,
あまりまわりをみることをしなかった。
世界の真理を見る前にまず世界を見なければならなかったのに。
気付いた時にはすべてが手遅れだった。
集団は祭壇を作り贄を捧げた。
新鮮な魔力を大量に得るために生きた人間をたくさん攫ってきて、
祭壇の上で生命を無理矢理魔力に変換していった。
魔術とは関係のない普通の人が多く犠牲になった。
集団はそうして得た歪んだ魔力を用いてルゲルに干渉しはじめた。
ルゲルが苦しみだして初めて私たちは気付いた。
ルゲルの魔力は強大で、
また、ルゲル自身も優れた魔術師だったからやつをどうにかするなんざとても難儀なことだった。
集団の魔術師たちも一人一人であったならとても太刀打ちできなかっただろう。
だが、彼らはルゲルの強大な魔力を上回る程の贄を集め力を得た。
しかも無理矢理生命から変換された魔力には大きな歪みが生じていて、
その魔力から生み出された魔術は清純なルゲルには殊の外効き目があった。
ルゲルは人型を保つことすらままならなくなり、しまいには奴らに負けてしまった。
集団がどういう魔術を使ったかというと、
奴らはルゲルの魔力を得たかった、
だからルゲルの魔力収集の機構の帰結の方向性を変えて
集まった魔力をルゲルではなく自分達に向けようとした。
ルゲルは確かに魔術に降伏した。
しかし奴らの歪んだ魔力は魔術をも歪めてしまい、
結局は全く違う結果を生んでしまった。
ルゲルの方向性が変わり際限無く魔力を欲するようになった。
清浄な土地を保ったり魔術師として魔力を使ったりするのではなく、
魔力を飲み込むことが目的になってしまった。
しかも祭壇で用いた生命の変換式も飲み込まれてしまい、
ルゲルは生命を飲み込みそれから魔力を手に入れるようになった。
飲み込まれた魔力は貯まることなく、
ルゲルはその人格を失いひたすら魔力を求めまるでブラックホールのようだった。
原因となった魔術師たちも飲み込まれ、
草一つ生える事無く果てない荒野が広がりどこからともなく人が引き寄せられ飲み込まれていく様は、
まるで悪夢だった。
私を初め集団に関わっていなかった魔術師は直ぐ様集まり、ルゲルを封じた。
魔術にかかっているものに更に魔術をかけることは大変難しく、
私たちの魔術は時折綻びを生じ、その際に犠牲者が生まれることはある。
関屋の知ってる噂もその綻びを大げさにしたものだろう。
実際にはあそこを手に入れるなんて出来やしない。
しかしまぁ一応はルゲルの平野は落ち着いた。
本当は最初にかけられた魔術を解きたかったのだが、
歪んだ魔力はルゲルの奥深く迄入り込んでいて
解呪を行った場合ルゲルの人格自体も壊してしまうことになり、
それは避けたかったので封印という形にしたのだ。
ルゲルも無事で魔術も解ける方法が見つかる時までの一時的な処置として。
まぁ、まだそのままの状態なんだがな。
とにかく魔術師は何かと普通の人から嫌われていたから、
このことが知れたら迫害どころかみんな殺されるかも知れないと懸念して、
私たちは全ての事実を隠蔽した。
我々太古の魔術師と呼ばれるものの記憶の中以外には跡形もなく消した。
また、私たちは同じ事態が起きるのを防ぐため、
魔術師協会を作り魔術師としての決まりごとを作った。
魔術師は師弟制度にし、
師によって認められて初めて一人前の魔術師として独り立ちできる。
そして独り立ちする時には協会に届け出を行う。
世界を俯瞰する視野を持つ。
魔術師とは真理を追求する存在である。
その他色々規則を為したが、最後にはこれを印した。
ルゲルの平野で起きた罪を忘れないこと。