恩人が婚約破棄されたので仕置きします
「マチルダ!! お前との婚約を破棄する!!」
建国祭の夜会で王太子が婚約者のマチルダ・ヴェルデゴール公爵令嬢に向かって宣言した。一人の女性の腰に手を回して。
そこから王太子が告げる婚約破棄の理由はまあ聞くに堪えない内容ばかりだが、どう考えても浮気をしている王太子を窘めることとか、その浮気相手の女性に注意するようなことで正統性のあるものだ。
なのにどうして、マチルダが有責で婚約破棄になるのか。
ましてや、
「私は、マチルダと婚約を破棄して、ダリアを妻にする」
王太子の発言に拍手をする輩がいるのやら……。
「サーチェス。とりあえず柄に手を添えるのは止めなさい」
右後ろに控えている護衛騎士を窘める。
腹が立つのは分かるけど、下手に動いてマチルダに迷惑を掛けてはいけない。そう判断して我慢する。だけど、こちらの我慢を台無しにするように。
「ああ。――言い忘れていた。お前の最大の罪は、偽者の聖女を本物に仕立て上げたことだ」
――ほう。そのような戯言を。消すか
頭が痛い。ただでさえ、こちらは我慢をしているのに今度は別の方面を抑えなくてはいけなくなった。
もう我慢している状況でもなさそうだ。下手したら世界を破壊するだろう。無関係な方を巻き込んで……。
「妾が動くので」
護衛騎士と御大に向かって告げる。
こっちの心中を全く察していない大バカ者はいまだつまらない演説をして、悦に入っている。
「そこまで罪を犯したおまえにも私は寛大だ。国外追放だけで許してやろう」
王太子の言葉を聞いて、もういいかと判断する。
「いいえ。追放する理由などありません」
会場の中心。マチルダを庇うようにサーチェスと共に前に出る。
「聖女イヴ………」
月の光を集めたような衣装。夜空を思わせるような飾りつけ。
神秘的な雰囲気を前面に出して、あえて表情を消し去って周りを見渡し、
「王太子ユリウス。貴方の心に真実があり、嘘偽りなく自分が正義だと思いますか?」
「何を言うのですか。偽聖女イヴ」
こちらを完全に見下している態度に御大が動こうとしたのをそっと制す。
「この夜会での発言は正しいと?」
全く動じていない態度を取り、心まで見通すような紫の瞳をまっすぐに向ける。
「神に誓える。と」
「はっ。偽聖女が偉そうに。聖女とそこの女に唆されて利用されている傀儡が神の名を語るなどと」
「――では、正義だと」
鼻で嗤っている王太子にもう一度尋ねる。
「そちらこそ。神の名を利用する愚か者が」
「……………」
それを聞いて、周りにもう一度視線を向ける。
「では、拍手をした方々も同じ意見と言うことですね」
今度は返答を求めない。流されて拍手をした者が居ても皆がしていたからと言う理由で流されていては同類だ。
「当然だろう。偽者が」
王太子の言葉にだれも異論はないようだ。ならば、構わないか。
「では、妾はマチルダ嬢が罪を犯したと思えないので保護いたします。王太子含み皆さんは己の正義をしっかりと示してください」
宣言。
「ああ。妾を見出したマチルダ嬢が本当に貴方方の告げる罪人ならば、何も起きませんよ」
しっかり微笑むと共に。
ばりんっ
何かの割れる音。それはこの王城を守ってあった聖女の作り出した結界。
結界などと言うのはあるはずないと思っているのだろう。妾が偽聖女だというのならば先代の聖女の作った結界がかろうじて維持されているだけだったのに何を以て偽者だと言えるのか。
もともと貴族を守る義理はなかった。
貧民層と貴族の生活格差が激しい中。王太子の婚約者として貧民の視察に来ていた公爵令嬢が貧民層の生活をよくしようと環境を改善してくれて、貧民層の子供たちに教育を受けれる環境を作って、何人かの子供が誇れる仕事に就くことが出来た。
護衛騎士のサーチェスもその一人だ。
そして、そんな子供の一人だった妾が神殿で聖女だと発覚したのは公爵令嬢が子供たちに魔力検査をして、魔力の使い方を教えてくれたから。
妾の中に巡っているのが魔力ではなく神力と呼ばれるものだと判明した時。
おそらく、公爵令嬢が居なかったら妾の魔力を検査するという考えに至らず、魔力……この場合神力だったが、身体に巡るものの正体を知らず、使い方も出現の仕方も分からず終わったのだろう。
その場合は、聖女は見つからずに結界が崩壊していた。頼りになるはずの神殿関係者は貴族令嬢ばかり聖女候補がいると探していたようだから。
聖女は貴族の血が流れている。そんな暗黙の了解があったから。
まあ、実際はそんな決まりはない。ただ、どこぞの神が聖女の健やかな成長を願って送り込んだ先が貴族だっただけだ。
今回に限っていえば。
貴族が無理やり手籠めにした貧民層の女性が子供を産むなんて考えが無かったのだろう。
「なっ⁉」
壊れた結界の中に喜び勇んで現れるのは翼を持つ魔物。
彼らは魔力を持つ人間が大好物なので、特に魔力の強い貴族を嬉々として襲い掛かってくる。
阿鼻叫喚になるが、貴族の中でわずかにいた拍手をせずにマチルダ含むマチルダを庇おうとした者たちには個別に結界が張ってあるので襲われずに無事に済んでいる。
ちなみに結界を壊したのは王城だけで城下町は全く影響ないし、夜会に参加していない城勤めも無事である。
――そんな手間をかけずとも滅ぼせばいいのに
「何を言っているのですか。元は、妾に不便を掛けたくないという身勝手な考えで貴族にばかり転生させていたあなたが悪いのでしょう」
それが元凶で貴族しか転生しないという事態に陥って貴族が優遇されて貧しい者はますます貧しい環境に置かれた。
そう責めるとそっと隣で実体を作る神が叱られて落ち込んでいる。
――だ、だが、愛するお前に苦労を掛けたくなくて……
「貧困の差を作ったのはあなたです。反省してください。――あなたのせいで妾の恩人がこんな辱めを受けたんですよ」
――そ、そうか。ならば神託で王太子に婚約破棄を破棄させるように……
「離婚しますよ」
愚かなことを言い出す神に冷たい一瞥を送る。
そんなことをしたら身分差、婚約者がいるからと秘めた恋を抱き続けていたサーチェスの想いがズタズタになるではないか。
マチルダをそっと支えて慰めているサーチェスを見つめてそんなことを考えていると、マチルダがこちらを見て、
「聖女イヴ。彼らを救ってください」
懇願してくる。
「いいのですか」
「彼らの行いに思うことはあります。ですが、彼らの家族が悲しむのは……」
妾よりも聖女に思える本音を告げてくる様に、了承して、結界を元に戻し、この場にいた魔物たちを消滅させる。
その様に命が救われたと安堵する者達の中には王太子も当然いて、
「自身の正当性を示せましたか?」
と微笑んで尋ねる。
廃嫡されるのは当然として、これからどうなるか。
建国祭がそのまま滅亡祭にならなくてよかったものだと酷いことを思いつつ、マチルダを連れて王城を後にする。
――我も暴れたかったな
「冗談でもやめてください」
神の言葉に呆れたように言葉を返す。
後日。実はその場にいなかった国王が王太子を廃嫡。その場にいた貴族らも責任を負わせて、神殿で保護されているマチルダに土下座をする事態になったのだった。
まあ、当然よね。
公爵令嬢が居なかったら滅亡していた。




