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エピローグ・記憶より遠くから

視界を埋め尽くしていた眩い光が、ゆっくりと、しかし確実に溶けていく。

ひんやりとした森の冷気は、いつの間にか、停滞した部屋の、重く沈んだ空気へと変わっていた。


目を開けると、そこはガラスの森ではなく、足の踏み場もないほどに荒れ果てた自室だった。


レンを失ったあの日から、彼女の時間は止まっていた。

床には、中身を失ったコンビニの袋や飲みかけのペットボトルが散乱し、脱ぎ捨てられた服が死骸のように積み重なっている。

鏡は指紋と埃で曇り、彼女自身を映し出すことを拒んでいるかのようだった。


彼女は、この薄暗い混沌の中で、レンを失った現実を拒絶し、閉ざされた森へと、意識の底へと沈み込んでいただけだった。

あの美しく残酷で透明な枝葉も、足先から消えていく感覚も、全て…。


「……あ」


強張っていた右手の感覚が、ゆっくりと戻ってくる。

マニキュアを塗っていないのに、氷のように透明感を持っている爪が食い込むほど強く握りしめられている。

その掌の中に、硬く、冷たい感触があった。


恐る恐る手を開くと、そこには砕いたはずの花の代わりに、一つのアクセサリーが握られていた。

レンから贈られたスモーキークォーツ。

その結晶は、カーテンの隙間から漏れるわずかな夕光を吸い込んで、静かに、けれど力強く輝いていて、荒れ果てた部屋の中で、唯一かつての輝きを失わずにそこに存在していた。


カレンは、その石を胸に強く押し当てる。

レンがもういないという事実は、今も彼女の胸を鋭く突き刺す。喪失感は消えない。

それでも、彼からもらった温もりを抱いて生きていくことはできる。

思い出の中に彼を閉じ込めるのではなく、彼が愛した自分自身を、再び歩ませるために。


カレンは、積み上がった絶望の残骸をかき分けるようにして立ち上がり、数ヶ月間閉ざしたままだった窓のカーテンを、一気に引き開けた。

舞い上がった埃が、差し込んできた現実の光に照らされて、森の光の粒のようにキラキラと輝いた。


長い事、じっと座り込んでいたせいか、膝にも埃が付き、膝の小さな傷跡が透明に見えた。

彼女は、掌の中のスモーキークォーツを見つめ、静かに呟く。



「記憶より遠くから…」



夕日で満たされる部屋の中、まだ足に震えはあるが、カレンは自分の影を踏むように一歩足を動かした。




ー了ー

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