3.もう一人の王子
「アンナ……こんなことに巻き込んでしまって、ごめんなさい」
家に向かう馬車の中、リリアージュは唇を噛み締めたまま深く頭を下げた。
「やめてください、お嬢様が謝ることなんて全くございません」
「でも……」
「悪いのはガブリエル殿下ではありませんか。あのバカ王子、一体どれだけお嬢様に迷惑かければ……!」
「そんなこと言ってはだめ。もし誰かに聞かれたら……」
「ここなら平気です。だって、皆リリアージュ様の味方ですもの」
振り返らず力強く頷いた御者の後ろ姿に、リリアージュの目にじわりと涙が滲んだ。
「これから、どうなさるのですか?」
「そうね、お父様に相談……いえ、まずは自分で……」
「お嬢様……怒ってもいいのですよ」
「えっ?」
まっすぐに自分に向かうアンナの強い眼差しに、彼女は思わず息を飲んだ。
「もう十分過ぎるほど、お一人で頑張っているではないですか。それなのに……」
「アンナ……」
「今日だって、朝早くからずっと王妃教育ですよ。なのに、その間に浮気? 信じられません」
アンナのあまりの勢いに、リリアージュからふと笑みがこぼれた。
「ありがとう……でもね、ガブリエル様のお心が離れてしまったのも事実なの」
「それは……」
「その変化に気付かなかった私は、やっぱり『ハリボテ令嬢』なのかもしれないわね」
「お嬢様……」
それからリリアージュは何も話すことなく、馬車から見える景色をずっと眺めていた。
「リリア、おかえり。遅かったじゃないか」
「お兄様……ただいま戻りました」
兄であるルーベンスは、リリアージュを見つけるなり眉をひそめ駆け寄った。
「どうした? 何かあったのか」
「いえ……少し疲れただけですわ」
「本当か? 朝、家を出る時は、こんなにやつれていなかったよな?」
「一日中講義でしたもの。私だって少しは疲れてしまいますわ」
力なく笑ったリリアージュを見つめ、ルーベンスは大きく息を吐いた。
「こんな時間までずっと講義なんて……聞いているだけで頭が痛くなる」
「お兄様は、座学が苦手ですものね」
「そっ、それもあるが……リリアに何でも頼りすぎなんだよ、王家は。アラン、お前の力でなんとかならないのか?」
「……ルーベンス、無理を言うな。私が口を出せるわけないだろう」
「アッ、アラン様!」
視界で揺れたプラチナブロンドに、リリアージュの足がすくんだ。
アラン・レダール。
名前からも分かる通り彼は王家の人間だ。
「アラン、こういう時こそ、第一王子というお前の立場を思う存分発揮する時だろう。何のために私が側近でいると……」
大きな手の平でわざとらしく顔を覆い、ルーベンスは天を仰いだ。
「お兄様……その言い方は、さすがに不敬だわ」
「大丈夫だよ、リリア嬢。こんなことで怒ったりしない」
「でも……」
「城を離れている今は、ただのアラン・レダール。ルーベンスの悪友以外の何者でもないさ」
不安げに眉を寄せたリリアージュに、爽やかなアイスブルーの瞳が揺れる。
「リリア嬢……もし本当に何かあったのなら、遠慮せず言ってくれないか」
「いえ、アラン様には……」
「だから、今の私はルーベンスの悪友。それに、これから妹になる女性の悩みを、兄が聞くのは自然なことだろう?」
全てを包み込む温かな微笑みに、リリアージュの胸につかえていた棘が、ほろりと抜け落ちた。
「……では、一つお伺いしてもいいでしょうか?」
「もちろん。どんなことでも真摯に答えよう」
「ならば、お教えください……私は本当に完璧な令嬢なのでしょうか」




