27.振り返らない
アランは振り返らない。
全力で廊下を駆け抜け、すれ違う護衛を振り切る。
息を切らし、それでも出口はまだ見えない。
「……なんで……こんなに広いんだよ!」
花壇に咲くアイスブルーの花。
名前は知らない。
知っているのは、リリアージュが好きだということだけ。
「リリア……」
積み上げられた本の隙間から覗く照れた笑顔。
わざと「先生」なんて呼んで困らせる可愛らしさ。
込み上げてくる焦り。
「……間に合って……くれ」
灯りの消えたダンスホール。
息がかかるほど近付いたあの日。
触れ合った指先の感触が、まだ残っている。
——出口が見えた。
飛び出した先、月明かりの下。
今まさに、馬車に乗り込もうとするリリアージュが目の前にいる。
「リッ……リリア……!」
声を振り絞りアランはその名を呼んだ。
「アラン様!」
振り返ったリリアージュは、ドレスを持ち上げアランに駆け寄った。
「大丈夫ですか? 一体、どうなさったんですか」
肩を大きく揺らしながら、アランは膝に手を置き大きく何度も息を吸った。
肺が痛い。
それでも伝えたくて、吐き出した声はひどく掠れていた。
「……行かないで」
リリアージュは一瞬目を見開き、そのままアランを見つめた。
「君に、どうしても君に……聞いてほしいことがあるんだ」
彼女は少しだけ視線を揺らした後、穏やかに微笑んだ。
「……少し、座りませんか」
「後悔したくなかったんだ……」
庭のテラスに腰掛けるなり、アランは吐き出すようにそう呟いた。
穏やかな夜風に揺れるバラ。
アランはリリアージュの視線を避けるように、その白い花弁を見つめた。
「ほら、シロツメグサ……この前、話しただろう? 花冠のこと」
「……ええ、覚えております」
リリアージュは少し戸惑いながらも、アランの横顔をじっと見つめていた。
「でも、本当は嫌いだった……冠はガブリエルの物だったから」
「……アラン様」
苦笑いするアランの指先が微かに震え、それを隠すように彼は強く手を握り込んだ。
「なのに、リリアは花冠を僕の頭に乗せて笑ったんだ。素敵……って」
リリアージュはそっと手を伸ばし、アランの手に触れた。
冷え切った彼女の指先に、彼の温もりがじわりと伝わっていく。
「だから『似合うわけない』なんて、憎まれ口をきいて……なのに、君はなんて言ったと思う?」
——『誰が言ったの? その人、見る目がないわ』
「まぁ……そんなことを」
まるで覚えていないかのように驚くリリアージュに、アランは思わず唇を緩めた。
「たったそれだけなのに、嘘みたいに軽くなって……だから、気付いたんだ」
アランはまっすぐ彼女を見つめ、その手を強く握った。
「ずっと欲しかったのは、王冠なんかじゃない……君が隣にいる、未来だ」
刹那、吹き抜けた風がアランの前髪を揺らした。
「リリアージュ・ハインツベル公爵令嬢……」
彼女の瞳に映るアランは、視線を逸らすことなく一度大きく息を吸った。
「……好きだ」




