2.裏切りの庭
「ガブリエル殿下、今日は生徒会長として今後どうしていくおつもりか、生徒達にしっかりとお伝えいただけないでしょうか」
「ったく……それは私が言わなければならないことなのか」
足を広げソファーにだらしなく体を預けたガブリエルは、くせのある赤毛を揺らしながら大きなため息を吐いた。
「はい。生徒会長になられた方は、定例会で所信表明を……」
「そんなのリリアにやらせたらいいだろう」
「リリアージュ様、ですか?」
男子生徒の声が明らかな落胆の色で滲む。
「リリアも生徒会所属で、私の婚約者だ。別にいいだろ」
「ですが、これは……」
「うるさい! これ以上の指図は不敬とみなすぞ」
「もっ、申し訳ございません」
震えながら頭を下げる彼を、ガブリエルは鼻を鳴らしせせら笑った。
「リリアージュほど完璧な人間がそばにいるのに、それを使わない? ありえないな」
「……」
「私のように上に立つ者は、自分で動く必要なんかないんだよ。有能な人間をどう使うか、それこそが醍醐味……まぁ、君のような人間には一生縁がないだろうがな」
「……はい」
男子生徒は持っていた書類を握りしめ、静かに生徒会室を去っていった。
王位継承の最有力でありながら、その能力は平凡以下であると冷ややかに噂されるガブリエル。
もはや、彼の身勝手な振る舞いに付き合う人間は、リリアージュ以外誰一人としていなかった。
そして、その日もいつもと変わらぬ一日となるはずだった。
日曜日、妃教育のため朝から王城を訪れていたリリアージュが全てを終え控室を出ると、日はすでに傾き始めていた。
「リリアージュ様、今日も本当にお疲れ様でした」
「アンナ、ありがとう。でも、これくらいはどうってことないわ」
「そんな、朝からずっとですよ……」
侍女であるアンナは、明らかに足取りの重いリリアージュにそっと寄り添う。
「そうね……だけど、王妃となるには興味深いお話ばかりだったわ。それより、アンナも疲れたでしょう? 家に戻ったらゆっくりしてね」
「お嬢様……」
アンナは背筋を伸ばし歩くリリアージュの背中を、静かに見つめていた。
「あの……少しお庭の薔薇でもご覧になりませんか? ちょうどこの時季は、王城にしか咲いていない品種が見頃のようです」
「まぁ、それは素敵ね……騎士様、少しだけ寄り道しても大丈夫かしら」
「もちろんでございます。ぜひお心をお休めになってからお帰りください。ご案内いたします」
「二人ともありがとう、楽しみだわ」
少しだけ笑顔を取り戻したリリアージュに、護衛騎士とアンナもそっと目を細めた。
「あら? ハンレット様、こんなところでお一人でどうなさったの?」
「リッ、リリアージュ様!」
ガブリエルの護衛騎士である彼が、なぜ庭先に一人でいるのか。
わずかな違和感に、リリアージュの胸がざわついた。
「……ガブリエル様のおそばを離れて大丈夫? 今日は市井での視察、よね?」
「あっ、あの、そちらは午前中に終えて、午後にはお戻りに……」
「そう。では、ガブリエル様はこちらにいらっしゃるのかしら?」
「いや、あの……いっ、今は別のご公務に……」
落ち着きなく視線を揺らし、制服の裾を握り込んだハンレットは不器用に笑った。
「リリアージュ様、大変申し訳ございません」
突然、庭へと案内してきた護衛騎士が深く頭を下げた。
「本日急なご来客のため、ガブリエル殿下がお一人でご対応される旨、失念しておりました」
「まぁ……」
「失礼ながら少々厄介なお方のようで、お庭は別の日にご案内してもよろしいでしょうか」
「もちろんよ。気を遣わせてごめんなさい。ハンレット様もお邪魔してしまい申し訳ございませんでした」
「とんでもないです。申し訳ございません」
「では、ごきげんよう」
微笑みを称え背を向けたリリアージュに、ハンレットが明らかに安堵のため息を吐いたその時だった。
「あぁ、カトリーヌ。君は本当に最高の女性だよ」
リリアージュは静かに足を止め、ゆっくりと振り返る。
その視線の先にあったのは、ガタガタと体を震わせリリアージュを見つめるハンレットと何かを覆い隠すように葉を茂らす生垣。
「あっ、あの、これは……」
声が震えまともに立っていられなくなったハンレットに駆け寄り、リリアージュはその肩に触れた。
「……ったく、王子なんて本当に楽じゃないよ。庶民なんかのために、面倒事ばかり引き受けて」
「まぁ、貴族ならまだしも……くだらない人間達のために、ガブリエル様がご苦労されることないわ」
「さすがカトリーヌ、僕のことをよくわかっている」
居た堪れず唇を噛み締め俯くハンレットの手を、リリアージュは優しく握り微笑みかけた。
「実はさ、面倒なことは全部リリアにやらせてるんだ」
「完璧令嬢様に?」
「リリアが完璧? 冗談だろ」
蔑むような乾いた笑い。
リリアージュの微笑みは一瞬で抜け落ち、ハンレットの手を握る指先が微かに震え出す。
「見た目がそこそこ良くて少し勉強ができるからって、どいつもこいつもリリアを持ち上げ過ぎなんだ。完璧令嬢? 冗談じゃない」
「まぁ……じゃ、どんなご令嬢なの?」
「あんな女、見てくれだけのハリボテ令嬢さ」
「やだぁ〜、ハリボテなんてリリアージュ様が可哀想よぉ」
「あのバカ王子!」
「アンナ……やめて」
今にも飛び出して行きそうなアンナを制し、リリアージュは静かに首を振った。
「カトリーヌ。その点君は、本当の意味で完璧な令嬢さ」
「私が?」
「あぁ、君はいつだって私のことを褒めてくれる……それに、私の考えを理解してくれるのも君だけだ」
「確かに……今、ガブリエル様が何を考えているか、当ててもいい?」
「もちろんだ」
「私ともっとキスがしたい、でしょう?」
「ご名答……」
漏れ出した笑い声と湿った吐息に耳を塞ぎ、リリアージュ達は静かにその場を後にした。




