19.晩餐会前夜
「……入れ」
その男は、控えめなノック音に視線を送ることなく、ランプの火に揺らめく文字を目で追っていた。
「陛下、お呼びでしょうか……いかがなさいましたか」
「……どうにも眠れんのだよ。ダミアン、悪いが酒を一杯、持ってきてくれぬか」
「承知しました……また、お読みになられたんですか」
ダミアンは主君の手にある便箋のシワを一瞥し、静かに息を吐いた。
「ダミアンよ……どう思う?」
「どう……とは、ご子息お二人のことですか。それとも」
「どっちもだ。一体、何がどうして……」
「そうですね。率直に言わせていただけるのなら……まずは陛下は、女性を見る目から養われるべきかと」
「……どういう意味だ?」
「必ずしも、家柄と人柄は比例しないということです。そして、家柄だけでは人は育たない」
「お前は、相変わらず厳しいな」
「ですが……そのどちらもが、揃った完璧な方もいらっしゃる」
「それが、リリアージュ・ハインツベルか?」
分かりやすく顔を歪めた陛下を前に、ダミアンが答えることはなかった。
「とりあえず……公爵家のご機嫌を損ねてしまったことだけは、事実ですね」
「言うてくれるな。それが何よりも恐ろしいんだ」
たまらず大きな溜息を漏らし、ソファーに深く体を預けた。
「宰相殿だけでも厄介なのに、今回は、あのルーベンス様も相当ご立腹と……」
「やめろ……考えたくもない」
「まぁ、ルーベンス様に関しては、アラン様がしっかり手綱を握っていらっしゃいますし……」
「それもそうか。なら……」
「ですが、今回はリリアージュ様が関わっていらっしゃいますからね。どなたも冷静ではないでしょうね」
「おい、待て。それは……」
「娘思いのお父上、妹を溺愛する兄上。その他にも……」
持っていた便箋をテーブルに投げ出し、ついに王は天を仰いだ。
「それに、よもやリリアージュ様ご本人までが、加勢されるとは……やはりハインツベル公爵家は、敵にまわすものではございませんね」
小さく笑い声を漏らしたダミアンを睨みつけ、王はただまっすぐ宙を見つめた。
「なぁ……どちらが相応しいと思う」
「さぁ、私にはなんとも……ですが」
ダミアンは細長い指で眼鏡をそっと押し上げる。
「一つだけ、確実なことがございます」
「……何だ?」
「お二人のうち、どちらが陛下の後を継がれるにしても……その妻はリリアージュ様以外にいらっしゃらない、ということです」
「……そうだな」
観念したように息を殺し、王は深く溜息を吐いた。
「ダミアン……早く持ってこい、一番強いやつを頼む」
「御意……」
頭を抱える主君の姿をドアの隙間に捉えながらその場を後にしたダミアンは、薄暗い廊下を足音も立てずゆっくりと進む。
「陛下、ハインツベルを味方につけた時点で、どちらが有利かなんて……考えるまでもありませんよ」




