18.差し出されたその手…6日目②
「ちょっと待って、さすがにそんなこと……」
「アラン様もご存知のように、私には明日エスコートしていただく男性がおりません。ですから……」
「いやいや、ルーベンスがいるじゃないか。もしそれがダメでも、お父上だって……」
「その父が『アラン様にお願いしてはどうか』と申しておりますので……」
「はぁ?」
アランは目を大きく見開いたまま、言葉を失った。
「昨日のこと、父に話しました。さすがに、何も伝えずに明日を迎えるのは、申し訳なかったので……」
「そう……で、ハインツベル公爵は何て?」
「……すべてを私に任せると」
「えっ?」
「私がお願いしたんです……ハインツベルの名にかけて、この件は自分で決着をつけたいと」
「そんな……公爵殿は、それで納得してくれたの?」
「ええ。大抵の父親は、娘には甘いものです」
そう穏やかに微笑むリリアージュに、アランも苦笑いするしかなかった。
「それなら、私がエスコートしなくても……」
「いえ、それは私の希望ですわ」
「いや……さっき、君が言ったんだよ。お父上からの願いだって」
「ええ。ですから、私が望むのなら、遠慮せずアラン様にお願いすべきと、父も申しておりますの」
口に手を当て、いたずらっぽく目を細めるリリアージュ。
ハインツベル家の人間を怒らせるな。
いつか父である国王陛下が言っていた言葉の意味を、アランは密かに噛み締めていた。
「……でも、どうして私に? 正直、ここで私が出れば、ガブリエルが黙っていないだろう」
「ええ。きっとお怒りになるでしょうね」
「なら……」
「だからです」
そこには、婚約者の顔色を伺うリリアージュはいなかった。
「父や兄と一緒に行けば、争いは避けられるでしょう。ですが、それでは私とガブリエル様の関係は、今までと何も変わらない」
「……リリア嬢」
「これまで七年間、私はガブリエル様と苦楽を共にして参りました。それが、私の使命だと信じていたからです。ですが……」
リリアージュはほんの少し言葉を詰まらせ、それでも顔を上げ微笑んだ。
「自分の立場も弁えない愛人のお世話は、私の使命ではありません」
「リリア……嬢?」
「婚約者が間違っていたら、それを正すのが私の役目です。お二人と一度きちんとお話しします」
「……君は、それでいいの?」
力強く頷きながらも、彼女はわずかに目を潤ませた。
「それに……アラン様には、どうしても見届けてほしいんです」
「私が……?」
「はい。『完璧な令嬢』とはどんな令嬢か……私の答えを、まだお伝えしておりませんわ」
まっすぐにアランを見据えたリリアージュの視線を、彼は逃げることなく受け止め、静かに息を呑んだ。
「わかったよ……私も、覚悟を決めよう」
大きく深呼吸をしたアランは、ゆっくりとリリアージュに向けて手を差し伸べる。
「リリアージュ・ハインツベル公爵令嬢。明日の晩餐会、私に貴女をエスコートさせていただけませんか」
差し出された手をそっと取り、リリアージュは穏やかに微笑んだ。
「……喜んで、お受けいたします」




