10.どうぞ、思うがままに…3日目①
「さぁ、今日は少し体でも動かそうか」
王城に到着するなり、リリアージュを連れ出したアラン。
「あの……どちらに向かっているのですか?」
「それは着いてからのお楽しみ、かな……ほら、ここだよ」
両開きの大きな扉に手をかけ、アランは勢いよくそのドアを押した。
「リリアージュ様、おはようございます」
家具も何もない大きなホール。その真ん中に立っていたのは、一人の騎士。
「彼は、私の護衛騎士をしているダニエル。ダニエル、挨拶を……」
「はい! アラン様の護衛をしておりますダニエルと申します」
勢いよく頭を下げたダニエルに動じることなく、リリアージュは穏やかな笑みを浮かべる。
「リリアージュ・ハインツベルと申します。アラン様、これは一体……」
「ごめん、何も説明していなかったね。今日は、リリア嬢に頼みがあるんだ」
「頼み、ですか」
「あぁ。このダニエルに、ダンスを教えてあげてくれないか」
思わず言葉に詰まったリリアージュは、体を強張らせアランの横に立つダニエルに視線を送った。
「彼は騎士団の中でも一、二を争うほど剣の扱いには長けているんだ。運動神経もいいし、頭も切れる」
「優秀でいらっしゃるんですね」
「でもね……ダンスだけは壊滅的に下手なんだ」
「まぁ……」
恥ずかしそうに頭を掻いていたダニエルは、リリアージュの視線に気付きすぐに姿勢を正した。
「それでも、普段ならそこまで問題にはならなかったんだけど、今回はそうもいかなくてね」
「……もしかして晩餐会、ですか?」
「さすがはリリア嬢、話が早い。実は、最近婚約してね」
「おめでとうございます。それで……」
「あぁ。もちろん教えるだけなら私でもいいけど、相手は必要だろう?」
「確かに。でも、なぜ私に?」
眉を寄せアランを見上げるリリアージュに、彼は自信たっぷりに微笑んだ。
「私が知る限り、君ほど基本に忠実で、かつ華やかに踊れる女性は他にはいない」
「アラン様……」
「それに、これは何も彼のためだけではないんだよ?」
「えっ……」
「ダンスは令嬢にとって必要不可欠なもの。君自身も改めて、自分のダンスに向き合ってみては?」
優しく微笑みながらアランはリリアージュの手を取り、ゆっくりとダニエルの元へ歩み寄る。
「ダニエル、女性を輝かせることが、私達男性の喜びだ……頑張って」
「はい!」
「では、ダニエル様。まずは音楽に合わせること、そこから始めましよう」
「いや、でも、私は……」
「ステップを間違えても問題ありません。まずは堂々とすること、それだけで女性は安心するのですから」
「わっ、わかりました」
緩やかな音楽が始まると、リリアージュの目に輝きが増す。
「さぁ、参りましょう」
彼女が一歩踏み出した瞬間、吹き込んできたそよ風のように、バイオリンの音色がリリアージュを包み込む。
一瞬彼女に見惚れていたダニエルも、すぐ我に返り足を踏み出す。
「ダニエル様……その調子ですわ」
静かに頷き胸を張ったダニエルは、顔を強張らせながらも必死に喰らい付いていく。
「そう、そうです。音を感じて……顔は前を向いたまま……」
「はい……前を……音に、合わせ……あっ!」
ダニエルの足が一拍早く前に出るも、リリアージュは軽やかにかわして次の位置へ。
「大丈夫、続けますよ」
「はっ、はい!」
汗を飛ばしながら前を向くダニエルの顔に、わずかに笑みが浮かび始めた。
「……やっと笑ってくださいましたね」
「あっ……はい」
彼を見上げるリリアージュからも、自然と笑みが溢れた。
「ダニエル様……先ほどアラン様が仰ったこと、覚えていらっしゃいますか?」
「はっ、はい。女性を輝かせるのが、男性の喜びと……」
「なら、女性の喜びは何だと思いますか?」
「女性の喜び、ですか?」
「ええ、それは——」
耳を傾けたダニエルは、満面の笑みを浮かべ前を向いた。
「リリアージュ……」
その光景に眉をひそめたアランの瞳が、一瞬で色濃く沈んでいく。
だが、それに気付かぬ二人は、見つめ合いゆっくりと前を向いた。
「さぁ、いきますよ」
「はい!」
響きあうバイオリンが二人を追うようにホールを踊る。
半拍遅れたダニエルをさりげなく導き、最後のターンを終えたリリアージュは静かに息をついた。
音の消えたホールに響く拍手。
「すごいじゃないか、ダニエル」
「ありがとうございます、アラン様」
満面の笑みで彼を見つめたダニエルに微笑んでから、アランは静かにリリアージュへと視線を移した。
「でも……これではまだ完璧、とまでは言えないな」




