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知らない話を知らないまま

作者: エンペラー
掲載日:2026/01/17

 田舎の道に、個人商店と自動販売機が一台だけ並んでいた。夜七時を少し過ぎた頃で、空はすっかり暗い。街灯の光は弱く、白く浮いた自販機だけがやけに目立っていた。

 兄弟の片割れが、飲み物を買ってくると言って自販機の前に立った。僕は少し離れた場所で、それを待っていた。

 気づいた時には、いなかった。

 名前を呼ぼうとして、やめた。代わりに振り返ると、背後の道路をバスが通った。

 一台ではなかった。間を置かず、もう一台。どちらも同じ方向に走っていく。窓の奥に、制服のような色が並んで見えた。修学旅行の帰り、そんな言葉が自然に浮かんだ。

 ここは観光地じゃないのに。

 妙だと思っていると、隣に人が立っていた。いつからいたのか分からない人だった。

「最悪だ」

 低い声だった。

「何がですか」

「胡桃が落ちると、岩が道を塞ぐんだ。家が集まってるだろ。あそこの道が使えなくなる。今は2つ落ちた…2つの岩が落ちてくるんだ……」

 知らない話だった。けれど、その人は迷いなく言った。

 いつの間にか、周りに三人ほど人が増えていた。誰もその話を知らないはずなのに、否定する人はいなかった。

「帰り道一緒だし、帰るか」

 誰かがそう言い、全員が歩き出した。

 帰り道には、胡桃の木があった。地面には、いくつも実が落ちている。

 さっき話してくれた人が、それを拾い集めていた。

「最悪だ……」

 呟きは、それだけだった。

 岩は落ちなかった。

 道も塞がれなかった。

 家々の灯りは、いつもと変わらず点いていた。

 それでも、胡桃の重さと、バスが二台通ったことだけが、妙に現実感を持って残っていた。

 兄弟は、少し先を歩いていた。何事もなかったように。

 あの話が本当だったのか、誰が知っていたのか、今も分からない。

 ただ一つ確かなのは、僕たちはその話を知らないまま帰り、

 ――知らない話を、知らないままにしてしまったということだけだった。

この話に出てくる人たちは、

誰も詳しいことを知りません。

それでも、聞いてしまった話と、

見てしまったものだけは、消えずに残ります。

知らない話を、

知らないままにしてしまうことも、

一つの選択なのかもしれません。

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