ある子爵令嬢のために、サバイバルを
「小説家になろうラジオ大賞」応募作品、1000字短編です
夜会の席で、ある令嬢が手に持っていたワイングラスを、ハインツは横からさっと取り上げた。
「君はワインが飲めないだろう?これをどうする気だ?」
グラスを取られたのは子爵令嬢ルイーズ。大きな瞳がこぼれそうなほど目を見開き、ハインツを凝視している。
ルイーズの向かう先にいるのは、この夜会で婚約を発表する伯爵令嬢。晴れの舞台に最高級シルクのドレスを着ている。
失敗した…そう気付いたルイーズはその場から逃げ出した。
ハインツはルイーズの後を追った。広間を出て庭園まで行くと、観念した彼女が足を止め振り返る。
「何よ。正義の味方気取り?」
「正義かどうかは知らないが、少なくとも僕は君の味方だ」
「じゃあ何故止めたの?」
「あのドレスは最高級品だ。賠償金で子爵家が終わってしまうよ」
「……それでよかったのよ!」
ルイーズが感情のままに言い放つ。だがハインツは嬉しそうに、くすりと笑みを漏らした。
「やっと君と話ができた」
ハインツとルイーズは家族ぐるみの付き合いで、仲の良い幼馴染だった。だがある年、子爵家の領地が災害に見舞われた。農地に広く被害が出て、その補填のため子爵家は財政難が続くことになった。
災害を機に両家の交流は無くなった。2人が話をするのは10年ぶりだろうか。
「僕をずっと避けていたね?」
「ええ……」
迷惑をかけたくなかった、そうルイーズは呟いた。
「あの伯爵令嬢、とんだ性悪だもんな。陰で君のこと、貧乏貴族だの散々馬鹿にして」
「知ってたの」
「うん。でも僕では何もしてあげることができなくて……ごめん」
「良いのよ。最後にあのドレスを汚して、恥をかかせてやりたかったわ。どうせ子爵家は、来年まで生き残れないから……」
だがあの時、ルイーズの、ワイングラスを持つ手が震えていたのをハインツは知っている。きっと止めなくても、彼女は最後まで嫌がらせをすることはなかった。
「僕は昨年まで隣国に留学して、農地改革の技術を学んで来たんだ」
「知っているわ。貴方は優秀だと評判だもの」
「災害の爪痕が残った子爵家の領地に、その知恵を貸すことができる。君さえ良ければだけど」
ルイーズはまたしても、こぼれそうに大きな瞳をハインツに向けた。幼い頃から大好きだった彼女の、驚いたときの癖は変わらない。
「一緒に生き残ろう、ルイーズ」
ハインツは手を差し出した。ルイーズはその手を――その求婚を、今にも泣き出しそうな微笑みとともに受け取った。




