第10話 ようこそ『花屋』へ
一旦花屋に戻るけど、一葉くんはどうする?
聞かれたのは銀行に寄った怜が一度車を降り、再度乗り込んだあとだ。シートベルトを締めながら後ろを振り返る怜に、それじゃあ――と言って、花屋まで行く前に駅で降ろしてもらうことにする。
どうせもう「返事」はしている。怜にも、今日は特に仕事も無いからこのまま帰ってもらって構わないよ、と言われたあとでもあった。
それで、どうかな。うちに来てくれる気はある?
全てを説明してから最後に聞かれ、少しばかり考えた。助手席に座っていた音弥が眉間のシワを深くするのがサイドミラーに見えたが、考えたところで結局、答えは変わらない。
元々そういうつもりだったから、今日花屋に行ったのだ。どんなところか知って気が変わるくらいなら、初めから行っていない。
「だよね。一葉くんはそういう子だと思った」
今日一日、疲れたでしょ。今日はもういいから、帰っていいよ。
それを聞いて、一葉はどっと疲れが溢れたように感じた。体力的なものというより、精神的な意味でのものが強い。今日一日で、今までの人生で触れたことのないものばかりに触れた気がする。
駅のロータリーには二、三台のバスが停留していた。バスの電光掲示板に表示された行き先と経由地には、ほとんど同じ場所が記されている。
結局同じ場所を経由するのに、こんなに走らせる必要があるのかと思ってしまう。それでも、どの乗り場も並ぶ人の列が絶えないのだから、やはり意味があることなのかもしれない。
ロータリーに停まった車から降りて、ドアを閉めかけたところで手が止まった。何気にずっと気になっていたことを思い出し、確認しておこうと思ったのだ。
「―――『花屋』って、ここの名前ですよね?」
立っている場所を示すように地面を指して言ったが、それは何も、降り立ったロータリーを指して言ったことではない。依頼を受けるのは「用途の花」という、他とは変わった花屋のことを指して言ったことだ。
花を売る店、という一般的な識別の意味での呼び方ではなく、その場所に真実つけられた「名前」として。
あれ、言ってなかったんだっけ、と怜は運転席から軽く首を傾げた。聞けば、名刺に刷られているから、そもそも一葉がそう承知しているものだと思っていたらしい。
「『花屋』は、うちのれっきとした「名前」だよ。花を売ってることに違いはないし、むしろ、分かりやすくするためにそう名付けたところもある」
そういうわけだから、一葉くんも新しく『花屋』の一員だね。
言って、怜はハンドルから手を離し、軽く腕を広げた。
「ようこそ、花屋へ。これからよろしくね、由良一葉くん」
人懐っこい笑みには、一点の曇りもない。
後ろから来た別の車にクラクションを鳴らされたのは、そのすぐあとのことだった。
少し短めですが、「【First Flower】花の無い花屋」はここまでになります。
次回以降も、引き続きよろしくお願いします!
※簡単ですが、花屋のメンバーの年齢をまとめました
(そういえば、怜以外の花屋メンバーのフルネーム初公開です)
由良一葉…19歳
氷月怜…26歳
川井音弥…23歳
篠宮菫…25歳
万年青満作…67歳




