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第2章-第4節 『さよならさんかく、またきてしかく』

「……さあな。俺らの仕事は、あくまでここの治安維持だ。遺跡の中がどうなっとるかは知らん」


 俺の思考を見透かしたように、レイが淡々と言い放つ。

 二人が知らないというのなら、それ以上突っ込んでも仕方がない。

 俺は小さく頷いて、少し視点を変えてみることにした。


「……にしても、そんな危険なのになんで遺跡に行くやつが後を絶たないんだろうな?」


「まぁ……命を懸けてでも何かを手に入れたいってやつがそんだけおるんだろ。それかよっぽどのたわけ(もん)だ」


「おにい、言い方……。みんな、そこまでして叶えたい夢があるってことッスよね」


 言葉を選ばないレイに、レオはじとりと目を細めてから、彼女なりのフォローを加えた。


 叶えたい夢か――確かに、本当に遺跡に財宝が眠っているんだとしたら、手に入れられればなんでも出来るだろう。

 特に大それた夢もなく、生活費の補填のためだけに遺跡を目指しているのなんて俺たちくらいかもしれない。


 それもこれも、カインのせいなのだが……。


 彼の辞書に商魂という言葉があったのなら――そこまで考えて、(かぶり)を振る。

 どれだけ生活に困窮しようが、この推理ジャンキーが探偵業で金を儲けようとするはずがない。彼の大切にする探偵論がそれを許さないだろう。

「僕のポリシーに反するので」とか言われるのが目に見える。


 兎にも角にも、ここまで来たからには遺跡に辿り着きたいが……レイの話じゃ、そもそも素質のないやつは遺跡に辿り着けないときた。

 現に、俺とカインはあの蝿の化け物に襲われて、遺跡に辿り着くどころではなかったわけで。

 またあんなのと遭遇したら、俺たちには為す術もない。

 さらに言えば、今自分たちが森のどのあたりにいるのかも見当がつかないのだ。


「んんー……」


 どうしたものかと目の前の兄妹をじっと見てから、俺は思い出したように問いかけた。


「……あのさ、二人は遺跡に行くやつらを見たって言ってたけど……それって、遺跡の場所も知ってるってこと……だよな?」


 俺の言葉に兄妹が顔を見合せる。

 口を開きかけたレイを遮るように、レオが声を上げた。


「えと、知ってるは知ってるんスけど……」


「けど……?」


 言い淀むレオに問い返すと、彼女は不安げに眉を寄せた。


「ほんとに行きたいんスか? 危ないし、やめたほうがいいんじゃないかな~なんて……思ったり……」


 その声には、さっきまでの無邪気な調子はなく、不安と戸惑い――それにほんの少しの躊躇いが混ざっているようだった。


「レオ」


 レイが溜め息交じりに彼女の名を呼ぶ。

 彼は腕を組んだまま、戒めるような口調で続けた。


「俺らに止める権利はねえ。そこまでは頼まれとらんはずだ」


「あう……それは、そうなんスけど……」


 何か言いたげに、レオが視線を泳がせる。

 レイはそんな彼女を一瞥すると、やや面倒くさそうに目を細めた。


「……はぁ。お前、こいつのことそんなに気に入ったんか」


「えっ!? いや、別にそういうんじゃないッスよ!? 何言ってんスかおにい……! レオはただ、なんか……その……」


 レオは忙しなく耳を立てたり伏せたりしながら、言葉を探しているようだった。


「……心配してくれてるってことだろ?」


 助け舟を出すように俺が言葉を継ぐと、彼女は一瞬目を丸くしてから大きく頷いた。


「そ、そう! 心配……! ハジメさんたちも他の人みたいに帰ってこないんじゃないかって、心配なんス。と、友達になれそうだなって思ってたから……」


「そっか、ありがとな」


 友達になれそう、なんて言ってもらえたのが嬉しくて、口元が緩む。


「……でも、俺には行かなきゃいけない理由があるんだ」


「理由……」


 小さく繰り返すように言ったレオが、じっと俺を見つめる。レイも僅かに眉を上げ、次の言葉を待っているようだ。

 俺は拳を握りしめ、腹を括るように息を吸い込んだ。


「ぶっちゃけ言うと――俺の……生活が懸かってるんだ……!」


 流れる沈黙。思いの外大きく出た声が木々の間をこだまして、妙な汗が頬を伝う。


「……そりゃ……切実だな。うん」


「め、めっちゃリアルな理由だったッス……。そんなに追いつめられてるんスか……」


 沈黙を破ったのは、意外にもレイだった。

 そこに否定の色はなく、兄妹は揃って憐れむような目を向けてくる。

 若干引かれているような気がしなくもないが……。


「まぁ……理由はなんであれ、行きたいやつは行きゃあいい。死んでも、それはこいつの選択だ」


「死ぬ前提なのやめてくれる!? クッソ……五体満足でお宝抱えて帰ってくるから見てろよ!」


 レイの言葉に触発されて、思わず大きく宣言してしまった。


 そんな俺を見て、ふっと息を吐いたレオが目を細める。

 どこか安心したような、吹っ切れたような表情だった。


「そんだけの覚悟があるなら、レオももう止めないッス。なんか、ハジメさんたちならやれそうな気がしてきたし……だから――」


 俺の顔を覗き込んだレオが、にっと笑いながら小指を立てる。


「ぜ~ったい帰ってくるって、約束ッスよ?」


 夏の日差しを体現したような、屈託のないその笑顔が妙に目に焼き付いた。

 胸の奥がきゅっとなるのを感じながら、そっと小指を絡める。


 もしかして、今めっちゃ青春っぽいことしてるんじゃ――そう思った瞬間。


「グルルル……」


 低く喉を鳴らすような唸り声が耳に入る。

 ちらりと視線をやれば、牙をむき出しにしたレイが俺を睨みつけていた。


 あからさまな威嚇に、俺は慌てて絡めていた小指を離す。


「……ふん。ついて来い。案内してやる」


 レイはぶっきらぼうにそう言うと、生い茂る木々の中へと入っていった。

 

「なんだかんだ言いながら、案内してくれるんですねぇ。良かったですね、ハジメさん」


「俺、あいつがよくわかんねぇよ……なんなの? ツンデレなの?」


 呆れ混じりにぼやいた俺に、カインが笑いながら頷く。

 そのやりとりを聞いていたレオが、照れくさそうに頬を掻いた。


「へへ、おにいは口ではあんな感じだけど、意外と優しいんス。ただちょっと不器用っていうか……いろいろあって……」


「――おい、いつまで立ち話しとんだ。早よ来い」


 彼女の言葉を遮るように、木々の隙間からレイが顔を出す。


「わっ、ごめんおにい! 今行くッス! ……行こ! ハジメさん、カインさん!」


 レオは一歩踏み出してから、思い出したように「あ」と声を漏らし、こちらを振り返った。


「さっき言ったこと、おにいには内緒で……!」


 指を口元に立てるジェスチャーをしながら悪戯っぽく笑うと、彼女は尻尾を揺らして駆け出す。

 その後ろ姿を追いかけて、俺たちも森の奥へと足を踏み入れた。



 進むほどに木々の影は濃くなり、道らしい道がなくなっていく。

 どこを見ても同じような景色の中、兄妹はナビでも見ているのかと思うほどのスムーズさで俺たちを先導した。


 しばらく歩いたところで、レイがぴたりと足を止める。

 俺たちもそれにつられるように立ち止まった。


「……俺らが案内すんのはここまでだ」


 そう言って、レイは肩越しにこちらを振り返る。


「こっから先はお前らだけで行け」


「え、遺跡まで案内してくれないのかよ」


「大丈夫! ここをずーっと真っ直ぐ行けば、すぐ遺跡見えるッスから!」


 レオが指差した方を見れば、木々の隙間を縫うようにして、獣道のような細い道が続いていた。


「一本道だからって突っ走んなよ。前ばっか見とらんで、たまにゃあ足元も見た方がいいぜ」


 口調こそぶっきらぼうだが、レイの言葉はどこか優しさを含んでいた。……ような気がしなくもない。


「子供か俺は……言われなくても、ちゃんと気を付けて歩くっての」


「……どうだか。お前、視野が狭そうだでな」


「別れ際までディスかよ! 心配するか貶すかどっちかにしてくれ」


「ふん。ま、せいぜい気を付けんだな」


 俺の悲痛な叫びを、レイはさらりと受け流す。

 レオと接触したことを根に持たれているのかわからないが、こいつ俺にだけ風当たりが強くないか。


 そんな俺の心情を知ってか知らずか、レオは親指をぐっと立て、出会った時と同じように笑った。


「二人とも、ファイトッスよ!」


「おう、サンキュ! いっちょ生還者第一号になってくるわ」


「レイさんも、レオさんも……いろいろありがとうございました。またお会いしましょうね」


 レオの快活さにつられて、俺の心も前向きになる。

 二人に別れを告げ、俺たちは遺跡へと続く道を歩き始めた。


「またね~! ハジメさ~ん! カインさ~ん!」


 背中越しにレオの元気な声が聞こえる。

 出会いと別れ……なんかいいな、こういうの。冒険っぽい。


 俺は振り返らないまま、片手を挙げてそれに応えた。



 一時はどうなるかと思ったが、ひとまず遺跡に辿り着くことはできそうだ。

 順調に進んでいる――俺はこの時、そう信じて疑わなかった。

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