婚約者に捨てられた
急に思いつき 婚約者がモテすぎる のルシル視点で書いてみました。さくっと読めます。
どうぞ宜しくお願いします。
公爵令息ルシルは天使のような美貌の輝くばかりの美幼児だった。三歳で侯爵令嬢のリリーと婚約した。相手はまだ生まれたばかりだった。金色の髪と赤い瞳の白いほっぺたがぷくぷくとした可愛らしい赤ちゃんだった。
後で分かった事だがリリーの家は鉄鉱山を持つ国内随一の大金持ちだった。財政状況の良くない公爵家から申し込んだ縁談だ。リリーの兄のロイドにも王家から縁談があったようで格上からの申し込みを断れなかっただけのことだった。
僕は天使のようだと言われるのに幼い頃から慣れてしまっていた馬鹿な子供だった。大人達から子供まで男女共にちやほやしてくるのだ。気分が悪いはずがなかった。悪意のある大人達から護衛や乳母に守って貰っていたのを当たり前として育っていった。
お母様は綺麗な人だがお父様に厳しい気がしていた。お父様は僕から見ても甘い顔と甘い声を持つ綺麗な人だった。お父様が女性には優しくしなくてはいけないよと言われるのだ。それが貴族男性のあり方だと刷り込まれてしまった。
だから僕は誰にでも笑顔を振りまいた。
剣や自国の歴史、近隣国の歴史や語学、ダンス、貴族としてのマナーの中に当然女性を褒めることも入っているものだと思い身に付けた。身長が伸びると実際女性に微笑むと顔を赤くする人や倒れる人まで出てくるようになった。
★
婚約者のリリーとは何でも言える間柄になっていた。
僕が八歳の時のお茶会でリリーに婚約解消を提案された時は、五歳でそんなことを考える発想が面白くて嫌だと断った。
リリーは僕が沢山の女性を侍らす様な未来が見えますって言ったんだ。
ここまでずけずけという子はそこら辺にいない。そんな婚約者最高だろう。
リリーは僕が将来愛人を持つだろうと誤解し、それを嫌がる女の子だった。
貴族にはよくあることだけどそんなことをするつもりは無かった。
行動が伴っていなかったから信じては貰えなかったけど。
何て馬鹿だったんだろう、この頃の僕。
リリー自身が可愛かったというのもあるだろうが、僕の顔に見惚れないんだよ。
分かる?見かけだけで判断してなかったということだよね、五歳で。
上から目線だったのかな、それとも人間観察の天才だったのかな。
この時受け止めなくてはいけない言葉をどうして僕は受け止めなかったんだ。
後悔先に立たずだとずっと後で気が付いた。
リリーは婚約者というより妹に近かった。でもちゃんとお茶会や街でのデートもしたよ。
プレゼントも欠かさなかった。結婚するのは本音で付き合えるリリーが良いと思っていたから。
公園にデートに行った時も女の子達が騒ぐから手を振ってにっこりしてあげた。
きゃあって騒いでたけど本当は全然興味はなかった。
「婚約者がいる前でそんなことをするルシル様ってありえません」
って叱ってくるリリーの方が面白かったんだ。
この頃には僕はどこか可怪しかったのだろうと思う。
恋愛感情じゃなくても、遠回しに自分だけを見て欲しいと言っている婚約者の気持ちがわからなかったんだ。
親子三人で出かけても女性にモテる父上と凛としている母上に挟まれていたんだ。貴族の家庭はこんなものだと思って育っていたんだから。
リリーは十歳にして将来絶対美女になると確信する容姿だった。艶のある金髪にアーモンドの形をした紫水晶のような綺麗な瞳にぽってりとしたピンクの唇。
こんな子が婚約者で良かったなと思っていたんだ。
婚約解消を狙っているとは思っていたけど僕は浮気はしていない。
ずっとそのままでいられると傲慢にも思っていたんだ。
だからプレゼントやお茶会はまめにした。
十三歳で王立貴族学院に入学する頃になると、僕は身長が伸びて青年らしくなり益々注目を集めるようになった。
女子生徒から更にきゃあきゃあ言われるようになった。
公爵令息で王子様のような容姿で誰彼となく優しく接していたからね。
令息の友達は出来なかったけど、令嬢たちがいつも纏わりつくように傍にいた。ドレスや宝石だのと空っぽな会話をする子達が。
これで良いのかと思う事もあったけど、友人ってどうやって作ればいいのか分からなかった。女の子達の壁が厚くて令息と近づけなかったというのもある。
言っておくが決して女好きではない。
女性にだらしないと思われていたのだろうなとは思うが大人の関係にはなっていない。
あからさまに誘われた事もあるが、きっぱりとお断りをした。
罵られたけどそれが何?というだけだった。
僕はリリー以外とそういうことをする気はなかったからだ。
纏わりつく女子生徒を、今更近づかないようにするのも面倒くさいから放っておいたのが良くなかったらしい。
最終学年になった頃、勘違いした令嬢達の婚約破棄が学院で増えだしたと学長から呼び出しを受けて知った。流石にそんなことは望んでいなかった。
婚約者はリリーで結婚をするのも彼女だと決めていたのだから。
そうすればこの先の人生も楽しいだろうと勝手に思い込んでいたのだ。
もちろん彼女を不幸にする気はこれぽっちもなかった。
家族のような愛情は持っていたし結婚すれば妻として大切にするつもりだった。
だけど学院での様子がリリーに知られているなんて思いもしなかった。
あれほど注意をされていたのに聞こうとしていなかったんだ。
★
勉強は終わっていたのでもう学院は行かなくて良いことになった。
僕が行かない方が丸く収まるという事だ。
僕は王宮魔術師に上辺だけの褒め言葉を言わない魔道具を作ってもらうよう依頼した。ブレスレットだ。
父上が母上に同じ物を着けられて領地に押し込まれた時には背筋が凍った。
かなり前から我慢していたんだと漸く気が付いたのだから。
案の定リリーから婚約解消の手続きの申し込みが我が家に届いた。
馬鹿な僕は漸く本当に愛している人が誰か分かった時に捨てられて気がついた。
死ぬほど後悔してリリーに縋ったけど遅すぎた。
両親から本当の愛情を与えられなかった僕はどうすれば良かったのだろう。
心から忠告してくれていたリリーはもういない。
それから僕は次期公爵家当主の勉強を真面目にやった。
母上は学園での様子を聞いて僕が父上の様な男になったのだと警戒を緩めなかった。
ブレスレットはずっと着けたままだ。半年に一回魔力を注いで貰っている。
その内魔石を使った永久的に使える物と交換して貰えるようになっている。
母上はそれを知って乾いた笑みを浮かべていた。
女性の恐ろしさが分かったような気がした。
父上が亡くなったのは領地へ送られて五年経った頃だった。良くない風邪にかかったのだという。ひっそりと葬儀が行われた。
僕は公爵になった。母上が楽をしたいと言われたからだ。肩の荷が一つ降りたからだそうだ。父上はやはり重荷だったんだな。
社交界では当たり障りのない会話しかしなくなった。
貼り付けた笑顔でやり過ごしている。昔のちゃらい僕は消えた。
昔の素行が悪すぎて本当に心を許せる相手が見つかるとは思えない。
近づいて来るのは高い地位と甘い顔目当ての者だとうんざりとするほど分かる。
それが僕への罰だ。
政略だけの関係は相手に悪すぎるから結婚はしないつもりだ。
これもリリーや反面教師となった両親に教えられたことなのかもしれない。
もう遅すぎるだろうが。
★
十年が経ち公爵家の運営も軌道に乗り上向いた頃、親戚から出来の良い伯爵家の三男を後継として養子に貰った。十三歳だが頭が良く浮ついたところがない。
整っているが派手ではない容姿だ。万が一にも地位に驕ることがないようブレスレットは着けさせて貰った。家宝だと言って。
安心して任せられるようになったら外国を回ってみようかと思っている。
私の世界は狭すぎた。もっと見聞を広めたくなった。
リリーの実家から出る鉄で汽車が造られるようになった。彼女は経営の一端をになっているそうだ。あの時、間違えなければ一緒に参加できていたのは私だった。楽しかっただろうと思う。
本当に馬鹿なことをしたものだ。
こうして何度も後悔をする人生を送っている。
その汽車に乗って旅をしようと思っている。世の中は著しく進歩をしている。
世界は広い、私の黒歴史を知らない人が大勢いる。今更だが友人だって作れるかもしれない。少しだけ人生を楽しんでもいいかもしれない。
更に三年が過ぎ義理の息子に少しだけ仕事を任せられるようになると、私は一週間ふらりと旅に出るようになった。勿論側近は信頼できる母上の頃からいる者だ。
外国は景色も食べ物も違い珍しいもので溢れていた。幼い頃からの語学教育が役に立ったのだ。
思いついて降り立った駅のベンチで困り果てる若い男を見つけたのはそんな時だ。
痩せた身体に品質の良くない服を着ていたが、スケッチブックを持っていた。
ほんの気まぐれだった。
「君絵を描くの?良かったら見せてもらえないかな。見せてもらえたらそこのカフェで食事を奢るよ」
私は空腹で困っているだろう相手に一食だけご馳走するつもりだった。
青年は私が貴族らしいと認識するとおずおずとスケッチブックを差し出した。
最初の一枚で衝撃を覚えた。
緑の丘でリリーに似た女性が男の子の手を引いて街の方を見ている絵だったのだから。次々にめくるとその女性が敷物の上で傘を差して座っていたり、湖を見ている姿が描かれていたのだ。淡い色調だが丁寧に描かれているのが分かる。
「君の話を聞きたいからそこで食事をしよう。これはどこで描いたの?あ、まずは食事が先だ」
青年は空腹には勝てなかったらしく仕方なくついてきた。
カフェにはハンバーグやスープやサラダ、焼きたてのパンがあった。
食事を注文すると食べ始めたのだが存外所作が綺麗だった。
「私はルシルという。君の名前は?」
「ヨハンです。美味いですこれ」
「それは良かった。君は絵が上手いね。これでも見る目はあるつもりだ。どこかで勉強したの?」
「自己流です。家族に反対されましたので」
「この絵の中の人は知り合いなのかな?私の知り合いによく似ているものだからつい興奮してしまった」
「誰もいないと思って歩き回っていたらどこかの貴族の山だったらしく人がいたんです。綺麗な女性だなと遠くから見ただけで勝手にスケッチをしてしまいました。近づいてお詫びと許可を貰おうと思ったら護衛の人に止められて言えなかったんです」
「私の方で調べてみよう。家に来て絵を描いてみないか?観てると心が落ち着く気がしてね、悪いようにはしないよ」
ヨハンの絵には清涼感があった。
絵の中の女性はリリーで間違いなかった。
こうして再びリリーに会えることになり、絵のモデルの許可をヨハンとともに貰いに行くことになった。
「久しぶりだね、キリングス伯爵」
「ご無沙汰しておりますわ、マッケンロー元公爵様」
「こちらは最近見つけた画家の卵でヨハン。旅行先で偶然見つけてパトロンになった。きっかけがあなたを描いた絵だったんだ。それで描いてもいいか許可を貰いに来たというわけだ。ただの趣味だから誤解しないで欲しいのだけど」
「何も変なことは考えておりませんわ。その絵を見せて頂けますか?」
ヨハンはスケッチブックを差し出した。
「まあ、確かにこれはわたくしですわね。いつの間に?」
「遠くから見て勝手に絵のモデルにさせていただきました。許可をいただこうと思ったのですが護衛の方に止められて近づけませんでした。申し訳ございませんでした」
「それでは仕方がありませんね、その時知っていればわたくしがパトロンになったものを惜しいことを致しましたわ。また肖像画を書いていただけるかしら?」
「喜んで描かせていただきます。ありがとうございます」
「ご主人にも挨拶をしたいのだが」
「主人は兄と一緒に外国へ買い付けに行っておりますの。汽車が大変なことになっておりますので、色々と忙しいのですわ」
「こうして再び話が出来て良かった。いい友達として会話をするくらいには戻れるだろうか?」
「そうですわね、ヨハン様に絵を描いていただく時だけにいたしましょう。スケッチブックの絵もきちんと描いていただけるのでしょう?是非観せていただきたいわ」
「ではその時に私も同伴するとしよう。持ち主は私だからね」
「相変わらず人の話を聞かない方ですわね。主人と兄には話しますわよ」
「当然だ、疚しいことは何もないのだから。ただ友人が少なくて話ができることが嬉しいだけだ」
「過去の行いがいつまでもついて回りますわね」
「相変わらず厳しいな、そこが良いんだが」
そうして公爵を退いた後ルシルは思いがけず、絵のパトロンとして成功を収めることになった。
勿論だがリリー・キリングス伯爵とは絵を通してだけ話をすることが出来るようになった。
ルシルの気持ちは少しだけ楽になった。
ヨハンは隣国の侯爵家の三男だった。家の反対は貴族としては当たり前だったのかもしれない。
ルシルがパトロンになり、リリーを描いた肖像画で人気が出たヨハンは国際絵画コンクールで優勝し世界に名を轟かせる画家になった。
ルシルも肖像画を描いて貰った。
貴族達は競ってヨハンに肖像画を依頼し王家からも頼まれるようになった。
仕事が一段落すると実家から帰って来いと言われたが帰ることはなく、自由に旅をして絵を描いたと言われている。