2-2 隠しルート
騎士団の叫び声が聞こえた直後、地面に五人の騎士団員が落下してきた。
バッシはすぐさま騎士団員に駆け寄り安否を確認する。
ハーゲンは落下した団員に見向きもせず状況の把握を急がせた。
壁の階段を上っていた見廻隊から「バッシ教官! ゴブリンです! ゴブリンの軍です!」と報告が来ると「なに⁉」と言ってバッシは立ち上がった。
「頭部にアラフィコスを寄生させたゴブリンの大群です」
その報告を聞いた瞬間、ハーゲンとバッシは顔色を変えた。
バッシは言う。
「見廻隊各自! 炎魔法使用禁止令を解き、使用を許可する! 自身を守るために使用せよ! ダンジョンの外へ一時撤退!」
見廻隊は一斉に広場の出入り口へ向かい始めた。
バッシは作戦チームのメンバーではないマトにも言う。
「マト、ルチカ! お前たちもすぐにここから出ろ!」
バッシと同じように顔に焦りが見えるハーゲンは、まるで自然の摂理のように、まるで身体の生理現象のように、考えるよりも先に命令を出す。
「全騎士団員! 即時撤退! ダンジョン脱出後、術式砲の準備を開始せよ!」
腕利きの猛者達が慌ただしく出口へ向かう中、ドラゴンの姿のルチカはただ立ってゴブリンが現れる壁の穴を見ていた。
マトはルチカに外へ出るぞと声をかけるもルチカの耳には届いていないようだった。
距離の問題ではない。
ルチカの心は見廻隊や騎士団とは違う場所にあった。
マトはしょうがなくルチカの側まで行って話しかけた。
「どうしたんだ?」
「あのゴブリン達ヘロヘロだよ・・・」
確かにアラフィコスを頭部に乗せたゴブリン達の体は栄養失調の子どもを思わせる体つきをしている。
「この襲撃はゴブリンの意思じゃない!」
アラフィコスは生物の脳に管を差し込むことで体内のあらゆる動きをコントロールし憑りつく。
対象は生物全てで人間も例外ではない。
アラフィコスに憑りつかれた人間達によって組織された軍隊が都市を一つ滅ぼしかけたことでその脅威を国が認知した過去がある。
国はどんな獰猛な魔物よりもアラフィコスを優先して気を付けるべきだと警告を出している。
「おい! お前ら! 早くしろ!」
心配したバッシが二人にそう叫んだ。
マトはルチカの考えを表情で察した。
「バッシ教官! 先に行ってください! 俺達は残ります!」
「なんだと⁉」
開けた場所の出入り口前に巣穴からゴブリン達が下りてきた。
「くそ! 無茶するなよ!」
ゴブリンによって出入口が塞がれると、開けた場所にはアラフィコスに憑りつかれたゴブリンの大群とルチカ、マトのみとなった。
マトはルチカの肩に手を置く。
「ゴブリン達を助けるんだろ」
マトの優しさにルチカはやる気を漲らせた表情で言う。
「マト! ルチに乗って! 飛ぶよ!」
このままではゴブリンの攻撃を受けることになる。
マトは言われた通り、ルチカの背中に乗った。
エンファニシィドラゴンの背中は力強く、更にモフモフしており安心感をマトに与えた。
「行くよ!」
ルチカは翼を広げ飛び上がった。
「ルチカ! 炎吐けるか?」
「吐けるよ! なんで?」
この見廻り馴れたゴブリンダンジョンにおいて炎魔法の安全性を理解しているマトは言う。
「炎でゴブリンを威嚇してくれ!」
自分の意思で攻撃をしているわけではないゴブリンにルチカは躊躇う。
「でも!」
「当てる必要はない! あくまで脅威と感じさせればいい!」
「わかった!」
ルチカは誰もいない地面目掛けて炎を吐いた。
一時的に地面に広がる火の海を見たゴブリン達―憑りつくアラフィコス―は、怯えて壁の巣穴に引き返し始めた。
「ルチカ! ゴブリン達を追え!」
「合点承知だぜぇ!」
ルチカはゴブリンが次々に流れ込む無数にある巣穴の一つへ入った。
巣穴の道はドラゴンが翼を広げても問題ないくらいの広さがあり、そのまま飛びながら巣穴の奥へ向かった。
その途中、走るゴブリン達を見降ろしたマトは気付く。
ゴブリンの頭の上にアラフィコスの姿がない。
(どこへ行った?)
更に、ゴブリン達は体調が悪いのか壁にもたれて座り、俯いていた。
ルチカはそのまま道を進むと一つの部屋に辿り着いた。
その部屋からは来た道以外どこにも繋がっていないようだった。
アラフィコスの姿は部屋にもない。
「ルチカ。アラフィコスの姿が確認できない」
「あっれれ~。ホントだ! どこいったんだぁ? 隠れちゃったのかなぁ?」
「隠れた?」
「だって小さな虫だし」
確かにアラフィコスはゴブリンの頭部を覆うくらい、平たくて大きい。
だが、それは憑りつく時の姿であり、普段は急所の腹を隠すために丸まって行動をしている。
そのため、普段は小さい姿をしており、狭い隙間を通ることができるはずだ。
もしゴブリンの巣穴以外にアラフィコスだけが集まる場所があるのなら・・・。
マトは部屋の中を見回した。
岩壁には隙間があるがその程度では入れない。
(他にないか!)
しぶとく岩壁を探していると不自然に綺麗な丸い穴があった。
(これならアラフィコスが通れる!)
マトはすぐに穴の場所を示して指示を出す。
「ルチカ! あの穴の周辺を掘れるか?」
「もちろん! ドラゴンならね!」
ルチカは爪を立てて丸い穴とその周辺を掘った。
すると、まるで蟻の巣穴の断面かのように狭くて小さい道が現れた。
「これだ! この道を通ってアラフィコスは移動しているんだ! この道を辿るぞ! ルチカ!」
「へいへい! ドラゴンの力見せちゃうよ~」