12-2 ハーゲンとガウト
謎の力によって壁をすり抜けて飛ばされた先は、元いた廊下と殆ど何も変わらない廊下だった。
ガウトとハーゲンは状況把握に努めてマトや親衛隊を含む探索チームと逸れたことと廊下を進んで行かなければいけないことを理解する。
二人は廊下を歩きだす。
ガウトが先頭を歩きその後ろをハーゲンが続いた。
ハーゲンは言う。
「ガウトよ。もうやめにしないか」
ガウトは立ち止まり、発言の意図を理解できないという表情を浮かべながら振り向く。
「何を言っているのですか?」
ハーゲンはガウトの目を見つめ言う。
「世界のためになんて、お前は動いていないだろう」
ガウトは前へ向き直し、歩き始める。
「ハーゲン閣下。あなたは私を貶めたいのですか」
ハーゲンもガウトを追うように歩き始めた。
「ワタシは大体のことは把握している」
「あなたは私のことが憎いのでしょう。恨んでいるのでしょう」
ハーゲンは少しの沈黙の後、言う。
「お前が初めて夢のダンジョンに行った時のことだ」
ガウトはその言葉に一瞬、顔を強張らせて反応した。
ハーゲンは語る。
ジークフリートの息子であるグンターと共に行った夢のダンジョンへ行くための儀式。
グンターの妻の身体に魔法陣を刻み、そこに魔力を溜めることで御神体となり、夢のダンジョンに行こうとした。
しかし、夢のダンジョンに行けるのは一つの御神体で一人のみだった。
ガウトは言う。
「偶然私が行けてしまった。グンターさんはルールを知らなかったのです」
「しかし、お前も二回目にマト達と言った時点では、確かな情報を持っていたわけではなかった」
ガウトは苦笑いをする。
「驚きましたよ。生贄のつもりでマト君とルチカ君を儀式に参加させたにも関わらず、死なずに私の前に現れたのですから」
グンターがガウトに残したモノがあった。
ジークフリート達が最古のダンジョン前でベルセルクを追い返した際、ベルセルクによって誘拐された被害者達を発見し救出が行われた。
その被害者の女性の中にはベルセルクとの子どもを身籠っている者が数名いた。
その女性達は子を産み、ベルセルクの子どもであることを隠して育てた。
しかし、ベルセルクの血を起因とする狂暴性は隠し通すことは難しく、彼等が大人になった後も家の牢に閉じ込めて世話をしていた。
それでも自分の子どもだと愛して世話をしていた女性達も歳を取り、誤魔化していくことに限界を感じていた。
そんな時、彼女達の前にグンターが現れる。
グンターは事情を知っており、ベルセルクの子孫の世話を引き継いだ。
そして儀式によってグンターが死んだ後、ベルセルクの子孫の存在を知ったガウトが引き継ぎ、更に子を生ませて育てた。
「その子孫が普段お前の周りにいる親衛隊なのだろう」
「そうです。彼等とは同じ目的を共有しています」
「夢のダンジョンでお前はとある能力を手に入れた。それは未来を見通す力だ」
ガウトは自分の目に手を当てる。
「そこまで調べていたのですね」
「言ったろ。大体のことを掴んでいる」
「しかし『未来を見通す』というのは少し違います。正しくは『真実を見通す』です」
夢のダンジョンで泉の水を飲んだガウトは知りたいことをなんでも見ることが出来るようになった。
夢のダンジョンから戻ったガウトはその目の力を使ってあらゆる組織の参謀として動いた。
それは純粋な「人の役に立ちたい」「国を良くしたい」という気持ちからであった。
そして国の要人の相談役となり、その後王の参謀を極秘で行うようになった。
その間に見廻隊を設立して隊長となり、見廻隊の運営にも能力を使用していた。
「特別な力を人のため、国のために使うことは賞賛する」
ガウトは残念な表情で言う。
「神の世界に関するイメージは見ることができなかったのです」
だが、目の力にも陰りが見える。
三年前、突然ガウトの視力が低下し始めたかと思うとイメージを見るのが難しくなっていた。
一度イメージを見れば凄まじい疲労に襲われ、更に使用後三か月は使用できなくなった。
ガウトは焦った。
能力を失えば今の地位を維持できなくなるかもしれない。
能力が失われていく中で、ガウトは最後に自分のためにイメージを見ることにした。
それは神の世界への行き方についてだ。
神の世界は見られなくとも、何か少しでも神の世界についての知識が欲しかったのだ。
そしてイメージは、三本の英雄の剣がユグドラシルの根の近くに刺さっている光景を見せた。
ガウトはすぐさま見廻隊にその場所を探させ、二本の場所を突き止めた。
だが、剣を抜くことは出来ず、三本目の捜索は難航する。
そこへ現れたのがドラゴンと人間との間に生まれたルチカだった。
ガウトはマトとルチカに取り入るために、パーンを呼び寄せ、真意を隠した上で協力を仰いだ。
ガウトは言う。
「まったくどうやって調べたのですか?」
ハーゲンは「諜報員を共有しているのだ。当たり前だろ」と言い捨てた。
「・・・・・・ブリンジャー君ですか」
「もう一人いるだろ」
「パーン君ですね・・・」
「お前は再び神の世界へ行き、目の力を取り戻そうとしているな」
「それがどうしたのですか?」
はじめはただ、純粋に人のために力を行使してきた。
だが、力によって地位が上がって行くにつれ、国内外の要人から頼られることが増え、目の前でひれ伏す者達を見たガウトの中で地位と名誉への欲望が肥大化していった。
「神の世界はドラゴンですら介入を拒むありさまだ。お前が行って水だけ飲んで帰って来られるとでも思っているのか!」
「そのためにマト君とルチカ君がいるのです」
ハーゲンに追求されながらも歩を進めるガウトの肩をハーゲンは掴む。
二人は立ち止まる。
ハーゲンは言う。
「ワタシはアナタが憎いわけではない」
王の参謀として国に身を捧げてきたハーゲンは、能力を持ったガウトの登場により肩身が狭くなった。
王はガウトを重宝し、ハーゲンとガウトの意見が違えば、ガウトの意見を信用した。
それでもハーゲンは国のため、王のためと汚れ仕事を買って出た。
ガウトは言う。
「そうですか。私は閣下が邪魔でしたよ」
ガウトがそう言って振り返り、ハーゲンは睨む。
しかし、ハーゲンは怯むことなく説得を試みる。
「力に溺れるな。身を滅ぼすぞ。神の世界のことはあの二人に任せろ。お前は見廻隊隊長として人生を全うしろ。今なら人間のまま死ねる」
ガウトはハーゲンの手を振り払い、諭すように言う。
「一度でも神の力に触れればわかります。もう戻れない。普通の人間になど」
ハーゲンが諦めず説得を続けようとしたその時、ガウトが唸り声を上げて右目を手で抑えた。
「どうした⁉ ガウト‼」
ガウトは床に膝をつく。
「こ、これだ・・・。これがあるのだ・・・」
「なんだ? 何を言っている!」
ガウトは急に立ち上がり「この先だ‼」と言って廊下を走り始めた。
ハーゲンもガウトを追って走った。
ガウトの走る様は獲物を追う野良犬のようだった。
ハーゲンは全力でガウトを追ったがガウトのスピードは速く、度を超えた渇望の力の異常さをハーゲンは思い知った。
そして、気が付くと走っている場所が廊下ではなくなっており、洞窟の中になっていた。
そんなことに気も留めないガウトが立ち止まる。
ハーゲンは遅れガウトのもとに辿り着く。
二人は洞窟の先にある開けた場所の光景を見た。
そこには血の海が広がっていた。
更に二人を驚愕させたのは、血の海の奥に巨人の死体が座っていたことだった。
「・・・・・・・あれは」
ガウトは言う。
「原初の巨人だ。そしてその巨人の血だ」
ガウトは血の海に近付き、しゃがむ。
血の海を眺めるガウトは何かをブツブツ呟きだした。
ハーゲンが不審に思い話しかけようとした瞬間、ガウトは急に立ち上がり笑い始めた。
「はははははははははははははははははは‼ 巨人の血だ‼ 巨人の血だ‼ これは私のモノだ‼ 誰にも触れさせん‼」
ハーゲンがガウトの豹変に狼狽えているとガウトは叫ぶように言う。
「知っているか、ハーゲン‼ 神は巨人と人間から生まれたのだ‼ この血もおそらく特別な力を持っている‼」
ガウトの発言に危機感を覚えたハーゲンは「何を考えている‼ よすんだ‼」と叫ぶ。
ガウトは剣を抜いてハーゲンに向かって構える。
「ハーゲン。お前も欲しいのだろう‼ 特別な力が‼」
ガウトはハーゲンに切りかかる。
ハーゲンはそれをかわすと、剣を抜いて応戦する。
二人の剣が弾き合う。
「やめろ‼ ガウト‼ ワタシは血などどうでもいい‼」
「ならばどうしてここまで付いて来た‼ 国のためか? 私への復讐のためか?」
「それがワタシの仕事だからだ‼ 国に危機があれば前線に立ち、王の代りに指揮を執る‼ お前にはわからぬか‼」
「わからないな‼ 自分の力以外に興味はない‼」
率先して前線に立ち剣を振ってきたハーゲンはガウトを圧倒して追い詰める。
ガウトは剣を乱暴に振ってハーゲンに近寄らせないようにし、血の海に近付く。
ハーゲンは言う。
「それ以上、血に近付くな! 危険だ!」
「心配はいらない。私は一度神に選ばれているのだから、巨人の血ごときでどうにかなるわけがない」
「お前は神に選ばれてなどいない。神の持ち物を盗んだだけだ。今なら間に合う。戻ってこい‼」
ガウトはハーゲンが近づいてこないことを確認すると血の海に飛び込んだ。
「ガウトォ‼」
ガウトは浮かび上がると「はははははははははは‼ 巨人の血が私の体に染み入って行く‼」と言って巨人の死体に向かって泳ぎ始めた。
ハーゲンは血の海の周りを見渡す。
開けた場所の少し奥に独木舟を見つける。
ハーゲンは急いで独木舟の所へ行ってガウトを連れ戻そうとした。
しかし、ハーゲンが独木舟のある場所に着いたところでガウトの悲鳴が聞こえる。
「ああああああっっ‼」
ハーゲンがガウトを見ると、ガウトは大量の『ブロミヌ』に食われていた。
ブロミヌは血の海に住む魔物と言われており、気性が荒く、雑食で動いているモノを食べ物だと思い噛みつく。
狼狽えながらもハーゲンは独木舟を出そうとしたが、時すでに遅く、ガウトは体の肉を殆ど噛み千切られ、静かに血の海に沈んでいった。
「・・・・・・ガウト」
突然のガウトの死にハーゲンは消失感を覚え、地面に膝をつく。
「馬鹿な・・・なんとしてでも止めるつもりでここへ来たのに・・・」
失意の中、ハーゲンの視界の隅で血の海を眺める五つの人影を捉えた。
それはガルガ含む親衛隊だった。




