1-4 少女の正体
謎の少女だったルチカと他愛のない会話の結果、少しでも和むことができたとマトは思った。
マトは先ほどのダンジョンの件の真実をルチカに聞いてみることにした。
「ルチカ。ダンジョンでの事なんだけど」とマトがそこまで口にすると、マトの部屋のドアが開いた。
開いたドアからパーンが入ってきた。
「パーン」
「本部への調査行って来たぜ。それでマト、少しいいか?」
パーンがそこまで言うと謎の少女が目覚めていることに気付く。
「お! チビ起きたのか!」
パーンのその発言に明朗で時より穏やかな口調だったルチカの態度が変わる。
「だぁ~れがチビだ‼ このヤロォ‼」
ルチカの剣幕にパーンは「うわっ! めっちゃ怒ってる! 元気じゃん!」と返す。
パーンの煽り口調にマトは思わず間に入る。
「おいおい。そのへんにしておけ。初対面だろお前ら」
「ああ、すまんすまん」
「で、なにかようか?」
パーンはマトに本部での話を耳打ちした。
「そうか。ありがとう」
マトに業務連絡を伝え終えたパーンは帰り際、機嫌の悪そうなルチカを見て思い出したように言う。
「そーいやぁ、お前ダンジョンで何してたんだよ?」
ルチカは頬を膨らまし怒りをアピールしながら、目を合わせず言う。
「お前じゃありませんー」
そんな二人を見てマトは「この子はルチカって言うんだ。ルチカ、あいつはパーンって言って同じ見廻隊で俺のバディだ」
パーンは開けかけていたドアを閉め直して、ルチカに近寄った。
「よろしくな。ルチカ」
「プンプン‼」
マトは再びベッドの横にある椅子に座ってルチカに問いなおした。
「それで、ルチカは何をやってたんだ?」
ルチカは気を取り直し語り始める。
「ルチは、ドラゴンのお父さんと人間のお母さんから生まれた竜人なんだけど、幼いころはお父さんの住処だった洞窟でお母さんと二人で暮らしてたんだ」とそこまで言うとパーンが仰天したリアクションをとったがルチカは気にせず話を続ける。
「で、お母さんがお腹の病気になって二年前に死んじゃってからは一人になったの。お父さんの洞窟ももうドラゴンが住んでいなことが知れ渡って魔物たちが住み着くようになったから洞窟を出て外の世界で生きて行かなきゃいけなくなったんだぁ」
「ドラゴンの父親は?」
「わかんない。一番古い記憶にもドラゴンの姿はないから。お母さんは『ルチやお母さんのために頑張って働いているよ』って言ってたけど・・・一度も家には帰って来なかったし」
「そうか」
「それでルチは、洞窟での暮らししか知らないから、洞窟、マトの言うダンジョンを転々としながら生きていたんだ」
「魔物とは喧嘩にならなかったのか?」
「もちろん、追い出されたりもするけれど、意外と受け入れてくれる魔物も多いよ。ルチの人間じゃない部分を理解してくれて。
それであるゴブリンのダンジョンでお世話になっている時に、ダンジョン内で冒険者が捨てていったポーションの空き瓶問題が発生したの。
空き瓶には少量薬が残っていて、そのポーションの効力がゴブリンの嫌う臭いを発するというものだったの。それで異臭騒ぎが起きて、ルチは平気だったから空き瓶を全て回収して解決したんだ。
ゴブリンからは泣いて感謝されたよ。
だから、思ったの。もしかしたら他のダンジョンでもこんな問題を抱えている魔物がいるんじゃないかって。
いつまでも同じダンジョンに留まるのも申し訳ないって思っていたから、いろんなダンジョンに行って泊まらせてもらいながら何か力になれたらと考えたの」
「それはいい考えだ」
「それで、昨日の夜。あのゴブリンのダンジョンに泊まらせてもらおうと思って入ったんだ。
でもね、今までゴブリンのダンジョンに何回か入ったことあるけれど、あのダンジョンだけやたらと広いなと思ったの。
もちろんあれだけの広間を作れるほどの数のゴブリンがいるなら可能かもと考えたけど、どうもそんなに数はいないってわかった」
「その通り、見廻隊が収集したデータでもあれだけの広間を作れる数はいない」
「それでゴブリン達に聞いて回ったんだけど、誰もダンジョンに拡張をしていないようで、それだけじゃなく、ダンジョンが急に広がったことを不自然に思うんじゃなくてただただ、ラッキーとしか考えていなくて喜んでいるだけだったの」
「ゴブリンらしいぜ」とパーンが口を挟む。
「いくらなんでも拡張した記憶ないのに、急に岩壁が崩れて開けた場所になるなんておかしい。
ここから出た方がいいってゴブリン達に忠告したの。
でも聞いてもらえなかった。何回もしつこく忠告しているうちに、自分達を追い出してドラゴンがこのダンジョンに住むつもりだって言い始めた。
ルチ、暫くご飯食べれていなかったから弱っていたし、成体じゃないってゴブリン達もわかっているから、結構舐められていたんだよね。それで普通に喧嘩になっちゃった」
「なるほど。そこへ俺達がやって来たってわけか」
「マト。あの後、ダンジョンはどうなったの?」
マトはパーンの目を見た。先ほどのパーンの耳打ちについてだった。パーンは頷いた。
「あのダンジョンは未知の場所となった。今は見廻隊と王直属の騎士団が調査に入っている」
「調査ってなにをするの?」
「洗練された魔法使いの集団がダンジョンを攻略して隅々までデータを取っている」
「ゴブリン達は?」
「そのままダンジョンにいるなら調査の邪魔になるだろうから、殺されるだろうね」
そのマトの言葉を聞いた瞬間、ルチカの顔が青ざめる。
「あの子達を助けなきゃ‼」
ルチカが立ち上がろうとするとマトが「あの場所は危険だ」と言って静止した。
「危険でもいい‼ ルチは行く‼」
ルチカは立ち上がり、ドアへ向かう。
「出入口を見廻隊が監視している中へは入れない。無理やり突破しようとすれば、ルチカも敵とみなされるぞ‼」
ルチカは立ち止まり言う。
「あのね。マト聞いて。ルチは竜人だから、人間でもあるけど人外でもあるの。
だから、少しは魔物のこともわかる。
人にとって魔物は駆除の対象なのかもしれないけれど、魔物と生活してきたルチは思うの。
あの子達はただ、ただ生きようとしているだけなの。
それをわかってあげられるルチが助けないなんて、ルチはルチを許せない‼」
マトは考える。ルチカの決意の固さを見るに考えを変えることは出来なさそうだ。
しかし、だからといってルチカを一人で生かせるわけにも行かない。
見廻隊の自分が間に入って最悪の事態を防ぐしかないんじゃないか。
もちろん若手のマトにできることなどたかが知れているが。
それでもルチカを一人で行かせてルチカの身に何かあればと考えるとマトは見過ごせなかった。
ならば万が一、最悪の場合になりそうなら無理やりにでも引きかえさせよう。
マトは決心した。
「・・・わかった。俺も行く」
「いいの?」
「ルチカ一人じゃ、問題起きそうだし」
すると黙って話を聞いていたパーンが言う。
「冗談じゃねぇ。魔物を助ける? そんな筋合いねぇ‼」
ルチカは即座に「別にお前はついて来なくいいもんねー!」と言ってあしらう。
マトは「パーン。俺達は行く。お前は寮に残っていい」
「勝手にしろ」
パーンはドアを強く締めて、マトの部屋を出ていく。
「よし! マト行こう!」とルチカが言うとルチカのお腹がグーとなる。
「お腹・・・すいた」
「そうだな。さすがに何か食べてから行こう。何がいい?」
ルチカは笑顔になり飛び跳ねながら言う。
「甘いやつ‼」