6-4 モフドラ、壁画のダンジョンへ行く
マトは照明魔道具を起動させ、洞窟の中に入れた。
暗闇に魔物が潜んでいないか、罠は張られていないか、中の形状はどうなっているのか、外から中の様子を伺って判断するためだ。
特に危険はないと考えたマトは、先に洞窟に足を踏み入れ、後からルチカも続いた。
中に入ると早速、壁に描かれた絵をルチカが発見した。
「こんな入り口付近から壁画があるのか」
ジッと壁画を見つめるルチカ。
「どうした? ルチカ」
「う~ん。壁画の意味わからないって言うけどさぁ、なんか踊っているように見えるんだよねぇ」
マトはルチカの見ている壁画を確かめる。
顔は拙いながらもはっきりと描かれ、体は棒人間のような描かれ方をしている。
帽子のようなモノを被ったその人間が片手をあげて足をうねらせている絵だった。
「確かにそう解釈はできるなぁ」
ルチカは別の壁画を指さす。
「ねぇねぇ。ほら、これとか農作物の収穫とかさぁ」
今度は人間が草のようなモノを天に浮かぶ球体に掲げている様子が描かれた絵だった。
「天に感謝的な?」
「そーそーそんな感じぃ」
始めは二人共壁画に興味を示してああでもないこうでもないと語り合いながらダンジョン内を進んで行ったが、洞窟内が単調な道であったことも関係してか、次第に飽がきて黙々と歩き続けた。
ここまで一本道できていたが、三本の分かれ道に遭遇した。
「三つも道があるよ! どれにする? マト!」
マトは任務資料を開いた。
「剣までのルートは調査隊によって確立されている」
「じゃあ、迷わず行けるんだね!」
「それはそうなんだが、意外とこのダンジョン、入り組んでいるんだよ。迷路みたいに」
「迷路! ちょっと楽しそう!」
「これからは分かれ道が何度も出てくる。一つも間違えずに正しいルートを選択する必要がある」
「困ったら壁をぶっ壊せばいいんじゃない!」
「それはどうかな。資料にはダンジョンギミックによって壁の破壊は不可能ではないが、難しいと報告がある」
「あーそーいえば、館ダンジョンの時も『制限』ってやつ? あったよね」
「そうだ。英雄の剣はダンジョンギミックを設定する力を持っている。まだ発見されていないだけでこれだけではないかもしれない」
「しゃーねーなー。ルチがとっとと引っこ抜いてやるかぁ!」
そう言って二人は正しい道を資料に書かれた調査報告通りに進んで行った。
十何度目かの分かれ道。
目の前には五つの道が並んでいた。
マトが任務資料を開いて調べようとした時、ルチカが言う。
「マト! 魔物だ!」
ルチカが指さした方を見るとそこには三匹のアテヌルスが二人の様子を伺っていた。
それを見たマトは嫌な予感がした。
アテヌルスがいる場所は五つの分かれ道の内の正しい道だった。
アテヌルスはマトが警戒感を示すと地面と顔が平行になるポーズをとった。
アテヌルスはブーツのような形をしており、頭の天辺に穴が空いていてそこから白濁色の液体を対象に向かって飛ばす。
攻撃態勢に入ったことを察したマトは、ルチカに忠告する。
「俺から離れるな。この場所で対処するぞ!」
マトは何より、魔物との戦闘によってお互いを見失うことを恐れた。
迷路のようなこのダンジョンで離れ離れになって迷うのは最悪の事態である。
ルチカの魔法があれば、殺傷能力を持たないアテヌルスを倒すことは難しくない。
しかし、決して広いとは言えない空間での制御されていない炎魔法はマトの選択肢にはなかった。
アテヌルスが白濁色の液体を二人目掛けて飛ばす。
二人は辛うじて避けるが地面などに当たった液体が飛び跳ねる。
地面や壁、岩などについた液体はそのまま「シュー」と音をたてて溶けて消えていった。
(思ったよりも厄介だな)
ルチカは言う。
「ねぇ。風魔法だったら撃っていいでしょ?」
ルチカの位置から風で飛ばしても飛ばした先で後に再び出会う可能性がある。
しかし、マトはここで戦うよりはダンジョン奥の方がやりやすいと判断し許可を出した。
アテヌルスが液体を飛ばそうと構える。
「くぅらえ! 必殺『びゅーびゅー風殺法』!」
アテヌルスは液体を放ったが、二人に当てることをせず、そのまま三匹ともダンジョン奥に飛ばされた。
「よくやった。ルチカ」
「余裕よ!」
繊細な判断が強いられる場面での危機を乗り越えた二人は安堵した。
しかし、最も厄介なのは二人がアテヌルスのいた正しい道に足を踏み込んだ時だった。
天井から白濁色液体がマトの肩とルチカの頭の上に落ちてきたのだった。
「しまった! あいつら飛ばされる直前に罠を仕掛けていきやがった!」
ルチカは冷静に言う。
「おー。それはやばいんじゃない?」
アアテヌルスの液体は魔物・傭兵狼への合図である。
アテヌルスの液体が生き物に着くと、それは傭兵狼への討伐依頼となる。
傭兵狼は液体が付着した生き物を嗅ぎ分け迅速に討伐を行う。
「あいつらが討伐対象のもとまでやってくる時間は平均で二十秒。もっと早い場合も・・・・・・」
二人は後ろから放たれる殺気に気付く。
「早すぎるんだよ!」
傭兵狼は五匹いて二人を威嚇しながらゆっくり近づこうとしている。
二人が構えると一匹の傭兵狼がマトに飛びかかった。
マトに噛みつこうと牙を向けるとマトは短剣を取り出して防いだ。
ルチカはマトを助けに行こうとしたが、四匹の傭兵狼がルチカを囲った。
ルチカは風魔法によって傭兵狼を吹き飛ばそうと準備をするが四匹が別々の方向にいるため、最低でも四発は撃たなければならない。
(くぅ~。時間がかかるぅ~。急がないとぉ)
ルチカが作戦を練っていると一人で粘っていたマトが傭兵狼の突進を受ける。
「うおっっっ‼」
ナイフによってダメージは軽減していたがそのまま傭兵狼に押されて、ダンジョンの奥に後退させられた。
「マトォ!」
このままでは離れてしまう。
ルチカはドラゴンに変身して飛び、四匹の傭兵狼の相手をしながらマトを追いかけた。
元いた場所から真っ直ぐ押され、後ろに転んだマトは態勢を崩したことによって傭兵狼に服を噛まれ、そのままダンジョン奥へ引きずられていた。
傭兵狼は引きずることで地面や石に体を擦って傷を負わせ続け、じりじりと弱らせようとしていた。
しかし、マトは少しずつ引きずられることに慣れて、引きずられながら体の態勢を整えた。
マトは右手に持っている短剣を傭兵狼のいる方へ振ると傭兵狼の後ろ脚に掠った。
それに驚いた傭兵狼が今度は態勢を崩して噛んでいた服を放した。
マトは立ち上がり「ぐぅぅ」と威嚇する傭兵狼に短剣を突き出した。
傭兵狼の眉間に短剣の先が当たるも後ろに下がることで致命傷を避けられる。
足の傷も軽傷のため、傭兵狼の俊敏性は衰えていない。
マトは隙をつかれないように睨み合いながら作戦を考える。
(こちら側から攻撃を仕掛け続け、主導権を取りにいくか。それとも守りにはいって仕掛けてきたところをカウンターで仕留めるか)
マトは傭兵狼の特徴について思いを巡らせた。
傭兵狼は仕事中、討伐対象に集中する。
執拗に対象を追いかけ、討伐するまで対象に執着する。
確実に仕事を終えることが傭兵狼にとっての存在価値だと遺伝子に刻まれている。
だが、対象が武器を持っていれば、まず武器に集中する。
できるだけ武器を生かせないように動く。
マトの目の前にいる傭兵狼も手に持っている短剣を一番に警戒している。
そこでマトは考えた。
(短剣が手元からなくなれば、傭兵狼の意識は百パーセント俺にだけ向けられる。そこに隙が生まれる)
マトはしゃがむふりをして背後の地面から左手で砂を拾った。
そして、傭兵狼の視線が注がれる右手に持っている短剣をできるだけ高く空へ投げた。
視界から短剣が消えた傭兵狼は、今が好機と瞬時にマトへ向かって走り出した。
傭兵狼は牙をむき出しにして、マトへ飛びかかった。
(今だ!)
マトは目前の傭兵狼の目に向かって左手に握られた砂を投げた。
すると傭兵狼は動揺し「キャシャー」と鳴いてその場で暴れた。
マトは空から落ちてきた短剣をキャッチしてそのまま傭兵狼の体に突き刺した。
傭兵狼は大人しくなり、やがてその場に伏せ、目を閉じた。
「あぶねぇ」
安堵したマトだったが、休んではいられない。
このダンジョンで、はぐれることは魔物に出会うよりも危険だ。
マトは地面に両手をつけてスキル・サーチを発動した。
するとサーチを発動した瞬間、壁に描かれている絵が光り出した。
マトが立ち上り見渡すと壁画に描かれた人間達が動き始めた。
輪になって踊る人や祭壇に牛を祀る人、剣を使って戦う戦士、収穫した農作物を貴族に持って行かれる人。
映像が再生されるかのように動いた。
やがて、光が薄くなり壁画の動きも鈍ると少しずつ元の状態に戻っていった。
マトが壁画を触ると微かに魔力を感じ取れた。
(そうか。スキルを使ったことにより、壁画に魔力が流れて動いたんだ!)
壁画から手を離したマトはあることに気付く。
目の前の壁画には『地面に両手をつけて光を放つ男』の絵が描かれており、その横には『触手のようなものに溢れた四角い部屋に閉じ込められたショートヘアの子ども』の絵が描かれていた。
先ほどの『動く壁画』にはなかった絵だった。
しかし、壁画の謎に思いを巡らせている場合ではない。
(困ったな。俺のサーチの範囲じゃ、ルチカの場所はわからなかった)
マトはどう動くか考え始めた。




