5-1 黄昏の報せ
マトは朝起きると朝食を食べに寮の食堂へ向かった。
本日も任務があり、朝食後集会所へ任務資料を受け取りに行く予定だ。
今朝のマトは気分が晴れやかだった。
それは今日からルチカが寝坊しないという保証があるため、焦燥感に駆られることがないからだ。
食堂のドアの前に着いた。
何やら食堂の中が騒がしかった。
マトには思い当たることがあるようで額を手で押さえる。
(まったく。あいつらは・・・)
ドアを開けて食堂に入ると中ではルチカとエンリが喧嘩をしていた。
「デカ乳! デカ乳! デカ乳が邪魔でメシが食えんだろ!」
「あら、しつれーい! 栄養が細胞の一つ一つに行き届いておりますのーん!」
「バカ尻! バカ尻!」
エンリは「お尻ぃ! 攻撃ぃぃ!」と言ってルチカを座っている椅子から跳ね除けた。
「ぐえっ!」
床に落ちたルチカは座り込んで「ぐぬぬ」と悔しがった。
マトはルチカのもとへやって来て「まぁたやってんのか。今朝もエンリさんに起こしてもらったんだろ。
お礼言ったか?」と言った。
ルチカは頬を膨らませて「だってこいつ! ルチがなかなか起きないからってデカ尻を顔に押し付けてきやがったんだぞぉ!」
マトが冷静に「すぐに起きないルチカが悪い」と言うと「えぇー!」とルチカは抗議の意思を表情に出した。
マトはルチカをエンリと向かい合わさせた。
マトは言う。
「エンリさん。毎朝ルチカを起こしてくれてありがとうございます。こいつ根は悪い奴じゃないんで。今後ともよろしくお願いします」
その言葉にルチカが「心優しきドラゴンだ!」と自慢げに言うと
「ほら、ルチカもお礼を言え」とマトに頭を下げさせられた。
「ぐぬぬ・・・あ、ありがと・・・・・・う」
エンリは言う。
「はい! これからもよろしくね! ルチカちゃん!」
お菓子のダンジョンから帰った後、エンリは健康チェックのため見廻隊メディカルチームに引き取られた。
検査の結果、エンリは健康そのものでメンタルにも異常はなかった。
そして何よりもメディカルチームを驚かしたのは、エンリの持つ回復魔法の知識の豊富さだった。
民間の間では有名な回復魔法の使い手であったが難易度の高いダンジョンなどに潜るような冒険者でもなかったため見廻隊にその力を見せる場面はなかった。
噂でしか聞いたことなかったエンリの実力を目の当たりにしたメディカルチームの医師達は、エンリにチームへの参加を願い出た。
エンリは組織に縛られるのはあまり好きではなかったが、医師達の熱心な医療への探求心に心打たれ、期限付きでメディカルチームに所属することを了承した。
そして今はメディカルチームの施設が近い寮で一時的に暮らしている。
ダンジョン遭難騒動で迷惑をかけたことを申し訳なく思い、エンリはルチカを毎朝起こす役目を担っている。
マトとルチカは朝食を終えると食堂でエンリと別れて集会所へ向かった。
集会所に入って任務資料を受け取ると椅子に座って二人で資料を眺めた。
ルチカが寝坊しなくなってから会議を二人で行えるようになったのだ。
「どうやら今日は魔物退治の任務のようだ」
ルチカは「お! 魔法の練習にちょうどいいぜぇ!」と発言した直後「・・・ん?」と疑問に思う。
顔にはてなマークを浮かばせるルチカを見てマトは聞く。「どうした?」
「ねーねー。なんで魔物退治の任務が見廻隊にあるの? そういうのって冒険者がやることじゃないの?」
見廻隊はダンジョンの管理をするためにダンジョンを見廻っている。
管理とは、ダンジョンをできるだけ、発見当時のままの姿に残すこと、魔物が拡張を行った場合も同様に人間が手を加えないこと、更にその上で冒険者が出来るだけ安全に冒険ができるように情報を取得し与えること。
これらが主にあげられる管理の要件である。
しかし、ダンジョンを見廻る過程で魔物との接触はあり、避けられない戦闘も存在する。
今回の任務は特殊な条件下にあるダンジョンで行われるため、情報があまり多くない。
それにより、討伐の任務が冒険者ではなく直接見廻隊に下りてきたのだ。
ルチカは言う。
「なんの情報?」
「出現する魔物が確定していないんだとよ」
二人は魔物と対峙した時にどのような行動をとるか会議した。
「そろそろ行くか。残りの情報は向かいながら改めて説明するよ」
「よっしゃ! 行くぜぇ!」
二人は集会所を出て、都市の出口へと向かおうとした、
その時だった。
突然、轟音が鳴り響いたのだ。
体中に響き渡るその音は耳を塞いでも良く聞こえた。
ルチカは思わず、周りを見渡した。
都市内で何かが起こっている様には見えない。空にも地面にも異変はない。
二人は音が鳴り止むまで待った。
暫くして、音が止んだ。
動揺はしたが、ルチカはこの音を聞くのは初めてという訳ではない。
見廻隊に入って都市に住むようになってからは初だが、今まではダンジョンの中で聞いていたためダンジョン内で魔物が暴れている音だと思っていた。
ルチカは言う。
「この音、偶に聞こえるけど何の音かわかんないんだよね」
隣にいるマトに話しかけたつもりだったが、背後から返答が聞こえた。
「『黄昏の報せ』だな」
二人が振り向くとそこにはパーンが立っていた。
パーンは続ける。
「原因は不明だが、吉兆とは思えないよな。最近、頻度は落ちているが、それが良い事なのか判断できねぇし。何が起こるかもしれないからお前らも気を付けろよ」
ルチカは言う。
「なぁんだ。誰もわかんないのか。で、なんでここにおめぇがいるの?」
「ガウト隊長に用があってな」
「ガウト隊長に⁉」
マトが驚くのを見たルチカは「なんかやらかしたなぁ」と言った。
パーンは半笑いで「フツーに仕事だよ」と言った。
「そうか。頑張れよ」とマトが言うと「クビになったらルチの馬にしてやるよ!」とルチカも続いた。
マトはルチカの頭にゴツンと拳を当てるとパーンが本部へ向かって行くのを見送った。
二人は気を取り直し、都市を出てダンジョンがある場所に向かった。
「ダンジョンの場所はそんなに遠くないな」
「確か、近くに農家が住んでいて畑があるんだよね」
「そうだ」
マトはダンジョンについての情報をルチカと確認し始めた。
「とある鉱業会社の幹部が建てた館が今回のダンジョンだな。
別荘として使っていたらしいが、三か月前に館の主は亡くなったらしい。
だが、親族がいなかったため、亡くなった後も放置されていて、それがダンジョン化したんだと」
「人間がいない建物に魔物が住み着いたってことだね」
「囲壁の外に建っているとはいえ、都市に近い農業地帯にはあまり魔物は近付いて来ない。
だが、館はダンジョン地帯側に唯一建っている建物だから、人の気配がなくなって見に来たんだろう」
「居心地が良かったのかなぁ・・・・・・てか、なんで都市の外に建てたんだろ」
「都市の喧騒を忘れたかったんだろ」
マトは確認を続ける。
「つまり、人工物が意図せずダンジョン化してしまったものだ。
魔物が住み着いて近隣で農作業をしている農家の人達から苦情が来ている」
「襲ったりしたの?」
「いや、まだその報告はない。
しかし、事が事なので調査チームも結成されず、速やかに魔物を討伐してくれということだ。魔物討伐
後、館は取り壊されるそうだ」
確認作業が終わると件の館ダンジョンが見えてきた。
「ルチカ。ダンジョンのギミックは覚えているよな?」
「ぶっ潰す! ぶっ壊す! ぶん殴る! あと、魔物」
「ちがーう! 『特徴』『制限』『ルール』『魔物』だ!」
「そうそうそんなやつ」
「覚える気ないだろ・・・・・・」
館ダンジョンに到着すると二人は外観を確認した。
その黒い館は岩壁に寄りかかるように建てられている。
ルチカは言う。
「思ったより大きいねぇ。これは一匹や二匹の魔物じゃ済みそうにないね」
「それじゃあ、魔物の確認をするぞ」
「ほい!」
「近隣住民の目撃証言で確認されている魔物は『閃サイ』『ワルガモリ』『岩人間』だ」
「三種類だけ?」
「いや、確認されていないだけで、おそらく館の中には他の種類もいるだろうな。気をつけろ!」
「あいよ!」
二人は館の門に手を伸ばした。




